終わりのエクスマキナ   作:七月なご

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時渡り(クロノス)1

  プロローグ 全ての終わり

 

 繁栄を極めた世界があった。

 多位、多層、多元、無限宇宙の謎を余すことなく解き明かし、素粒子よりも細かく分解された体は宇宙全てを生息域とした。

 データ化された心は肉体が無くとも生き続け、人と交わることなく安寧を得る。

 

 それは神の御技を通り抜けた果て、永久を求めた者の到達点。

 だが、たとえ永久を得ようとも、それが神の御技であろうとも、そこが到達点であるが故に終わりは等しく訪れる。

 

 一人の少女が舞い降りて、その世界は全てが終わる。

 積み木を崩すように、ガラスが砕け散るように、建物が、人が、文明が、生が、死が、宇宙が、神が、空間が、時間が、概念が、現世が、常世が、全てが平等に終わりを迎える。

 

 終わる。

 終わる。

 全てが終わる。

 

 それは始まりと対を成す絶対の終点。

 それは森羅万象の結末。

 それは機械仕掛けの大鎌を持った黒い髪の少女。

 その少女こそ──"全ての終わり"。

 

 表情ひとつ、心ひとつ持たぬ少女がただ立つそれだけで、全ては呆気ないほど容易く終わってしまう。

 故に少女の後ろには何も無く、少女の前にも何も無い。

 少女こそが全ての終わり。

 少女こそが約束された終の孤立者(ラストスタンド)

 

 虚無すら無くなったその場所で、少女はただ独り在り続ける。

 泡沫の夢。

 少女のみが知る世界の終わり。

 少女は独りたゆたう。

 

 それは約束された絶対の孤独。自身が終であるが故の宿命。

 彼女と世界の交わりは、終わりという名の点でしか結ばれない。

 

 彼女を知った者はその瞬間に全てが終わる。故に彼女の姿に意味はなく、彼女の心に意味はなかった。

 ただ少女は目を閉じ次の交わりを夢見る。次の終わりのその時まで──

 

「ふざけないで!」

 

 何も無いはずのそこに怒号が響き渡る。いや響くと言う言葉は不確かかもしれない、それは怒りと言う概念。

 

 黒い髪の少女は見開く必要が無いはずだった眼を開く。

 そこに居たのは白い髪の少女。全ての終わりを迎えた世界で神と呼ばれた存在の一人であり、全知全能を用いて世界を創造した者。

 

 全知全能である白い髪のその少女は、偶然世界の外に在ったことで全ての終わりから見逃された幸運な存在。

 そしてそれ故に、全てを終わらせてしまう"全ての終わり"を認識できた始めての存在。

 無論、黒い髪の少女にとっても初めての偶然であった。

 

「全ての終わり、貴方は全てを終わらせたつもりでしょうけれど、まだ全てが終わったわけじゃないわ。私はまだここに居るもの」

 

 白い髪の少女は強い意志をもって、黒い髪の少女を見据える。

 

「だから私は終わらない世界を作る。消えてしまったこの世界より先を作る。貴方が訪れることのないその世界を見ていなさい!」

 

 白い髪の少女は終りそのものである少女を睨みつけ、宣言するようにそう言うと、創造された新たなる世界へと駆け去っていく。

 黒い髪の少女は、自らと最も遠くなったその場所を眺め、独り静かに微笑んだ。

 

 ──それが"二人"の始まりだった。

 

 

 第一章  時渡り(クロノス)

 

 

 人の歴史は川にたゆたう小船の如し。

 小船進む先は静かな大河か、荒ぶる滝か。その先を選ぶは行く手も知らぬ無知なる船頭。

 故に彼らは暗躍する。人の世が荒ぶる滝に進まぬよう、無知なる船頭からその舵を奪うために。

 その暗躍者達は自らを──躍進機関と呼んだ。

 

 澄み渡った夜空には月と星々が煌き、大地には人々の営みが作り出す光の海が横たわる。

 時は新大正、機械仕掛けの時代。

 

 星海よりの来訪者であり、神と呼ばれる存在である月人(エトランジェ)。

 その月人よりもたらされた水蒸気循環式常温蒸気機関による第二次文明開化より早百年。街には数多の機械が溢れ、かつて人々が求めた夢が便利として叶っていた。

 

 それは全ての終わりを迎えた世界にあった平成と呼ばれた時代。

 ただし、平成と呼ばれた時代とは違い、街の天地に張り巡らされていた電線は影も形もない。

 

 その小さな差異は、この世界が全ての終わりを迎えた世界とは似て非なる世界であることの証。

 そして、そんな新大正の街を息を切らせて駆ける少女が一人。

 

「はあっ、はあっ!」

 

 その少女──平賀・S・小百合は雪兎のように真っ白な髪を振り乱し、触れれば消えそうなほど儚い淡雪のような肌を朱に染めて、人気のない夜のビル街を一心不乱にかけていた。

 その背後には小百合を追いかける怪しい人影がひとつ。

 

「待たれい! 待たれい! 待たれい!」

 

 ビジネススーツに天狗の面を着けた珍妙な男が芝居がかった口調で制止促し、前を行く小百合を猟犬の如く追いかける。

 

「ふん、止まるわけないじゃない。あんな怪しい奴に捕まったら、何をされるか分かったものじゃないわ!」

 

 小百合は真紅の双眸で後ろの様子を一瞥すると、前を向いて再び全速力で走り出す。その表情には突如自らに降り注いだ不条理に対する困惑と苛立ちが浮かんでいた。

 

 事の発端はおおよそ一時間前、繁華街近くの裏路地を歩いていた小百合は、天狗面をつけた男に声をかけられたのだ。

 夜の繁華街は健全な少女には不釣合いな場所。故に小百合は、自らを非行少女と思った警官辺りが声をかけてきたと思ったのだが、それも振り返るまでの話。

 一目で怪し過ぎるスーツ姿の天狗面に身の危険を察知し、小百合は振り返るや否や一目散で逃げ出したのだった。

 

 小百合は逃げる。秋風が僅かに冷やしたビルの隙間を、無人の大通りを、人気のないオフィス街を、裏路地をとにかく逃げる。

 腕組みしたまま走る天狗が、その後ろに張り付くように追いかける。

 地上に散りばめられた灯りの隙間を縫うように、繰り広げられる少女と天狗の奇妙な逃走劇。

 

 そして、そんな逃走劇の終わりはほどなくしてやってきた。

 ビルとビルの隙間を縫うようにするりと裏路地へと入り込む小百合。だがその一手が致命的な悪手だった。そこは逃げ道の無い袋小路。

 進む道を失った小百合は、ローファーの踵でブレーキをかけるようにして慌てて立ち止まる。

 

「くっくっくっ、長らくの逃亡劇もここでおしまいよな」

「──っ!?」

 

 小百合が向き直るよりも早く、背後から聞こえる天狗の声。

 壁の前で立ち尽くす小百合はびくりと肩を震わせると、鋭い表情を取り繕って声のする方へと向き直る。

 小百合がもう逃げられないと思っての余裕か、天狗はすぐに小百合を捕まえようともせず、道の真ん中で小百合を閉じ込めるように悠然と立ち塞がっていた。

 

「平賀・S・小百合さんで相違いないかな?」

 

 天狗は面の顎をしゃくりながら尋ねる。

 

「そうよ。でもだとしたら何かしら? 不躾だわ。人に名前を尋ねるときは、自分から尋ねるのが礼儀だって教わらなかったのね」

 

 きつい口調でそう言って、小百合は天狗を睨みつける。

 この窮地に呑まれて怯まないための精一杯の虚勢だった。

 

「ククク、これは失礼した。ならば受けとれい! 小百合殿!」

 

 天狗は胸ポケットから四角い金属片を取り出し、手裏剣の如く素早く投げつける。

 金属片は鋭く風を切る音と共に、小百合の横にあるコンクリート壁に浅く突き刺さった。

 

「っ────!?」

 

 小百合は体を少しだけ仰け反らせた後、恐る恐る突き刺さった金属片を手に取る。<秘密結社躍進機関構成員"天狗イの七七号">金属片にはそう掘り込まれていた。

 あんぐりと口を開けたまま、小百合、暫しの停止。

 

「ふぁあっ!? ふ、ふざけないで! なんで秘密結社を名乗る癖に名刺なんて作ってるのよ!?」

 

 少しの間の後に再起動した小百合は、開けたままだった口をへの字に結ぶと、金属製の名刺を力いっぱい地面に叩きつけた。

 

「怯えた私が馬鹿らしい! もう品行方正に逃げ回るのは止めよ! 止め止め! 躍進機関なんて裏警察気取りの胡散臭い団体に遠慮なんて要らないわ!」

 

 小百合は怯えた自身を嘲笑うようにふんと鼻を鳴らし、手に提げた巾着袋から刀身の無い機械仕掛けの柄を取り出す。

 そのまま機械仕掛けの柄を構える小百合。直後、柄からビルを照らすほどに眩く輝く刀身が顕現した。

 

「なんと! エレキテルの刀とな!? エレキテルは紛う事の無き有害指定文明ぞ!」

 

 わざとらしいほどに仰々しく驚く天狗。

 有害指定文明。それは人類の発展において多大な危険性を持つと月人が定めた技術の総称。有害認定された技術は地球上全ての国家で禁止され、重い罰則が設けられている。

 

「"百年以上前"から承知の上よ。安心なさい。これは護身用の特別製なの、斬られても痺れるだけで死にはしないわ」

 

 驚く天狗が動き出すよりも早く、小百合が容赦なく天狗に斬りかかった。

 

「ぬぅ!」

 

 気圧され一歩後ずさる天狗。

 小百合はこれ好機と天狗の脇をすり抜け、すれ違い様に天狗を容赦なく斬りつける。

 光り輝く電気の刃が、ビルの谷間を眩しく照らしながら天狗の脇腹を通過した。

 

「ふん、そこで朝まで寝ていなさい」

 

 天狗の後方で小百合は足を止め、後ろを一顧だにせずそう言うと、エレキテル刀の刃を消して再び夜の街へと歩き出そうとする──

 

「クックックッ、問答無用の実力行使とは、実にやんちゃなお嬢様よ」

 

 が、小百合の背後で、斬られて動けないはずの天狗が愉快そうに笑った。

 

「な……ッ!?」

 

 驚いた小百合が振り返るよりも早く、天狗は右側面のビルを蹴って軽やかに跳躍し、再び小百合の逃げ道を塞ぐ。

 

「嘘、どうして普通に動いてるの!? エレキテルの刃があたればまともに動けないはず……」

「くっくっくっ、我々が用も策も無く追いかけるとお思いかな? お主が有害文明に精通しているのは把握済みよ。見よ! これを!」

 

 天狗がスーツの上着のボタンを外す。白いシャツの上、黒ずんだチョッキが着込まれていた。

 

「まさか……対電刃用の防電チョッキ!? 研究すらもされていないはずの技術への対抗策……そう、読めたわ。躍進機関は有害文明の技術を独り占めしようと活動しているのね」

 

 小百合はエレキテルの刃を再び顕現させ、鋭い眼光を天狗に向ける。

 

「心外な。我等は有害文明を否定する側。これは全知全能なる我らが大天狗様から賜った物。そして、その霊知で行うは正義のみ。──即ち全ての終わりを防ぐこと!」

「ご高説ありがとう。でも、実際していることが少女を夜道で襲うことでは全く信じられないわね」

 

 両手の拳を強く握り締めて力説する天狗。

 小百合はそれを冷めた眼差しで鼻でせせら笑った。

 

「ふ、好きに言えい! お主を狙う理由は二つ。ひとつは有害文明の知識を深く所持していること、そして……もうひとつ、お主が時渡り(クロノス)の少女であることよ」

 

 天狗は曲芸の如き早業でスーツの上着を着用すると、腕を組んでポーズを決める。

 

「……そう、それは残念ね。とんだ無駄骨よ。私はそんな素敵な力を持った人間じゃないもの。もし、私が時渡りだとしたらこんな暗澹とした表情で夜道なんて歩いていないわ。大天狗の霊知とやらも程度が知れるわね」

 

 小百合は今でさえ鋭く睨んでいる眼光を更に鋭くして天狗を睨みつける。

 その眼光には他者を寄せ付けない棘と、その棘と対極にある何かがあった。

 

「ふむ、認めぬか。だが、お主が本当に時渡りだろうと、そうでなかろうと結果は同じこと。有害文明に精通したお主を見逃す道理はなく、大天狗様が求めるお主を見逃す道理も無し。大人しくお縄につけい!」

 

 天狗の言葉と共に着込んだスーツが隆々と肥大化し、その隙間から蒸気の煙が立ち上る。

 効率化の進んだ近代蒸気機関において、蒸気を排気するという行為は超高出力機関を搭載していると言う証。そう、それこそ用途が思いつかないほどの。

 

「──なっ!」

「このスーツはただのスーツにあらず。これぞ躍進機関の新式技術。蒸気筋肉鎧《スチームボディ》!」

 

 刹那、天狗が弾けるように疾走し、目を丸くしたままの小百合を一瞬のうちに掌底で吹き飛ばす。

 

「ッ──!? ぁぅ……」

 

 射的の的のように吹き飛んだ小百合は、背中から勢いよく後方の壁に叩きつけられ、糸の切れた人形のように崩れ落ちてしまう。

 

「許せよ、乙女。だが大天狗様は寛大。お主の命までは取らぬだろうよ」

 

 天狗はぴしりと人差し指を立てた後、膨らんだスーツを元の状態に戻す。そして、目的を達するべく気絶した小百合へとゆっくり近づいていく。

 

「ほう、こんな夜更けに怪しい天狗が少女を襲うか。止めておけ。確かにハロウィンも近いが流石に見逃せんぞ」

 

 天狗が小百合に手を伸ばした瞬間、それを遮る様に男の声が響いた。

 

「な、な、何奴!?」

 

 予期せぬ横槍に天狗は慌てて構えを取ると、袋小路の入り口へと視線を向ける。

 通りの灯りが僅かに届く路地の入り口前、そこに居たのは一組の男女。

 

 一人は青空のような水色の長髪を二つに結い、白を基調とするゴシック風の衣装を身に着けた少女。

 その姿は華やかで可憐で艶やか。だがそれと同時に、そのあまりに完璧な顔立ちとスタイルが、どことなく浮世離れした雰囲気を感じさせる少女でもあった。

 

 それと並び立っているのは黒いロングコートを身に着けた黒髪長身の優男。宵の雨がよく似合いそうな男だった。

 二人の組み合わせは見るからにアンバランスで、しかし元からひとつであるかのような不思議な一体感を持っていた。

 

「怪しい奴等め、何者ぞ!?」

 

 予期せぬ乱入者に天狗は焦りの声色で問う。

 

「ははは、怪しい? 面白いことを言ってくれるな。俺は躍進機関などという輩の方が余程怪しいと思うんだが、なあマキナ?」

 

 コートの男は愉快そうに口の端を歪める。

 

「はい、そうですね、エクス。でも、エクスが黒いコートで夜の街を闊歩する様も、怪しいことには間違いないと思いますよ」

 

 マキナと呼ばれた水色の髪の少女は、呆れたような表情をして小さく首を振った。

 

「とにかく、だ。俺の目の前で誘拐劇など承服しかねる。他の天狗のように鼻をへし折られたくなければ、さっさとそこの少女を置いて家に帰れ」

 

 夜風にコートを靡かせ、エクスが毅然と言い放つ。

 

「他の天狗とな……? なるほど、近頃躍進機関の邪魔をする二人組みが居ると聞いていたが……それがお主達か」

 

 天狗は天狗面の鼻先をエクスの方に向ける。その声色からは微かな緊張が窺い知れた。

 

「ふむ、邪魔立てなどをした覚えは無いが、人助けをした覚えは何度かあるな」

 

 対するエクスは余裕綽々の表情でコートをはためかせ、天狗との間合いを悠然と詰めていく。

 

「その蛮行、人助けと言うか! 全ての終わりを防ぐべく、日夜働く躍進機関の理念も知らぬ愚か者めぃ!」

「ほう、そうか、全ての終わりを防ぐか……。それは奇遇だな。俺達も同じ理由でお前達の邪魔をしている」

 

 エクスは余裕綽々の態度を崩さないまま、真剣な目でそう言うと、勢いよく天狗を指差し、

 

「さて、聞くべきことは聞き出した。後は頼んだぞ、マキナ!」

 

 その後の展開をマキナに全て丸投げした。

 

「えっ……?」

「なんと……?」

 

 天狗とマキナが同時に意外そうな声をあげる。

 

「どうした、マキナ? 出番だぞ」

 

 エクスはそんな二人を意に介さず、くいくいと天狗を指差してマキナに行動を促す。

 

「私……ですか? この会話の流れだと普通はエクスが相手取るものだと思うんですが」

 

 はじめに居た場所から動かず傍観者を決め込んでいたマキナが、ぽかんとした表情で小さく右手を上げた。

 

「まさに同意。啖呵をきっておいて、その始末は乙女頼りとは、流石にそれは男子としていかがなものか」

 

 エクスを挟んでマキナの反対に立つ天狗も、小さく右手を上げて同意する。

 

「そうは言うがな、マキナ。俺とお前は一心同体。そして俺は一仕事した訳だ。残りは俺よりも荒事の得意なお前が引き受けるのがフェアだろう」

 

 言って、エクスはちらりと視線を下に向けた。

 

「うぅん、はあ、なるほど、本当にもう……。申し訳ありません、天狗さん。どうやら私がお相手しないといけないみたいです」

 

 エクスの意図を察したマキナは、両手の指を合わせて申し訳なさそうな顔をすると、つかつかとエクスの前まで歩み出る。

 

「ああ、うむ、お主も難儀よの。だがしかし……」

 

 先ほど同様、天狗のスーツが蒸気の吹き出る音と共に肥大化する。

 

「我らが躍進機関の行く末は世界の行く末! 薄幸の少女と言えども邪魔立てはまかり通らん!」

 

 言い終るのと同時、天狗は立ち上る湯気をたなびかせ、弾ける様にマキナへと突進する。

 跳ねる天狗、電光石火一撃必殺の挙動。

 

 対するマキナは慌てず騒がずゆっくりとスカートの裾をつまむと、緩慢な動きのまま天狗の突撃をひらりと躱してみせた。

 

「なんと、乙女がこれを躱すとは……!」

「直線的ですから。簡単ですよ?」

 

 天狗は壁に両手をついて突撃の衝撃を和らげると、くるりと向きを変え、同じ場所に立ったままのマキナに突撃する。

 マキナは再びスカートの裾をつまんで、舞うようにひらりとそれを躱した。

 

「くっ! やはり当たらぬか!?」

 

 半ばやけくそ気味に次々と突撃を繰り返す天狗。

 だが、マキナは秋風に舞う木の葉のように、天狗の突撃をひらりひらりと全て軽やかに躱していく。

 

「そろそろ諦めて貰えませんか? 私は荒事をすると派手にやり過ぎてしまうきらいがありますから」

「そうはいかぬ! まだまだこれからよ!」

 

 歴然とした実力の差を見せ付けられつつも、なおも天狗の闘争心は衰えない。

 

「ふぅ……仕方ありませんね。攻撃、する他なさそうです」

 

 マキナは少しだけ俯いて困ったような表情をすると、キッと眉を吊り上げてふわりと跳躍する。

 直後、天狗が身構えるよりも早く、マキナの拳が天狗のスーツに突きたてられていた。

 

「うぐっ!」

 

 重力を感じさせない跳躍からの重い一撃に、天狗は堪らず腹部を押さえてよろめいてしまう。

 

「まだやりますか? その特別製のスーツでも私の拳は通るみたいですけれど」

「うぐぅ……その羞花閉月の容姿からは想像できぬ重い一撃よ。ならば蒸気筋肉鎧、真の実力を出すとしよう」

 

 天狗は声を搾り出すようにそう言うと、両手を力強く握ってガッツポーズのように構えを── 

 

「出さなくていい、寝てろ」

「グエエエエエ!」

 

 取る前に、エクスが背後から天狗の首筋にエレキテル刀を押し当てた。

 露出部に受けた不意の一撃に、天狗は潰れた蛙のような叫び声を上げてその場に崩れ落ちてしまう。

 エクスはすかさずしゃがみ込んで天狗の安否を確認すると、満足そうな表情をして立ち上がった。

 

「ふむ、マキナ、落ちていたのを拾ってみたがこれは便利だな。持ち主がそう言っていたように、無駄に怪我をさせないのが実にいい」

「もう、エクス……。やるのだろうと思って引き受けはしましたけど、後ろから奇襲のように使うのは卑怯な気がします」

 

 玩具を手に入れた子供のように光る刀身を出し入れするエクスに、マキナは渋面を作って抗議する。

 

「何を今更、卑怯も方便だ。お前でもそうしていたくせによく言う。天狗が動かなくなるまでタコ殴りにされる方が余程可哀相だからな」

「むぅ、それはそうですけれど……」

 

 釈然としないという風なマキナをよそに、エクスは倒れた天狗を一瞥して路地の脇で気絶している小百合の所へと向かう。

 そして、小百合を助け起こそうとしたエクスが、小百合の顔を見て動きを止めた。

 

「どうしましたか、エクス?」

「……似ている」

 

 呟くように言うエクス。

 そんなエクスの様子を見て、マキナも不思議そうな顔をしながら小百合の顔を覗き込む。

 

「……あ、確かに似ていますね」

「ああ、あいつにな……」

「全ての終わり、よく似たこの子の顔……この二つが偶然だといいですけれど」

「さてな。どちらにせよ躍進機関とやらを一層捨て置けんようになったのは確かだ」

 

 言って、エクスとマキナは星空に浮かぶ朧月を見上げるのだった。

 


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