ゴクウブラックが第四次聖杯戦争に喚ばれてみた (タイトル命名 ゴワス様)   作:dayz

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聖杯ガチャに全人類の命を掛け金にして全力で回す決意をしてみた(低評価×60億)

 アインツベルン城の聖杯問答から1時間後、ライダーとアーチャーは新都にある居酒屋の個室で飲み直していた。現代の店で飲むということもあって、アーチャーはあの黄金の鎧ではなく、黒のライダースーツという現代風の格好をしている。

 テーブルにはアーチャーがここの料理を片っ端から持ってこいと命じたため、溢れんばかりの料理が盛られていた。

 個人経営の店でさほど大きくはないが、個室があるのとアーチャーがここの主人の腕を雑種にしては悪くないと気に入ったようで、アーチャーが料理にケチをつけることもなく、つつがなく飲み会は進んでいた。ウェイバーだけは隅で大人しくフライドポテトをつまんでいたが。

 

「で、どうするよ、アーチャー」

 

 ビールをジョッキで飲みながらライダーがアーチャーに尋ねる。その姿は酒癖の悪そうな体躯のいい外国人にしか見えない。ちなみにビールはサーバーごと持ってこさせた為、彼はジョッキが空になると自分でジョッキに中身を注いでいた。

 

「……どうするとは?主語ぐらいちゃんとつけろ、酔っぱらいが」

 

 対するアーチャーは小さなグラスでスコッチを舐めながら、気怠げに答える。

 

「そりゃ、お前あのセイバーのことよ。宇宙の神々を滅ぼしただのと、大層な事言っておったが、あれが話半分だとしてもだ。奴が聖杯を手に入れれば、少なくともこの星を更地にするぐらいの事は確かにできそうだぞ。地球を滅ぼしたらそのまま星の海に飛び出して目についた文明を片っ端から滅ぼしていくというのも……本当だろうな。ありゃ目が本気だった」

 

「……あれが狂人なのは疑う余地はない。だがその狂人が我に並ぶ力を持っているのもまた疑う余地がない事実だ」

 

「奴の実力はあの英雄王ギルガメッシュのお墨付きか。こりゃますます放ってはおけんな」

 

「ほう。雑種、我の真名に気がついたか。少々遅すぎるが一応褒めておいてやる」

 

「なあに。カマをかけただけさ。やはりお前の真名はあのギルガメッシュだったか。あの英雄王とこうして酒を酌み交わせることができるとは、聖杯に呼ばれてみるもんだなあ!」

 

 さらりとアーチャーの真名を明かしたことで、所在なさ気にポテトを摘んでいたウェイバーが激しく反応した。

 

「ちょっと待てよ、ライダー!お前このアーチャーがあのギルガメッシュだってことを気づいたんならなんで先に僕に……」

 

 興奮気味に叫んだウェイバーだが、当のアーチャーにギロリと一瞥を向けられた為、途端に萎縮してしまう。

 それを見てライダーは笑いながらとりなしにかかる。

 

「ははは、すまんすまん。アーチャー。余のマスターは見ての通り半人前でな。酒の席ということもあって多少の無礼は許してやってくれ」

 

「……ふん。まあそんなのでも戦場についてくる気概がある分、時臣よりはマシか。だが雑種、次に我の名を気安く呼べば命はないぞ」

 

「わ、わかったよ。すまない」

 

 失言一つで命が危険に晒されるこの環境。ここは飲み会ではなかったのか。

 ウェイバーはいい加減家に帰りたくなってきた。

 テーブルの上には様々な料理が並んでいるが、味が全くわからない。緊張しすぎて酔うこともできない。

 あの老夫婦が待っている下宿先に戻って彼らの手料理を食べて、ベットでぐっすり眠りたい……。

 ウェイバーがそんな現実逃避をしている間もライダーとアーチャーの話は続いていた。

 

「奴はランサーの拠点で魂食いをしたせいか、強さは前回よりも更に極まっていた。どうだ、アーチャー。奴と戦って勝てる勝算はあるか?」

 

「貴様、誰に向かって物を言っている。あの程度ならば充分に我が財宝で対応可能よ。だがこれ以上強くなると確かに厄介ではあるな」

 

「そこでだ、アーチャー。貴様余と手を組まんか?」

 

 それを聞いてアーチャーは楽しそうにその紅い目を煌めかせた。

 

「なんだ?結局は我が軍門に下りたいと?」

 

「そうではない。これはあのセイバーに対する同盟よ。正直な話、あのセイバーは、余の全力を持ってしても倒せるかどうかわからん。ましてやセイバーの前に貴様と戦ったりしようものなら絶対に勝ち目は無くなる。

 そして何より―――貴様に敗れてもそれは戦の誉れだが、奴に敗れるということは奴が一歩聖杯に近づくということでもあり、それは世界の危機に繋がる。かつて世界の半分を駆けまわった余としては、この愛しき世界を無為に危険に晒すことは絶対に避けたいのだ」

 

 アーチャーの紅い目を真っ直ぐに見つめて放たれたライダーの言葉に、アーチャーも思うところがあったようだ。

 手にしたグラスの中の琥珀色の液体をしばらく見つめた後、一息にそれを飲んだ。

 そして答える。

 

「よかろう」

 

 その言葉にライダーは目を丸くした。

 

「ほんとか!? 自分で言うのも何だが、十中八九断られるだろうなと思ってたんだが?」

 

「征服王よ。お前の時代では神々は殆ど姿を見せなかっただろうから、実感が湧かないだろうが、話の通じん神というのは本当に厄介なのだ。奴らは常に己の理にしか従わず、その結果起きることにすら興味も持たぬ。この我もメソポタミアを治めていた頃は、神々のつまらん嫌がらせ一つに対処するのにしても恐ろしく手間取った。

 奴が人に仇なす神であるというのであれば、人の王たる我も腰を据えて対処にかからねばなるまいよ」

 

「英雄王をしてそこまで言わせるとはな……。まあ貴様と女神イシュタルの確執は後世に伝わるほどえげつないものだったようだが」

 

 ライダーがメソポタミアの女神の名前を出すとアーチャーは嫌そうに顔を歪めた。常に傲岸不遜なこの男がこんな顔を見せるのはどこか新鮮だ。

 

「我の前で奴の名前を出すな。次にあの女の名前を出したらこの話は無しだ」

 

「確かに貴様からすれば気軽に出されて嬉しい名前ではなかったな。これは失礼した。では改めて同盟をこの酒に誓おうではないか!」

 

 そういうとライダーは空のジョッキにビールサーバーから生ビールを注ぐと、それをアーチャーへと渡す。そして自分も空になったジョッキにビールを注ぎ、ついでにウェイバーの分のビールも用意した。

 

「ええっ?僕も飲むのかよ!?」

 

「当然だろう。坊主はこのイスカンダルのマスターなのだから。同盟の義に共に我らと杯を交わすのは必定であり義務である」

 

「そ、それはわかったけど……。そういえばアーチャー、そっちのほうのマスターがいないけど勝手に僕達と同盟なんて結んでもいいのか?」

 

 マスター抜きでサーヴァントが勝手に別のサーヴァントと同盟を組むなど、常識的に考えれば大問題だ。だがこのアーチャーというサーヴァントは常識からもっともかけ離れた存在だ。

 

「構わん。我がマスターである時臣は我の臣下ゆえに。意見を具申する程度なら許すが、我が下した決に口を挟むなど我が許さん。後で我の方から伝えておくだけで充分だ」

 

 ―――こいつのマスターも苦労してるんだな―――

 

 ウェイバーはまだ見ぬアーチャーのマスターの扱いに哀れみの気持ちを抱いた。どうせだったらこいつらよりアーチャーのマスターと飲んでみたかった。

 そんな彼をよそにライダーは乾杯の準備を始めていた。アーチャーもしぶしぶと言った具合でそれに一応従う。

 全員にビールの入ったジョッキが行き届いたのを見ると、ライダーは楽しげに自らのジョッキを高く掲げて乾杯の音頭を取る。

 

「では……征服王イスカンダルの名にかけてここに我らの同盟を宣言する。この誓いがある限り、この酒と血は我らと共にある……。というわけで乾杯だ!」

 

 とりあえずと言った感じで差し出されたアーチャーのジョッキと、オズオズと差し出されたウェイバーのジョッキにライダーは派手に自分のジョッキをぶつけ合った。

 そしてそのまま並々と注がれたビールを一気に飲み干す。アーチャーもその細面に似合わず酒には強いようで、これまた一気に飲み干す。ただ一人、酒に慣れてないウェイバーだけが途中でむせた。

 

「よーし。では同盟の義を結んだということで、これからの戦略を立てるとするか!アーチャーよ!実はだな……余は常々思っていたんだが、貴様の宝物庫と余の宝具が組み合えば最強の軍隊が出来ると思っていたのよ!折角奇蹟みたいな確率であの英雄王と組めたのだから、この戦術を是非とも試してみたい!どうだ、アーチャー!この余の作戦に一口噛んでみんか?!」

 

「この我と轡を並べる栄誉を与えられて浮かれるのはわかるが、大の男がそんなにはしゃぐでないわ。鬱陶しい。話だけなら聞いてやらんでもないからまずは落ち着け」

 

 ……そして新都の夜はふけていった。

 

 

 ◆    ◆

 

 

 セイバーとアサシンの戦闘の余波によりすっかり荒れ果てたアインツベルンの城で、衛宮切嗣は自室で黒い道着を着込んだざんばら頭の青年―――セイバーと向き合っていた。

 

「説明してもらおうか、セイバー」

 

 いつにもまして厳しく暗い眼光で切嗣はセイバーに詰め寄っていた。

 彼の胸には意図的に令呪を宿した右手がこれ見よがしに添えられており、言外に虚偽は決して許さないという態度が見て取れる。

 それを見ても、セイバーはいつもの不遜な態度を崩さず逆に自分のマスターに問い返した。

 

「説明、とは何のことかな?私としては鬱陶しいアサシンを始末したが故に、これから残った連中を狩り出すつもりだったのだが」

 

「ふざけるなっ!お前の正体とその目的についてだっ!お前の目的は恒久的な世界平和の為じゃなかったのか!?」

 

 とうとう耐え切れずに切嗣は叫んだ。しかしセイバーは相変わらず全く態度を変えようとしない。

 

「あの宴の席の話に聞き耳を立てていたのではないか?あそこで語ったことが私の全てであり、目的そのものだ」

 

「人のいない世界が恒久的な世界平和への唯一の道だとでも言うのか……!」

 

 奥歯を砕ける勢いで噛み締めながら切嗣は、呻く。小を切り捨てて大を救い続けてきた彼にとって、それは絶対に認められる物ではなかった。

 そんな切嗣をセイバーはむしろ憐憫の眼差しを持って見つめる。

 

「我がマスターよ。世界は美しい、だが人は常に愚かで醜く争い合い、世界の価値を貶める。それはどんな奇蹟をもっても変えられぬ。私はな、界王として地球だけでなく、様々な惑星に発生した人間とその文明を見つめてきた。しかしどんな種族も必ず相争い、殺しあった。一見平和的な時代になってもそれは一時のみで、時が来ればまた戦争を始める。

 この私の身体、孫悟空と呼ばれた男の種族がいい例だ」

 

「……そういえばお前は言っていたな。その身体は別の人間から奪ったものだと」

 

「そうだ。この孫悟空は別の平行世界の地球で生まれ育った男だが、その正体はサイヤ人と呼ばれる戦闘民族だった。奴らは様々な星に戦争を仕掛け、その星の住民を皆殺しにして別の異星人に売り飛ばすという、邪悪の極みが如き所業を行っていた。

 そんな連中にこれほど強靭な肉体を与える……それが今の世界と神の欠陥を表しているのだ。

 もっともそのサイヤ人共も内乱や別の邪悪な宇宙人との争いで惑星ごと滅んだ。……全く最後の最後まで愚かな連中だったよ。

 わかるか切嗣。例えお前が聖杯にこの惑星の平和を望み、実現したとしてもサイヤ人の如き連中が、ある日突然宇宙から攻めてくるかもしれない。この宇宙に人間がいる限り、真の平和は訪れないのだ」

 

「……だが、人の全てが愚かなわけではない!この世の平和を乱すのは常に力を持った一部の人間だ!お前は罪のない弱者もそんな連中と一緒にしてまとめて裁くというのか!」

 

 そう叫ぶ切嗣に、セイバーはあくまで優しく諭すように反論する。

 

「だがお前の言う罪のない無数の弱者達が、力のある独裁者や悪を生み出す土壌となっているのだ。土が腐っていてはどんな種を植えてもまともな木は育たない。ならば土壌から入れ直すしかないだろう」

 

「……あいにくだが、僕はそこまで人類に見切りを付けてはいない。少なくとも僕の妻や娘を邪悪として断ずることは僕が絶対に許さない」

 

 そういって切嗣は手にした令呪を掲げてみせた。この自我と自尊心の固まりのような神にどこまで令呪が通用するかはわからないが、最悪の場合、悲願である世界平和を諦めてでもこいつはここで始末しなければならない。

 令呪を見たセイバーは警戒の為か、かすかに目を細めた。彼もサーヴァントである以上令呪の存在は無視できない。人間ゼロ計画をやめろと言うような大きな括りにあたる命令ならともかく、自害しろというシンプルな命令なら令呪を使えば可能かもしれない。

 

「切嗣よ。このままでは我々の意見は平行線のようだな。では一つ賭けをしてみないか?」

 

 思いも寄らないセイバーの提案に切嗣は眉を潜めた。このセイバーが賭けなんてどんな風の吹き回しだ?

 

「そうだな。我々がこの戦争を勝ち抜いて、お前が聖杯で恒久的な世界平和を実現することができたなら―――私は少なくとも地球の人類には手を出さない。それどころか神として外敵から地球の人類を守ってやろう。しかし聖杯を持ってしても、世界平和が実現できなかったら―――」

 

「……お前は人類を滅ぼすというわけか」

 

 まさしくそれは悪魔の誘いだった。この賭けに勝てば人類は有史以来決して手の届かなかった物を手に入れることができる。

 しかしもし賭けに負ければ―――文字通り人類は滅び去る。他ならぬ衛宮切嗣が喚び出した神の手によって。

 

 そこで切嗣は自分の決断に人類全ての命が背負われていることに気が付き、吐き出しそうになった。確かにこの戦争、彼は人類を救うという大義を背負って挑んだ。絶対に負けられないという気概があった。

 だが負ければ文字通り人類が滅びるというのは全く意味合いが違う。

 喚び出した相手がこのセイバーでなければ―――単に敗北してもそれは衛宮切嗣の理想と、彼がここに辿り着くまでの犠牲が全て無駄になるだけで済んだ。

 勿論それだけでも彼にとって大きな犠牲には違いないが、人類全ての命運とは訳が違うのだ。

 

 迷い押し黙り、俯いた切嗣の顎を何者かがゆっくりと撫ぜた。

 セイバーだ。

 反射的にその腕を撥ね退けるが、彼は気にした様子もなく、寒気のするような薄ら笑いを浮かべ、子供をあやすような優しい声で語りかけてきた。

 

「迷っているようだな、マスターよ。だが私は敗北し、消滅する運命にあった私を拾いだしてくれた貴様に恩義を感じている。先ほどお前の妻にも言ったが―――例えお前が賭けに負けて私が人類を滅ぼすことになったとしても、お前達一家の命だけは助けてやろうではないか」

 

 こいつは神などではなく悪魔なのではないだろうか。

 

 切嗣は本気でそう思ったが、セイバーはそんな切嗣の内心など知って知らずか、優しく言葉を続けた。

 

「例え万能の聖杯を持ってしても人類に平和をもたらす事が出来なければ、それはもう人間という生き物そのものに平和を享受するという機能そのものがない、欠陥品だったということだ。それがはっきりと分かればお前とて諦めもつくだろう?

 その後は私が創りだした理想郷でその命が尽きる時まで、お前達家族全員で安らかな時を過ごすがいい」

 

「う……うううっ……」

 

 その余りに甘く、そしておぞましい選択肢を突きつけられて切嗣は思わず仰け反った。

 余りにも衝撃的な事実を並べ立てられ、常にクリアなはずの思考が混乱している。

 せめてここに彼の妻であるアイリスフィールがいれば、切嗣の頬を叩いてでも彼の目を覚まさせていたであろう。貴方の理想は、聖杯にかける思いはそのようなものとは違うと。平和の為に人類を滅びの淵に立たすという行為は本末転倒であると。

 衛宮切嗣は己を捨て、妻を犠牲にしてでも人類の平和を勝ち取ると決心をした男だ。

 だがそんな鋼鉄の心もこの10年近い家族との年月で錆びて、脆くなりつつある。

 何よりも眼前のこの邪悪なる神は支えもなしに切嗣1人で立ち向かうには、余りにも邪悪で巨大であった。

 

 そして切嗣は悪魔の賭けに……乗ってしまった。

 彼はもう後戻りできなくなったのだ。

 ここに聖杯戦争最悪最強のマスターとサーヴァントが誕生した。

 

 

◆   ◆

 

 

 光も差さぬ暗いその闇は宛ら現世の冥界というべき所だった。

 実際にこの闇は多くの少年少女の希望とその生命を飲み込んでいるのだ。

 その闇の中でとぼけた青年の声が上がる。それと同時にBGMのように響き渡っていた少女の悲鳴が途切れた。

 

「ああ~。また失敗しちゃった。はぁ~。旦那みたいにうまくいかないなあ俺は」

 

 かつて少女だったもの―――この闇の住人、雨生龍之介の傑作の一つになる予定だった人間キャンパスの残骸を前に彼は悲しげに溜息を付いた。

 今度こそ成功の予感を感じていたのだが、治癒魔術が効いているからと言って少々乱暴にしすぎたらしい。脊髄を弄っている最中に完全に少女は息絶えてしまったのだ。

 落ち込む龍之介にもう一人の闇の住人が優しく励ます。

 

「落ち込んではいけませんリュウノスケ。失敗は誰にでもある。貴方の発想は斬新で瑞々しい。材料は幾らでもあるのです。挑戦を重ねていけばいずれ必ず成功にたどり着きます。とはいえ今夜はここまでにし、また別の拠点に行くべきでしょう。またライダーのような礼儀知らずに荒らされてはかないませんからね」

 

 生徒を励ます教師のように彼に声をかけるのは雨生龍之介のサーヴァント、キャスター『ジル・ド・レ』だ。

 彼らは召喚からこちら、魔力を貯めるという名目で聖杯戦争には一切参加せずひたすら冬木市の住民を夜な夜な攫い、大人は魔力源として海魔の餌に、子供は芸術家気質の殺人鬼である龍之介の作品の材料として利用している。

 幸いというべきか不幸にもというべきか、今回の聖杯戦争はキャスターの琴線にかかるものがなかったようで、彼はその思考を狂気に浸しながらもそれなりに筋の通った考えの元に動いている。

 

 すなわち前述の通り、彼の最大にして唯一の武器である宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』を最大限に生かすための魔力補充である。

 彼らが拉致した冬木市民の数はもはや数百にも及び、その大半はもはや餌として海魔の腹に収まっている。これほどの被害が出れば、監督役である聖堂教会も迅速に動くはずだったのだが、セイバーとそのマスターがランサーの一党の拠点がある冬木ハイアットホテルを、内部の宿泊客ごと倒壊させるという一歩間違えれば世界的なニュースになりかねない蛮行を行ったため、その後始末に追われて後回しになっていたのだ。

 

 この大事件に比べれば、夜な夜な市民が失踪するような事件など些事にすぎない。そう思い教会の監督役、言峰璃正はこの一件を後回しにしていたのだが、時間の経過とともに行方不明者の数が飛躍的に増えていっていること、魔術的な隠蔽が殆どなされていないことに気がついて冷や汗を垂らし、その対応としてキャスターを狩れば令呪を与えるという告知をマスター達に伝えたばかりだった。

 

 ハイアットホテルの倒壊には魔術は一切使われていなかった為、建物の構造に致命的な欠陥があったということで、単なる悲劇的な事故として世間の目を欺くことが出来たが、今回の件はそうはいかない。彼らは夜にハロウィンの参加者よろしく、家という家を回って市民を催眠暗示で呼びだし、ハーメルンの笛吹き男のように連れ回して市街地を練り歩いているのだ。

 キャスターはその出自から隠蔽が不慣れなようで、遠目から市民を引き連れて歩く彼らの姿を見た目撃者も多数存在している。

 

 もっともそれはキャスターも承知の上だ。恐らくはそろそろ自分の芸術を理解せず、業を煮やした暗愚共が自分達の首に賞金をかける頃だろうと睨んでいた。生前と同じように。

 だが、こちらも魂食いで充分な魔力は溜め込んだ。今の材料を処分したら自分達の方から打って出て攻撃を仕掛けるべきだとも思っていた。

 

 特にキャスターの勘に触るのがあのセイバーだ。どうせ虚言だとは思うが、神を詐称するような男は、神を冒涜することに全てを捧げたジル・ド・レという男にとって許せるものではない。

 あの男に絶望の悲鳴を上げさせ、奴の美しいマスターを剥製にしてみるのも悪くない。

 そんな事を考えるキャスターに龍之介が呑気な声をかけた。

 

「しっかし、いいのかな俺達。ずっとこんなことしてて」

 

「……こんなこととは?」

 

「いやほら、他の連中は真面目に戦争してるみたいなのに、俺達だけずっと楽しんじゃっててさ。なんていうの?皆が学校行ってる平日に、遊びまわってるような気になっちゃってさ。ちょっと後ろめたいというか?」

 

 その龍之介の如何にも一般市民のような微笑ましい感性にキャスターは思わず頬を緩めた。

 

「そのようなことを気にしてはなりませんよ、リュウノスケ。浪費と怠惰は貴族として当然の嗜みなのです。全ての財、全ての人は貴族である我らの物。食事を取るようにただただ貪り、浪費しなさい。下民などというものは時間が経てば幾らでも増えるもの。それを消費することに異議を感じていては貴族は生きることもままならない。貴方も私のマスターなら王侯としての相応しい風格を身につけなくてはね」

 

「う~ん。まあ旦那の言うこともわかるんだけどね。ほら、俺って現代っ子じゃん?俺の家とか躾が厳しくてさ。もったいない精神みたいなのが植え付けられてるんだよね。ご飯を残したりして無駄にすると神様のバチが当たりますよみたいな?」

 

 そう龍之介が言った瞬間、キャスターの態度が一変した。

 

「これだけは言っておきますよリュウノスケ。……神は決して人間を罰しない。奴らはただ人を弄ぶことしかしないのです」

 

 突如豹変したキャスターの態度に龍之介は目を白黒させた。

 

「だ、旦那?目が怖いんだけど……」

 

「いいですか?生前に置いて私はありとあらゆる悪徳と涜神を成した。神が実在するのなら必ずや、この身に罰を与えるであろうと期待して、そして神罰が降ったその時にこそ、私は神に尽くした筈の聖処女を見捨てた事に対する呪詛を、神に直接ぶつけられると期待して!

 ……だが、どれだけの悪逆を成しても神罰は下ることはなかった。私の悪行は看過され続け―――最後に私を裁いたのは我が手の内にあった富と領土を目的とした欲に塗れた人間だったのです!」

 

「……」

 

「とどのつまり、我が背徳を止めたのは神でも正義でもなく―――私以上に浅ましい人間の欲望だったのですよ!そして私は悟った!我らが悪を成そうと善を成そうと、神にとっては全く意味をなさないことを!だからこそ私は罪を重ね続け、神を汚しつづけるのです!例えそれが無意味であろうとも―――邪悪であり続ける事によって、何処かで我らを見下しつづけている神に否を突きつける為に!」

 

 そのキャスターの胸をつくような慟哭に龍之介は只々、圧倒されていた。そしてようやく彼の内面を理解出来つつあった。このキャスターは過去に神と言うものに手酷く裏切られ、それが故に背徳の道に走ったのだ。神にNOという言葉を叩きつける、その為だけに。

 それを理解した龍之介が、未だに肩を震わせるキャスターに何か言おうとしたその時だった。

 闇よりも尚深い闇から、嘲りの声が聞こえたのは。

 

「神の罰が貴様の望みか―――。ならば存分にくれてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 




やめて!冬木の街中に巨大海魔なんて出現させたらとんでもない被害が出ちゃう!
お願い、死なないでランサー!あなたの破魔の紅薔薇がないとキャスターの宝具を無力化できない!ここを耐えればキャスターに勝てるんだから!

 次回 ランサー死す。デュエルスタンバイ!



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