※当作品はPURSUIT OF DEATHの少し前のお話です。
ラクーンシティの真実を求めて一人調査を開始したレンは、その断片を知る情報屋とコンタクトを取る。
 微かな情報を頼りに、レンは真実へと近付いていく…………

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STARTING PURSURE

 繁華街の裏通り、やましい人間か野良犬しかうろつかないような所を、一人の男が歩いていた。

 

(なんかイヤな予感がしやがる)

 

 夜闇の向こうからどこか湿った陰気な風が吹き付ける中、情報屋ボブは首をすくめながら、依頼人との約束の場所に足早に向かう。

 

(そういや、ベンと最後に会った夜もこんな風が吹いてやがったな)

 

 五年前、どこぞの町の奇病を調べに行ったまま帰ってこなかった親友の新聞記者の事を思い出したボブは、小さくため息をついた。

 

(あいつは運も実力も有る奴だと思ってだんだがな………人間いつ何処で何に会うかなんて分かりゃしねえ)

 

 首を振った所で、横道で麻薬の取引をしている男達と目が会い、慌てて見なかった事にして正面へと目を向ける。

 そこに、約束していたBARが有った。

 半ば壊れ、ネオンも半端にしか付いてない看板を見ながら、ボブは扉を潜る。

 

「ふざけてんのか、てめえ!!」

 

 扉を潜ると同時に、男の怒声が耳に飛び込んできた。

 思わず身をすくめたボブが、改めて店内を見渡す。

 看板と同様さびれた雰囲気のある薄暗い店内に客はほんの数人しかおらず、その中の一人、人相の悪い大男が、カウンターに座っている男に怒鳴りつけていた。

 

(やべえ、ガシューがいやがる)

 

 怒声を上げている大男が、この町でも札付きの暴れん坊である事に気付いたボブが、ガシューの視界に入らないようにしながら、彼が怒鳴りつけている男を観察した。

 まだ若い、おそらくは20になったかどうかの東洋系の男だった。

 墨色の髪に、年齢に似合わぬ冷静さをたたえた墨色の瞳を持ったある種独特の雰囲気を持った男は、間近で怒鳴られているのを気にもしないのか、無言でオンザロックを傾けている。

 更に、その男は髪と瞳と同じ墨色のキモノを身に纏い、傍らになにか細長い物の入った包みを携えている。

 それは、かつて極東の島国に存在したと言われる《サムライ》その物だった。

 

「もう一遍言うぞ、目障りだから失せろ」

「生憎と、約束が有ってな。そう言われて出て行く訳にもいかない」

 

 ガシューの恫喝に、男は冷静な声で答えながらグラスをカウンターに置く。

 

「舐めるなよ、サムライ野郎」

「あいにくとオレはサムライじゃない」

 

 殺気すらこもった声でガシューが脅すが、男は意にも解さずボトルからグラスにウィスキーを注ぐ。

 

「このハロウィン野郎が!!」

 

 ガシューが怒鳴りながら拳を振り上げる。

 

(やばいぞ、あのサムライ)

 

 ガシューがカラテの有段者である事を知っているボブは、次に起こる惨事を予想して身をすくめる。

 だが、次の瞬間信じられない事が起きた。

 男は片手でボトルをカウンターに置きながら、もう片方の手をガシューの突き出してきた腕に添え、軽く捻る。

 その直後、ガシューの体は回転しながら宙を舞い、背中からしたたかに床へと叩き付けられた。

 

(ジュードー、いやアイキドー?)

 

 予想外の展開に、男と無言でグラスを磨いている店のマスター以外の全員が目を丸くする。

 

「て、てめえ!」

 

 何が起きたか理解出来ていないが、男に何かをされたらしい事に逆上したガシューが、額に青筋を浮かべながら立ち上がると、カラテの構えを取った。

 

(ガシューの奴本気になりやがった! 怪我じゃすまないぞあのサムライ!)

「チェストー!」

 

 ボブが震え上がる中、ガシューが気合と共に先程よりも強力な破壊力のこもった正拳突きを繰り出した。

 男は横目でそれを見ながら、素早く足元に立てかけてあった包みを手に取ると、ガシューの方に突き出す。

 

「ガフッ!」

 

 的確にガシューの鳩尾に包みの先端がめり込み、一時的に窒息状態になったガシューが床へと倒れ込む。

 

「ガフッ、ガハッ!」

「あ、兄貴!」

 

 鳩尾を押さえて悶絶するガシューに、今まで様子をうかがっていた取り巻きらしい男が慌てて近寄る。

 

「無意味な争いをする気は無い。勘定払って消えろ」

 

 相変わらずカウンターに座ったまま、男は冷徹に告げる。

 

「てめえ………ブッ殺す!」

「ひっ!」

 

 腰の後ろに手をやったガシューが、そこからコルト・ガバメントことコルトM1911A1を取り出して男に向け、それを見た取り巻きの男が悲鳴を上げながら床に伏せようとする。

 だが、弾丸が発射されるよりも早く、男が動いた。

 席から転げるような勢いで離れてしゃがみ込んだ男が、瞬時に包みの先端でコルト・ガバメントを握ったガシューの手を上へと弾き上げ、それに一瞬遅れて発射された弾丸は天井に突き刺さる。

 瞬時にして包みのヒモを解いた男が、そこから目にも止まらぬ速さで中身を取り出した。

 銃声の反響の中、微かな鞘鳴りの音が響き、そして数秒の間が空く。

 

「ギ、ギャアアアアアァァァァ!!!」

「あ、兄貴!」

 

 数秒の間の後、店内にコルト・ガバメントを握ったまま肘から斬り落とされた腕が床へと転がる音が響き、それに遅れてガシューの絶叫が響き渡った。

 

「うで、オレの腕えぇ!?」

「黙れ」

 

 絶叫を上げ続けるガシューの喉に、男が包みの中から瞬時に抜刀した日本刀の切っ先が突き付けられる。

 

「あ、あああ………」

「人を撃ち殺そうとしたんだ。自分が殺されても文句は言えないだろう」

「あに、兄貴ぃ…………」

 

 冷静に告げる男の言葉と、店内の僅かな明かりを受けて輝く白刃を見た取り巻きの男が、あまりの恐怖に震えながら小便を垂れ流しにして床へとへたり込む。

 

「一度だけチャンスを与えてやる。二度と悪事は働かぬと誓ってここから消えろ」

 

 男の宣告に、激痛と恐怖で顔を歪めながら泣きじゃくるガシューが慌てて首を縦に振る。

 

「行け」

 

 それを見た男が、突き付けていた切っ先を下げながら入り口への道を開ける。

 

「ひぎゃああぁぁぁ…………」

「兄貴、待ってくださいよ~」

 

 情けない悲鳴を上げながら外へと飛び出していくガシューの後を、慌てて取り巻きの男が追う。

 

「忘れ物だ」

 

 扉が閉まりきる前に、床に落ちていた腕からコルト・ガバメントを抜き取った男が腕を外へと蹴り飛ばす。

 

「ぶぎゃ!」

 

 蹴り飛ばされた腕は取り巻きの男の背中に命中し、転倒した男が背中に当たった物が何か気付いて戦慄しながら、それを手に持って走り出し、夜闇に消えていった。

 

「………騒がせたな」

 

 男は懐から取り出した半紙で刃を拭って鞘へと収めながら、相変わらず無言でグラスを磨いていたマスターに詫びるが、マスターは無言で首を横に振りながら掃除の準備を始める。

 

「この店じゃトラブルなんて日常茶飯事でしてね。まあ、ここまで派手なのは珍しいがな」

 

 カウンターの席に戻った男の隣に腰掛けつつ、ボブは男の方を見た。

 

「この店で一番目立っているであろう男、って事はあんたが依頼人か?」

「やはりお前が情報屋のボブだったか」

 

 ボブの方を鋭い目で見ながら、男がグラスを手に取った。

 

「気付いていたんで?」

「あれだけの騒ぎを冷静に見ていたんでな。そんなのは場慣れしているか、些細な情報を見逃さない奴かどっちかだと思っただけだ」

 

 騒ぎの間に適度に冷えたオンザロックを傾けながら、男はボブに告げる。

 

「それで、あんたみたいな凄腕がオレみたいな情報屋に何の用で?」

「五年前のラクーンシティについて、分かる限りの情報が欲しい」

 

 男の依頼を聞いたボブの顔が一瞬にして青ざめる。

 

「……悪い事は言わねえ、それは調べない方がいい」

「ラクーンシティで何が起きたか知ってるんだな?」

 

 首を横に振るボブに、男は詰問する。

 床の血を吹き終えたマスターが、無言でキープしておいたバーボンのボトルを出してきたのを受け取ると、ボブはそれをグラスに注いで一息にあおった。

 

「オレの親友がそこに行って、そして帰ってこなかった。とんでもない特ダネを掴んだって言ってきた直後の事だった…………」

「そして、お前はその特ダネが何か知っている。違うか?」

 

 男の言葉に、ボブの指が微かに震える。

 

「あんたこそ、何が起きたか知っているのか?」

「………オレは、ラクーンシティの生き残りだ」

「なにっ!?」

 

 予想外の男の告白に、ボブが驚愕する。

 

「いたのか………あそこからの生き残りが………」

「知っているんだな? ラクーンシティの惨劇の正体を………」

 

 ボブはそれに答えず、店内にまだ客がいる事を確認すると、ボトルの口を閉じる。

 

「ここじゃあマズイ。続きはオレの部屋で」

「分かった」

 

 小声で囁いたボブに頷きながら、男はウィスキーのボトルをそばの客に手渡し、代金よりも多目の紙幣をカウンターに置く。

 

「騒がせた詫びだ。分けてくれ」

 

 それだけ告げると、男は店を後にした。

 

 

 

 一見すると廃墟にも見える老朽化の進んだアパートの一室に、ボブと男はいた。

 盗聴器や集音器、盗撮用望遠レンズを引っ掻き回して、ボブはそれらの底に隠しておいた小さな金庫を取り出す。

 

「こいつだ」

 

 金庫を開けたボブは、そこから取り出した数枚の写真を男に手渡す。

 それを見た男の顔が、段々険しくなっていく。

 

「よくこんなのが残っていたな」

「バレたらヤバイネタはお互いが預かっておく、そうすりゃいざって時にネタその物がダメになる事は無い………あいつとはそういう関係だったんでしてね」

 

 酷く爛れた皮膚をした死体の写真や、同じ状態で道を歩くゾンビのような物の映った写真を見ていきながら、男は最後の一枚で手を止めた。

 

「これは?」

「分からねえ、ただそれがラクーンシティのどこかで作られてたって事は事実だ」

 

 男は険しい顔でその写真を見つめる。

 そこには、研究室のような場所に置いてあるカプセルの中に浮かぶ、巨大な直立歩行するカエルのような怪物が映し出されていた。

 

「他になんでもいい、五年前のラクーンシティに関係する事を調べて欲しい。報酬は相場の倍出そう」

「本当にいいんですかい? この件に深入りすると命の保証はできやせんぜ?」

「この件が危険だとなぜ分かる?」

 

 男の反論に、ボブは言葉を詰まらせる。

 しばらくダンマリを決め込もうかとボブは思ったが、自分を見たまま視線を逸らそうとしない男の姿勢に、とうとう根負けした。

 

「調べたんですよ。親友に何が起きたか知りたくて………」

「それで?」

「これには、この国の軍が関与していたらしいんですよ」

「それは知っている。オレはその軍に助けられてラクーンシティを脱出したんだからな」

「それだけじゃあありやせん。CIAを始めとした世界中の軍事、諜報機関がラクーンシティで何が起きたか調べてたんですよ………最悪、アンタは世界中の諜報機関敵に回しやすぜ」

「覚悟の上だ」

 

 己の立場を崩そうとしない男の態度に、ボブは呆れていいのか感心していいのか悩んだ。

 が、男の強い意志を秘めた瞳に、何かを感じたボブは静かに口を開いた。

 

「これはオレが独自のルートから調べたんすが、あの事件の少し前、ラクーンシティにブラックマーケットを通じて大量の武器が流れた形跡がありやす。あの街にはそんな物騒な物使うマフィアの類はいやせんし、それに何に使われたのか一切用途が不明なんです」

「ゾンビ相手に使われた?」

「その可能性大っすけど、そっから先は調べられませんした。何せそれを流したのはここいらを束ねるギャング、ジャックファミリーだったんで…………」

「そいつらの本拠地は?」

「ここから少し離れたカルーシティで………ってアンタまさか!?」

「知っている人間に話を聞くのが一番手っ取り早い」

 

 日本刀の入った包みを持って部屋を出ようとする男を慌ててボブは止めた。

 

「何考えてやんすか!あそこのはボスは〈ボルケーノ〉ファリッチと呼ばれる程短気な人なんすよ! いくらアンタが強くても蜂の巣にされやすぜ!」

「だが他にツテが無い」

 

 ボブを引きずったまま部屋から出ようとする男に、ボブは諦めて手を離すと長いため息をついた。

 

「分かりやした。ファリッチ親分には多少コネがありやすから、会うくらいならなんとかしやしょう」

「出来るのか?」

「ただし、ダメだと言われたら大人しく諦めてくださいよ。ジャックファミリー相手じゃ命が100個あっても足りやしない………」

「その分報酬に上乗せしよう」

「払う前に死なないでくださいよ」

 

 

 

 それから数日後、カルーシティの郊外にある大きな屋敷に一台の車が止まる。

「ここか」

 

「そうで」

 

 豪邸、としか言い様の無い屋敷を前に、ボブは背中に冷や汗が流れるのを感じていた。

 

「誰だ」

 

 豪邸の門の脇に有る詰め所から、異様に目つきの鋭い守衛が凄みを効かせた声をかけてくる。

 

「ボブっす、ファリッチ親分にお話の件でアポ取ってやすが」

「いいだろう、通れ」

 

 重い音を立てて門が開いていく中、二人を乗せた車が邸内に進む。

 豪邸の入り口に車を止め、降りた所で肩からMP5A5を吊るした案内らしい男が二人を出迎える。

 

「ボスがお待ちだ。こっちに来い」

「へい!」

 

 ビクビクしながら案内の男にボブと男が続く。

 

「無用心だな、ボディチェックも無しか?」

「いや、ここにはトンでもない腕前の用心棒がいるんで………」

 

 男の呟きにボブが小声で答える。

 案内の男が睨んだのでそれ以上は何も言わず、二人は案内に従う。

 やがて、応接室らしい広い部屋につくと、男は無言で後ろに下がった。

 

「久しぶりだな、ボブ」

 

 その応接室のソファーに、太ったイタリア系と思われる男がブランデーの入ったグラスを持って座っていた。

 

「ファリッチ親分こそご機嫌よろしいようで………」

 

 恐縮しながら、ボブはゆっくりと高価そうなテーブルを挟んだ反対側のソファーに慎重に腰を降ろす。

 

「で、そいつかオレに会わせたい奴ってのは………」

「そうで」

 

 ソファーに座らず、立ったままこちらを見ている男を見たファリッチの眉が僅かに上がる。

 

「それで用ってのは?」

「実は……」

「五年前、ラクーンシティに送った武器の詳しい送り先と取引相手を知りたい」

 

 前置き無しに本題を切り出した男に、ファリッチの片眉がはね上がる。

 

「ギャングがどこの馬の骨とも知らない男に取引相手を教えると思ってるのか?」

「そうですよ! 親分に謝って大人しく帰りやしょう!」

 

 ファリッチが気分を害したのに気付いたボブが必死に男をいさめるが、男は微動だにせずファリッチを見ていた。

 

「別にアンタらの邪魔をしようとも警察にタレこもうという訳じゃない。ただ知りたいだけだ」

 

 不遜な男の言葉にファリッチの眉が両方はね上がり、それを見たボブの顔が真っ青になる。

 

「す、すいやせん親分、こいつ状況を理解してないみたいで。ア、アンタも親分に早くあやまって…」

「いいだろう教えてやってもいい」

「へ?」

 

 ファリッチの言葉に、ボブは素っ頓狂な声を上げた。

 

「ただし、条件が有る」

「何だ?」

「ジャック!」

「お呼びですかボス」

 

 ファリッチの声を聞いて、奥の部屋から一人の痩せた男が出てきた。

 全身から余計な肉を全て削ぎ落としたような体に、テンガロンハットにウェスタンブーツ、さらには腰にコルトSAAの収まったガンベルトを巻いた、そのまま西部劇に出ても違和感の無い男が、ファリッチの背後に立つ。

 

「ウ、〈ウェスタン〉ジャック………」

 

 ボブの顔を全ての血が抜けたような感覚を襲う。

 それに構わず、男はその西部劇風の男、ジャックを見た。

 

「このジャックの相手をしてもらおう。そして勝てたら望みの情報を教えよう」

「………いいだろう」

「よくないですよ!」

 

 頷く男の袖に、ボブがすがりつく。

 

「あの男がさっき言った凄腕の用心棒っすよ!〈ウェスタン〉ジャックって言えば、ここいらの裏世界じゃ知らない奴はいない早撃ちの怪物で……」

「黙れボブ」

 

 ファリッチの言葉に、震えながらボブが口を閉ざす。

 その脇で、ジャックが無言で男のそばに近寄ると、上から下まで男を観察した。

 

「アンタ、サムライかい?」

「いや、オレは陰陽師だ」

「オンミョウジ?」

 

 聞いた事の無い言葉にジャックは首を傾げるが、それに構わず言葉を続けた。

 

「その手に持ってるのは、日本刀じゃないのか?」

 

 男は無言で包みを解くと、その中身を取り出して鞘からゆっくりと抜いた。

 

「源清麿(みなもときよまろ)、幕末期の名工の作だ」

 

 部屋の明かりを受けて煌く白刃を見たジャックが小さく口笛を吹いた。

 

「使えるのか?」

「無論」

 

 男の返答に、ジャックの顔が笑みの形に歪む。

 

「一度でいいから、カタナ使いと戦ってみたかった。夢が適いそうだな」

「失望はさせないだろう」

「あわわわわ………」

 

 二人のやり取りを見ていたボブが腰が抜けたのか床へと座り込む。

 

「で、ここでやるのか?」

「いや、地下にいい場所がある」

 

 ファリッチがソファーから立ち上がり、先に立って歩き出す。

 その後ろにジャック、男と続き、最後にここまで案内してきた男に引きずられながらボブが続いた。

 辿り着いた先はやけに天井が高い上にコンクリが剥き出しになっている殺風景な地下室で、そこにちょうど三方が高い壁で仕切られていた場所だった。

 しかも、そこの各所に乾ききって変色しているが、明らかに血と分かる染みが無数にあった。

 

「処刑部屋か」

「その通り、決闘にはちょうどいいだろう」

「そうだな」

 

 ジャックが無言で中央に歩み出し、男もそれに続く。

 やがて、ある程度距離を置いて二人は対峙した。

 

「一応名前を聞いておこう。気分いかんじゃ墓標に彫ってやる」

「陰陽寮五大宗家 御神渡家当主補佐役、水沢 練。流派は光背一刀流免許皆伝」

 

 ジャックの問いに答えながら、男ーレンは手にした刀を腰に差し、居合の構えを取る。

 

「カタナ、しかもイアイヌキ………夢に見たシチュエーションだ」

 

 ジャックはさも楽しそうに笑みを浮かべたまま、無造作にレンとの距離を詰めた。

 

「アンタのカタナ、ここなら届くかい?」

「十分過ぎる」

 

 3m、ど素人でも確実に銃が当てられる距離まで近寄ったジャックが、レンに確認を取ると腕の力を抜いて一転して鋭い視線で相手を睨む。

 冷静にそれを見返したレンが、静かに口を開いた。

 

「……陰気に満ちた目をしているな、今まで何人殺した?」

「忘れたな。だが決闘はあんたで17人目だ。合図を」

「ボブ、てめえがやれ」

「え!?」

 

 指名されたボブが震えながらポケットをまさぐり、そこからコインを取り出すと取り落としそうになりながらも握った指の上に置き、そして弾き上げた。

 コインは澄んだ音を立てて上へと上がり、そしてそれが頂点まで辿り着くと落下を始め、加速しながら床へと落ちて澄んだ音を周囲に響かせる。

 対峙していた二人が動くのは完全に同時だった。

 ジャックの右腕が通常の人間の目では捕らえる事は不可能な速度でコルトSAAを抜き、レンが鋭い踏み込みで距離を詰めながら神速の抜刀を繰り出す。

 発射された弾丸の軌道と繰り出された白刃の軌跡が交差し、僅かに寝かせて刃ではなく刃の腹に当てられた弾丸が軌道を変えてレンの頬をかすめてそのまま背後の壁に向かって飛んでいく。

 右手の人差し指がトリガーを引いたまま、ジャックの左手がコルトSAAのハンマーを叩く。

《ファニング》と呼ばれる早撃ちの技術で下がったハンマーが再び上がって次弾の炸薬を着火させるが、繰り出した刃に合わせるように旋回するレンの体に合わせて左手に逆手で握られた鞘が、発射寸前のコルトSAAを弾いた。

 明後日の方向に弾丸を飛ばしたジャックが再度レンに銃口を向けようとするが、旋回の勢いを乗せ加速した刃が銃を握っていた右腕ごとジャックの胴体を斬り裂き、そして両断した。

 

「光背一刀流、《連水月(れんすいげつ)》」

 

 レンが技の名を呟く中、切断面からずれたジャックの上半身が床へと崩れ落ちた。

 

「なっ!?」

「何が起きた!?」

「〈ウェスタン〉ジャックが………」

 

 瞬き一回分の時間も掛けず行われた攻防に、当人達以外の全員が何が起きたか理解出来ない中、ジャックの上半身が床に落ちた。

 

「……強いな、アンタ」

「お前も強かった」

 

 上半身だけになったジャックの声に、レンが答える。

 

「初撃で斬れなかったガンマンはお前が初めてだ」

「そうかい……サムライに斬り殺されるとは……これも…夢に見たシチュエー……」

 

 言葉の途中で、ジャックの瞳から光が消え、頭が下がる。

 それに背を向けながら、レンは懐から取り出した半紙で刃を拭うとそれを宙に投げ、宙で別れた半紙の束が静かにジャックの体に降り注いだ。

 

「黄泉で眠れ、拳銃使い」

「う、撃ち殺せ!!」

 

 そこにファリッチの号令が響き、三方の壁上に突然マシンガンを持ったギャング達が一斉に現れた。

 

「やはりそう来たか」

「ひぃっ!」

 

 ボブが悲鳴を上げる中、レンは突然刀を上へと投げ捨てる。

 

「?」

 

 ギャング達が一瞬刀に気を取られた隙に、レンは床を転がりながら懐に手を入れると、そこからベレッタM92F STARS専用カスタム『サムライエッジ』を抜いてギャング達に向かって連射する。

 

「がっ!」

「ぐっ!」

 

 正確に人体の中央部、確実に致命傷となるポイントを狙って連射された9mmパラベラム弾がギャング達を屠っていく。

 

「銃も扱えるのか!?」

「何をしている! 撃て! 撃て!」

 

 ファリッチの号令に従って虚を突かれた状態から脱したギャング達が銃弾の雨をレンに浴びせるが、レンは片袖を上げて頭部を庇うと、構わずサムライエッジを連射する。

 

「あのキモノ、防弾か!?」

「何をしている! 頭だ! 頭を狙え!」

 

 ギャング達はレンの頭に狙いを定めようとするが、そこにレンが上へと放り投げた刀が落ちてくるのに気付いた。

 

「! 奴に刀を握らせるな!」

 

 ファリッチの警告はすでに遅く、レンの手に落下してきた刀が握られる。

 

「ああああぁぁぁぁ!!」

 

 レンは雄叫びと共に壁へと走りより、壁へと向けて次々と斬撃を加える。

 

 

「なにをっ!?」

 一瞬レンの行動が理解出来なかったギャング達が、次の瞬間レンに斬られて崩壊していく壁に足を取られて下へと雪崩れ落ちる。

 

「うわあぁ!」

「撃つな! 撃つな!」

「ぎゃああぁぁ!」

 

 反対側の壁から放たれる銃火に巻き込まれたギャング達が蜂の巣になって床へと倒れ、それを逃れた者もレンの銃撃と斬撃の餌食となっていく。

 崩れた壁に巻き込まれた落ちてきたギャングの最後の一人に弾丸を撃ち込んだ所でサムライエッジのスライドが後退したまま停止、残弾が尽きた事を知らせる。

 

「今だ! 殺せぇ!」

 

 残ったギャング達の銃撃が飛来する中、レンは横へと跳んでそれをかわしつつスライドを戻しながらマガジンをイジェクト。

 そしてサムライエッジを口に咥えて懐から取り出したマガジンをセットすると、そのまま口でスライドを引いて初弾を装弾する。

 

「早い!?」

 

 マガジン交換の一連動作を三秒前後で終えたレンが、再度サムライエッジを連射していく。

 

「くそっ!」

「あっ!?」

 

 フルオートで弾丸をばら撒いていたギャング達の銃が次々と弾切れを起こしていく中、レンの放った銃弾は一発の無駄も無くギャング達を貫いていく。

 

「残弾の記憶と無駄弾の防止、銃を扱う基本も出来てないな」

 

 ようやくマガジンの交換終えて撃とうとした最後の一人に容赦無く弾丸を撃ち込むと、レンはファリッチに向き直る。

 

「勝てば教えてくれる約束だったはずだが?」

「そ、それは……」

「動くな!」

「ひっ!」

 

 ファリッチが言葉に詰まった時、案内役だった男が、ボブのコメカミに銃口を押し付けた。

 

「銃を捨てろ! こいつが死ぬぞ!」

「た、助けて………」

 

 死人に近い顔色をしたボブが震えながら助けを求めるが、レンは平然と銃口をそちらに向ける。

 

「こいつがどうなっても…」

「そういう訳にもいかないんでな」

 

 レンは構わずトリガーを引く。発射された弾丸は大気を切り裂いて飛来し、正確に狙ったポイント、案内役の男の人差し指ごとMP5A5のトリガーを撃ち抜いた。

 

「がっ!?」

「残念だったが、オレは5mまでならピンヘッド(クギの頭を標的として狙う高等射撃技能)可能でな」

 

 銃を取り落としながらうずくまる男を他所に、レンは血刃とサムライエッジを下げたままファリッチへと歩み寄る。

 

「来るな、来るなあ!」

 

 悲鳴を上げて逃げようとするファリッチの足に的確に撃ち抜くと、レンは無造作にファリッチに近寄り、血刃を突き付ける。

 

「約束を果たしてもらおうか」

「オ、オレは何も知らない! 取引は仲介役を通して行われた! オレは金さえきっちりもらえば相手は誰でも構わなかったから、何も聞いてない!」

「……本当か?」

「ほ、本当だ!」

 

 首に僅かに切っ先が突き刺さり、一筋の血が流れ出す中、ファリッチは必死に弁明する。

 

「他に何か知ってる事は?」

「な、何も……そ、そうだ! お前と同じ事を調べている男がいた!」

「どんな奴だ?」

「白人の若い男で凄腕のデザートイーグル使いだ! それ以上は知らん!」

「……オレもそいつに会った事ある……」

 

 ボブの言葉に、レンがしばし考えると刃を降ろしてファリッチに背を向ける。

 

「その男とコンタクトは取れるか?」

「さあ、やってみないと…」

 

そこまで言って、ボブの目が隠し持っていたデリンジャーをレンへと向けようとするファリッチの姿を捉えた。

 

「危な…」

「死…」

 

 ボブの警告とファリッチの声が、銃声にかき消される。

 そして、肩越しにレンが放った銃弾に額を貫かれたファリッチの死体が床へと崩れ落ちた。

 

「ボ、ボス!」

「奇襲を掛けたければ殺気は放たないべきだったな」

 

 人差し指を吹き飛ばされた男が愕然とした表情でファリッチに歩み寄る中、レンはサムライエッジの銃口に息を吹き掛け、セーフイティを架けて懐に仕舞う。

 

「信じられねえ、一人でジャックファミリーを潰しちまった………」

 

 ボブが唖然としている中、レンが部屋から出て行こうとする。

 慌ててそれにボブが続く中、ただ一人生き残った男が恐怖の表情でレンの去っていく姿を呆然と見ていた…………

 

 

それから半月後

 

「ここか?」

「そうっす」

 

 人里離れた廃工場の前に止まる車の車内に、レンとボブはいた。

 

「今日のこの時間、あの男がここに来るはずです」

「そうか、何かと世話になったな」

「いや、あんたなら真相を解き明かしてくれそうな気がしたんでね」

 

 レンが手渡した約束よりも多い報酬を、ボブは半分だけ受け取るとレンへと返す。

 

「いいのか?」

「ベンが死んだ理由、分かったら教えてください。これはその依頼料ですよ」

 

 返された紙幣をレンはしばし見ていたが、ボブの言葉に頷くと懐へと戻した。

 

「じゃあな、縁があったらまた会おう」

「また何処かの修羅場でですかい?」

 

 冗談めかして言いながら、ボブはアクセルを踏み込む。

 遠ざかっていく車をレンはしばし見てから、踵を返して廃工場の中へと足を踏み入れた。

 

 

 それが、壮絶な激戦への旅立ちだった…………………

 

 



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