世界という名の三つの宝石箱   作:ひよこ饅頭

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遅くなりましたが、お気に入り件数1000件突破!
ありがとうございます! とても励みになります!!

今回はオリキャラなども出てきますので、ご注意ください。
オリキャラのタグとか付けた方が良いだろうか…。


第11話 デモンストレーション

 ウルベルトたちがバハルス帝国に潜入して二日目の朝。

 彼らは影の悪魔(シャドウデーモン)の案内で帝都を出た森の中にいた。

 何故彼らがこんなところにいるのかというと、シャドウデーモンに見張らせていたワーカーチームの一つが任務を開始し、この森の近くを通るという情報を得たからだった。

 ワーカーチームの任務内容は複数の人間の護衛。それもシャドウデーモンが聞いた情報によると、依頼主はバハルス帝国の軍部に属する重役の一人であり、護衛対象はその親族だという。

 何だか話がうますぎる、とユグドラシルでの経験を持つウルベルトからすれば若干薄気味悪く感じてしまうのだが…。

 

 

「……ですが、何故そのような身分の高い人間がワーカーなどに依頼したのでしょうか?」

 

 ウルベルトの後ろに控えるように付き従っているユリが不思議そうに疑問を口にする。彼女の疑問は尤もであり、ウルベルトとしても疑問に思う所であった。

 案内のために前を歩いているシャドウデーモンを見やれば、悪魔は心得たように小さく頭を下げてきた。

 

「ワーカーの人間たちの話によると、依頼主は最初は帝国の兵に護衛するよう手配していたようです。しかし直前になってそのことが上層部にバレ、致し方なく冒険者やワーカーに頼ったとか…。護衛任務には我らが見張っていたワーカーチームの他に冒険者チームも一組つくとのことです」

「なるほど…。その依頼主はあまり規律を気にしない類の人間なのかな?」

 

 国の兵を私事に使おうとすれば、それは怒られるだろう。たとえ直属の部下だったとしても、国の兵ならばそれは私兵ではなく、国の有事のためにある力だ。

 しかし違う面で考えてみると、その依頼主はある程度国の兵を自分の好きなように動かせる人物であり、私物化しようとしていたことが上層部にバレたとしてもクビにならないだけの人物であるということが分かる。

 一体何者なのかという疑問が浮かぶと同時に、本人ではなく親族だからといって接触しても大丈夫だろうかという迷いが少しだけ湧き上がった。

 名声を高めるのには打って付けだが、しかし依頼主や護衛対象が国の機関の関係者だと分かった以上、やり過ぎれば変に目を着けられる可能性もある。

 少々気を付けた方が良いかもしれない…と内心で判断する中、不意に前方から名を呼ばれてウルベルトはそちらへと目を向けた。

 

「ウルベルト様!」

「お待ちしておりました、ウルベルト様」

 

 森の中にポツリと立っていたのは、明るい満面の笑みを浮かべたアウラと美しい微笑を湛えたアルベド。

 彼女たちはウルベルトが目の前に到着したのを見計らうと、二人同時に深々と頭を下げて臣下の礼を取った。

 

「おはよう、二人とも。急に呼び出してしまってすまなかったね、アルベド」

「とんでもございません! ご用命とあれば、即座に馳せ参じます」

「ありがとう。お前の忠誠を嬉しく思うよ。しかし…、何故アウラもここに?」

「ご命令内容の詳細は伺っておりませんでしたが、平原で人間どもにモンスターを嗾けるのならば獣や魔獣の方がよろしいかと愚考いたしました。勝手ながらペロロンチーノ様に許可を頂き、アウラを連れて参りました」

「なるほど」

 

 ワーカーチームが任務に動いたとシャドウデーモンから報告を受けた後、ウルベルトはすぐさまアルベドに連絡を取り、嗾けるモンスターの用意を頼んでいた。こちらから詳しい指定はしていなかったのだが、どうやらアルベドが機転を利かせてくれたようだ。

 ウルベルトは納得して一つ頷くと、続いてアウラへと目を向けた。

 

「忙しいのに、突然すまなかったね。ペロロンチーノからは叱責を受けなかったかな?」

「はい! ウルベルト様の御力になってくるよう、仰せつかって参りました!」

「そうか…。二人ともよろしく頼む」

「「はっ!」」

 

 二人が再び同時に頭を下げてくる。

 ウルベルトも一つ頷いて返すと、続いてアウラやアルベドの背後の森の中へと視線を転じた。

 人間の目では見とめることができないかもしれないが、木々の影に隠れるようにして複数の存在が蠢いているのが見えた。

 

「…こいつらが嗾ける獣や魔獣どもか」

「はい! トブの大森林からかき集めてきちゃいました!」

「だが、あの森に生息しているモンスター程度だとあまりにも弱くないかね?」

「ですので、一匹だけもう少しマシな奴を召喚して混ぜておこうかと思っています!」

「なるほど、真打というわけだ」

 

 中々面白くなってきたな、と思わず笑みを深めさせる。

 何を召喚するつもりなのかは知らないが、しっかり者のアウラと聡明なアルベドの事だ、あまり心配することはないだろう。

 後はワーカーたちが来るのを待つだけだなと一息つく中、まるでこちらの様子を窺うようにアルベドが静々と歩み寄ってきた。

 

「あ、あの…、ウルベルト様……」

「ん? どうした、アルベド?」

「……差し出がましいかとは思いましたが、どうぞこちらを…」

 

 アルベドが両手で差し出してきたのは一つの布袋。

 ウルベルトは反射的にそれを受け取ると、縛られている口を開いて中を覗き込んだ。中には鮮やかな緑色の草の束がぎっしりと入っており、ウルベルトは思わず小首を傾げた。

 中身が何かは分かったものの、何故彼女がこんなものを差し出してきたのかが分からない。しかし聡明な彼女が差し出してきたものなのだから、何か意味があるのだろう。

 ウルベルトは布袋とアルベドを交互に見やると、無意識に反対側に小首を傾げた。

 

「………これは…?」

「大森林の深淵部にのみ生息する薬草です。…ウルベルト様がこの場にいる理由付けは、既に考えておられるとは承知しております。しかし、これが少しでもお役に立てないかと勝手ながら準備させて頂きました」

「理由付け……。…いや、何も考えてはいなかったが。やっぱり唯の通りすがりってのはマズかったか」

「え…? あっ、は、はい。それは少々不自然かと思われます」

 

 アルベドは一瞬呆けた表情を浮かべるも、すぐに慌てて取り繕い大きく頷いてくる。

 ウルベルトは取り敢えず布袋を後ろに控えているユリに預けると、そのままふむ…と顎に手を添えて考え込んだ。

 彼女がこれを渡してきたということは、『薬草摘みの帰り道に偶然遭遇した』という理由付けにすべきだということだろう。それならば確かにただ単に偶然通りかかったという理由よりも信憑性が増し、怪しさも軽減される。しかしウルベルトには一つ気になる点があった。

 

「…しかし、私たちは今日の早朝に宿を出た。それから薬草を採ってきて今戻ってきているのは時間的に不可能ではないかね?」

「はい。ですので、こちらも勝手ながらご用意させて頂きました」

 

 アルベドの言葉を待っていたのか、アウラが森の奥から三つの大きな影を引き連れてきた。

 見覚えのあり過ぎる三頭の獣に、ウルベルトは思わず大きく目を見開かせる。

 アウラの手によってウルベルトの目の前まで歩み寄ってきたのは、大きな闇色の馬だった。

 名を魔の闇子(ジャージーデビル)

 全体的には馬と同じ姿をしているが、背には蝙蝠のような皮膜の翼が生え、長い毛の尻尾ではなく細長い尾がゆらゆらと揺れている。体色は濃度が濃すぎる闇色で目を凝らさねばシルエットしか見定めることができず、長い鬣と蹄の毛はまるで闇の炎の様に微かな風にも揺らめいて宙へと踊っていた。瞳だけが血のような深紅で、闇色の中に二つの赤い玉だけがポツリと浮かんでいる様に見える。

 一頭はウルベルトが騎獣として使っていた100レベルのものであり、後の二頭はナザリックを攻略した後に新たに作成した60レベルのものだろう。

 ウルベルトは第七階層の全てを創り上げてデミウルゴスを創造した後、デミウルゴスに必要であろう物を考えて作るのにも余念がなかった。服や装備やマジックアイテムは勿論の事、ナザリックから出られるはずがないというのにデミウルゴス用の騎獣や馬車まで作り込んでいた。60レベルのジャージーデビルは、馬車に繋ぐために創造した四頭の内の二頭だろう。

 ジャージーデビルはたとえ100レベルであろうとも攻撃力や防御力はそれほど高くはない。しかし唯一駆ける速度は驚くほどに速く、確かにこれがいれば早朝に薬草を採りに行って戻ってくることも可能だろう。

 ウルベルトは込み上げてくる懐かしさに誘われて、そっと目の前の馬の顔へと手を伸ばした。温かな鼻先が掌に触れ、そのまま頬にかけて手を滑らせればジャージーデビルは甘えるように顔を擦り付けてくる。思わずフフッと小さな笑い声を零し、勝手なことをして叱責を受けないかと不安そうな表情を浮かべているアルベドを振り返った。

 

「いろいろと気を遣って手を回してもらってすまないね。礼を言うよ、アルベド」

「っ!! ありがとうございます、ウルベルト様!」

 

 途端に頬を朱に染めて目を輝かせるアルベドに、ウルベルトは更に笑みを深めさせた。

 いつもは優秀で美しさが際立つ守護者統括ではあるが、こんなところはとても可愛く見えてくる。

 ウルベルトは何も深く考えることなくアルベドの頭に手を乗せると、よしよしと撫でてやりながらアウラへと視線を向けた。もう片方の手をアウラの小さな頭に乗せ、同じように撫でてやる。

 

「アウラもありがとう。お前たちの働きを有効活用させてもらうよ」

「は、はい! …えへへ」

 

 アウラも頭を撫でられて嬉しいのか、頬を朱に染めてはにかむような笑みを浮かべている。

 ウルベルトは暫く飽きることなく二人の頭を撫でていたが、不意にユリに名を呼ばれて漸く彼女たちの頭から手を放した。

 

「ウルベルト様、ターゲットがこちらに近づいて来ております」

「漸くか。では始めるとしよう。…アウラ」

「はい!」

 

 アウラはピンっと背筋を伸ばすと、まるで跳ねるように森の影の中へと駆け込んでいった。数分も経たぬ内に影の暗闇がザワッと騒めき、次の瞬間多くのモンスターたちが我先にと影から飛び出てきた。

 (ウルフ)魔狼(ヴァルグ)。多くの幼マンティコアを引き連れたマンティコアたち。巨大昆虫(ジャイアント・ビートル)。土の中を泳ぐ森林長虫(フォレスト・ワーム)など。

 優に五十は超えるモンスターたちの大群が一直線に同じ方向に突進していくのに、ウルベルトたちもすぐに後を追うことにした。

 ウルベルトは自身が騎獣として使っていた100レベルのジャージーデビルに跨り、ユリとニグンも少し小柄の60レベルのジャージーデビルにそれぞれ跨る。

 手綱を手繰り寄せるように握り締めると、久しぶりに主を背に乗せて興奮しだすジャージーデビルを諌めながらアルベドと影から出てきたアウラを振り返った。

 

「アルベド、アウラ、早くこちらに来い!」

「ウ、ウルベルト様…?」

「一体どういう……」

「こちらの方が速い! アウラは前に、アルベドは後ろに乗れ!」

「「っ!!?」」

 

 ウルベルトの言葉に二人が驚愕に息を呑む中、ウルベルトは一切気にすることなく馬上から二人に手を伸ばした。まず始めにアルベドを引き上げるように後ろへと乗せ、次にアウラを掬い上げるように前へと乗せる。

 彼女たちが騒ぎ立てるその前に、さっさとジャージーデビルの脇腹を軽く蹴って合図を送った。

 

「アルベド、しっかり掴まっていろ!」

 

 前に座っているアウラは腕を回して支えることができるが、後ろに座っているアルベドは支えることができない。着ているドレスも相まって横向きにしか座れぬ彼女は上手くバランスもとり辛く振り落とされないとも限らないだろう。

 ウルベルトの言葉に恐る恐る腰に回されたアルベドの腕を確認すると、更に速度を速めるようにジャージーデビルに合図を送った。

 急に速度が上がったことに驚いたのか、アルベドが腰に回している腕に力を込めて背中に抱き付いてくる。可愛らしい少女のような反応にウルベルトはフフッと小さく笑みを零すと、すぐに顔を引き締めさせて鋭く前を見据えた。

 三人の異形を背に乗せながらもウルベルトのジャージーデビルはビクともせずに数多のモンスターの群れを追って森の中を駆け抜けていく。ユリとニグンもその後に続き、数分も経たぬ内に前方から戦闘の音が聞こえ始めた。

 恐らくモンスターの群れが標的の元に辿り着いたのだろう。

 前方で森の木々が途切れているのも見とめ、ウルベルトは手綱を強く引いてジャージーデビルを停止させると、そのまま身軽にその高い背から飛び降りた。アルベドたちも馬上から降りる中、ウルベルトは近くの大きな茂みへと駆け寄っていった。腰を屈めて身を隠し、そっと茂みの奥を覗き見る。

 茂みの奥に広がっていたのは見晴らしの良い大きな平原。

 至る所にウルベルトたちがいる森と同じような木々の群衆が点在しているのが見てとれる。

 そして平原のど真ん中ではまさに大きな乱闘騒ぎが繰り広げられていた。

 大きな二台の馬車と一台の荷馬車。縦一列に並んで停止しているそれらを護るように八人の男女が必死にモンスターたちと戦っている。恐らく彼らが雇われた冒険者とワーカーたちなのだろう。中々の実力者なのか良く持ち堪えているようだったが、やはり多勢に無勢ということもあって苦戦しているのが見てとれた。

 恐らく個々撃破であれば彼らの方が圧勝するだろう。しかし数の暴力という言葉がある通り、いくらレベルや実力に差があろうとも相手の数が多ければ手が間に合わず苦戦を強いられる。

 やはり個の力だけでなく数の力も重要だな…と再確認しながら、ウルベルトは静かに彼らの死闘を観察していた。

 

「おいっ、何でこんな所にこんなにモンスター共がいるんだよ!」

「まだまだ来るぞ! さっさと詠唱しろ!」

「何でマンティコアがこんなところに!? 大森林の深淵部にしかいないはずなのに!!」

 

 戦闘音に混じって怒声のような声が聞こえてくる。

 何とも元気なことだと少し感心しながら、ウルベルトは彼らに気づかれないようにゆっくりと立ち上がってジャージーデビルの元まで引き返した。手綱を握りしめ、ユリとニグンにも用意するように指示を出しながらアルベドとアウラを振り返った。

 

「それでは、少し行ってくる。お前たちはここで見物でもしているといい」

「はい、ウルベルト様!」

「いってらっしゃいませ、ウルベルト様」

 

 アウラとアルベドが同時に跪き頭を下げる。

 ウルベルトは一つ頷いて再びジャージーデビルに跨ると、ユリとニグンの準備ができたことを確認して手綱を握り直した。馬首を少しずらして脇腹を蹴る。

 ジャージーデビルは一つ小さく嘶くと、ウルベルトに忠実に従って彼の指示する方向へと足を踏み出した。不自然にならないように一度迂回し、一気に加速して森の中から平原へと飛び出す。

 馬上で詠唱を唱えながら団体の横腹に食い込むように突進する。

 しかし魔法詠唱者(マジックキャスター)だと思われる少女に魔狼が襲い掛かるのを見とめ、咄嗟に詠唱を止めてジャージーデビルにそのまま突っ込ませた。闇の巨体は更に速度を増し、今まさに少女に牙を立てようとしていた魔狼を体当たりして吹き飛ばす。

 ウルベルトは手綱を引いて興奮しているジャージーデビルを停止させると、太い首を軽く叩いてやりながら先ほど助けた少女を振り返った。

 

「危ないところでしたね。怪我はありませんか?」

「…あ、あなたは……!」

 

 少女が驚愕に目を見開かせて呆然とウルベルトを見上げてくる。

 しかし何かを言う前にすぐ側から叫び声が聞こえてきて、少女はハッとそちらを振り返った。ウルベルトもそちらに目を向ければ、一人の戦士風の男がマンティコアと三体の幼マンティコアに襲われているところだった。他の冒険者やワーカーたちが助けに行こうとするも目の前のモンスターたちに邪魔されて上手くいかないようだ。

 ウルベルトは咄嗟に助けに行こうとする少女を押し留めると、その間に遅れてやってきたユリとニグンがウルベルトと同じように襲われている男の元へと騎乗したまま突っ込んで行った。ジャージーデビルの強靭な巨体と突進の勢いに負けてマンティコアたちが呆気なく吹き飛ばされ蹄に踏み潰されていく。

 ウルベルトたちの突然の登場に冒険者やワーカーたちが驚愕の表情を浮かべる中、ウルベルトは馬上から飛び降りて、こちらに駆け寄ってくるユリとニグンへと命を発した。

 

「私は彼らを護っていよう。お前たち二人で奴らを殲滅しろ」

『折角だ、…この機をニグンの経験値稼ぎに利用する。ニグンを主とし、ユリは補助に徹しろ』

「「はっ」」

 

 口からの命令と〈伝言(メッセージ)〉からの命令に、ユリとニグンも馬上から降りて頭を下げる。しかしすぐさま頭を上げると、素早く踵を返して未だ多く残っているモンスターの群れへと突っ込んでいった。ニグンが炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を召喚し、ユリがガントレットを着けている拳を勢いよく振るう。

 ウルベルトはこれ以上被害が出ないように冒険者やワーカーとモンスターたちを引き離すように三頭のジャージーデビルを突っ込んで走らせ、馬車と荷馬車を中心に全員が集まったのを見計らって防御魔法を唱えた。

 〈魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)生命拒否の繭(アンティライフ・コクーン)〉。

 微光を放つ大きな半球のドームが現れ、ウルベルトや未だ走り回って牽制しているジャージーデビルを含む団体全てを包み込む。

 ウルベルトはジャージーデビル達を呼び寄せると、未だ驚愕や困惑の表情を浮かべている冒険者やワーカーたちを振り返った。

 

「無傷…と言う訳にもいきませんでしたが、ご無事で何よりです。後は私たちに任せ、あなた方は怪我人の手当てをして下さい」

「あ、あんたらは……」

「これは失礼。申し遅れました、我々はワーカーチーム“サバト・レガロ”。以後お見知りおき下さい」

 

「ウ……んぅ、レオナールさ――、ん」

 

 手短に名乗る中、不意にユリに名を呼ばれてウルベルトはそちらを振り返った。

 一度目を瞬かせ、視界に飛び込んできた光景に思わず小さく目を細めさせた。

 

「……ほう、これはこれは…」

 

 視界に飛び込んできたのは全ての獣と魔獣たちが地に伏している光景。そして、まるでラスボスの様に森から姿を現した一つの巨体の姿だった。

 太く巨大な胴体に、四つの太く短い足。胴体から頭上へと伸びる首は一つではなく、十二本もの蛇の首がゆらゆらと宙を揺らめいていた。全身を覆う鱗は鮮やかな緑色で、微かな光にも反射して光る様は美しさだけでなくその強固さをも見る者に知らしめていた。

 

「………多頭水蛇(ヒュドラ)…」

「……おいおい、何だよあれ。頭が十二本もあるぞ…!」

 

 後ろで冒険者やワーカーたちが騒ぐ声が聞こえてくる。

 彼らの言葉通り、姿を現したのは多頭水蛇(ヒュドラ)という化け物だった。

 それも唯のヒュドラではなく、アウラが召喚した特別なものだ。恐らくレベルで言えば30台、ニグンの話からするとこの世界では脅威レベルの化け物だろう。

 あれの相手は今のニグンでも少々手に余るだろうと判断すると、ウルベルトはこの場をユリに任せて軽い足取りでヒュドラと対峙しているニグンへと歩み寄っていった。

 

「倒せるか?」

「……申し訳ありません。今の私では難しいかと…」

 

 一応念のため確認を取るために声をかけるが、予想通りの答えが返ってくる。唯一露出している口元を悔しそうに歪めるニグンに、ウルベルトは一つ頷いて更に彼の前へと進み出た。

 見事な巨体と鱗に目を細めさせながら、頭上高く伸びる十二本の蛇の頭を見上げる。

 さて、何の魔法を使おうか…と頭を悩ませ、使う位階魔法を制限しなくてはならない事実を思い出して面倒臭さを感じた。

 この世界のレベルに合わせ、ナザリックの外出組は全員、使用する位階魔法を制限するようにしていた。ウルベルトは第五位階まで、その他の者たちは全員第三位階までだ。

 その中で炎系の魔法を選択し、のしのしと鈍くこちらに突進してくるヒュドラを睨み据えた。

 いくらアウラが召喚した特別性だとしても、レベル的にも装備的にもあのヒュドラの攻撃ではウルベルトにかすり傷一つ付けられない。しかし、かといって先手を許すのも気に入らず、ウルベルトはさっさと終わらせることにした。折角だから一撃で楽にしてやろう…と、まるで手招くように優雅に右手をヒュドラへ差し伸ばす。

 

「〈二重最強化(ツインマキシマイズマジック)火球(ファイヤーボール)〉」

 

 通常よりも二倍近い大きさの火球が二つ現れ、一直線にヒュドラへと放たれる。

 まるで雷鳴のような重く大きな音と共に二つの火球が鎧の様な輝く鱗に着弾。瞬間、火球が弾けて巨大な炎がヒュドラの全身に広がり、地面に降り注いで炎の海を作り出した。ヒュドラは十二の頭すべてで絶叫を上げて暴れるが、既に全身は炎に包まれて炭化し、ボロボロと崩れ始めている。瞬く間に動きが鈍くなり、地響きを響かせる勢いで黒く変色した地面へと倒れ伏した。

 かかった時間は僅か数分。

 しかし一瞬で息の根を止めることができなかったことに、ウルベルトは少しだけアウラに申し訳ない気持ちを湧き上がらせた。

 ただ召喚しただけの存在だと言えばそうなのだが、アウラのシモベと言っても間違いではないだろう。

 ウルベルトはフゥッと小さく息をつくと、気を取り直して踵を返した。後ろに控えていたニグンに一つ頷き、彼を引き連れてユリたちのいる馬車の元へと歩を進める。

 未だ展開されている〈生命拒否の繭(アンティライフ・コクーン)〉の中では、治療が終わった冒険者やワーカーたちが驚愕の表情でウルベルトたちを見つめていた。

 足早にこちらに駆け寄ってくるユリを迎え入れ、改めて彼らに視線を向ける。

 

「どうやら皆さんご無事のようですね。モンスター共の襲撃は終わったようですし、もう大丈夫でしょう」

 

 朗らかな笑みと柔らかな声音を意識して声をかける。

 彼らは驚愕から困惑へと表情を変えると、互いの顔を見合わせ合って改めてウルベルトたちへと顔を向けた。二人の男が徐に立ち上がり、こちらへと歩み寄ってくる。

 

「…まずは礼を言わせてくれ。俺は冒険者チーム“閃光の牙”のリーダーを務めているアドルフ・ロワーズ。危ないところを助けてくれて感謝する」

「俺はワーカーチーム“フォーサイト”のリーダー、ヘッケラン・ターマイトだ。俺からも礼を言うよ」

「いえいえ、薬草採りの帰り道に偶然通りかかっただけですので。どうかお気になさらず」

 

 あくまでも紳士的に対応しながら、彼らが口にしたチーム名と名前を記憶に刻み込んでいく。

 どこまで使える情報か分からないが、しかし今は些細なものでも取り込んでいく必要がある。それに顔見知り程度でも知り合いが増えるというのも現状では歓迎することなのだ。

 しかしその一方で、彼らに対してはどこまで親交を深めるべきか…と内心で考え込む中、不意に彼らの背後にある馬車の一つから一人の女が外へと出てきたのが目に入った。

 綺麗に結い上げられた金色の髪に、深い青色の大きな瞳。ユリには敵わないものの、十分に美しく整った顔立ち。こんな平原には似つかわしくない深紅のドレスを身に纏い、指輪に彩られた指でそっと裾を摘み上げながら静々とこちらへと歩み寄ってきた。

 

「…どうやら危機は脱したようですね」

「これは、シャーロット様!…お騒がせしてしまい、申し訳ありません」

「何を言うのです。モンスターの大群がこんな平原にまで来るなんて誰も予想できませんでした。あなた方が(わたくし)たちを命がけで守って下さったこと、心から感謝しています」

 

 アドルフから“シャーロット”と呼ばれた彼女が護衛対象者なのだろう。

 国の重役の親族だという話だったためどんな人間なのかと少しだけ興味はあったが、まさか女性だとは思わずウルベルトは思わず小さく目を見開かせた。

 不意にシャーロットがこちらを振り返り、瞠った金色の瞳と静かな青色の瞳がかち合う。

 

「あなた方も、助けて下さって感謝します。お名前を聞いても宜しいでしょうか?」

「……ワーカーチーム“サバト・レガロ”のリーダーを務めるレオナール・グラン・ネーグルと申します。彼女たちは私の仲間でリーリエとレインです」

「改めて感謝します、ネーグル殿」

 

 シャーロットが胸に右手を添え、軽く頭を下げてくる。

 ウルベルトは一つ頷くだけでそれに応えると、主人の意向を察して近づいてくるジャージーデビルへと手を伸ばした。思わず怯んだように小さく後ずさるアドルフやヘッケラン達を尻目に、ウルベルトは鼻筋から頬にかけて一撫でしてやると、手綱を手繰り寄せてその背に飛び乗った。後ろでユリとニグンもジャージーデビルに跨るのを気配で感じながら、一気に下になった面々を馬上から見下ろす。

 

「それでは我々はそろそろお暇いたします。どうか道中お気をつけて」

「待って下さい」

 

 さっさとこの場を去ろうとしたのだが、その前にシャーロットに呼び止められた。

 咄嗟に手綱を引き、制止されたことに不満そうに小さな嘶きを上げるジャージーデビルを諌めてやりながらシャーロットを見下ろした。

 

「何でしょうか?」

(わたくし)に雇われて下さいませんか?」

「………どういう意味でしょう…」

「また先ほどと同じようなことが無いとは言い切れません。あなた方が護衛としていて下されば、とても心強いのです」

 

 アドルフとヘッケランだけでなく、他の冒険者やワーカーたちからも反論の声は上がらない。彼らの表情や反応を観察し、ウルベルトは気づかれない程度に小さく目を細めさせた。

 彼らの考えと内心が手に取るように分かる。

 確かにモンスターの大群だけなら自分たちだけでも何とか対処できたかもしれない。しかし先ほどのヒュドラのような化け物が出てきた場合、今のメンバーだけでは倒すことはできないだろう。逃げるにしても、それ相応の被害は覚悟しなくてはならなくなる。ウルベルトたち“サバト・レガロ”の力の一端を見て知った今、どんなに悔しくても彼らが同行してくれるのならば心強い、とでも思っているのだろう。

 しかし…――

 

「申し訳ありませんが、お断りいたします」

 

 リーダーであるウルベルトの返事はどこまでも素っ気ないものだった。

 彼らの気持ちも分からなくもない。

 しかし最初から任務に参加していたならばともかく、通常であれば一つの任務に横やりを入れたり横取りをする行為は決して褒められたことではないのだ。

 今別れれば少しの嫉妬心と、すごいものを見たという大きな高揚感で終わることができる。しかし行動を共にしてしまえば、彼らの自尊心を傷つけ、誇りを踏みにじってしまうだろう。たとえ護衛対象者からの指示であったとしても、当事者である彼らすら望んだことだとしても、それは変わることはない。

 もし自分たちがこの任務に参加したとして、先ほどのような脅威が訪れず任務が成功して終わった場合、彼らの胸の奥底に押し込められていた不満や悔しさが再び顔を覗かせてしまう可能性が高かった。

 名声を高め、多くの信用を持ちたい今、そのような不穏の種を撒くなどあり得ない。

 何より、先ほどのようなことはもう起こらないと知っているウルベルトの回答は決まりきったものだった。

 

「我々にも都合というものがあります。残念ですが、その申し出を受けることはできません」

「そう、ですか……」

「…しかし、このまま別れてしまうのも気が引けますね。…リーリエ」

「はい」

「薬草を彼らに」

「……畏まりました」

 

 ユリは一度目を閉じて小さく頭を下げると、ジャージーデビルから降りてアドルフへと歩み寄った。絶世の美女が近づいてきたことに思わずたじろぐアドルフを気にした様子もなく、ユリは腰に結わえていた布袋を外して彼に手渡した。

 中には多くの薬草がぎっしり入っており、アドルフは思わず驚愕に目を見開かせる。

 

「こ、こんな高価な薬草を!? 本当に良いんですか!?」

「はい、どうぞお納めください」

「その薬草を使うような事態が起こらぬことを祈っていますよ」

 

 ウルベルトはにっこりと笑みを浮かべると、ユリが再び騎乗したのとほぼ同時に今度こそジャージーデビルの脇腹を蹴った。ジャージーデビルは少しの助走もなく、爆発的な勢いで駆け出す。

 もはや彼らの声が聞こえる距離はすぐに去り、ウルベルトは三キロほど走らせた後に手綱を操って方向転換させた。ぐるっと大きく旋回させ、アルベドとアウラがいる森の中へと入って行く。

 少し速度を緩めさせて木々の間を駆け抜けると、アルベドとアウラの姿を見とめて彼女たちの目の前へと駆けていった。

 

「おかえりなさいませ、ウルベルト様」

「おかえりなさいませ、ウルベルト様!」

 

 アルベドとアウラが満面の笑みを浮かべて頭を下げてくる。

 ウルベルトは一つ頷くと、顔を上げる彼女たちににっこりとした笑みを浮かべてみせた。

 

「お前たちのおかげで作戦は上々だ。礼を言うよ、二人とも」

「とんでもございません! ウルベルト様の御役に立てることこそが私の喜びでございます」

「ウルベルト様、格好良かったです!」

 

 心なしかアルベドが自分の名前を強調して言ったような気がしたが、おそらくそれは気のせいだろう。そんな事よりも思っていたよりも時間がかかってしまったことにウルベルトは小さな苦笑を浮かばせた。

 これ以上ナザリックの管理を任しているアルベドと、ペロロンチーノの補佐を任せているアウラを引き留めるわけにはいかないだろう。

 ウルベルトは〈転移門(ゲート)〉を唱えると、すぐさま彼らのすぐ側の空間に闇の入り口が口を開いた。

 

「こんなに長く付き合わせてしまってすまなかったね。…ナザリックの霊廟に繋げておいた。この〈転移門(ゲート)〉で帰ると良い」

「ありがとうございます、ウルベルト様」

「ペロロンチーノにも礼を伝えておいてくれ。アウラがとても役に立ってくれたとね」

「はい!」

 

 再び頭を下げるアルベドの横で、アウラが嬉しそうな笑みを満面に浮かべる。

 自分が動くまで彼女たちも動くことがないと知っているため、ウルベルトは柔らかな笑みはそのままにジャージーデビルの手綱を手繰り寄せた。手綱を操って馬首を後ろへと巡らせる。

 彼女たちに背を向けると、ウルベルトは後ろ手に片手を上げて挨拶の代わりとし、ジャージーデビルの脇腹を蹴った。

 先ほどとは違って少し緩やかな速度で走り始めるジャージーデビルにウルベルトは思わず笑みを深めさせると、少しだけ身を屈めてポンッポンッと首筋を叩くように撫でる。瞬間、主の許可を得たと判断したのかジャージーデビルの速度が一気に上がる。

 ウルベルトはユリとニグンを引き連れると、真っ直ぐに帝都へ向けて駆け抜けていった。

 

 




遂に(?)ウルベルトさんたちのワーカーでのチーム名が登場!
“サバト・レガロ”は『サバトの贈り物』という意味です。
私のセンスのなさを暴露してしまった…(汗)

*今回のウルベルト様捏造ポイント
・魔の闇子《ジャージーデビル》;
ウルベルトがユグドラシル初期の時に使っていた騎獣。馬の姿に蝙蝠のような皮膜の翼が生え、細長い尾が生えている。体色は濃度が濃すぎる闇色で目を凝らさねばシルエットしか分からず、瞳だけが血のような深紅。長い鬣と蹄の毛は闇の炎の様で、絶えず微かな風に揺らめいている。攻撃力や防御力は低く、唯一駆ける速度は驚くほどに速い。ナザリックには現在ウルベルトとデミウルゴスの騎獣用の100レベルが二頭と馬車用の60レベルが四頭存在している。

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