世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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長期連休の何と素晴らしいっ!! 一週間経たずに更新できたぞー!!
今回は幕間ではありませんが、ちょっとした息抜き回です。
また、活動報告にも書かせて頂きましたが、この度ペロロンチーノとシャルティアの関係性はpixivだけでなくハーメルンでも親子色強めではなく恋愛色強めに変更しようと思います。シャルティア愛が強すぎるペロロンチーノ様に負けました……(笑)


第23話 嵐への準備

 定例報告会議後の三人での話し合いも終わり、ペロロンチーノはひと眠りの後に早速行動を開始した。

 まずはアルベドと共に十階層の玉座の間に向かい、そこでコキュートスを呼び寄せる。

 内容は軍による蜥蜴人(リザードマン)の集落への侵攻。コキュートスにはその指揮官としての役目を命じた。その際、侵攻させる軍の編制はこちらで行うことも伝えておく。

 これはモモンガが提案してきた意識改善としてわざと弱い軍勢を向かわせるための処置だったが、ペロロンチーノはやはり内心では気が進まなかった。

 しかし今更自分一人が反対しても仕方がない。

 何の疑いもなく頭を下げてくるコキュートスに罪悪感を感じながら、取り敢えず軍の準備が整い次第進軍するように伝え、コキュートスが玉座の間を下がったとほぼ同時に大きなため息を吐き出した。

 

「それでは、これより軍の編制をして参ります。モモンガ様より、レベル10台前後のアンデッドで編制するように申しつけられておりますが……」

「…うん、全てPOPアンデッドで編制してくれて構わないよ。切り札としてモモンガさんが死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を一体用意したみたいだから、そこだけよろしくね」

「畏まりました。それでは御前を失礼いたします」

 

 アルベドが恭しく頭を下げ、玉座の間を退室していく。

 ペロロンチーノはもう一度大きなため息を吐き出すと、座っていた椅子から立ち上がって徐に背後を振り返った。

 彼の視線の先には先ほどまで自分が腰を下ろしていた玉座と、全く同じ造りをした二つの玉座が置かれている。

 元々ここには玉座は一つしかなかったのだが、いつの間にかNPCたちがペロロンチーノやウルベルトのものまで用意していたのだ。因みに座る場所は既に話し合って決めており、真ん中はギルドマスターであるモモンガ、向かって右側がウルベルト、反対の左側がペロロンチーノの玉座となっている。

 まったく偉くなったもんだ……と思わず半笑いを浮かべながら、ペロロンチーノは玉座から目を離して右手の薬指へと視線を移した。

 何処に行こうかと少し悩んだ後、すぐに思い至って指輪の力を発動させる。

 ペロロンチーノの姿は玉座の間から掻き消えると、次には第九階層の一つの部屋の扉の前に出現した。

 扉をノックし、反応がある前に扉を開く。

 室内に足を踏み入れながら視線を巡らせれば、部屋の奥に置かれているレトロでいて豪奢な椅子に腰かけている山羊頭の悪魔と目と目が合った。

 

「………おい、人の部屋に入る時はまずノックしろ」

「ノックはしましたよ。すぐに入っちゃいましたけど」

「意味ねぇじゃねぇか……」

 

 顔を顰めさせて睨んでくる悪魔に、まぁまぁ……と宥めながらゆっくりと歩み寄っていく。

 何をしているのかと見てみればウルベルトの目の前に大きな漆黒のテーブルが置かれており、その上や足元には大量の紙が散乱しているのが目に飛び込んできた。何やら書き込んでいたのか、ウルベルトの鋭い鉤爪を備えた右手にも羽ペンが握りしめられている。

 しかしどうにも紙に書かれているのは文字ではないようで、ペロロンチーノは小首を傾げながら大量の紙の一枚へと手を伸ばした。

 真っ白でいて手触りの良い上質な紙には、文字ではなく絵が描かれていた。

 

「これは……、デザイン画ですか……?」

「あぁ。……デミウルゴスに“魔王役”用の新しい衣装や装備を用意してやろうと思ってな…」

 

 ウルベルトがため息交じりに羽ペンをテーブルに置き、そのまま一枚の紙を手に取る。納得できるものが中々ないのか、紙に描かれているデザインを見つめるその顔には深い眉間の皺が刻まれていた。

 ペロロンチーノは散乱している紙を見渡し、再度自分の手にあるデザイン画を見やる。

 自分としては良く描けていると思うのだけれど…と思わず小さく首を傾げた。

 

「……俺としては良く描けてると思いますけど。……あっ、これなんかどうなんですか? 悪魔っぽいデザインですし、デミウルゴスによく似合うと思いますけど」

 

 テーブルの上に投げ捨てられている紙を拾い上げ、嬉々としてウルベルトへと見せる。

 ペロロンチーノとしてはとても良いデザインだと思ったのだが、ウルベルトは顔を顰めさせたまま大きく頭を振った。

 

「いや、駄目だ。あいつは後衛じゃなくて肉弾戦もこなす戦闘スタイルだからな。……それだと、長い裾やマントが邪魔になって動きを阻害する恐れがある」

「えー、でも俺のシャルティアはあのドレス姿でも問題なく動けてますよ? そんなに気にしなくても良いと思いますけど……」

 

 再度小首を傾げながら手に持つデザイン画を見やる。

 言われてみれば確かに目の前のデザインはヒラヒラとした長い裾や大きなマントが特徴的であり、普通に考えれば大きな動きをする際は邪魔になりそうだった。しかしそれがデミウルゴスにも当て嵌まるのかは大いに疑問ではあったけれど……。

 自分だったらどんなデザインにするだろう…、と多くのデザイン画を眺める中、不意にある一点が目に飛び込んできて思わず一瞬思考が停止した。思わずマジマジと“それ”を見やり、続いて他のデザイン画にも目を移す。自分の手にあるものを含め、全てのデザイン画に“それ”があることを確認したペロロンチーノは、思わず半目になってウルベルトへと視線を向けた。

 

「………ウルベルトさん、俺の見間違いでなければ、全部のデザイン画にウルベルトさんのエンブレムが描かれているんですけど……」

「……………………」

 

 ペロロンチーノの半目になった瞳とウルベルトの金色の瞳が合わさり、ウルベルトの方がフイッとワザとらしく逸らされる。

 無言のまま顔ごと逸らすウルベルトに、ペロロンチーノは更に目を細めさせてウルベルトの目の前まで回り込んだ。

 

「ちょっと! これ絶対わざとですよね!? 駄目ですからね、エンブレム入れちゃあっ!!」

「………………だって……」

「“だって”じゃないですよ! 俺たちに繋がるような証拠を出すわけにはいかないんですから!!」

 

 真正面から顔を覗き込んで強く言い聞かせる。

 ウルベルトも本当は分かっているのだろう、無言のままペロロンチーノの言葉にも反論しては来ない。ただ不満そうに頬をプウッと膨らませ、上目遣いにこちらを睨みつけてきた。

 正直言って全く可愛くない。

 三十路過ぎたおっさんが何をしているんだ…とひどく呆れる。第一、今のウルベルトは人間ですらなく山羊頭の悪魔なのだから、寒気しか感じられない。

 

「そんな可愛らしい仕草しても無駄ですからね。ていうか全然似合ってませんから。それが似合うのは可愛らしいロリっ()だけですから!」

「……………………」

 

 拳を握って熱く語るペロロンチーノに、ウルベルトは諦めた様に大きなため息を吐き出した。手に持っているデザイン画を見つめ、力なくテーブルの上へと放り投げる。

 紙はテーブルの上を滑り、他の多くの紙諸とも床へと落ちていった。

 

「………やっぱり駄目か……。せめてエンブレムでだけでも参加したかったんだが……」

「駄目でしょうね。モモンガさんに速攻で却下されますよ」

「……はぁ、魔王役やりたかったなぁ~……」

 

 大きなため息をつきながら肩を落とすウルベルトに、思わず苦笑が零れる。

 どうすればこの友人を元気づけることができるだろう…と思考を巡らせ、不意に思い浮かんできた名案に思わずポンッと両手を打ち合わせた。

 

「そうだ! なら、ウルベルトさんの装備かアイテムか何かをあげたら良いんじゃないですか? デミウルゴスもきっと喜びますよ!」

「……装備かアイテムか、か……」

 

 ウルベルトは少々考え込むと、徐に片手を上げてアイテムボックスを開いた。暫くガサゴソと中を引っ掻きまわし、数分後漸く手を引っこ抜く。

 ウルベルトの手には見慣れぬ物が握られており、ペロロンチーノは小首を傾げながらその手の中を覗き込んだ。

 

「……ウルベルトさん、なんですかそれ?」

 

 ウルベルトがアイテムボックスから取り出してテーブルに置いたのは、バングルのような手甲と繊細な鎖で繋がった五本指のアーマーリングだった。

 関節ごとに連なっている銀色のアーマーリングは、指先部分がまるで獣の爪のように長く鋭く尖っている。防具というよりかは武器のような様相をしていた。

 

「“ルシファーの傲慢(スペルビア・オブ・ルシファー)”。るし☆ふぁーと一緒に作った“七つの大罪”シリーズの一つだ」

「あぁ、これが噂の……。因みにランクはどれなんですか?」

「こいつは確か神器級(ゴッズ)だな」

神器級(ゴッズ)!?」

 

 思わぬ高ランクに、ペロロンチーノは目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。

 “七つの大罪”シリーズはあの(・・)ウルベルトとるし☆ふぁーが一緒に作ったシリーズだということもありギルドメンバーの間でも何かと噂にはなってはいたのだが、まさか神器級(ゴッズ)まであるとは思ってもいなかった。

 しかしふとあることに思い至り、ペロロンチーノは思わず“スペルビア・オブ・ルシファー”を凝視した。

 ウルベルトが魔王の装備として神器級(ゴッズ)を取り出したということは……――

 

「………まさか装備一式全部神器級(ゴッズ)にしようとか考えてませんよね…?」

 

 再び半目状態になりながらウルベルトを見やる。

 どうか否定してくれ…と願いながら見つめる中、視線の先でウルベルトは小さな苦笑を浮かばせた。

 

「流石にそれは無理だろう……」

 

 ウルベルトからの返答に思わず安堵の息をつき……。

 

伝説級(レジェンド)で揃えるつもりだ」

 

 息が止まった……――

 

 

 

 

 

「いやいやいや、何言ってんですか、無理に決まってるでしょっ!!」

 

 思わず大声を上げながら、食ってかかるようにウルベルトへと身を乗り出す。

 しかし当たり前のことを言っている筈なのに、目の前の山羊頭は訝し気に顔を顰めさせていた。

 

「何で無理なんだ。魔王の装備なんだから伝説級(レジェンド)なんて当然だろ」

「当然じゃありませんよ! 第一、この世界のレベルを考えてモモンガさんたちの装備ですら聖遺物級(レリック)で揃えたんですよ!? それに素材はどうするつもりなんですか! 言っておきますけど、ナザリックにある素材は使っちゃ駄目ですからねっ!!」

 

 マシンガンのように捲し立てるペロロンチーノに、しかしウルベルトは少しも気圧された気配がない。ただ嫌そうに顔を顰めさせて、身を乗り出しているペロロンチーノを乱暴に押し返してきた。フゥッと大きなため息をつきながら肩を竦ませ、次にはある方向へと顎をしゃくってみせた。

 ため息をつきたいのはこっちだ…とか、一体何なんだ…と思いながらウルベルトが顎をしゃくった方を見れば、そこには多くのクローゼットが壁に沿って綺麗に連なって置かれていた。

 

「……一番右端のクローゼットを開けてみろ」

 

 椅子の上で優雅に足を組みながら、ウルベルトが目だけで促してくる。

 ペロロンチーノは訝し気な表情を浮かべながらも踵を返すと、ウルベルトが口にした一番右端のクローゼットへと足先を向けた。

 柔らかな光沢を持った漆黒のクローゼットはシックでいて落ち着いたデザインをしており、何よりとてつもなく大きい。渋めの黄金色をした取っ手に手をかけて勢いよく引き開ければ、途端に目に飛び込んできた光景にペロロンチーノは思わず驚愕に大きく目を見開かせた。

 クローゼットの中にあったのは衣服ではなく、ありとあらゆる大量のアイテム素材だった。

 半ば無理やり押し込んでいたのか扉を開けた途端に幾つかゴロゴロと足元に転がり落ち、その中には超希少なドロップアイテムやクリスタルも多く混ざっていた。

 正に宝の山といった状態だ。

 信じられないと言った表情を浮かべて振り返るペロロンチーノに、ウルベルトは足を組んだ状態のまま小さな苦笑を浮かばせていた。

 

「………ど、どうしたんですか…、これ……?」

「まぁ、簡単に言えば貰いもんだな。俺が武人さんの武器作りに協力していたのは知っているだろう?」

 

 ウルベルトからの問いかけに、ペロロンチーノは無言のまま頷いた。

 ウルベルトの言う武人さんというのは、かつてのギルドメンバーの一人であり、コキュートスの創造主である武人建御雷のことである。武器作りが大好きな半魔巨人(ネフィリム)だったのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。

 ウルベルトの話によると、そもそも武人建御雷が多くの武器を作り続けていたのは、同じギルドメンバーの一人であるたっち・みーを倒せる武器を作ろうとしていたからだったらしい。しかし武器を一つ作るにも多くの素材が必要となり、一人では中々ままならない部分も多くあった。そこで武人建御雷は、ギルドに加入した当初から“打倒たっち・みー”を宣言していたウルベルトに事ある事に相談や協力を持ちかけていたのだ。ウルベルトも武人建御雷の人柄には好感を持っており、“打倒たっち・みー”の同士として喜んで相談に乗っては必要な素材集めも積極的に協力していたらしい。しかし武人建御雷がたっち・みーを倒せる武器を完成させる前に、倒すべき対象がユグドラシルを引退してしまった。目標を失った武人建御雷も引退を決意し、しかしその前に武器開発のために集めた多くの素材を使って一つの武器を造り、残ったアイテム全てと合わせてウルベルトに贈ってくれたらしい。

 つまりこのクローゼットの中にある素材は全てウルベルトと武人建御雷が集めたものであり、最後に武人建御雷が贈ってくれた素材なのだ。

 

「そのクローゼットを含め、隣に置いてある二つのクローゼットにも同じだけ素材が収められている。それだけあれば伝説級(レジェンド)でも一式作ることはできるだろ」

 

 余裕の表情を浮かべて宣うウルベルトに、ペロロンチーノは呆然となる。

 まさか自分の知らないところでそんなことになっていたとは思ってもいなかった。

 しかしウルベルトと武人建御雷がとても仲が良かったのは覚えており、武人建御雷がとても義理堅い男だったことも覚えている。

 もしウルベルトの言ったことが全て本当ならば、武人建御雷の人柄も含めて大いに納得できるものだった。

 

「……確かにこれならナザリックの素材を使わなくても作れそうですね」

「だろ。……これも武人さんのおかげだな」

 

 どこか懐かしむような表情で笑みを浮かべるウルベルトに、ペロロンチーノも柔らかな笑みを浮かべた。

 仲間とかつての楽しかった日々を語り合うのは楽しいけれど、今はいないメンバーの名が出るとやはり寂しい気持ちになってしまう。しかしここにいるのが自分一人ではないからこそこうやって語り合うことができるのだと思えば、ウルベルトやモモンガがいることに安堵と共に心の底から感謝の気持ちが湧き上がってきた。

 

「……あっ、建御雷さんと言えば…。さっきコキュートスに命令を出してきましたよ」

「あぁ、リザードマンの集落の件か。……上手くいきそうか?」

「まだ何とも言えませんけど……、少なくもコキュートスは随分と張り切っている様子でしたよ」

 

 玉座の間で意気込んでいたコキュートスの姿を思い出し、途端に大きな罪悪感が湧き上がってくる。

 モモンガやウルベルトに説明されて自分も納得したものの、やはりいざとなると罪悪感と後ろめたさが拭えない。

 二人の言い分も分かるけれど、やはりこういったやり方は間違っているのではないか、と……。そんな考えがどうして頭を離れないのだ。

 恐らくそれらの感情が表に出ていたのだろう、ウルベルトが苦笑を浮かべてちょいちょいと手招きしてきた。クローゼットの扉を閉めて歩み寄れば、ここにきて漸く向かいの椅子に座るように促される。

 テーブルを挟んでウルベルトと向かい合うような形で腰を下ろしたペロロンチーノは、落ち込む感情そのままにテーブルの上へと突っ伏した。フフフッとウルベルトから小さな笑い声が聞こえ、顔だけ上げながら恨みがましい視線を向ける。

 ウルベルトは椅子の肘掛けに右肘を立てると、優雅に右手の甲に顎を乗せながら柔らかな瞳でペロロンチーノを見つめていた。

 

「随分と参ってるみたいじゃないか、ペロロンチーノ」

「……そりゃあそうですよ。第一、何で命令するのが俺なんですか。モモンガさんでもウルベルトさんでも良かったじゃないですか…」

「残念、モモンガさんは既にエ・ランテルに向かったから無理だし、俺も何かと忙しいんだ」

「忙しいって……、ただデザイン画を描いてただけじゃないですか……」

「フフッ。まぁ、冗談はさて置き……、現段階でのナザリックやトブの大森林についての決定権を一番持っているのがお前だからだよ。王国についてはモモンガさん、帝国については俺。……一番初めにそう決めただろ?」

「それはそうですけど………」

 

 納得いかない…とばかりに不貞腐れるペロロンチーノに、ウルベルトは更に苦笑を深めさせた。

 

「まぁ、お前の気持ちも分かるけどな……。だが、例え失敗したとしてもナザリックとしての損害はないんだから大丈夫だろう」

「………俺は責任を感じて自害しようとするコキュートスの姿が目に浮かぶんですけど…」

「……ま、まぁ、その時はうまくフォローすれば大丈夫だろう。最悪、自害は禁止だと命じれば思い止まらせることはできるだろうし…」

 

 少々言いよどむウルベルトに、途端に憂鬱な気分がぶり返してくる。

 しかしいつまでも欝々としている訳にもいかず、ペロロンチーノは大きなため息を吐き出して突っ伏していた上体を完全に起き上がらせた。

 

「………はぁ…、取り敢えずコキュートスたちがリザードマンたちに勝てば済むことですし、あまり心配しないことにします……」

「あぁ、そうしておけ……」

 

 どこか投げやりなペロロンチーノの言動に、どうにも苦笑を禁じえない。

 しかしウルベルトもまた、心の中ではコキュートスが上手くやってくれることを祈っていた。

 ペロロンチーノにはああ言ったけれど、ウルベルトとてコキュートスが任務を失敗することを期待している訳ではない。何かを学んでくれたらそれに越したことはないが、やはり何事もなく任務を遂行してくれることが一番良いのだ。

 しかしそう思う一方で、大丈夫だろうか…と心配な気持ちもあった。

 何せコキュートスは武人建御雷が創ったNPCなのだ。彼は豪快なところがあり、小さいことはあまり気にしない大らかさのある兄貴的な人物だった。コキュートスにそういった面を見つけることはあまりないのだが、ただ単に自分たちには見せていない可能性だって大いに有り得る。そうであった場合、今回の任務では失敗する可能性の方が高い様な気がした。

 

「………あっ、そうだ…」

 

 コキュートスのことを考えている中、不意にあることを思い出して思わず小さな声を上げた。何事だとこちらに目を向けてくるペロロンチーノに、こちらも顔を向ける。

 

「お前に頼みたいことがあったんだ。……リザードマンたちを殲滅して避難場所を建てる際、倉庫的な物も一緒に造ってくれないか?」

「それは構いませんけど……。何を入れるんですか?」

「魔力供給用に魔の壺(マジックベースデビル)を大量に作って貯蔵しておこうと思ってな。……第七階層も考えたんだが、ナザリック内よりも外に貯蔵しておいた方が何かと便利だと思って」

「別に良いですけど……、あの悪魔不気味だからあんまり好きじゃないんですよね~……」

「よく見たら愛嬌があって可愛いぞ」

 

 少し嫌そうな表情を浮かべるペロロンチーノに、こちらはわざと満面の笑みを浮かべて返してやる。それでいて作業を再開しようとテーブルに置いていた羽ペンを再び手に取った。未だ真っ白な紙も一枚手に取り、新たなデザイン画の作成に取り掛かり始める。

 しかし数分も経たぬ内に次はペロロンチーノに声をかけられ、羽ペンを持つ手はそのままに山羊の平べったい耳だけをペロロンチーノへと向けた。

 

「そういえば、ウルベルトさんはいつ帝国に向かうんですか?」

「……明日の早朝にはナザリックを出て向かうつもりだ。それまではここにいる」

「ユリやニグンはどうしたんですか?」

「確かアウラとマーレに呼ばれたらしいな。何をしているのかは知らんが……」

「へぇ、あの二人にですか……。今回はデミウルゴスやアルベドには捕まらなかったみたいですけど、大丈夫かなぁ……」

「アウラとマーレなら大丈夫だろう。今回はニグンだけじゃなくてユリも呼ばれたみたいだし」

「う~ん、なら大丈夫ですかね~。仲良くなったんなら良いけど」

 

 四人で一体何をしているんだろう…と小首を傾げながら、時折ウルベルトのデザイン画を覗いては意見やダメ出しを口にする。しかし数十分後にはペロロンチーノも羽ペンと紙を手に取り、ウルベルトと競い合うように次から次へと数多のデザイン画を作成していった。

 ペロロンチーノがこの部屋に来た以上に散乱するデザイン画の山。

 途中からデミウルゴスではなくシャルティアのデザイン画を描いていたペロロンチーノは、自分の周りに散らばっている多くの紙に目をやり、そこで漸く羽ペンを置いた。

 

「う~ん、シャルティアにはいろんな衣装を作ってあげてたけど、こう描いてみるとまだまだあるもんだな……」

 

 まだペロロンチーノがユグドラシルを引退する前、彼はシャルティアに多くの衣装を作ってあげていた。

 セーラー服やチャイナドレス、スク水にバニーガールなどなどなど……。中には“彼シャツ”なる特殊かつペロロンチーノの趣味趣向を大いに体現した物さえあった。

 しかし、こう改めてデザイン画を作成してみるとまだまだシャルティアに着せたい衣装は多くあるのだと理解する。

 俺も素材どのくらい持ってたかな…と思わず考え込む中、ウルベルトはペロロンチーノのデザイン画を見て呆れたような表情を浮かべた。

 

「……よくもまぁ、ここまでデザインが思いつくな。お前、既にシャルティアに山ほど衣装を作ってなかったか?」

「作ってましたけど、改めて描いてみるとまだまだ思いつくんですよ。でも、ウルベルトさんはデミウルゴスに衣装は作ってあげてなかったんですか?」

「俺はどっちかっていうと衣装よりもアイテムや小物や家具なんかを作ってやってたからな~」

「………そう考えると、俺はそっち系はあまり作ってあげてなかったですね。う~ん、次からは衣装よりも小物系の方が良いかな~…」

 

 煌びやかな装飾品やそれを身に着けた可愛らしいシャルティアの姿を思い浮かべ、思わずだらしない笑みを浮かべる。

 ウルベルトは呆れたようなため息を吐き出すと、羽ペンを動かしながら口を開いた。

 

「ここで油を売るのも良いが、仕事も忘れるなよ」

「仕事……、……カルネ村の件ですか?」

「違う、ナザリックの件だ。例えば捕虜にしてる人間たちのこととか……、聞けばニューロニストたちに任せっきりだそうじゃないか」

「え~、だって俺は別にああいったのが好きな訳じゃないし……。そう言うならウルベルトさんが話を聞いて来て下さいよ……」

「俺はもう行ってきた」

「……あー、そうだったんですか…」

 

 当たり前のように言う悪魔に、思わず脱力感に襲われる。

 ここは、流石はウルベルトだとでも思えばいいのだろうか……。

 反応に非常に困る中、ウルベルトも羽ペンを置いてペロロンチーノへ顔を向けてきた。

 

「あのエルヤーって人間も気になってたからな。でも、あれはもう駄目だ。早々に心が壊れやがった」

「えっ、もうですか? だって、一番の新入りでしょう? 連れてこられて、まだ一日も経ってないし、他の捕虜だってまだ壊れてない奴もいるのに……、あまりにも早すぎませんか?」

「精神があまりに弱かったんだろうな。もう情報としては役に立たないから、サンプルとしてデミウルゴスにやったよ」

 

 その時の光景や歓喜に打ち震えただろう朱色の悪魔の姿が容易に思い浮かび、ペロロンチーノは思わず微妙な表情を浮かべた。

 

「……良いんですか? エルヤー失踪の件で何か問題が発生した場合、対処しにくくなりません?」

「デミウルゴスにはくれぐれも殺さないように言ってあるから大丈夫だろ」

 

 気のない声音で何でもないことのように言うウルベルトは、正に悪魔そのものである。

 これも異形種となってしまった影響か、それともウルベルトが本来持ち合わせていた性質なのか。

 少し考え、別にどちらでも良いか……と考えるのを止めた。

 どちらであろうと別段変わることは何もなく、ペロロンチーノ自身も思うことは何もない。ならば考えるだけ無駄である。

 

「う~ん……、なら今は他の捕虜たちに頑張ってもらいましょうか……」

「こちらの方でも捕虜にできる奴がいないか探しておく。見つけたらまた知らせよう」

「あっ、ならシャルティアに知らせてあげて下さい。捕獲担当は彼女ですし、今回の指輪の褒美の件で随分と張り切ってくれてるみたいですから」

 

 指輪を受け取って嬉しそうに頬を紅潮させていたシャルティアを思い出し、ほんわかと心を和ませる。

 ペロロンチーノは今までに描いたシャルティアのデザイン画を全てかき集めると、ウルベルトに断りを入れて椅子から立ち上がった。

 

「おっ、漸く仕事に向かうのか?」

「いや、ちょっとシャルティアに会ってきます」

 

 途端に呆れた表情を浮かべるウルベルトを余所に、ペロロンチーノは満面の笑みで悪魔の部屋を後にした。

 

 




*今回のウルベルト様捏造ポイント
・“ルシファ―の傲慢《スペルビア・オブ・ルシファー》”;
“七つの大罪”シリーズの一つ。神器級武器のアーマーリング。バングルのような手甲と五本指のアーマーリングが繊細な鎖で繋がっている。アーマーリングは関節ごとに連なっており、指先部分は獣の爪のように長く鋭く尖っている。
・〈悪魔作成〉;
アインズの特殊技術〈アンデッド作成〉の悪魔版。
・魔の壺《マジックベースデビル》;
〈悪魔作成〉の特殊技術で創造できるレベル30台の悪魔。MP30%を消費(媒体に)して作る。腹に蓄積した魔力を爆弾として自爆で対象を攻撃する。ウルベルトの場合は自爆よりも“慈悲深き御手”での魔力供給用。

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