終わりのエクスマキナ   作:七月なご

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月人(エトランジェ)3

 その後、エクスはデパートの一角に居た。

 そこはキュートなキャラクターグッズが所狭しと鎮座したファンシーフロア。

 

 可愛らしいがぎゅうぎゅうに詰まったそのコーナーに、宵闇の如く黒いコートを靡かせた男が一人。

 怪しいを鼻歌交じりのスキップで通り越した取り合わせに、フロアの店員は「やだ何あの人、何かの撮影かしら」「でも、ちょっとかっこいいかも」などと好き好きにのたまいながら、エクスの動向を逐一観察している。

 

 だが、当のエクスはそんな様子を全く意に介さず、フロアの端から端まで精査するように何度も往復していく。

 そして何往復目か、二つの大きなぬいぐるみを抱きあげてレジへと動いた。

 

「これが欲しい」

「え、あ? はい! お、お会計は一万六千五百五十四円になります……」

「ああ、ラッピングはギフト用のピンクうさちゃんで頼む」

「は、はい!」

 

 しどろもどろする店員などどこ吹く風。

 エクスはラッピングされたぬいぐるみを満足げに眺めると、大切そうにぬいぐるみを抱きかかえて意気揚々とデパートを後にする。

 

 ──だが、デパートの出口には既に何人もの天狗が待ち構えていた。

 人通りが多いデパート前の道には撮影中と書かれたテープが張られ、人々は奇矯な天狗の一団を横目で見ながらテープの外を行き交っている。

 どうやら天狗達はこれから起こる出来事を撮影中の一シーンだと言い張るつもりのようだった。

 

「ほう、まるで動物園の檻の中だな。俺は買い物に来たつもりだったんだが」

「ふふふ、目的のものは買えたかな?」

「ああ、だからそこを退け。俺のポップな手荷物を見て、全てを察し、優しい眼差しでゆっくりと道を空けろ」

「ふぁふぁふぁ、品行方正な若人ならば素直に道を空けよう。だが、お主の行いならばそうはいかぬ」

 

 人々の好奇の目も、眉間に皺を寄せるエクスも一切気にせず、大通りで高笑いする天狗達。

 エクスはピンクの包みを両手に抱えたまま、殺気を込めた視線で天狗を睨みつけた。

 

「いざ、今日こそ年貢の納め時よ!!」

 

 ボシュボシュと次々に音を立て、蒸気筋肉鎧を肥大化させていく天狗達。

 街灯を蹴り飛ばし、柵を飛び越え、街路樹を飛び移るように、天狗達が縦横無尽に街を飛ぶ。

 

「時間がないのに全くもって面倒な奴等だ。少々痛い目に遭わせるぞ。重々反省しろ!!」

 

 ピンクの大包みを両手に抱え、黒いコートのエクスが跳ねた。

 

 

 

 

「……ふう」

 

 台所で料理をしているマキナの横、小百合は物憂げな表情で壁掛け時計を眺めると、深々とため息をついた。

 

「どうしましたか、小百合ちゃん。そんな物憂げな顔をして」

「エクスが遅いなって、それと……少し自己嫌悪ね」

「自己嫌悪ですか?」

 

 マキナが不思議そうに首を傾げる。

 

「エクスもマキナさんも、平気な顔をして誰かを助けることができるのよね。なのに私は自分のことばっかりだなって」

 

 言い終えて小百合は再びため息をつく。

 

「うぅん、そんなに大層なものではないと思いますよ? 私とエクスの場合、ただ好きでやっているだけですから」

「そうやって事もなげに言われるから、余計に私は自分を省みてしまうのよね」

 

 小百合は困ったような表情をして苦笑いした。

 

「小百合ちゃん、そうやって悩めるのは素敵なことですよ。自分を省みることができるのは、その向こうに他の人が居るからですから」

 

 マキナはにっこりと笑ってみせる。

 

「そう、なのかしら。私自身としては恥ずかしいことなのだけれど」

 

 小百合は頬を赤らめ、視線を下に向けたまま軽く頷いた。

 

「はい、大丈夫です。悩むのは成長している証拠ですから。後はその優しさを他の誰かに分けてあげることができれば、きっと小百合ちゃんの世界は広がっていきますよ」

「……ん、マキナさんもエクスと同じようなことを言うのね」

「え、エクスも言ってましたか? うぅん、それは仕方ないです。私とエクスの思考は概して一緒ですから」

 

 眉の端を少し下げてマキナは苦笑いする。

 

「ねえ、マキナさん。常々思っていたのだけれど、エクスとマキナさんってどういう関係なの?」

 

 事もなげに一緒の思考だと言い切るマキナの態度に、小百合は不思議そうな顔をして尋ねた。

 

「え、私とエクスの関係ですか?」

「そう、今日の天狗の時もそうだったけど、阿吽の呼吸って言うか、凄い信頼関係だもの」

「うぅん……そうですね。言われてみると不思議な間柄に見えますよね」

 

 粉がついたままのすらりとした指を唇に当て、思案し始めるマキナ。

 

「あ、興味本位だから失礼な話ならそう言ってくれればいいのよ?」

「いえ、大丈夫ですよ。ええと、小百合ちゃんは同位体(パラレル)……って言っても分かりませんよね?」

 

 マキナは少しだけ思案した後、小百合をチラリと見ながら、確かめるように恐る恐る尋ねた。

 

「ぱられる? 平行世界?」

「ごめんなさい、やっぱり分かりませんよね。そうですよね、良かった。気にしないでください。この前読んだ専門書の内容なんです。それで私とエクスの関係ですよね」

 

 マキナは安堵したような笑顔を浮かべると、少し早口で喋って本題へと誘導していく。

 この話題には極力触れられたくない。そんな意思が露骨に見て取れるほどだった。

 

「私とエクスの関係は、本人と言う表現が一番近いと思います」

「本人って……。マキナさん、それは同一人物って意味よ? 常に片方しか見たことがないのならともかく、私もそれは流石に違うって言い切れるわ」

「え、う、うぅん、そうですね、そうなっちゃいますよね。言葉って難しいです。え、ええと……なら双子とか言う関係でしょうか。相棒という奴ですね」

「双子と相棒は全然違うものだと思うのだけれど……とりあえず、エクスとマキナさんは双子だったのね」

「はい、一般的な双子のイメージよりは、少し複雑怪奇で仲良しだと思いますけれど」

「ふぅん、双子だったのね。てっきり私は恋人みたいな男女関係の延長線だと思っていたわ」

「……小百合ちゃん、そう言う疑念は冗談でも止めてください。私とエクスが恋人だなんて、考えただけでもおぞましいです。怖気がします」

 

 納得するように頷く小百合に、マキナは眉を吊り上げると人差し指を立てて「くれぐれも止めてくださいね」と強く念を押した。

 

「ははは、その通りだ。マキナと俺が恋人だなんて、クレイジーなジョーク以外の何物でもない」

 

 と、丁度その時、アパートの扉が開き、ボロボロになったエクスが部屋の入り口に倒れるように座り込んだ。

 

「エクス!? ボロボロじゃない、大丈夫!?」

「待て」

 

 エクスは心配そうに駆け寄る小百合を手で制止すると、壁に手をついてよろよろと立ち上がる。

 

「な、何……?」

「はーっはっはっ! ハッピーバースデイ! 小百合ちゃん!」

 

 エクスがコートの内ポケットから取り出したクラッカーを引く。

 パンと軽快な音が鳴り、カラフルなテープが宙を舞う。

 カラフルなテープを頭に乗せたまま、暫しぽかんとする小百合。

 

「へ? へ、へ? ……ば、馬鹿じゃないの!? どうして心配までさせてそんなことするのよ!? 私がどれだけ心配したと思ってるの!?」

 

 暫しの間の後、小百合は今にも涙が流れそうだった目を丸くして、真っ赤な顔でエクスを睨んだ。

 

「お前の誕生日とやらは何度来たのか、これから何度来るのか俺には分からん。だが、今のお前が迎えるこの歳は一度だけで、俺達と出会った最初の誕生日は今回だけ。だから祝いたかった」

「それは、そう、かもしれないけれど……」

「まあ、なんだ。つまるところ今日がお前の楽しい思い出になればいいと思ってな。辛い記憶ばかり溜め込む必要などなかろう」

 

 照れくさそうにそう言って、エクスは穴の開いた二つの包みを差し出す。

 

「俺と烏丸からだ。まあ途中、穴が開いてしまったが……まあ、愛嬌だと思え」

 

 エクスは顔を横に背けながら、押し付けるように二つの包みを小百合に手渡す。

 小百合は少しの間、手渡された包みを眺めていたが、

 

「こんな子供みたいな扱いを受けたのっていつ以来かしら。ありが……」

 

 やがて照れくさそうに感謝の言葉を──

 

「……と、まあ大仰な言い訳をしてみたが、勘違いするなよ。俺はお前の誕生日を好き好んで祝っているんじゃない。ケーキが食べたかっただけだ。さあマキナ、ケーキを切り分けるぞ」

 

 言い終わる前に、エクスは小百合の言葉を遮ると、グッと親指を突き出してマキナに向けてサムズアップした。

 

「それなら感謝の言葉ぐらいちゃんと言わせてくれればいいのに、本当に意地悪よね、貴方……」

 

 そんなエクスの態度に、小百合は拗ねるように唇を尖らせて頬を赤らめた。

 

「あの、エクス……。小百合ちゃん、今日がお誕生日だったんですね」

 

 そんな二人のやり取りを、ぽかんとした表情のまま眺めていたマキナが、恐る恐るエクスに確認する。

 

「マキナ、珍しいことを言うな。そうじゃなきゃ、俺がケーキなんて頼まないだろう」

「いえ、まあ、その……。私もその情報さえ貰えていればケーキを作っていたと思いますけれど……」

 

 歯切れ悪く言って、マキナは視線を宙に泳がせ続ける。

 

「どうした、マキナ? 何が言いたい? 俺がお前の発言を理解できないというのは相当のことだぞ」

「丸くて甘いあれ……。ほら、丁度十五夜は雨でしたから」

 

 マキナは悲痛な表情をして俯く。

 

「まさか……」

 

 ハッとした表情をするエクス。

 

「マキナさん、一生懸命作っていたわよ。月見団子をだけど」

 

 小百合が呆れた顔で机の上を指差す。そこにはまさしく小百合が述べたとおり、いくつもの月見団子が置かれていた。

 

「ごめんなさい、小百合ちゃん。私、お誕生日だなんて知りませんでした……」

 

 マキナはしゅんとした表情で身に着けたフリルのエプロンの肩紐を噛んだ。

 

「仕方ないわよ。だって、いくら同じ思考だのって言っても、知っていることが違えば答えは違うのだもの。それに二人が居れば、私は月見団子でも十分に楽しいわ。さ、お団子を食べましょう?」

 

 小百合は勤めて笑顔を作ると、二人に微笑みかけるのだった。

 

 

 

 

 

「……そう、逃げられましたのね。仕方ありませんわ。月人様をお迎えしないといけない以上、これ以上の戦力は割けませんわ。貴方達も戻っていらっしゃい」

 

 包帯をビキニのように巻いてバニーのつけ耳をつけた女性。月宮庁特別専忍次官──服部風華は本物の耳に着けたイヤホンのスイッチを切って、大きくため息をついた。

 

 月人(エトランジェ)が地上に居る間に滞在する月人御所の一角。

 光り輝く幾何学模様が刻まれた円形のスペースであり、儀式の祭壇を思わせるそこは月人専用の発着場。

 無論、発着するのは飛行機や飛行船などではない。発着するのは月人が乗る宇宙船。

 そう、ここはこの国でも数少ない宇宙船発着場だった。

 

 そして正に今、その発着場にひとつの円盤が飛来していた。

 月を覆い隠すように音もなく飛来したその円盤は、今現在は地上で輝く幾何学模様を覆い隠しながら、刻々と地上へと近づいていく。

 月宮庁の職員たちは全員整列し、その様子を固唾を呑んで見守っている。

 

「着陸確認。さあ、全員準備なさい!」

 

 やがて、円盤が完全に着陸停止したのを確認すると、風華は控えている月宮庁の職員達に指示を出す。

 雅楽団は慌しく楽器を構え、バニースーツの乙女達は円盤前に並んで道を作る。

 その様子を確認した後、風華は『猛烈反省中』と書かれたプラカードを首にぶら下げた。

 

 程なくして黒い円盤の端にある扉が徐々に開き、漏れ出す光が扉の形を作り出す。

 それに合わせて雅楽の音が周囲に響きはじめる。

 

 光の扉から現れたのは白い髪の少女。巫女服のような衣装を身につけ、顔には兎の面を被っている。

 一見すれば年若いだろう普通の少女。だが、その少女こそが月宮庁が貴賓として迎える月人その者に間違いなかった。

「お待ちしておりましたわ、羽絶兎(バゼット)月之大神様。高貴なる月人の来訪、国民一同大いに喜んでおりますわ」

 

 バニーが作った道の真ん中で風華が恭しく礼をする。

 極限まで張り詰めた空気の中、バゼットと呼ばれた月人は、しゃんしゃんと鈴の音を鳴らしながら地上に降り立っていく。

 それは現代に再現された神話の一シーンそのものだった。

 

 地上に降り立ったバゼットは、列を成して出迎えたバニー達を労うようにその手を横に滑らせ、ゆっくりと口を開いた。

 

「うむ、皆の者も壮健そうで何よりじゃ」

「それと……バゼット様。時渡りの少女のこと、知らぬとはいえ大変失礼を致しましたわ」

 

 風華は目の前に立つバゼットに対し、プラカードをぶら下げたまま深々と頭を下げる。

 

「構わぬ。言いふらすことではないと思い、お主にまで言わなかったのは儂の迂闊じゃ」

 

 バゼットは顔を上げて遥か先まで広がる街並みを眺める。

 ビルの灯りは綺羅星の如く輝き、天に花咲く星々と共に大地を照らしていた。

 

「それよりも風華、この街の夜も少し見ぬ間に随分と眩くなったものじゃな」

「その灯りはバゼット様の与えたもうた物でございますよ」

 

 頭を上げた風華は、ごく自然にバゼットの後ろに控えた。

 

「そうじゃな。平成の世と同じ輝きじゃ」

「平成?」

「主達、いや儂以外の月人も、そう誰も知らぬ世界にあった時代の話じゃ。もはや過去とも呼べぬそれは、儂にとってももう幻に過ぎぬのかもしれぬ」

 

 バゼットは顔を上げたまま、しばらくその街並みを眺めていたが──

 

「文明、生命が作り出す尊き灯り……人の世はこれから更に発展していくことじゃろう。やがて星を飛び出し、数多の宇宙を越えて──」

 

 バゼットは言いかけたまま暫し黙する、そして──

 

「されど、その栄華……果てにあるのは"全ての終わり"」

 

 そして、バゼットはそう言葉をつなげると、一枚の枯葉を拾い上げて自らの手の平に乗せた。

 

「アポトーシス……。新緑満ち溢れる緑の葉もいつかは枯れ落ちる。滅びもまたこの世を巡らせる確かな摂理。……じゃが、"全ての終わり"はその滅びすらも終わらせる」

 

 鈴の音が鳴り、発着場に肌寒い秋の夜風が吹く。

 夜風はバゼットの白い長髪をなびかせると、枯葉を巻き上げて宵闇の中へと消えていった。

 

「瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ……。我が同位体よ、お主はどのような思いを持って、この夜を過ごしているのじゃろうな」

 

 バゼットはそう詠って、バニー達が控える道をゆっくりと歩き出すのだった。

 


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