ゴクウブラックが第四次聖杯戦争に喚ばれてみた (タイトル命名 ゴワス様)   作:dayz

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王様達と酒飲んで聖杯問答やってみた

 夜の森に雷光が閃き、雷鳴が轟く。

 ここはアインツベルンの城がある冬木市から離れた森の奥である。

 地元の人間は誰も近づくこともなく、例え迷って踏み入っても魔術的な結界によって追い返されるのが関の山。こんなところに近づくものはそれこそ聖杯戦争関係者しかいない。

 ましてや雷鳴と共にやってくる者など1人しかいない。

 

「なんてこと……結界を力ずくで打ち破って正面から突破してきているわ……」

 

 この城の主にして結界の管理者であるアイリスフィールは城の廊下で、バランスを崩して膝を着いていた。

 結界を強制的に打ち破られたことで魔力のフィードバックが襲いかかってきたのだ。

 

「大丈夫か? アイリ」

 

 すぐ側にいた切嗣が倒れかけた妻を素早く支えた。アイリスは夫の手を借りながらゆっくりと起き上がる。

 

「ええ。いきなりのことだったから、ふらついただけよ。それよりもこれはサーヴァントの襲撃だわ。以前やってきたランサーとは全く違う」

 

 襲撃を受けるのは何もこれが初めてではない。ホテルでの一戦での意趣返しか一度ランサーが挑んできたことがあったが、騎士と貴族階級の魔術師の挟持故か、策も弄さず正面から乗り込んできた彼らはセイバーの出迎えを受けて、令呪まで使って逃げ帰る羽目になった。

 だが今度の敵はそう容易くはないだろう。

 

「わかっている。セイバー! そっちから見えるか?」

 

 切嗣は念話で自らのサーヴァントに目標を視認できたかを確認した。彼は襲撃があった時点で外に飛び出しこの城の上空で待機している。あの高さと彼の目の良さが加わればこの森の全域を見渡すことができるはずだ。ラインを繋げて五感を共有できれば手っ取り早いのだが、それはセイバーが嫌がったので仕方ない。

 

『ああ、見えるともマスター。あれはライダーのチャリオットだな。……フン、派手に森を破壊しながらこちらに一直線だ。相変わらず無駄に煩いやつだ』

 

『迎撃できるか?』

 

『当然だ。この城を奴らの墓場にしてやる。後、30秒もあればライダーが城にたどり着く……ん?』

 

『どうした。何か仕掛けてきたか?』

 

『いや……。奴らの格好がな。というかなんだアレは。樽か?』

 

 要領を得ないセイバーの言葉に、切嗣は苛立ちを堪えながら尋ねた。

 

『何を言ってるんだセイバー。奴らの目的が分からないのか?』

 

 しかし今度は返答自体が帰ってこない。

 まさか不意をつかれてやられたのかと思うが、すぐにそれは早計だと思い直す。もし自分のサーヴァントが致命傷を受ければ、マスターならすぐに分かる。

 

『何があったセイバー。奴らの狙いが掴めたか?』

 

 暫しの沈黙の後、セイバーからの返答が来た。彼にしては珍しいことに歯切れが悪い返答が。

 

『……ああ、奴らの目的については掴めた。というかライダー自身が私にわざわざ話しにきた』

 

『それで? 奴らはどんな目的でここに来たんだ?』

 

『……酒盛りだ』

 

『……は?』

 

 余りにも馬鹿げた答えに切嗣は思わず気の抜けた返事をしてしまった。

 

『どうやらライダーは私と酒盛りを所望のようだ。酒まで持参してきているからな。どうするねマスター? 私としては別に構わんが』

 

 驚きから覚めたのか、既にセイバーはいつも通りの慇懃無礼な態度に戻っていた。声の口調からしてむしろ楽しげにすら思える。

 

『……つまりこういうことか? ライダーはお前を酒に誘うためだけに、あの雷戦車に乗ってきて結界をぶち破りながらここまできたと?』

 

『そういうことになるな』

 

 念話越しにでもセイバーが笑っているのが感じ取れた。セイバーはこの状況を心底面白がっているらしい。

 舌打ちを堪えながら、切嗣は指示を出した。

 

『とりあえずヤツの誘いに乗ってやれ。玄関にアイリを向かわせるから、いつも通り彼女をマスターとして扱うように。僕は狙撃ポイントに行って万が一に備えてライダーのマスターの狙撃準備をする。言うまでもないがしっかりアイリの事も守ってくれよ。彼女が死んだりしたら別の意味で僕達の聖杯戦争はここでお終いだ』

 

『承ったマスター。ところでもう一つ言っておくべきことがある』

 

『……なんだ?』

 

『ライダーの奴め、アーチャーもこの酒盛りに誘ったらしい。あいつもおっつけやって来るそうだ』

 

 なんでもないように告げられたその情報に切嗣はその場にしゃがみこんで頭を抱えたくなった。

 

 

◆   ◆

 

 

 宴の場所は城の中庭の花壇に決まった。

 手入れされたその庭は客人を迎えるのには相応しい。

 ついでにいうなら狙撃ポイントでもある城の高台から衛宮切嗣が、常に全容を把握できるというのも大きい。

 セイバーは地面に直接あぐらをかくような真似を嫌い、城の中から多人数用のテーブルと椅子、ついでにティーワゴンを中庭に用意した。

 彼は常に不遜な男だが、律儀に礼節を守るところがあった。時折、言動からマナーと教養の高さが見え隠れする時がある。

 

「いやあご苦労、ご苦労! しかしセイバーよ、城を構えてるから見に来たが、ずいぶんと辺鄙な場所に構えてるもんだなぁ? これじゃせっかくの城が台無しじゃないか。庭木も多いんで余が少しばかり伐採しといたぞ。これで出入りもずいぶん楽になるというものだ!」

 

 セイバーの準備が終えた頃に自分のマスターを従えて、中庭に現れたライダーは開口一番そういった。それに対してセイバーは、冷たい口調で返す。

 

「いらん世話だ。それにしてもあの静かな森を無駄に焼き払うとは、これだから下等な人間は……。貴様が客人の体をとっていなかったら、縊り殺してマスター共々森の肥料にしていたところだ」

 

 その言葉にライダーのマスターのウェイバー・ベルベットは小さく悲鳴を上げて、ライダーの巨体の後ろに隠れる。それを見たセイバーの隣に控えるアイリスフィールは彼も自分のサーヴァントに振り回されて苦労しているのね、と場違いな同情心を抱いてしまった。

 それにしても、とアイリスフィールはライダーを観察する。

 

 彼は以前見た戦装束ではなく、現代風の服装をしていた。といっても間違っても征服王と呼ばれた男に相応しい格好とは思えない。

 しかし世界地図が描かれた特大サイズのTシャツと、ジーンズというはある意味この豪放磊落な男にはぴったりな格好だった。

 そしてその格好で酒樽――恐らくは中身はワインだろう―――を抱えたその姿は最早英霊というよりはただの酒屋のおっさんだ。

 彼にどう対応するべきかアイリスフィールが迷っていると、彼女より先にセイバーが口を開いた。

 

「ふん……、客としてきたからには今日は貴様の命は助けてやる。それで? 貴様は一体何のつもりで酒盛りをしようというのだ?和平や命乞いなら受け付けてはおらんぞ」

 

「馬鹿たれ。余もこの後に及んでお主を勧誘できるとは思ってはおらん。余はな、この酒席を通して貴様の考えが知りたいのだ。言うならばどちらに聖杯を求める大義があるか、この席の通して貴様の大義とやらをとことん問いただしてやろうと思ってな。言うなればこれは聖杯戦争ならぬ聖杯問答というわけよ」

 

 セイバーはそれを鼻で笑った。

 

「貴様の貧相な大義とやらで、私の崇高な志に挑むとは身の程知らずもいいところだが……。まあよかろう。どのみち貴様らの寿命もこの戦争が終わるまで。その余興、付きあってやる」

 

 そう言ってセイバーは親指で中庭に用意された大きなテーブルと椅子を指さす。因みにセイバーが用意したテーブルセットの椅子はマスターの分まであった。妙なところで律儀である。

 ライダーは早速その酒樽を、高価なテーブルの上に乱暴に置く。

 その蛮行に木製のテーブルは悲鳴を上げるも、元々がしっかりした作りの為、なんとか耐え切った。

 そして自分のマスターも含めた周りの人間に席につくように促す。全員が各々の席に着いたのを見計らって、彼は酒樽の蓋を素手で叩き割った。

 

「ではこれより宴を始めるとしよう。珍妙な形だが、これがこの国に伝わる由緒正しき酒器だそうだ」

 

 そう言ってライダーは竹製の柄杓を取り上げる。これが日本酒なら確かに合っていたかもしれないが、ワインとの組み合わせはいささか奇妙に思える。が知らぬが仏である。

 ライダーは酒樽の中からワインを一杯掬い取ると一息でそれを飲み干した。

 そして同じように一杯掬い取ると今度はそれをセイバーへと差し出す。

 

「聖杯は相応しき物の前に現れるという。それを見極めるなら闘争の他にも方法はある。この酒を通してお互いの格を見極めるというのもまた一興。そうは思わんか?」

 

 差し出された柄杓をセイバーはしばらく見つめていたが、とりあえずと言った感じで受け取ると、これまた一息でそれを飲み干す。しかし続いて彼の口から出た言葉は酒の感想ではなく、単純にライダーの言葉を否定するものだった。

 

「私はそう思わんな」

 

「……何? そりゃなんでそう思う」

 

「貴様ら人間というのは自分の愚かさと罪深さを指摘されても、決してそれを認めようとしない。私がここでそれを言い当てても、お前はつまらん言い訳を重ねてそれを認めようとしないのが目に見えている」

 

「そりゃまた、随分と見くびられたものだな。このイスカンダル。道理ある言葉を投げつけられてそれを無視するほど狭量ではないつもりだが」

 

「お前個人の資質などどうでもいい。人間というものはそう出来ているのだ。私は神としてそれをずっと見てきた」

 

 そう言い放つセイバーに対して返答は思いも寄らない所から帰ってきた。

 

「ならばお前の目がそれだけ節穴だということよ。我に言わせれば無能でない神々など見たことがないがな」

 

 その言葉と共に中庭の一角が眩い光に包まれる。

 その声と現象に覚えのあるアイリスフィールとウェイバー・ベルベットは反射的に体を固くしたが、セイバーとライダーはようやく来たかと言った視線をそちらに向ける。

 黄金の輝きは人の形となって甲冑姿のアーチャーとして実体化する。

 それを見たライダーが町中で友人に声をかけるようにアーチャーに手を振った。

 

「よう、遅かったな金ピカ。もう始めているぞ。まあ余と違って徒歩で来るんじゃ仕方ないか」

 

 アーチャーはセイバーに対する怒りはすでに覚めたのか、嘲るような視線を向けてくるセイバーに向かって忌々しげな一瞥だけ向けると、ライダーへと向き直った。

 

「たわけ。我の財には貴様の喧しい戦車より優れた乗り物などいくらでもあるわ。だが何故王であるこの我が、貴様らに合わせて急いでやらねばならぬ。おまけに我を待たずに勝手に始めるなど……ライダーよ。貴様は我を酒の席に誘いたいのか、それとも自分が冥界に誘われたいのかはっきりさせろ」

 

「まあまあ、そうプンスカするな。ほれ、駆けつけ一杯」

 

 そう言ってライダーは酒樽から柄杓で一杯掬い取るとアーチャーに手渡した。意外と素直にアーチャーはそれを受け取り、これまた一息で飲み干す。そして顔を歪めた。

 

「安酒だな。こんなものを王へ献上するとは貴様の格も知れるというものだ」

 

「そうか? この程度の安酒ならむしろ、貴様のような虚飾まみれの王に相応しいと思うが」

 

 そこにセイバーが笑いながら口を挟んでくる。

 

「……なんだと?」

 

 流石に今度は受け流せなかったのか、アーチャーが殺気を纏い始める。

 これにはライダーのほうが慌てたのか無理やり話題を変えた。

 

「まあまあ、落ち着けアーチャーよ。これはここらの市場ではなかなかのものだったんだが、お前さんはこれ以上の酒を知っているというのか?」

 

「……当然だ。これを美味いとほざくのはお前が本当の酒を知らんからだ」

 

 アーチャーは手を挙げると背後の空間を湾曲させて、そこから一揃いの酒器をテーブルの上に取り出した。

 無数の宝石で彩られたその黄金の酒瓶には琥珀色の液体がたっぷりと詰まっている。

 

「せいぜいその貧相な眼を見開いて見るがいい。そして思い知れ。これが真の王の酒というものよ」

 

「おお、こりゃまた重畳。うーむ。確かに香りだけで酔えるほどの濃厚な酒のようだ。どれ早速」

 

 面の皮があつすぎるのか遠慮というものを知らないのか、おそらく両方であろうライダーはアーチャーの皮肉も受け流し、早速その酒器に飛びついた。

 一緒に出されていた杯に三人分注ぐと全員に配るとライダーは真っ先にそれを呷った。

 

「おおぅ! ……旨い! 旨いぞこれは! 余の時代にもこんな酒は存在しなかった! これは人間の手によるものではあるまい! 神々の手による酒ではないのか?」

 

 興奮したライダーの賛辞にアーチャーは王の余裕と言わんばかりに悠然と微笑んだ。いつの間にか彼もまた席につき、杯を片手にご満悦である。

 

「当然だろう。我の宝物庫には至高の財しか存在を許されぬ。そしてこの宝物庫には神代の時代の代物も数多く存在するのだ。貴様の見立ての通り、その酒は神の酒よ。―――これでこの場の格付けなど決まったようなものだな」

 

 そううそぶくアーチャーだが、そこに嘲笑う声が響き渡る。アーチャーは再び機嫌を悪くしてその笑い声の持ち主に怒りのこもった視線を向けた。

 得意気に語るアーチャーに再び水を差したのはやはり、というかセイバーであった。 

 彼もまたアーチャーが差し出した酒を飲み干していたが、その顔に現れている表情は神酒の味やその持ち主であるアーチャーへの賞賛のそれではなく、小馬鹿にした笑い顔だった。

 

「……何がおかしい、雑種」

 

 怒りが許容限界を超えつつあるのか、アーチャーが殺気をセイバーに飛ばしながら聞く。

 一歩間違えればこの場で死闘が開始される予感にアイリスフィールとウェイバーは身を硬くした。

 

「何、神々が作りし物を自分の物と言い張る、お前達人間の滑稽さと傲慢さが可笑しくてな」

 

 そう言うとセイバーは空になった杯をテーブルの上に戻した。

 

「確かにこの酒は神々の手になるものだ。この星の神の酒の味は知らんが、神酒かどうかぐらい私にはわかる。これが神造の酒としては中々のものだということもな。しかしだからこそ哀れむべきかな。悲しむべきかな。自分で作り出すこともできず、神が賜ってやったものをまるで己の物のように振る舞う、その愚かで不遜なその態度を。……貴様に比べれば人間が作った酒をこの場に持ってきたライダーのほうがまだ可愛げがあるというものだ」

 

 本来のアーチャーならばそこで激発してもおかしくはなかったが、珍しく彼はセイバーの挑発よりも彼の言葉の内容に興味を持ったらしい。

 

「神の酒の味を理解していたことといい、その物言いといい、やはり本当に貴様はカビの生えた神々の一柱か。どうりで初めて見た時から気に食わんわけだ。だが我は貴様のような神なぞ知らん。一体どこの田舎の神だ?」

 

「貴様のような銀河の外れの辺境の王には知る由もない高位の神だ。見たところ貴様も低級とはいえ神の血を引く者。もう少し察しがよければ助かるのだが、薄汚い人間との雑種では期待するだけ無駄か?」

 

 とうとうアーチャーの背後の空間が揺らめき始めた。その空間の揺らぎから出ているものは酒器などではなく、豪華絢爛な宝具の切っ先だ。それを見たセイバーも悠然と席を立って構えを取る。

 これにはライダーも慌てて両者のなかに割って入る。

 

「まあまあまあまあ! 両者ともそこまでにせい! 酒の問答の席で、怒りに任せて先に刃を振るえば、むしろ先に振るった者こそが敗北者よ! かくいう余も昔、宴の席で酒を飲み過ぎてつい部下に手をかけてしまい、酔いが覚めてから後でしこたま落ち込んだ―――」

 

 なにやら自分の失敗談を語り始めたライダーに毒気を抜かれたか、両者は呆れたように再び席に座り直す。それを見たウェイバーはある意味恐れと共にセイバーとアーチャーを見ていた。

 

(……嘘だろ? あの傍若無人のライダーが苦労して仲裁してる。こいつらどれだけ厄介なんだ……?)

 

 常に自分を振り回してきたあのライダーが、彼らの手綱を操るのに四苦八苦している姿はどこか新鮮だった。この場にライダーがいなければすでにここは戦場になっていたに違いない。もっともここで酒宴を開こうなどと考えたのはライダー本人の訳で自業自得ではあるのだが。

 とりあえずライダーの試みは成功したのか、冷静さを取り戻したアーチャーがライダーに水を向けた。

 

「それで?一体何のために貴様は我をこんな貧相な場に呼び寄せたのだ。本当に安酒を振る舞うだけというならこの場で処するぞ」

 

「おお、ようやく本題に入れそうだわい。セイバーには先に言ったが、余はこの酒席の問答を通して各々の義を、聖杯に賭ける望みを、そして格を図りたいのだ。そうすればわざわざ闘争なんてことをせずとも、誰が聖杯に相応しいかわかるというものだろう?」

 

「何を言い出すと思えば……まず、貴様の考えはまず前提からして理を外している」

 

「と、いうと?」

 

 ようやく話の流れを元に戻せそうなことに安堵したライダーは、勝手にアーチャーの酒を飲みながら話の続きを促す。

 

「そもそもにおいて、聖杯は我の所有物よ。この世の財は全てにおいてその起源を我が蔵の財に遡る。時とともにそれらの財は世界に散らばったが、それでも全ての財の所有権は我にあるのだ。我は本来我のものである聖杯を勝手に奪い合う盗人共に誅を与えるために此度、現世に現界したのだ」

 

 そんなアーチャーの言葉に小さくセイバーが笑ったが、最早アーチャーは彼を完全に無視することに決めたようだ。

 ライダーはアーチャーの言葉に腕を組んでしばらく考えていたが、アーチャーに疑問をぶつける。

 

「じゃあお前さんは昔聖杯を持ってて、それがどんなものか知ってるというのか?」

 

「知らんな」

 

 その言葉にライダーは虚を外されたのかがくっとしたが、アーチャーは気にした様子もなく続ける。

 

「我の宝物庫の財の数は我の認識できる量を超えている。いちいちどれが何なのか確認していたらそれこそ無限の時間が必要になるわ。いずれにせよそれが財宝というだけで元は我の物であることは明白。それを勝手に持ちだそうなど我の法が許しはせん」

 

「ふ~ん。なるほどなぁ~」

 

 ライダーは勝手にアーチャーの酒瓶から、新たに自分の杯に勝手に酒を注ぎながらそれを聞いていた。ちなみにセイバーはテーブルの隣にあったティーワゴンから自前で用意した紅茶に僅かに酒を垂らして、優雅にそれを飲んでいる。

 

「なんとなくお前さんの正体がわかってきたぞ。ま、それは置いといてだ。つまりあれか? 聖杯が欲しければ貴様の承諾を得ればいいわけか?」

 

 それに対してアーチャーは鷹揚に頷いた。

 

「然り。だがお前らの如き雑種に、我が褒章を賜わねばならぬ理由がどこにある? ……ふむ、そうだな。そこの礼儀知らずのセイバーの首を我の前に差し出せば、考えてやらんこともないがな」

 

 突然始まった同盟との誘いとも言える言葉にアイリスフィールはぎょっとした。その発言を彼女に付けてた盗聴器越しに聞いた切嗣もだ。この状況で2騎がかりで襲われたら、どうしようもない。セイバーの瞬間移動で逃げるしかないが、彼が自分の言うことを大人しく聞くかどうか怪しいものだ。

 しかしそんな危惧とは裏腹にライダーはあっさりとその提案をはねのけた。

 

「おいおい、そりゃ余にお前さんの軍門に降れってことだろう? それは征服王の沽券に関わるってもんだ。しかしアーチャーよ。話を聞く限り、やはりお前さんは別段聖杯に固執しているわけでもあるまい。お前さんにとって聖杯を使って叶えたい願いがあるわけでもないと」

 

「無論だ。だが我の財を狙う賊にはしかるべき罰を与えねばならぬ。これは筋道の問題だ」

 

「つまり、アーチャー。お前さんはどんな義があり、どんな道理で動いているのだ?」

 

「法だ」

 

 アーチャーは即座に返す。

 

「我が王として敷いた、我の法。これを破るものには我が誅罰を与える」

 

 ふむ、とライダーは頷いた。

 

「確かにそう言われては余が口を挟む隙はなし。だがな~、余としてはなんとしても聖杯が欲しいんだよ。欲しくてたまらんのだ。で、交渉で取れぬとなったら後はもう略奪するしかなかろうて。何しろ余は征服王イスカンダルであるが故に」

 

「よかろう。貴様が我の法を犯してでも奪うというなら、我が貴様を裁くのみ。問答の余地はあるまい。だがライダーよ。我の法を破ってまで欲するという貴様の聖杯にかける願いはなんだ?酒はまだ残っている。酒の肴に聞いてやろうではないか」

 

「おっ。聞きたいか? そうかそうか聞きたいか。いやはやなんともこうして話すとなると気恥ずかしいなぁ」

 

 何やら照れくさそうに頭を掻いた後、ライダーは杯に残った酒を呷って答えた。

 

「受肉だ」

 

 その答えに静かに紅茶を楽しんでいたセイバーが目を細めた。

 だがそれに他のものが気づくよりも先に、ライダーのマスターのウェイバー・ベルベットがライダーに詰め寄った。

 

「お前何言ってるんだ! あれだけ散々自分の夢は世界征服とか言っといて今更別の願いを―――アウチっ!?」

 

 自分のマスターをデコピンで黙らせると、ライダーは呆れたように肩をすくめた。

 

「慌てるなマスターよ。余の夢が世界征服なのは変わってはおらん。だがな、たかだが器に世界なんぞ取らせてどうする。世界征服は己自身がやり遂げて初めて達成したと言える夢。聖杯を欲するのは征服の道のりの第一歩だ」

 

「雑種……まさかそのような世迷い言のために我の聖杯を欲するというのか?」

 

 呆れたような顔のアーチャーだったがライダーは大真面目に答える。

 

「所詮我らは魔力で現界しているだけのただの亡霊にすぎん。余りにも不安定、余りにも心許ない存在よ。聖杯戦争が終われば例え勝ち残っても、我らは魔力切れにより現世からおさらばよ。それではいかん。征服という世界に己を刻み込む行為をするからにはまずこの世に置ける余の存在を確固たるものにしなければならん。

 征服とは身体一つの我を張って天地と向き合い、突き進む。それこそが余にとっての征服なのだ。しかし今の余は肉体一つにすら事欠いておる。スタートラインにすら立つことができん。まず余にとって必要なのはこのイスカンダル唯一の肉体なのだ。その為には聖杯による受肉は是が非でもしなければならん」

 

 ウェイバーもアイリスフィールも、そして遠く城の高台からその会話を聞いていた衛宮切嗣も征服王のその思想に圧倒されていた。

 所詮英霊は過去から蘇った奇蹟にすぎない。しかしこのライダーは己が一時の奇蹟であることを良しとせず、この世界の人間として再び根を下ろそうとしているのだ。それは神秘の漏洩を防ぐ魔術師の観点からすれば、容易く受け入れられるものではない。歴史上の人物が魔術儀式によって蘇って表の社会に影響を与えるなど大問題だ。しかしどんな妨害があってもこのライダーはそれを蹴散らしてでもやるという確信があった。

 そんなライダーの意思表明に対してアーチャーは実に楽しそうに杯を呷った。

 それはまるで新しい玩具を見つけたような目だった。

 

「決めたぞライダー。お前は我直々に裁く」

 

「ハッ、今更念を押す必要もなかろうて。言っておくが、余は聖杯だけではない。お前さんの宝物庫の中身をまるごと攫ってやる故覚悟しておけ。これほどの酒の味をこの征服王に教えたのは迂闊すぎであったなぁ」

 

 ライダーはひとしきり呵々と笑うと、今度はセイバーに話題を振ってきた。

 

「で、だ。セイバーよ。余もアーチャーもこの聖杯戦争に挑む理由を存分に語り合った。後はお主だけだぞ。せっかくの酒の席、お前さんの大義とやらも聞かせて欲しいんだがなぁ」

 

 紅茶を飲んでいたセイバーはティーカップをゆっくりと机に下ろすと、静かにライダーの問に答えた。

 

「私の目的は受肉だ」

 

 その思わぬ答えにライダーやアーチャーのみならず、マスター達まで目を丸くした。それは高台で話を聞いていた切嗣も例外ではない。

 だがいち早く我に返ったライダーはセイバーの答えに親近感を持ったのか楽しげになった。

 

「はっはっはっ! なんだセイバー! お主も余と同じ望みを持っていたのか! やはり目的はあれか? もう一度この人の世を味わってみたくなったのか?」

 

 その言葉に対してとびきりの嫌悪感を怒りを滲ませてセイバーが答えた。

 

「人の世を味わうだと? おぞましいことを抜かすなライダーよ。確かに私が受肉を望むのは、お前と同じくサーヴァントのままでは、私の真の目的を達成することができないからだ。だがお前のような世界征服などという浅ましい願いなどでもない。そもそも私の遠大な目的は、聖杯如きでは到底叶えられる願いでもないのだ。故にこの身を受肉させて私自身が執行しなければならん」

 

 ライダーは眉を潜めた。聖杯に叶える願いは夢である。そして夢を語る時、人は大抵嬉しそうに語るものだ。だがこのセイバーの夢はそういったポジティブさが全くない。

 夢を語るのに怒りと嫌悪を見せるとはただごとではない。

 アーチャーすらも訝しげにセイバーの発言に注目している。

 

「では、セイバーよ。お前の真の目的とはなんだ。お前は受肉して何をしたい」

 

 そこでセイバーは初めて笑った。今までの他人を嘲るような笑みとは全く違う。純粋なまでに邪悪な笑みだった。

 

「―――人間ゼロ計画の遂行だ」

 

「人間……ゼロ計画?」

 

 聞きなれない単語にライダーはオウム返しのように繰り返した。しかしなんとなくニュアンスはわかる。嫌な予感を感じつつ改めて問うた。

 

「もしかしてセイバー。お前さんは受肉した暁には人類を……」

 

「ああ、一人残らず皆殺しにする」

 

 沈黙がその場を支配した。

 




Q キャスター来なかったの?
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