世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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久しぶりのウルベルト様回です!
オリキャラが出てきますので、ご注意ください。


第17話 動き出す手

 薄暗くじめっとした空間にコツッコツッと硬い音が響く。

 音の発生源である山羊頭の悪魔は供もつれずに一人薄闇の奥へ奥へと進んでいた。

 見えてきた目的の扉へと歩み寄り、右手を上げて軽くノックする。一拍後、内側から扉が開かれて一人の拷問の悪魔(トーチャー)が顔を覗かせた。

 途端、山羊頭の悪魔と拷問の悪魔の視線が合う。

 拷問の悪魔は驚いたように身を小さく仰け反らせると、次には扉を大きく開いて深々と頭を下げてきた。山羊頭の悪魔は小さな笑みを浮かべると、拷問の悪魔が開いてくれた扉を潜って室内へと足を踏み入れる。

 室内は先ほどの通路と同様に薄暗く、じめっとした冷気を漂わせていた。

 大きなテーブルが部屋の中心に鎮座し、その上には多種多様の拷問道具が所狭しに並んでいる。テーブルの周りには脳食い(ブレイン・イーター)や二人の拷問の悪魔が立っており、手に持つ布で忙しなく拷問道具の手入れをしていた。

 

 

「邪魔するよ、ニューロニスト」

 

 部屋の奥へと足を進めながら、ウルベルトが作業中の脳食いに声をかける。

 彼女たちはウルベルトの突然の登場に慌てて作業の手を止めると、素早くその場に跪いて深々と頭を下げた。

 

「これは、ウルベルト様ん! 御自ら足を運んで頂かなくても、お呼び頂ければ即馳せ参じましたのにん!」

「いや、大した用事ではないのでね。もうすぐナザリックを留守にするし……、気にしないでくれたまえ」

 

 申し訳なさそうに頭を垂れるニューロニストに柔らかな微笑を浮かべ、小さく頭を振って押し留める。

 ウルベルトとしては外出するついでにここに寄っただけなため、そう畏まってもらう必要は全くなかった。逆にこちらが申し訳なくなってしまうほどだ。

 余り彼女たちの邪魔をしては悪いだろうと判断すると、ウルベルトは早速用を済ませるためにアイテム・ボックスを開いた。空間にできた亀裂に手を差し入れ、中から“知られざる(まなこ)”を取り出す。ウルベルトは撫でるように仮面の表面に指を這わせると、徐にそれをニューロニストへと差し出した。

 

「ニューロニスト、これをお前に貸し与える」

「これは……、ウルベルト様の主装備の一つである神器級(ゴッズ)アイテム!? このような至高のアイテムを…、例え一時だとしても受け取れませんっ!!」

 

 ニューロニストが恐れ多いとばかりに必死に頭を振ってくる。あまりに必死なその様子に、ウルベルトは思わず小さな苦笑を浮かばせた。

 しかし、これは拷問官であり特別情報収集官でもあるニューロニストには必要不可欠なアイテムだ。

 何としてでも受け取ってもらわなければ……と顔を引き締めさせると、ウルベルトはまるで言い聞かせるようにニューロニストを見下ろした。

 

「聞け、ニューロニスト。これからお前は、この世界の者たちから情報を引き出す機会が多くなっていくでしょう。その際、その者たちがニグンや陽光聖典たちと同じように自身に魔法をかけている可能性は決してゼロではない。これはお前だけではなく、このナザリックのために言っているのだよ。この“知られざる眼”を使えば、起こるかもしれない事象を未然に防ぐことができる。……もう一度言うよ、ニューロニスト。これをお前に貸し与える」

 

 決して拒否は許さない、とばかりに強い光を宿した金色の双眸で射貫くようにニューロニストを見つめる。

 彼女はプルプルと小さく身を震わせると、恐る恐るといった動きでゆっくりと両手をこちらに差し出してきた。綺麗に添えられた両掌に、ウルベルトがすかさず“知られざる眼”を乗せる。ニューロニストは水かき付きの四本の長い指をゆっくりと折り曲げると、掌に乗せられている“知られざる眼”を落とさないようにしっかりと握り締めた。次には“知られざる眼”を抱きしめるように胸元に引き寄せ、窺うようにこちらを見上げてくる。ウルベルトは安心させるように目元を緩ませると、そのまま柔らかな笑みを浮かべてみせた。

 

「ペロロンチーノとシャルティアが捕まえてきた男にはまだ何もしていないのだろう? 早速その男で試してみると良い」

「はい! ありがとうございます、ウルベルト様ん!」

 

 感極まったように再び深々と頭を下げてくるニューロニストに、ウルベルトも笑みを深めさせて大きく頷くのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 指導をしてくれていたデミウルゴスからニグンを引き取ったウルベルトは、〈転移門(ゲート)〉を潜ってユリが待機しているバハルス帝国の“歌う林檎亭”に戻っていた。

 ユリが一糸乱れぬ動きで頭を下げてくるのに、軽く手を上げてそれに応える。

 『人化』の魔法を自身にかけながら変わった事がなかったか問いかければ、ユリは表情を変えぬまま頭を振った。

 まぁ、そうだろうな……と思いながら、ウルベルトは思わず小さく息をついた。

 ワーカーになって今日で四日目。

 知名度も何もない状態で始めたのだから当たり前の事なのかもしれないが、しかし依頼がなければ何も進まない。

 やはり今はもっと派手に動いて知名度を上げることに専念した方が良いのだろうか……と頭を悩ませながら、取り敢えず人間としての行動を取ろうと朝食をとるためにユリとニグンを引き連れて一階の食堂へと降りることにした。

 

 

 

「……おっ、やっと降りて来たか…」

 

 階段を降りてすぐ、ウルベルトたちの存在に気が付いて店主が声をかけてくる。

 普段は厳つく顰められている顔が今は心底安堵したような表情を浮かべており、ウルベルトは思わず小首を傾げた。

 もしや自分たちに用があったのだろうか、と店主のいるカウンターへと歩み寄れば、店主は一度カウンターの下へと姿を消してしまう。しかしすぐに顔を出すと、その手に持っていた大きな布袋をドサッと勢いよくカウンターの上へと乗せてきた。

 

「……ほれ、全部お前ら宛てだ」

「……?」

 

 苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべる店主に、ウルベルトは更に首を傾げながらも布袋の中を覗き込んだ。中には綺麗に折りたたまれた紙や封筒が大量に乱雑に入っており、思わず困惑の表情を浮かべる。

 試しに一つを手に取り、紙を開いて内容に目を通してみた。

 瞬間、ウルベルトの動きがピタッと止まり、ユリやニグンだけでなく食堂にいる全ての人間がウルベルトを注視した。

 ウルベルトは暫く停止した後、徐に動いたかと思えば綺麗に紙を折りたたみ、無言で布袋から新たな紙を取り出して開く。暫く目を通し、閉じる。更に新しい紙を取り出して開き、目を通し、閉じる。

 何度か同じ動作を繰り返した後、ウルベルトは一つ大きな息をついて目の前の店主を見やった。

 

「………なんですか、これは…?」

「…なんだ、分からないのか? お前たち宛ての恋文だよ」

「「――っ!!?」」

「……………………」

 

 店主からの爆弾発言に、ユリとニグンが驚愕の表情を浮かべて息を呑む。ウルベルトは端正な人間の顔を大きく顰めさせると、まるで睨むように手の中の紙の束や布袋の中身を見やった。

 店主の言葉通り、それらはウルベルトたち宛ての恋文――言うなればラブレターという奴だった。

 目測で凡そ100通前後。その全てがラブレターだという事実に思わず頭痛がしてくる。

 しかも顔を晒しているウルベルトやユリはまだしも、仮面をつけているニグンにも来ているというのが驚きだ。店主の話では「このご時世、(見た目)よりも強さに惚れる女は大勢いる」とのことだったので納得はできたが、こんな手紙よりも依頼がほしかった……と項垂れてしまうことを止められなかった。

 

「とにかく、それを早く引き取ってくれ。仕事に邪魔で仕方ねぇ……」

「……あー、迷惑を掛けましたね。ありがとうございます…」

 

 ウルベルトは小さく頭を下げると、布袋の中に手の中の紙を全て戻してから布袋自体を手に取った。ずっしりとした重みを感じるそれに辟易としながら、後ろに控えているニグンへと預ける。ニグンも大人しく受け取ると、そのままカウンターの椅子に腰を下ろしたウルベルトに従って自身も隣の椅子へと手をかけた。

 ウルベルトを中心に、右側にユリが、左側にニグンがそれぞれ腰を下ろす。

 

「………とりあえず、今日のおススメを三つ頼みます」

「……あいよ…」

 

 朝っぱらからひどく疲れたようなウルベルトに店主も同情したのか、哀れな視線をこちらに向けた後に静かにカウンターの奥へと消えていく。ユリとニグンはウルベルトを見つめると、次には軽く俯いているウルベルト越しに目だけで視線を交わし合った。

 一体どうするべきか……、何か話題はないか……。

 視線だけで会話するも、中々いい案は浮かばない。

 少しでもウルベルトの気持ちを上げることはできないかと二人が思い悩む中、不意に三人の背後からバンッという大きな音が響いてきた。

 ウルベルトたちだけでなく、食堂にいる全員が音の方角を振り返る。

 彼らの視線の先には外へと続く扉があり、今は大きく開け放たれて三つの人影を照らし出していた。

 扉の前に立っていたのは一人の女と、その女を守るようにして両脇に立つ二人の男。

 女は猫を思わせる愛嬌と美しさを併せ持った18歳くらいの少女だった。腰まで届く波打つ金色の髪に、つり目がちの大きなエメラルドの瞳。肌は陶器のように白くきめ細かく、少し厚みのある唇は真っ赤なルージュに彩られて幼さの残る面立ちに反してひどく色っぽい。どこか気の強そうな雰囲気が美しさに拍車をかけ、言いようのない迫力が少女から感じられるようだった。

 彼女の両脇に立っている二人の男はどちらとも筋骨隆々の大男。見目はそれほど整っている訳ではなく美丈夫という訳でもなかったが、この世界ではそこそこ腕が立ちそうな雰囲気は漂わせている。見るからに用心棒といった風袋だ。

 突然現れた場違いにも思える三人組は、自分たちに集まる多くの視線をものともせずに堂々と店内へと足を踏み入れてきた。

 

「ここがワーカーチーム“サバト・レガロ”の拠点だと聞いたのだけれど、彼らはいるかしら?」

 

 店内中に響き渡るように少女が声を張り上げる。

 自然と彼女たちに集まっていた多くの視線がカウンター席に座るウルベルトたちに向けられ、それに気が付いた少女たちもウルベルトたちに目を向けた。ユリ、ニグンと視線が動き、ウルベルトを視界に映した瞬間に少女の目が更につり上がる。

 一気に剣呑な表情を浮かべた少女に一体何事かとウルベルトが内心で首を傾げる中、少女は二人の男を引き連れてずんずんと店内の奥へと進んできた。

 彼女の足先は言わずもがなウルベルトたちに向けられている。

 所狭しに並べられているテーブルと多くの客たちの間を縫うように歩きながら、少女は一分もかからずにウルベルトたちの元へと辿り着いた。

 ウルベルトたちもカウンター席から立ち上がって改めて少女たちに向き合う形で立つ。

 少女の敵意剥き出しの視線に内心で更に首を傾げながら、ウルベルトはなるべく相手を刺激しないように注意しながら口を開いた。

 

「我々がワーカーチーム“サバト・レガロ”です。私はリーダーを務めるレオナール・グラン・ネーグルと申します。……我々に何か御用でしょうか?」

「わたくしはノークラン商会のゼムノ・ノークランの長女であり、帝国の闘技場の興業主(プロモーター)の一人であるソフィア・ノークランと申します。お会いできて光栄ですわ」

 

 全く光栄に思っていないことがまる分かりの顔で少女――ソフィアが刺々しい声音で言ってくる。

 彼女の言葉が本当ならば、名の知れた商人の娘で金持ちのご令嬢といったところだろうか。

 自分の嫌いな人種だと内心で顔を顰めさせながら、しかしそれを全く面には出さずウルベルトはどこまでも穏やかな表情と声音でソフィアに対応した。

 

「こちらこそ、お会いできて光栄です。しかし、あなたのような方が何故我々を探しておられたのでしょうか?」

「決まっておりますわ! わたくしはあなたに文句を言いに来ましたの!」

「それは……、一体どういうことでしょう……?」

 

 突然売られた喧嘩に、思わずこめかみにビキッと青筋が浮かぶ。しかし引き攣りそうになる顔を何とか堪えながら、ウルベルトはあくまでも穏やかに小首を傾げた。

 ユリとニグンも表情は変わらないものの――と言ってもニグンは仮面を被っているが…――不穏な空気を漂わせ始める。

 何とも言えない緊迫した空気が店内を占めて店の客たちが固唾をのむ中、今の空気に全く気が付いていないのか、少女は変わらぬ強気な姿勢でウルベルトを真っ直ぐに見上げてきた。

 

「あなた方が闘技場で参加した演目は、わたくしが用意したものです。そちらにいらっしゃるレインさんやリーリエさんの戦いは本当に素晴らしいものでした」

 

 先ほどとはうって変わり、こちらを誉める言葉が出てきたことに少しだけ虚を突かれる。

 

「それは……、ありがとうございます」

「ありがとうございます……」

「……ですが…!」

 

 ウルベルト、ユリ、ニグンはチラッと目だけで視線を交わし合うと、次にはユリとニグンが小さく頭を下げる。

 しかし少女はユリとニグンの言葉を遮るような勢いで、まるで食ってかかるようにギッとウルベルトを睨み付けた。背筋を伸ばして胸を張り、ビシッと人差し指をウルベルトへと突きつける。

 

「あなたは何ですのっ!? 誰もが命をかけて戦っていたというのに、一人だけ何もせず突っ立って! 攻めも守りも全てこの二人に任せて、戦う気がありましたの!?」

 

 まるでマシンガンのように捲し立てる少女に、そこで漸くウルベルトたちは色々な意味で納得することができた。

 恐らく彼女は自分が手掛けた演目でのウルベルトの態度がひどく気に入らなかったのだろう。

 確かに誰もが命をかけて戦っている中で一人だけのんびりと立ち尽くしていれば嫌でも目に付くし、鼻にもつくだろう。自分の仲間に全てを任せての行動ならば尚更だ。ウルベルトとしてはユリとニグンの経験値稼ぎを含め、自分が戦闘に参加するまでもないと判断したための行動だったのだが、他の者たちからすればそんな事など知り様もないだろう。

 もう少し考えてから行動した方が良かったな…と内心で反省しながら、ウルベルトは取り敢えず謝罪するべく口を開いた。

 しかしウルベルトよりも早く少女が声を張り上げる方が早かった。

 

「わたくしはレインさんとリーリエさんのことはとても高く評価しておりますわ。けれど、あなたは別です! あなたはこのお二人と同じチームの人間でいる資格はありませんわ! 即刻、“サバト・レガロ”から脱退することを命じます!」

「……………………」

 

 少女が声高に命じた瞬間、ウルベルトの顔から表情が消えた。金色の瞳にも感情の色が消え、代わりに暗い光が宿る。

 

 突然音という音が消え……――空気が死んだ。

 

 この場にいる全ての人間が本能的な恐怖に襲われ、発作のように冷や汗が身体中から滝のように噴き出てくる。まるで急に呼吸の仕方が分からなくなったようにひどく息苦しくなり、重すぎる空気が容赦なく身体の中と外を押し潰してきた。

 激し過ぎる怒気と殺気の渦にユリとニグンも顔を蒼褪めさせて身を震わせている。

 この世界では絶対者であるユリや強者となったニグンでさえも恐怖を感じてしまうのは、偏に相手が超越者であるウルベルトだからだった。

 

「……“サバト・レガロ”は私のチームです。あなたにどうこう命じられる謂れも権利もないのですがね」

 

 絶対零度の歪な笑みを浮かべて見下ろしてくるウルベルトに、少女の華奢な身体がビクッと震える。

 しかし少女は一度ゴクッと大きく喉を鳴らすと、恐怖に引き攣る唇を何とか開いてか細く震える声を絞り出した。

 

「……そ、そこまで…おっしゃる、なら……しょ、しょうめいして…くださ、い……っ!」

 

「………ほう……」

 

 怯えと死の恐怖を色濃く瞳に浮かべ、みっともないほど大きく身体を震わせながらも必死に言葉を紡ぐ少女に、ウルベルトは思わず感心の声を小さく零していた。

 両脇の用心棒のような男たちは勿論の事、食堂に何人かいる戦闘のエキスパートであるはずのワーカーたちですら恐怖に身を硬直させて声を上げるどころか息も絶え絶えになっている。だというのに、目の前の唯の少女だけが真正面からウルベルトを見つめ、か細いながらも言葉を紡いでいるという事実。

 人の上に立つ者としての意地か、精神系の“生まれながらの異能(タレント)”でも持っているのか、それともその両方か……。

 どちらにせよ、ウルベルトにとってはひどく興味深いことだった。

 

「……証明、ですか…。あなたは私に何をお望みで?」

 

 故に、ウルベルトは先ほどまでの激し過ぎる怒気と殺気を霧のように一気に霧散させた。重苦しい空気が軽くなり、張りつめたものが切れて卒倒する者が続出する。しかしやはりと言うべきか、少女は頽れそうになりながらもその場に踏みとどまると、真っ直ぐにウルベルトを見つめ返してきた。

 

「…あす、わたくしが主催する演目が、ひらかれます……。それに参加し、あなたの力をみせてほしいのです…。もちろん、さいごまで勝ちすすめれば、賞金もおしはらいし、こんかいの件についてはしゃざいさせて、いただきます……」

 

 未だ舌足らずながらも言葉を紡ぐ少女に、ウルベルトもじっと真っ直ぐ少女を見下ろす。

 暫く見定めるように見つめた後、誰もが固唾をのんで見守る中でウルベルトは徐に口を開いた。

 

「………宜しいでしょう。詳細はまた書面にでもしてこちらに届けて下さい」

「わかりましたわ…。あす、楽しみにしておりますわ」

「ええ、こちらこそ」

 

 微かに震えている指先で長いスカートの裾を摘み、令嬢らしく小さく礼をとってくる。

 ウルベルトも胡散臭いまでの爽やかな笑みを浮かべると、胸に片手を添えて小さく礼をとった。

 傍から見れば貴族同士の優雅な挨拶のワンシーンにも見えたことだろう。

 しかしこの場にいる全員は、先ほどウルベルトが恐ろしいまでの絶望感を発していたことを忘れてはおらず、二人が挨拶を終えて少女が二人の男を引き連れて店を出て行くまで息を殺して緊張に身体を強張らせ続けた。ウルベルトたちが再びカウンター席に腰を下ろしたところで、やっと息を吐き出して緊張を緩める。

 客たちの反応を背中で感じながら、ウルベルトも小さく息をついてカウンターに頬杖をついた。

 

「……あのような言葉に従って、宜しかったのですか?」

 

 珍しくユリが伺いを立ててくる。

 しかし彼女の反応も疑問も当然のものと言えた。

 少女の言葉にはどれも、ウルベルトが口にした“サバト・レガロ”に対して少女が口を出す根拠も論破も含まれておらず、ウルベルトが彼女の申し出を受ける義理も理由もありはしなかった。いつものウルベルトであれば、『知るか』の一言で切って捨てたことだろう。

 しかしウルベルトはそうはせず、少女の申し出を引き受けた。

 何か深い考えがあるのかと見つめてくるユリに、頬杖をついた状態で小首を傾げながらウルベルトはクスッと小さな笑みを浮かべた。

 

「……なに、構わないとも。確かに最初は話を聞く気にもならなかったが……、少しだけあの少女に興味がわいた」

 

 自分の怒りや殺意といった激しい感情が周りにどれほど大きな影響力を与えるか、ウルベルトは既にある程度理解していた。自分やモモンガたちのことを至高の主と崇拝してくれているNPCたちは勿論の事、この世界の住人たちに対しても、それは強烈な威圧感や恐怖となって彼らに襲い掛かる。そんな中で唯の世間知らずの小娘だと思っていた少女が真っ直ぐに立ち向かってきたのだ。怒りを通り越して面白く感じ、彼女に興味が湧いてしまった。

 

「それに、申し出を受けてメリットはあってもデメリットはない。少々目立ちすぎてしまうかもしれないが……、折角だ、奴らを驚かせてやろうじゃないか」

 

 フフッと楽しそうな笑い声を零すウルベルトに、ユリとニグンは静かに小さく頭を下げた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「………う~む……」

「……あなたがそんなに思い悩むなど珍しいですね。どうしました?」

 

 無人の静かな回廊に、二つの声が響いては消える。

 ここはバハルス帝国の帝都・アーウィンタールの中心に佇む帝城。

 見事な中庭が見下ろせる回廊で、同じデザインの漆黒の鎧を身に纏った二人の男が並ぶように立っていた。

 中庭を眺めながら唸り声のような声を上げているのは帝国四騎士の一人である“雷光”バジウッド・ペシュメル。そしてバジウッドを不思議そうに見つめている青年は、同じく帝国四騎士の一人である“激風”ニンブル・アーク・デイル・アノックである。

 バジウッドは鋭い双眸でチラッとニンブルを見やると、厳めしい顔を更に顰めさせて再び唸り声を上げた。

 

「………ニンブル、俺が陛下に怒られた件を覚えてるか?」

「陛下に怒られて……、あぁ、奥方と愛人の方々の護衛を騎士団にさせようとしていた件ですか? 勿論、覚えていますよ」

 

 現皇帝である若い青年が強面のバジウッドを叱りつけている珍しい光景を思い出してニンブルが小さく頷く。バジウッドも一つ頷いた後、漸く中庭から視線を外してニンブルに真正面から向き直った。

 

「陛下に怒られたんで代わりに腕利きの冒険者とワーカーに護衛を頼んだんだがなぁ……、どうやら平原でモンスターの大群に襲われたそうなんだよ」

「平原でモンスターの大群!? それは珍しいと言いますか……、大丈夫だったのですか?」

「あぁ、あいつらは無事に用事を済ませて戻ってきたさ。どうやら、モンスター共に襲われた時に通りがかった一つのワーカーチームに救われたらしい。…ただな~……」

 

 歯切れ悪く言葉を途切らせるバジウッドに、ニンブルは更に首を傾げた。

 平原にモンスターの大群が現れるなど珍しいことではあるし、それに自分の妻や愛人たちが巻き込まれたという事実は無事だったとはいえ面白いことではないだろう。しかし彼がこんなにも言いよどむ理由が分からなかった。

 

「一体どうしたというんですか?」

「……それが、その通りがかったワーカーチームってのが話を聞く限り中々強そうではあるんだが名に全く聞き覚えがなくてな……。妙に気になるんだよな~……」

 

 煮え切らず頭をわしゃわしゃと掻き毟るバジウッドに、ニンブルもそのワーカーチームとやらに興味がわいた。一体どういった者たちなのか質問し、バジウッドは妻や愛人たち、護衛依頼をした冒険者やワーカーたちから聞いた話を詳しく話してくれた。バジウッドが語る話を聞くにつれ、ニンブルは彼が何故ここまで唸っていたのか分かったような気がした。

 ワーカーチームの名は“サバト・レガロ”。

 男二人と女一人という極少人数にも関わらず、ある者はモンスターの大群を捌き、ある者は天使を召喚し、ある者は首が十二本もある立派な多頭水蛇(ヒュドラ)を魔法一発で退治してしまったらしい。神が創り上げた最高傑作かと思うほどに整った容姿を持ち、疾風のように速い漆黒の馬に跨り、高価な薬草を何の迷いもなく与える懐の深さをも持ち合わせている。

 聞けば聞くほど信じられず、眉唾なのではないかと疑ってしまうほどだ。

 しかしバジウッドの妻や愛人、冒険者やワーカーたちも一切嘘をつく理由などなく、そう考えれば全てが本当なのだろうという結論に達してしまった。

 

「……分かりました。私も気になりますし、少し調べてみましょう」

「おっ、本当か! 頼んだぜ、ニンブル!」

 

 バジウッドの表情が一気に明るくなり、ニンブルへと笑顔を向けてくる。

 ニンブルは小さく苦笑を浮かべると、彼に応えるように小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国の要人たちに興味を持たれたことに、ウルベルトたちは未だ気が付いていない。

 

 


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