「
「互いに因果な身の上だな。お前は果ての未来を望むが故に私を呼び寄せ。私は続く世界を望んでも、我が身が自らの立つその場所すらも終わらせてしまう」
「なぜじゃ!? なぜじゃ!? なぜじゃ!? なぜお主が終わり以外に存在した!? お主とは終わりそのもの! 何故、お主が存在してなお世界があった!? 今、儂が居る!?」
恐怖で顔をぐしゃぐしゃに歪め、泣きじゃくりそうな顔をして、バゼットがエクスマキナに怒号を浴びせる。
「お前と小百合のおかげだよ。お前が私を認識したとき、私もはじめて他者を認識し、私は私という意味を得た。そして、私は世界を終わらせぬよう、自らをエクスとマキナと言う異性体に分けて終わりの前に立った」
「じゃが、それでもお主は……お主は今再び全ての終わりとして世界を終わらせる!」
「違う、言うなれば今の私は"全ての終わり"たる本来の私に至る直前。存続を望むエクスとマキナが与えた世界に対する最後の猶予だ。さもなくば、例え全知全能の月人だろうと世界諸共に終わっている」
「猶予じゃと? 何を偉そうに、お主が訪れねば全ては続いていくというのに!」
「哀れだなバゼット。お前は全ての存続を求めるが故に見失い、
エクスマキナは目を細め、哀れむような眼差しでバゼットを見つめる。
「哀れじゃと……? 概念ですらもない絶対の終わりが、感情でも持ったというか!?」
対するバゼットは瞳に全てを拒絶するような棘を宿してエクスマキナを睨みつける。
「かつて儂が生み育んだ世界を終わらせたお主が! 今この世界をも終わらせようとするお主が! 足掻き続けた儂の全てを哀れみで済ませるな! 全ての終わりッ!!」
バゼットは懐から取り出した天狗の面を宙へと放り投げる。
それが号令となり、エクスマキナに破壊された世界を上塗りするように、墨汁をこぼしたような黒が全てを塗り潰していく。
やがて黒に染まったその場所に一筋の光が灯り、最上位宇宙が創造される。
最上位の宇宙は内に数多の宇宙を生み出し、生み出された宇宙は更に下位の宇宙を無限に形作っていく。
無限に連なる宇宙は枝葉のように
それは名ばかりの全知全能などでなく、世界を統べるバゼットにのみ許された、正真正銘の全知全能たる御技。
既に新たに創造された世界は、今の今までエクスとマキナ達が立っていたその星、宇宙さえも点にも満たないほどの規模を誇っている。
バゼットはその新たに創造された世界に降り立ち、対するエクスマキナも静かに世界に立つ──その世界を終わらせながら。
そう、その世界は"ある"だけで全てを終わらせてしまうエクスマキナから、元ある世界を保護するために創造された世界。最大規模の緩衝地帯。
エクスマキナも当然その意味を理解している。故に世界を即座に終わらせぬよう細心の注意を払ってその場に居るのだ。
「バゼット、これが意味することは、私を相手に暴力的話し合いをすると言うことだぞ? だが、私がその気になれば全てを意に介さん。分かっているな?」
「そんなことは承知の上! じゃが、今のお主は自らを世界に対する猶予じゃと言った! ならば去れ全ての終わり! この世界にはまだ続きがある!」
「ふむ、誰かによく似て強情だな。ならば仕方あるまい。お前が悔い改めるまでの間、全知全能などという脆弱極まりない力を持って世界を繋ぎ止めてみせるがいい」
エクスマキナは静かに目を閉じる。
「存続を望む我が
言って、エクスマキナは再び目を開け、大鎌の歯車を回し、無の衣を靡かせる。
「黙れ、認めよ。儂が導いたこの世界の存続を! 儂が終わらせてしまったあの世界、その正統なる続きを!」
拍子木の音が鳴り、響くはずのない宇宙に響く天狗囃子。
今ここに終わりへ続く舞台の幕が開ける。
そう、全ての舞台は幕が開けたその瞬間から
故に万物は走る。己の全身全霊を賭け悔い無きように。
「儂が世界を終わらせぬ! この世界は儂がお主の及ばぬ果ての果て、儂がまだ見ぬ永劫の先へと導くのじゃ!」
「残念だが、お前の夢に先は無い。せめて描いた夢の終わりは壮大なフィナーレで飾ってやろう。そのくだらん夢物語は今、ここが"終わり"だ」
エクスマキナが大鎌を振りかぶると同時、無限の宇宙全てを埋め尽くす天狗面が顕現する。
出現した天狗面の鼻が伸び、鎌を振りかぶったエクスマキナへと襲い掛かる。
エクスマキナの居たはずの場所に次々と天狗の鼻が襲来し、空間全てが紅に染め上げられた。
バゼットはその場所を泣きそうな目をして睨み続ける。
「バゼット、先に言っておこう。私を防ぐために新しく創り出した世界ならば、私は誕生の傍から容赦なく終わらせていく」
紅の中でエクスマキナが言う。
紅に音もなく黒い亀裂が入る。
黒い亀裂は急速に広がり、世界自体を軋ませて全てをひび割れたガラスのようにしていく。
黒い亀裂の中に鎮座するエクスマキナが大鎌を一振りすると、僅か二メートルほどしかない刃が、世界そのものをガラス細工を砕くように粉々に砕き飛ばした。
創造された無限の宇宙とその平行異世界、その全ての終わり。
それはあまりに呆気ない、ひとつの世界の終わりだった。
「ッ! 全知全能の後ろ盾があろうとも、壊す気になれば世界なぞ一瞬で終わらせてしまうか!」
目に涙を浮かべ、再度新しい世界を創造するバゼット。
エクスマキナは振り終えた大鎌を浮かべ、表情もなく静かにバゼットを一瞥した。
「当然だ。自らが求めなくとも例外なく全てを終わらせてしまう、それが私の原義なのだからな。分かったなら、大人しく小百合を返して悔い改めろ」
エクスマキナは大鎌を携えない右手をバゼットの方へと突き出す。
「こと…わる! 儂はこの世界の統治者であり、かつて全ての終わりを迎えた世界の全知全能神でもあった。ならばその両方を兼ね揃えた未来を作り上げる義務がある!」
「私が終わらせてしまった世界、その続きをこの世界でするつもりか」
「そうじゃ、この世界はかつての世界における終に続く枝葉を剪定し、果てへと続く道筋のみを残しておる!」
バゼットは恐怖に震える手を握り締め、ギリと歯を食いしばって言った。
「だが、それは裏目だったわけだな。お前のその目論見は、私の訪れによって既に失敗している。そうだろう?」
「くっ……! それは、それは……儂がまだ全知全能を使って導いていないからじゃ! まだ儂には世界を終わらせぬための選択肢がある!」
バゼットは自らに言い聞かせるようにそう言って、手を突き出す。
エクスマキナの周囲で更に幾つもの宇宙が始まり、創造された世界がエクスマキナの周囲の世界を押し潰していく。
エクスマキナは軽くため息をつくと、無の衣をひらりと翻してその全てを誕生の傍から終わらせた。
「そうか、儂には、か……。私と小百合が見つけたものをお前はまだ見つけていないんだな」
「なんじゃと?」
「答えを自らの中にしか見つけられん今のお前には分かるまい。だが、待たんぞ。全知全能如きでは私を永く世界に繋ぎ止められまい。よって小百合はここで返してもらう」
エクスマキナの漆黒の髪がふわりと浮き上がる。
バゼット、そしてそこから幾重もの世界を隔てた果てに居る小百合に向けて、エクスマキナが跳ね飛ぶ。
意味を成さない空間を押し潰し、止まった時を更に切り裂いて。エクスマキナはバゼットへと迫る。
「何故、お前は儂の同位体にそこまで固執する!? 何故、儂を無価値と断じ、同位体だけに価値を見出す!?」
バゼットは慌てて二人の間に新たな世界を横たえる。
だが、エクスマキナはもはや世界など意に介さない。ただ余波で世界に終わりを与えてなおもバゼットに迫る。
「小百合がエクスとマキナを構成する存在意義の一因だからであり、お前が自分が何を失ってしまったのかすらも分からんからだ」
エクスマキナが大鎌を大きく振りかぶる。
振りかぶった大鎌の切っ先が世界を切り裂いて虚無を灰燼と化す。
「戯言を、儂は何も失っておらぬ! 何を失ったというのじゃ。儂が!」
「全ては自分以外に認識され、初めて己という存在に意味を持つ。自身と他者を分ける境界線に生まれるものが感情ならば、感情の熱的死した世界は停滞し、全ての終わりを迎える」
新たな世界を軋ませながら、エクスマキナがバゼットの目を見据える。
バゼットは恐怖に涙し、上ずった悲鳴を上げた。
「故に求めるは、他人──。さあ、バゼット、覚悟はいいな?
エクスマキナが大鎌を静かに滑らせる。
目を瞑るバゼット。
大鎌は恐怖で立ち竦むバゼットの横を通り過ぎ、幾重もの世界を紙を裁つように終わらせながら、小百合を縛り上げる赤い糸を快刀乱麻した。
世界の軋みが加速度的に増していき、全知全能の後ろ盾を失った世界が、エクスマキナの存在に耐え切れず砕けるように終わっていく。
砕けた世界の破片が最後の灯火となって、星空のように元居た世界を照らす。
やがて辺りは宇宙空間に浮かんだ八畳間に戻った。
エクスマキナは大鎌を無に押し戻すと、腕を組んでその場に静かに佇んだ。
その眼前には這い蹲ったバゼットと、気を失って倒れ伏したままの小百合が居た。
「……何故じゃ! 何故、儂を否定する!? 全ての終わり、お主が他者に世界の価値を見出すのなら、かつての世界では救えぬはずの命を救い、失われるはずだった命の灯火が生き続けるこの世界を、未来へ動き続ける数多のそれを否定するのじゃ!?」
畳の上に這い蹲ったまま、涙ながらにバゼットが訴える。
「その数多を否定しているのはお前だ。数多があれども、出す答えが全知全能の一答では意味が無い」
「違わぬ! 儂は他者を否定してなぞおらん!」
バゼットが涙を浮かべ、棘を宿らせた瞳でエクスマキナを睨みつける。
「いいや、否定している。現にお前は嫌がる小百合に、自分の答えを押し付けたじゃないか。
「儂が儂に戻って何がおかしい! 元よりひとつであった存在じゃぞ!」
「そうだな。つまりお前はおまえ自身にも否定されたわけだ」
「うぐっ……。何故じゃ、何故、儂をお前達は否定する。儂は真摯にこの世界を思うて行動しておる。出した答えも間違っているはずはない……」
バゼットは悔しげに唇を噛む。
「お前の中にこの世界の誰かはいるか? お前の行動にこの世界の誰かが居るのか? 居ないだろう。それがお前の欠落だ」
「っ……! それは……」
「お前の導く道筋は確かに正しいのかもしれん。だが、お前が望む世界はお前だけでは作れない」
「……ならば、ならば儂はどうすればいいのじゃ。儂の求めた答えが違うというのならば、世界を皆に託して儂は消え去れとでも言うのか」
バゼットは悲痛な顔をして唇を噛み締めて押し黙る。
その答えは自らが口にすることでないと主張するように、エクスマキナは何も答えない。
「違うわ、違うのよ、バゼット」
バゼットの問いに答えたのは、目を覚ました小百合だった。
「お目覚めか、小百合。いい所で目覚めたものだな」
「ええ、おぼろげな中で見ていたわ。バゼットも、今の貴方がエクスでありマキナさんであることも。だから私がここで何をすべきかも分かるつもりよ」
小百合が小さく頷くと、エクスマキナも頷き返す。
そして、小百合はゆっくりとバゼットの所へと歩いていく。
「何じゃ……儂の同位体であるお主までも、儂を嘲笑いに来たとでもいうのか」
「違うわ。おぼろげな意識の中でずっと考えていたの。貴方が私だとしたら、貴方は何を思ってこんなことをしたのかって」
涙を流し瞳に棘を宿すバゼットを見て、小百合は優しい顔をする。
「貴方も臆病なのよね。私と一緒で」
バゼットは目に涙を溜めたまま何も言わない。
「だから、貴方が今ではなく果てばかりを見るのかも分かるわ。怖いのよね、大切なものを失ってしまったことが、これから失ってしまうかもしれないことが」
小百合は優しく微笑み続ける。かつてマキナが自らにしたように。
「でもね、今の私は分かるの。失うのを恐れて果てだけを見ることは結局、今を失っているのだって」
小百合は言う。かつてエクスが小百合に言ったように。
「
小百合は泣きじゃくるバゼットを強く抱きしめる。
「だから、変わればいいのよ貴方も。大丈夫、絶対にできるわ。だって私にもできたのだから」
全ての終わりは去り、エクスとマキナに戻った二人は、その様子を静かに見守っていた。