終わりのエクスマキナ   作:七月なご

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月人(エトランジェ)2

 

「んもう、外出なんてしたらいつ躍進機関に襲われても不思議は無いわ。アパートの場所だって知られるかもしれないし……」

 

 小百合はむすっとした表情で文句を言いながらも、エクスとマキナと一緒に繁華街へ向かって歩いていた。

 

「前にも言ったがな、お前はいつか来る脅威に怯えすぎだ。刹那的に生きろとは言わんが、果て気にしてしまえば誰もまともに生活できんだろう?」

「それは……そうかもしれないけれど、これは十分刹那的な行動よ。これで残りの人生を棒に振りたくはないわ。ようやく私も今が楽しいって少し思えてきたのだもの」

「大丈夫ですよ、小百合ちゃん。もし襲われても私とエクスが守りますから。ね?」

 

 心配そうな顔をする小百合を見て、マキナがにっこりと笑った。

 

「マキナさん……。でも、私は臆病なの。私は知り合いが傷つくのも居なくなるのも嫌よ。嫌だから知り合いを作らず、独りで生きていくって決めていたのだもの」

 

 小百合は拗ねるように頬を赤らめた。

 

「何、俺とマキナは居なくならんさ。だから安心して今を楽しめ。バカのように」

「はぁ、貴方って本当に一言多い性格よね。最後の一言が本当に蛇足」

 

 小百合はむっと眉を吊り上げ、エクスに鋭い視線を浴びせて非難する。

 

「ははは、すまん。お前があまりにいい反応をするからつい、な」

「っな! つまり一言多いんじゃなくて、最初から私をからかっていたのね!? 最低! 本当にさいってい!」

 

 小百合は頬を膨らめて顔を真っ赤にすると、ずかずかと早足でエクスとマキナよりも先へ歩いていってしまう。

 

「マキナさん、行きましょう。エクスなんて置き去りにして!」

 

 小百合は眉を吊り上げたまま、エクスをシッシと手で追い払って、マキナを手招きする。

 

「ははは、エクスにマキナさんか……これは思わぬところで差別化がなされたな」

 

 そんな小百合の様子を見てエクスが言う。

 

「んもう、エクス。ほどほどにしないといけませんよ。いくら素直じゃないと言っても、本当に小百合ちゃんに嫌われても知りませんからね?」

「分かってはいるんだがな……。本当にいかんな、この性分は。よくお前がこの性分を押さえ込めていると感心するよ」

「そこはそう言う役割分担ですから。私がついしてしまう前に、エクスがしてしまうと言うのもありますが」

 

 言って、マキナがエクスを真似てニヤリと笑う。

 そのあまりにそっくりな表情に、エクスは思わず苦笑いするのだった。

 

「と、言うことで早く小百合ちゃんを追いかけてあげましょう」

「ああ、そうだな」

 

 二人が小百合を追いかけようとしたその時、川沿いにできた人だかりの前で小百合が足を止めた。

 

「どうした、小百合?」

「川の所で何かがあったみたい」

 

 そこでは先ほどまでの雨で増水した川で、一匹の猫が必死に泳いでいた。

 

「ミミちゃん! 誰かミミちゃんを助けて!」

 

 橋の上では飼い主らしき少女が、板切れがついたロープを何度も猫に向かって放り投げていた。

 それを見たエクスは、川に向かって走り出すべく人混みをかき分ける。

 

「ちょっと、エクス! 止めて! 貴方までおぼれたら私、困るわ!?」

 

 咄嗟にエクスの手を掴む小百合。

 

「そんな仮定は、目の前で起こっている他者の危機を傍観する理由にならん。俺は助ける」

「っ……!」

 

 毅然と言い切ったエクスに、小百合の手が緩む。

 そして、エクスが改めて川に向かって駆け出そうとした瞬間。既に川辺に到達していたマキナが迷い無く川へと飛び込んだ。

 マキナはそのまま泳いで猫まで辿り着くと、猫を抱きかかえるように保護して、難なく川を渡りきるのだった。

 

「マキナも同時に動いていたみたいだな。まあ、誰でもいい。双方無事で何よりだ」

「…………」

 

 満足げに頷くエクスと対照的に、小百合はぽかんとマキナの姿を眺めた後、バツの悪そうな顔で俯いた。

 

「どうした、小百合? 猫が助かって良かっただろう」

「別に。ただの自己嫌悪よ。二人はそうやって私も助けてくれたんだろうなって……。なのに他人のことになると引き止めて……私、最低よ、最低だわ」

「やれやれ、お前も俺に負けず劣らず難儀な性分だな」

 

 俯く小百合の頭に、エクスはポンと軽く手を置いた。

 

「お前の意見も間違いじゃなかっただろう。それでミイラ取りがミイラになってはそれも不幸だ。まあ、どちらが良かったか大いに悩め、悩めることは実に贅沢だ」

 

 エクスは小百合の頭を軽くぽんぽんと叩く。

 小百合は手を乗せられたまま、上目遣いでエクスを眺めて口を尖らせた。

 

「そうね……それで、でも気持ちとしては、やっぱり私も誰かを助けてあげたいわ。できることなら貴方達のように」

 

 言って、小百合は視線をマキナの方に向ける。

 マキナは猫を飼い主に手渡し、衆目を集めながら二人の所に戻って来る所だった。

 

「猫ちゃん、無事みたいでよかったです。水も飲んでいなかったみたいですから」

 

 周囲の視線をさして気にせず、マキナは両腕で胸を挟むように手を揃えると笑顔でそう言った。

 

「……ッ!」

 

 物憂げにマキナを眺めていた小百合だったが、無防備なマキナの態度に気がつき、頬を赤らめると、慌ててマキナの手を掴んで人混みの外へと引っ張っていく。

 

「お、おい、どうした小百合?」

「どうしました、小百合ちゃん?」

 

 驚くエクスを置いてきぼりにしながら、小百合はぐいぐいと裏路地までマキナを引っ張ると、頬を赤らめたままマキナの胸を指差した。

 

「マキナさん。その……胸」

「はい、胸ですか?」

 

 両手を小さく広げて不思議そうに自らの胸を見るマキナ。

 

「マキナさんの服、胸の部分が白くて、それが濡れてるから、胸……透けているわ」

 

 恥ずかしげに言う小百合。

 小百合の言うとおり、濡れた服はしっとりと張り付いて、マキナのたわわな胸のラインを余すところ無く見せ付けていた。

 

「あ、風邪を引かないように早く着替えないといけませんね」

「そ、そうだけど、そうじゃなくて! マキナさん必死だったかもしれないけれど、見られて恥ずかしいでしょ」

「別にいいだろう、それ位。別に裸で猥褻物を陳列している訳でもあるまいし。下着も水着も大差は無いだろう」

 

 小百合必死の訴えを横で笑い飛ばすエクス。

 

「水着で街を歩くのも問題だし、大差あるに決まってるでしょ! というか、エクスも見ちゃダメ。デリカシーの問題よ、デリカシー!」

 

 小百合はばたばたと両手を動かしてエクスの視線を遮る。

 エクスはその様子に小さく手を上げておどけてみせた。

 

「そうなんです? 今の所は変態忍者みたいに卑猥な視線を向けられてはいないですし、周囲をそんな風に疑うのも失礼かなって思いますけれど」

「んもう、マキナさんまで! マキナさんはこれでもかってぐらい美人さんなんだから、ちゃんと自分でも気をつけないと」

「うぅん、ええと、分かりました。以後気をつけます」

 

 思い切り力説する小百合に、マキナは唇に指を当てたまま少し首をかしげた後ゆっくりと頷いた。

 

「とにかく、まずは一度帰って着替えましょ」

「はい、今日の小百合ちゃんは保護者さんみたいですね」

 

 マキナの腰を押して、マキナを促す小百合。

 それを見たマキナが楽しそうに微笑んだ。

 

「おやおや、楽しそうな談笑の最中ですが、少しお時間よろしいですか?」

 

 突如会話を遮る男の声。

 三人の会話を遮ったのは眼光の鋭い男。短く刈り揃えられた髪に、銀縁眼鏡。高級そうなスーツはきっちりと手入れされ、いかにもやり手と言った風な男だった。

 突如現れた男に対し、小百合はマキナを隠すようにマキナの前に立ち、エクスは更にその前に立ち塞がった。

 

「ほう、月宮庁のエリート官僚殿が俺達に何の用事だ? その三日月のバッチを自慢したいだけなら御免蒙りたいんだがな」

 

 エクスは腕組みをしてニヤリと笑ってみせる。

 

「ああ、これは失敗しましたね。ですが、ご心配には及びません。貴方のお時間は一切不要。用があるのはこの前同様、そこの白い髪の小百合さんだけですので」

 

 鋭い眼光を向けられ、小百合が背筋を少し仰け反らせる。

 

「無用心だな。自分から月宮庁が躍進機関と通じているような発言をしていいのか?」

「既に風華様から聞いていますから。貴方は既に感づいているだろうとね」

 

 言って、男はビジネスバッグから天狗面を取り出し、自らの顔に装着した。

 

「あ、あの天狗達ってエリート官僚だったの!?」

 

 それを見た小百合は驚きの表情をした後、

 

「……最ッ低。それがあんな卑猥なことしてるなんて、この国の未来は暗澹としているわ」

 

 驚きの表情を心底蔑んだ顔に変え、突き刺さるような棘のある視線を天狗に向けた。

 

「理解してくれなどとは言いませんよ。民を守る仕事とはそういうものですから」

 

 天狗はチッチッチッと立てた指を振る。

 

「そして、貴方を求めるのも民のため。大天狗様が仰っていました。全ての終わりを遠ざけるには貴方が必要だとね」

 

 天狗の言葉にエクスとマキナが同時にピクリと反応する。

 

「時渡りの少女、最終確認です。ご同行願えませんか?」

「有るわけ無いわ。あんな末恐ろしい体験二度とごめんだもの。未遂でも最低最悪のトラウマよ!」

「仕方ありませんね。こちらロの三八! 対象との交戦開始。急行中の者は戦闘準備をされたし!」

 

 天狗が三日月型のバッチにそう言うと同時に、天狗から湯気が立ち上り、ボシュコォと言う音と共にスーツが肥大化した。

 

「急行中と来たか……マキナ! 俺がやる。家に帰ったらマキナは丸くて甘いアレでも作っておいてくれ」

 

 エクスの言葉にマキナが無言で頷く。

 

「エクス。大丈夫なの?」

 

 心配そうな顔で小百合が尋ねる。

 

「フッ、小百合は安心してマキナに任せていろ」

 

 エクスがそう言うと同時に、天狗が革靴で大地を蹴って弾丸のように突撃してくる。

 

「いざ参るッ!!」

「やれやれ、忙しない奴だ。こっちはまだ準備が終わっていないんだがな」

 

 エクスは漆黒のコートを脱ぐと、闘牛士のように天狗に被せて視界を塞ぐ。

 エクスが天狗にコートを被せると同時に、マキナが阿吽の呼吸で小百合を抱きかかえて一目散に駆け出す。

 

「マキナさん、エクスは……!」

「あれは囮になるから先に行けと言う意味です。ここで戦っても、三人で逃げても、他の追っ手に追いつかれますから」

 

 マキナは小声でそう言うと、迷い無く裏路地から姿を消した。

 

「流石はマキナ、言わんでも分かるというのはこう言う時に便利だな」

 

 エクスは満足げに頷くと、コートを振り払った天狗と正対する。

 

「おのれ、小癪な真似をしてくれる!」

「さて、暫しの間俺の話し相手にでもなってもらおうか」

 

 壁を走って突撃する天狗。

 エクスはそれを腕組みしたまま蹴り飛ばす。

 

「ちいっ!」

「さて、貴様に聞きたい。先ほど貴様が言った全ての終わりとは何だ?」

「決まっています。全ての終わりとは終末戦争のこと! 大天狗様は幾度と無くそれを防いできました!」

 

 言いながら、天狗は衝撃波を伴う拳打を次々と繰り出す。

 エクスは腕組みをしたまま、それを軽々と躱していく。

 

「ほう、大天狗がそう言ったのか?」

「大天狗様は多くは語らぬ方。ただ行動で正しさを証明していくだけ!」

 

 天狗渾身の拳打。

 それをも軽々と躱すエクス。その後ろでビルの壁がグシャリとへこむ。

 常人では追いきれないような攻防の最中、二人は動きを止めることなく会話を続けていく。

 

「ふむ、お前達が言う程度ならどうでもいいのだがな。問題は大天狗も同じなのかどうかだ。……こればかりは機を見計らって直に確かめねば分からんか」

「何を大それたことを言う! そのような行為を我々が許すはずがありません!」

 

 壁で反動をつけ、天狗が大砲で打ち出されたような突撃から拳の嵐を雨あられと繰り出す。

 

「そうは言うがな。お前と話していても、俺はお前が何も分からんことしか分からんだろう?」

 

 エクスは跳躍し、拳打を放った天狗の腕に飛び乗ると、そのままバク宙して天狗面を蹴り飛ばした。

 

「ブァ!? この動き、風華様並かっ!?」

「俺の身体能力はマキナほどではないが、それでも十分に人間離れしているらしくてな。物理法則に対してフリーダムと言う奴だ」

 

 余裕の表情で嘲笑うエクス。

 天狗は首をぶんぶんと振った後、再度拳打を繰り出していく。

 エクスはそれを上半身を動かすだけで軽々と躱すと、そのまま天狗の面を鷲づかみした。

 

「うぐっ!?」

「この前の変態に比べて随分と劣るな。逆に時間が余りすぎて困る」

 

 エクスは鷲づかみにした天狗を片手で悠々放り投げると、再度腕組みをして倒れた天狗の前に立ち塞がった。

 

「さて折角だ、貴様にはもうひとつ質問に答えてもらうとしよう」

「これ以上質問があるのならば、全知全能たる大天狗様に頭を垂れ、教えを乞うが道理!」

 

 力強くそう言って立ち上がろうとする天狗。

 エクスは体勢を起こそうとした天狗の上半身を踏みつけて、再び地面へと沈める。

 

「ぐっ!」

「俺の質問はお前個人に、だ。……お前だったら誕生日プレゼントに何を贈る? それを聞きたい」

「……は?」

 

 エクスの唐突な質問に天狗の動きが止まる。

 だが、エクスの表情は真剣そのものだった。

 

「言え、お前に拒否権は無い。ちなみに相手は年頃の女の子を仮定しろ。ついでに好みも良く分からん」

「わ、私ならば一緒に買い物に行って本人に選んで貰う」

 

 少しの間の後に天狗が馬鹿正直に回答する。

 

「却下。そんな素直ならば苦労はせんだろう、質問するまでもない」

「な、ならば小粋な店を選んでディナーでも」

「却下。小粋な店は今更予約が間に合わん」

「……この御仁無茶なんと無茶な。好みも分からず時間も無いでは選択肢も何もない。誕生日という一大イベントを前にその心構えでは始まる前に敗北は必至」

「……うぐっ! 俺とて準備期間が十分ならば様々な策を張り巡らせる程度の知恵はある! ええい。役に立たん奴だ、卵からやり直せ!」

 

 呆れるように首を振る天狗面の鼻を、エクスは八つ当たりのように思い切り蹴り飛ばした。

 

「ぐえっ!?」

「もういい、時間稼ぎは終わりだ。やはり現地で見繕う!」

 

 エクスがコートを再び身に着けて、裏路地を立ち去ろうとしたその時、駆けつけてきた天狗が行く手を遮る。

 

「ええい、待たれい!」

「退け! 今の俺にお前達と戯れている暇は無い!」

 

 エクスはエレキテル刀で天狗達矢継ぎ早に乱れ斬りすると、マキナ達が逃げたのとは逆方向に駆け出す。

 

「待たれい! 待たれい!」

 だがそれを遮るように次々と現れる天狗の群れ。群れ。群れ。

 寂れた裏路地が通勤電車のように天狗で満ち溢れていく。

 

「やれやれ、忙しい今日に限って大サービスじゃないか。これ程気の効かんサービスは他にあるまい。チップはやらんぞ」

 

 エクスは大きく息を吐くと、天狗達との間合いを測るようにエレキテル刀を横に振り、自ら天狗達の群れの中に飛び込んでいく。

 

「だが、今更退くわけにもいかん。あの意地っ張りで臆病なお嬢様に、価値のある今を見せてやらねばならんからな!」

 

 エクスは縦横無尽に天狗の間をすり抜け、エレキテル刀を振り回す。

 右薙ぎ、袈裟切り、左薙ぎ、逆風。斬撃の嵐を天狗に浴びせ、エクスは隙間を抜けて振り返りもせず再び路地を疾走する。

 それを追って斬られたはずの天狗も走りだした。

 

「待たれい! 待たれい!」

「ちいっ! この天狗共は防電チョッキとやらを着込んでいたか! お利口さんな奴等め!」

 

 エクスは忌々しげな表情をすると、エレキテル刀を懐にしまって拳を握り締める。

 そして、覚悟を決めて振り返ろうとしたその時──

 

「こっちだ」

 

 よれたベージュのスーツを着た天狗面が、路地裏の扉から手招きをした。

 それを見たエクスは口元歪めると、手招きされた倉庫の入り口へと素早く滑り込む。

 数秒後。遅れて曲がり角を曲がって来た天狗達が、扉の前の道を慌しく駆け抜けていった。

 

「……ふむ、これで不要な暴力は避けられたな。礼を言うぞ、烏丸」

「ったく、言った矢先に派手に荒事を起こしやがって。自重しやがれ、オレも一応心配してんだよ」

 

 烏丸は天狗面をはずすと、面倒くさそうに頭をかいた。

 

「それは素直に感謝しておく。だが、俺達が奴等の邪魔である以上、衝突は避けられんだろう」

「はぁ? それを何とか回避するのが知恵ってもんだろうが!? 何でも力ずくで解決するんじゃねぇ!」

「ほう、至言だな。グゥの音も出んほど正論ではあるが、悩ましいことに避けるだけでは俺の一番避けたいものに直撃しかねん」

 

 言いながら、エクスはドアノブに手を伸ばす。

 

「おい、ちょっと待てエクス! まだ外には天狗がわんさか残ってる。せめてもう暫くここで大人しくしておけ!」

 

 烏丸はエクスの手を引っ張って制止をかける。

 

「そうはいかん。ゆっくりしていてはデパートの営業時間に間に合わなくなる」

「は……? お前、とうとう頭がイカレちまったか?」

 

 烏丸は心底渋い表情をしてエクスの顔を見直した。

 

「いいや、俺は至って正気だ。小百合は今日が誕生日らしくてな、プレゼントを買って無事帰還せねばならんのだ」

 

 エクスは腕を組んで、一人で納得するようにうんうんと頷いた。

 

「誕生日プレゼント? テメェはこの期に及んでそんなことを言いやがるのかよ。狂気の沙汰だぞ!」

「この期だからだ。果ての未来に怯えて、今を苦行にするのでは寂しかろうと思ってな」

 

 エクスは茶化す風も、誤魔化す風も無く、まじめな表情で平然とそう言い切る。

 その姿に烏丸は諦めるように大きくため息をついた。

 

「はぁ……ったく、相変わらず浮世離れしてんな、お前も」

「ふむ、俺としては俗世慣れしたつもりなんだがな。俗世の理とは実に度し難いな。以後気をつけよう」

 

 烏丸はエクスに呆れたような視線を浴びせつつも、懐の財布からスーツと同じくよれた一万円札を取り出した。

 

「ったく……ついでだ、こいつも持ってけ」

「どういう風の吹き回しだ? 俺はお前に施しを受ける言われはないぞ」

「バカタレ、誰がお前になんざにやるかよ。誕生日、小百合の嬢ちゃんなんだろ? 別に今朝の埋め合わせなんて殊勝なこたぁ言わねぇけどよ……オレの分もプレゼントを頼んだ」

 

 烏丸はバツが悪そうな顔で蒸気煙草(スチームパイプ)に火をつけると、フーッと大きく煙を吐いた。

 

「そういうことか、承知した。お前がその場で選んだかのような物を贈っておいてやる」

「ケッ、それじゃ大顰蹙だろうがよ。自慢じゃねぇが、オレは自分のガキのプレゼントすらまともに選べる自信はねぇんだよ。お前の見立てでいいものを選んでやれ」

「ははは、そうか、俺はそれも愛嬌だと思うんだが仕方あるまい。出資者の意向には逆らえんからな」

 

 いいなと念を押す烏丸を横目に、エクスは愉快そうに口元を吊り上げたまま倉庫の扉を開ける。

 

「……いいか、エクス。オレも危なくねぇ程度に調べとく。だから最後まで面倒見てやれよ。それが責任ってヤツだぞ」

「ああ、勿論だ」

 

 エクスは片手を上げて、振り返らずにそう言った。

 


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