終わりのエクスマキナ   作:七月なご

4 / 16
無限転生者(リインカーネーター)2

 

「んほぉ! もうらめ! お尻に人参はいんないよぉ!! やめゆ! 研究やめゆ! だから、ばぶぶぶぶぶ!」

 

 病院のベッドで、怯える子供のようにぷるぷると震える中年男性。

 エクスは顎に手を当て、その様子を観察するようにまじまじと眺めていた。

 

「あっ! あおっ! おっ! おっ!」

 

 隣で観察しているエクスなど意に介さず、男は雄たけびを上げながら腹部を跳ね上げる。

 

「ふむ、これはダメだな。話にならん」

 

 エクスはその様子を見てそう結論付けると、懐から取り出した携帯型通信端末を起動し、半立体映像を浮かび上がらせた。

 片山啓吾(会社員)。有害文明指定されているエネルギーについて秘密裏に研究。入院場所、桜都病院三階特別室。

 

「烏丸の奴に無理を言って得た情報も、これでは役に立てようも無い」

 

 エクスは端末と男を見比べて、やれやれと首を横に振る。

 

「しかし、全ての終わりを防ぐと言うお題目で、していることがこれとは笑えんな。ああ、見舞いのリンゴはここに置いておく、後で美味しく頂いておけ」

「無理無理! リンゴはいんないよぅぅ! あおおおおォン!」

 エクスはベッド脇の棚にリンゴの入った籠を置くと、ベッドの上で仰け反る中年男性を無視して病室を後にする。

 病院の廊下、窓の外は音を立てて大粒の雨が降っていた。

 

「通り雨か……。厄介事には不向きな天候だが仕方あるまい」

 

 エクスは目を細め、病院の玄関で黒ずんだ空を見上げると、コートの内ポケットから折り畳み傘を取り出す。そして、後ろをさりげなく一瞥して傘を開く。

 院内にはエクスの動向を窺う人影がひとつ。エクスはそれを確認すると、人気の無い裏路地へとゆっくり歩きだした。

 

 大通りを抜け、線路脇を歩き、人影には気がついていないような素振りでエクスは悠々と街を歩く。

 

「さて、そろそろ出てきたらどうだ。ここなら他人様に迷惑を掛けんで済むだろう」

 

 十分ほど歩いた後、目的の裏路地に着いたエクスは足を止め、振り返って人影に声をかけた。

 

「ほう、我の尾行に気がついていたとは見事なものよ。いつから気がついていた?」

 

 エクスの言葉を受け、物陰からスーツ姿の天狗面が愉快そうに面を揺すって現れる。

 

「病室に入る前からだ。病院でそんなにも趣味の悪いオーデコロンをつけられていてはな」

 

 エクスは傘を畳んで天狗の方へと向き直ると、腕組みをしてニヤリと笑う。

 

「くくく、文字通り鼻が利くと言うことであるか。ひとつ確認しよう、時渡りの少女を助けたのはお主であるな?」

「そうだ、もっとも助けた小鳥は空へと飛び去った後だがな」

 

 言ってエクスは小さく雨雲に包まれた空を指差す。

 

「それだけ聞ければ結構! お主の度重なる邪魔立て、もはや黙認できぬ。悪いが実力行使で大人しくしてもらおう!」

 

 天狗は宣言するようにそう言うと、手につけた革の手袋から蒸気を発し、拳法のような構えを取る。

 

「何、遠慮するな。ついでにお前には情報を置いていって貰う」

 

 エクスも畳んだ傘を壁に立てかけ、懐から借りたままの柄を取り出てエレキテルの刃を顕現させる。

 が、顕現したエレキテルの刃は雨を伝って、エクスへと牙を剥いた。

 

「っ!」

 

 エクスは慌てて刃を消して柄を手放すと、電刃に襲われた右手を大きく振った。

 

「くっ、雨を伝う? まさか電気とやらにこんな特性があったとは……」

「ぶあふぁふぁ! 道具の特性も知らぬで振り回すとは失笑を禁じ得ぬわ! その浅薄な知識が全ての終わりを招くのよ!」

「ふん、よく言う。俺としては全ての終わりを防ぐためは、お前達がもう少し大人しくした方がいいと思うんだがな」

 

 エクスは右手と右半身を後ろに下げ、左半身を前に出すような形で構えを取る。

 

「ほう、苦し紛れの割には様になる構えよ」

「好きに言え。この玩具が無いと言うことは貴様が痛い目に遭うと言うことだ。俺の優しさを失笑で返したことを後悔しろ」

 

 構えを取りつつエクスは天狗を睨みつける。

 

「ふぁふぁふぁ、笑止! ならば改めてお教えしよう、鞍馬山に伝わる蒸気拳法の真髄!」

 

 天狗が構え、それと同時に袖口から噴出す圧縮蒸気。

 雨の路地を滑るように跳ねる天狗。

 蒸気を出した両手袋が暴れ狂い、天狗の拳打が双頭の大蛇の如く牙を剥く。

 

 右、左、右、左、右、左、右右左右左。エクスに向けて矢継ぎ早に繰り出される拳打の雨あられ。

 

 だが、エクスはその全てをつまらなそうな表情で躱していく。

 

「ぐぅ! 当たらんだと!」

「その反応はついぞこの前、お前の仲間から聞いたばかりだ。ワンパターンなサービスは要らん。痛い思いをする前に大人しく情報だけ置いて帰れ」

「なんの! 勝負はこれからよ!」

 

 天狗は姿勢を前のめりにして更に拳を繰り出していく。

 

「ふん、暴力的な奴だ」

 

 エクスは拳打を躱しながら軽くため息をつくと、ふわりとコートを翻す。

 それと同時に天狗は吹き飛ぶように宙を待っていた。

 

「オゴォォォ!?」

 

 更に強まった雨脚と共に、天狗がゴミ捨て場のポリバケツへと降り注ぐ。 

 

「ふん、すぐに暴力に訴えかけるのは関心せんぞ。お前が怪我でもしたらどうしてくれる? 実に迷惑極まりない。反省しろ」

 

 雨の降りしきる裏路地で、エクスが倒れ伏した天狗を見下ろす。

 

「この御仁、よく言う。私には見えたぞ、無慈悲なほどの数多の拳打が……」

「確かにお前が殴らず無抵抗だったなら、俺の所業は最低の畜生だ。それは素直に認めよう。だが、お前は無抵抗だったんじゃなく、当てられなかっただけじゃないか。ならば等しく同罪だ。馬鹿者」

 

 エクスは倒れた天狗の鼻をつま先で蹴飛ばしてへし折る。

 

「グエエエエ!」

 

 鼻をへし折られた天狗が仰々しく叫ぶ。

 

「全く、どこから見てもその鼻は作り物だろうに。実にサービス精神旺盛な奴だ」

 

 エクスは天狗の懐から通信端末を奪い取ると、無理やり指紋認証させて端末を起動する。

 

「宣言通り、情報はいただくぞ」

 

 端末のパネルから浮かび上がった映像を指で滑らせ、エクスは目的の情報を捜索していく。

 

「ほう、娘さん明日が運動会なのか。パパにお誘いのメールだなんて可愛い子じゃないか」

「うおお!! 頼む! 止めてくれ! 娘は! 娘だけには手をださんでくれええええ!」

 

 エクスは必死に立ち上がろうとする天狗の上半身を軽く踏みつけて動きを制する。

 

「するか、馬鹿者! 俺を外道扱いするな。心外だ!」

 

 エクスは一度天狗に吼えた後、改めて端末の操作を開始する。

 と、エクスが情報を見つけるよりも早く、ポコンと言う音と共に目的の情報が浮かび上がった。

 

『連絡。時渡り(クロノス)の少女を捕獲せり。二十一時より三十二階大ホールにて執行開始』

 

 更に少し遅れて表示されるサムズアップする天狗の画像。

 

「ははは、やはりもう捕まっていたか。面倒をかけてくれるお嬢様だ」

 

 エクスは呆れるように苦笑いすると、天狗の端末をパキリと二つにへし折る。

 そして、自らの懐から端末を取り出すと耳にあて、マキナに連絡をはじめた。

 

「ああ、俺だ、俺」

『詐欺ですか?』

「違う」

『はい、分かっています。どうしましたか、エクス』

「マキナ、今天狗を締め上げたんだが、三十二階の大ホールとやらに心当たりはないか? なければ眼下に転がるパパに、今以上の惨事が降りかかってしまうんだが」

『それはかわいそうです。何とか避けてあげたいですね。うぅん、三十二階……。この辺りは月人(エトランジェ)の御所が近いので建築制限がありますから。近辺で思いつくのは新都庁ぐらいでしょうか?』

「新都庁か……」

 

 わざと口に出したエクスの言葉に、天狗が僅かに体を動かす。エクスはそれを見逃さずニヤリと口元を歪めた。

 

「ああ、マキナ。どうやらそこで間違いないようだ。俺は適当に助ける理由を見繕って先に行く。お前も後から合流してくれ」

『烏丸さんからは無茶をしないと言う条件で情報を貰ったはずですが』

「心にも無いことを言ってみるな。あのお嬢様を助けるためだ」

 

 エクスは返答を待たずに通話を終え、雨に塗れた端末をコートの袖でぬぐって懐にしまうと、端末と入れ替えるようにコートの内ポケットから折りたたみ傘を取り出す。

 

「手間をかけたな。娘さんのためにも、俺に迷惑をかけん程度に仕事をがんばってくれ」

 

 エクスは天狗がこれ以上雨に濡れないように傘を立ててやると、黒いコートをはためかせてその場を立ち去るのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。