終わりのエクスマキナ   作:七月なご

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月人(エトランジェ)1

 

 第三章  月人(エトランジェ)

 

 小百合がエクス達の下で居候をはじめて数日。

 小百合は通りに面したアパート二階の窓から、外の風景をぼんやりと見下ろしていた。

 

 先ほどまで色とりどりに咲いていた雨傘は既に折りたたまれ、人々は雨上がりの道を水溜りを気にしながら歩いている。

 数日前は暴走した白馬で騒然としていた街も、今は平時の落ち着きを取り戻していた。

 いや、平時よりは少し賑やかかもしれない。

 

「いつもながら月人の降臨祭は賑やかになりそうね」

 

 街灯から街灯へと煌びやかな飾りを繋げている者。ここが大きな通りで無いにも関わらず、出店の準備をしている者。それは祭りの前の煌びやかな風景。

 月人の来訪を間近に控えたこの国は、どこもかしこも月人の滞在期間に行われる降臨祭の準備で大忙しなのだ。

 

「あら、あそこには親子連れ。あれは準備じゃなくて子供の誕生日ね。大昔は私も誕生日が楽しみだったわよね。……大昔、か。そのうち今のこのささやかな幸せも終わりが来るのよね」

 

 小百合は窓枠に肘を置いて頬杖をつくと、路上の親子連れを見ながら深々とため息をついた。

 

「燻ってるな小百合。降臨祭が気になるのか?」

 

 そんな小百合を嘲笑うような笑みを浮かべ、エクスが小百合の後ろから窓の外を眺めた。

 

「エクス……。誕生日の子供を見ていたら、昔を思い出したのよ。それで今の生活もいつかは終わるんだろうなって」

 

 小百合は遠い目をして再び深々とため息をつく。

 

「全く、お前はネガティブな考え方が染み付いているな」

「仕方ないでしょう。それが嫌で独りだったのだもの。貴方達と暮らしはじめたってこの思考はすぐには抜けないわ」

「なるほど、お前はまだ孤独が癒えず人恋しくて堪らないわけだ。マキナが食材を買ってきたら改めて三人で出かけるか。そんな気分のときは皆で人間浴でもするのが効果的だぞ」

「な、なんでそうなるのよ! そんなことないわ! そもそも私は追われている身の上だもの、出かける理由が無いでしょう!」

 

 小百合は顔を赤くしながら両手を大きく振って否定する。

 

「ふむ、理由か……。小百合、お前の誕生日はいつなんだ?」

「嫌よ。嫌です。言いません。別に祝って欲しくなんてありませんからね。この話題の流れだもの、意図が見え透いてるわ」

 

 むっとした表情で口を尖らせる小百合。

 

「いつだ?」

 

 聞くなと眼力で威圧する小百合をあえて無視してエクスが聞き返す。

 

「忘れたわ」

 

 小百合は口を尖らせたままそっぽを向いた。

 

「ほう、確か身分証に書いてあった気もするな」

 

 エクスは小百合が邪魔できるように、わざとゆっくり小百合の巾着に手を伸ばす。

 

「ちょ、ちょっと止めなさいよ! 最低っ!」

 

 小百合は慌てて巾着を手に取って両手で抱きかかえた。

 

「そこまで隠したいものでもなかろう。別に減るものでもないんだ、素直に教えれば問題あるまい」

「……今日よ」

 

 小百合は恥ずかしそうに視線を横に逸らすと、いかにも渋々といった風を装って答えた。

 

「は? 今日、だと……?」

「きょ、今日なのよ! 誕生日は選べないもの、仕方ないでしょう。悪い!? だから言いたくなかったのよ。言うと私が催促しているように聞こえるから!」

 

 驚愕の表情を浮かべるエクスに対し、小百合は赤い顔でギャーと吼えた後、両手で自らの顔を隠していやいやと体を揺すった。

 

「はっはっはっ、なるほどな、そうか今日か。それは重畳」

 

 エクスは恥ずかしがる小百合を見て、ニヤリと企んだ笑みを浮かべる。

 

「祝わないで! 絶対に! 絶対に祝わないでちょうだい!」

「ははは、いいアピールだ。これは嫌でも祝えと言われているようなものだな」

「違う! アピールじゃないわ! 本当にお祝いとかしてくれなくていいの!」

 

 勝ち誇った顔のエクスに、小百合は顔を真っ赤にして騒ぎ立て続ける。

 

「……くっ、そうだわ。ならエクスも私の質問に答えてちょうだい」

「な、なに、俺のことだと? 何故その帰結に辿り着く」

 

 思わぬ逆襲にたじろぐエクス。

 

「私だけ個人情報バンバン抜かれるなんて不公平だからよ。そう、不公平よ。だって私、考えてみたらエクスのこと全然知らないもの」

 

 小百合は顔を赤くしたまま膨れっ面でエクスを睨む。

 エクスは顔を僅かに背けて見せるが小百合はそれで手打ちにしない。今度は逆にエクスが追い詰められる番だった。

 

「むぅ……。なんだ、何を聞きたい」

「そうね、それじゃ……私によく似た人とのお話が聞きたいわ」

「却下だ。面白い話じゃない。別のにしろ」

「いいじゃない、別に減るものじゃないでしょう?」

 

 困った様子のエクスを見て、小百合はここぞとばかりに勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

 

「くっ……。本当に面白い話じゃないぞ」

 

 エクスは腕を組むと体を横にそむけながら言う。

 

「それでも構わないわ。その人が居たから私を助けてくれたんでしょう? 私を間接的に助けてくれたんだから、その人のことを知っておきたいだけなのだもの」

 

 いつしか真剣な表情になっている小百合を見て、エクスはバツの悪そうな顔で軽く頭をかいた。

 

「むっ、そういうことか。……なあ小百合、お前は自分と言うものを認識するのに何が必要だと思う?」

「え? なによ、いきなり哲学的な話をして」

 

 小百合が怪訝そうな視線をエクスに向ける。

 エクスはそんな視線を意に介さず話を続けていく。

 

「他人だよ。自分と言うものは他のものがあってはじめて意味を持つ。そいつは独りだった俺にはじめて他者と言うものを認識させた奴だ。だが、俺はそいつのことはそれ以上知らん」

「むっ、変な話題の構成だと思ったら、結局知らないで逃げるつもりなのね」

「最後まで聞け。だからお前を助けた理由は本当の所、お前がそいつの姿形に似ていたからが二割、孤独と言ったお前に昔の俺を重ね合わせてしまった不覚が八割だ。それを理解したら自らのあり方でも考えろ」

 

 言い終えると、エクスは腕組みをしたままソファにどすんと腰掛けた。

 小百合は少しの間ぽかんとしていたが、すぐにエクスの意図を理解してエクスを見つめなおした。

 

「だから……私をそんなに気にかけてくれたのね。私も貴方に似て、独りで居ることで私自身を失っていると思ったから」

 

 ソファの上で照れくさそうに腕を組むエクスに、小百合は目を細めて優しげな視線を向ける。

 

「まあ、お前のスレンダーもどきな体型も、マキナの体型と比べてはじめて貧相だと理解するわけだからな。ハハッ」

「……ああ、もう! どうしてそんなに余計なのかしら。最低! 余分な一言がなければ私も反省して素直に感謝できるのに」

 

 小百合は拗ねるように頬を赤らめてぷうっと頬を膨らめる。

 エクスは怒る小百合の様子を見て愉快そうに笑った。

 

「二人とも楽しそうですね」

「あら、マキナさん。お帰りなさい」

「はい、ただいまです、小百合ちゃん」

 

 買い物袋を手にしたマキナは、小百合に笑顔で挨拶すると、エクスの座るソファの傍に立つ。

 

「どうした、マキナ?」

「エクス、お客さんです。烏丸さんが来ています」

 

 マキナは買い物袋を持ったまま、小さく入り口の方を指差す。

 

「烏丸か? 珍しいな、奴がわざわざここまで来るのは」

「暴れるなと言われていた所を派手に暴れましたから」

「……まあ、そうか、そうだろうな。ならば文句を言われてやらんといかんのだろうな」

 

 エクスは渋々と言った風に立ち上がると、アパートの入り口へ向かう。

 

「マキナさん、烏丸って誰なの?」

「エクスの年の離れた友人で刑事さんです。たまにお手伝いしてこっそりお金を貰ってるんです。小百合ちゃんも知っての通り、エクスは厄介事に首を突っ込むのが好きですから」

 

 小百合はエクスの姿を見た後、納得するように頷いた。

 

「そう言うことだったのね。それじゃ、私と出会ったのもお仕事がきっかけ?」

「いいえ、躍進機関の邪魔はあくまで個人的にです。ただ、その際に情報を分けて貰っていたんです」

 

 程なくして、エクスに招き入れられた中年の男──烏丸が部屋に入ってくる。

 よれたベージュのスーツに無精ひげを生やしたその姿は、何とかだらしなくならない一線ギリギリを保っていると言った風だった。

 

「エクス、お前どこに喧嘩売った?」

 

 部屋に招き入れられて早々、烏丸は不機嫌そうな顔でエクスを問い詰め始めた。

 

「開口一番それか、せっかちな奴だ」

「ったり前だろうが! 確かにオレは躍進機関の情報はくれてやった! なのに、どうして月宮庁がお前達を探してるって噂が飛び込んできやがる!?」

 

 月宮庁。それはその名の通り、神とも呼ばれる月人が地上に居る間の警護やお世話をするための専用行政機関。

 ただし、月宮庁は形式上は行政機関ではあるが、月人の直属と言うその特別な立ち位置から、国家の枠組みを超越した特別な権力を持っていた。

 

「ほう、月人絡みだとは思ったが、いきなり月宮庁が動いたか。俺の勘も捨てたものじゃないな」

 

 エクスは満足したように頷くと、不敵に笑ってソファに腰掛ける。

 

「満足してんな、テメェ! マジで月人に喧嘩売りやがったのか!? 月人は完全に治外法権、しかも不老不死だの神通力だのを持った文字通りの人外じゃねぇか!?」

 

 烏丸はエクスの胸ぐらを掴んで、ソファからエクスを持ち上げる。

 

「月人に喧嘩を売った覚えは無い。ただ躍進機関と派手に揉めただけだ」

「チッ! そう言うことかよ……」

 

 エクスの回答を聞いた烏丸は忌々しげに舌打ちすると、掴んでいた胸ぐらを乱暴に離した。

 

「烏丸さん。その、エクスの置かれた状況はそんなに悪いの?」

 

 二人の話を横で聞いていた小百合が、心配そうな顔で烏丸に尋ねた。

 

「このお嬢ちゃんは?」

「居候だ。養ってる」

「養われてなんていません。私はちゃんとマキナさんに生活費渡してますから。エクスよりもきっと甲斐性があるわ」

 

 小百合はジトっとした目つきでエクスを睨みつける。

 視線を向けられたエクスはわざとらしく肩をすくめてみせた。

 

「んで、居候の嬢ちゃん、名前は?」

「小百合」

 

 小百合は烏丸に警戒心をあらわにして答える。

 

「そうか、エクス。つまり……この小百合の嬢ちゃんが絡んでんだな?」

 

 烏丸はマキナが用意した椅子に腰掛けると、テーブルに肘をついて尋ねる。

 

「ノーコメントだ」

 

 エクスはソファに座ったまま腕を組んで目を閉じる。

 それを見た烏丸は少し困ったような顔をして息を吐いた。

 

「ったく……派手に揉めたってってのはそう言う事かよ。そりゃあお前とマキナの嬢ちゃんなら助けるわな……」

「小百合ちゃんのせいではありません。私達は元から躍進機関の邪魔をしていましたから」

 

 烏丸にお茶を出しつつ、マキナが小百合に柔らかな笑顔を小百合に向ける。

 そんなマキナの気遣いをよそに、小百合は心配そうな表情で烏丸を見続ける。

 その様子に烏丸は渋々と言った表情で口を開いた。

 

「まあ、嬢ちゃん……なんだ、正直な所あんま良くはねぇな」

「つまり時間の問題なのね」

「月人を抜きにしても、月宮庁は元々魑魅魍魎の類を狩っていただの、異星人との交渉窓口だっただのと噂される位でな、今の一般常識から離れた技術を持ってる奴等なんだわ」

 

 烏丸はお茶を一気に飲み干すと、天井を見上げて「ふう」と息を吐く。

 それを聞いた小百合は思いつめたような表情で俯いた。

 

「こいつの言葉は気ににするな、小百合。どうせなるようにしかならんさ」

「なるようにってのは、明日お前が海でエビの集合住宅になってるって意味か? オレはそれでも驚かんぜ、ええ?」

 

 平然としているエクスに対し、烏丸はわざと脅すように言う。

 

「烏丸さん、あまり脅すような言葉は止めてあげてください」

 

 さりげなく俯いた小百合の方を指差すマキナ。

 烏丸はようやく深く翳った表情の小百合に気がつき、申し訳なさそうに頭をかいた。

 

「ちっ、ワリィ……嬢ちゃん。別に俺はお前さんを責めようなんて思って言ったわけじゃなくてな。それを言うなら、俺こそこいつらに情報渡した責任があるだろ、な?」

 

 烏丸は小百合に弱々しく苦笑いを向けるが、既に時遅し。小百合は翳った表情をしたまま何も返答をしない。

 

「……弱ったな。心配して来てやったつもりが、逆に邪魔になっちまった。エクス、くれぐれも目立つなよ。お前とマキナのお嬢ちゃんなら隙を見て逃げおおせるかもしれねぇ」

 

 烏丸は苦い顔で片手をあげると、逃げるようにそそくさと部屋を後にしていった。

 

「うぅん、烏丸さんにも、小百合ちゃんにも後味の悪い結果になってしまいましたね」

 

 重苦しい沈黙を遮るように、マキナが困ったような顔でエクスに話しかける。

 

「悪いやつではないんだがな。熱くなると少々配慮に欠けるきらいのある奴だからな」

「烏丸さんは悪くないわ。事実を言っただけだもの。私、やっぱり出て行った方がいいのかしら……」

 

 二人の会話を聞いていた小百合は、物憂げな表情で唇を尖らせた。

 

「ハハッ、お前はろくでもない所で殊勝だな」

「な、何よ。ろくでもない所でって!」

「そうだろう? 何しろ、俺は別にお前に出て行けなど言わんし、思ってもいないんだからな」

「そうですよ。だって私は小百合ちゃんが出て行ったら寂しいです。逆に困ってしまいます」

 

 小百合の顔を見てマキナがにっこりと微笑む。

 

「エクス、マキナさん……」

 

 その表情に小百合の曇った表情が少し晴れる。

 

「さて、改めて出かけるか。曇った心は早い内に気晴らしするに限る」

「な、なによう。別に私は曇ってなんて……」

「ははは、そうだな。お前は特段曇ってないな。俺とマキナがお前を連れて外出したいだけだ」

 

 そう言うエクスの横でマキナがてきぱきと支度をし、あれよあれよという間に小百合を外へと引っ張っていくのだった。

 


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