ゴクウブラックが第四次聖杯戦争に喚ばれてみた (タイトル命名 ゴワス様)   作:dayz

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フフフ…フハハハ…まぁたか…人間よまたなのか人間は常に聖杯を模倣する…なぜ(以下略)

 セイバーの掌から弾き飛ばされた聖杯は、彼の足元の泥の中へと落下して沈んでいった。

 それはいい。また拾い直せばすむことだ。

 だが、問題はそこではない。自分の邪魔をした不届き者への処罰が先だ。

 

 怒りを抑えなからゆっくりとセイバーは、先の一撃が飛んできた山門の方向を見やる。

 てっきり殺し損ねてたバーサーカーの攻撃かと思っていたが、違った。

 そこには彼の予想外の人物がいた。

 

 ボサボサになり、かつての輝きを無くしたくすんだ金髪。血と砂に汚れた顔。その身に纏っていた黄金の鎧は既に無く、上半身は血と文様に紅く染まった肌を晒している。

 もはや王というよりは落ち武者が如き有り様だったが、それでもその紅い瞳には些かの陰りはない。そしてその手には上級宝具らしき大ぶりの弓が握られている。

 あの固有結界の死闘以降、姿を見せなかった英雄王ギルガメッシュがそこにいた。

 てっきり固有結界の消滅と自分が放った乖離剣の余波に巻き込まれて、消滅していたとばかり思っていたが……。

 

 いずれにしてもそんな無様な姿を晒す彼を見てセイバーは怒りを通り越して、もはや呆れ果てた。

 死ぬべき時に死なぬ人間のなんと無様なことか。

 セイバーはわざとらしげに肩をすくめる。

 

「これはこれは……ごきげんよう、英雄王殿。調子は如何かな?」

 

「悪くない。貴様のその面もこれで見納めと思うとな」

 

「確かに見納めになるな。貴様はここで死ぬのだから」

 

 最後の皮肉のぶつけあい。

 だがそれは更なる山門からの侵入者の言葉によって破られた。

 

「王よ……。ご無事だったのですか……?!」

 

 それの言葉は山の麓で待機していたものの、参道の階段から転がり落ちてきた間桐雁夜に肩を貸して、共にここまで登ってきたギルガメッシュのマスター、遠坂時臣だった。

 そんな彼に対してギルガメッシュは、変わらず不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふん、情けないことに自分で作った次元の狭間に飲み込まれてな。奴が生きているのは千里眼でわかっていたのだが、現世に舞い戻ってくるのに少々手間がかかった。お陰で財宝の何割かを狭間に落としてくる羽目になったわ。そのせいで貴様とのラインも一時的に途切れてしまったようだな」

 

 その言葉にホッとしたような顔になる時臣。最強の切り札が再び戻ってきたのだ。当然だろう。

 セイバーはそんなアーチャーのマスターに面倒くさそうな目を向ける。

 

 あの衛宮切嗣の手下の女は一体何をしているのだ?サーヴァントならいざしらず、マスター如きの足止めも出来ずにこの場への侵入を許すとは。やはり人間は使えない。

 

 だがまあいいだろう、と思い直す。

 

 どの道、ここからから先はセイバーが一人いれば済むことだ。かつてのような同志がいないのは残念だが、この星一つ潰すのには自分一人で釣りが来る。

 サーヴァントである自分にとって、厄介な令呪を持ったマスターは消えた。魔力不足にしてもたった今解決した。

 

「感動の再会の所、悪いがお前達にはすぐにあの世に行ってもらう。もはや貴様らには万が一にも俺に勝てる見込みはないのだ。

 見るがいい、この聖杯が生み出した泥を。これはこの世全ての悪。人によって煮詰められた60億の悪意。貴様ら人間共は万能の聖杯に、よりにもよって人間を呪うための泥を詰め込み、奪い合っていたのだよ」

 

 そう言ってセイバーは自分の足元に広がる黒く汚染された魔力を指し示す。

 ギルガメッシュは表情一つ変えなかったが、この聖杯の完成に全てを捧げていた御三家の一角である遠坂家の頭首は顔色を変えた。

 

「馬鹿な……。聖杯とは無色の魔力のはず。貴様がその邪悪な魔力によって汚染したのではないのか!?」

 

「相変わらずの責任転嫁か。愚かな人間の十八番だな? 残念ながらこの聖杯は最初から悪意と泥に染まっていた。お前達の聖杯は欠陥品だったのだよ。俺のマスターは残念だったな。もし聖杯がこんな失敗作でなければ彼は賭けに勝てたかもしれんのだが」

 

「……賭けだと?」

 

「そう。俺のマスターが聖杯を使って人類の恒久的世界平和を実現できれば、俺は人間ゼロ計画の対象から地球を外すという賭けをしていたのだ。

 フフフ……もっともこんな聖杯ではどんな使い方をしても切嗣の言う世界平和など不可能だろう。よって賭けは俺の勝ち。もっとも賭けの勝敗を見る前に、奴はこの恋い焦がれていた聖杯に飲み込まれて死んだ。

 故に最後に残った俺がこの聖杯を正しく運用してやる。人間を殺すという正しい運用をな……」

 

「気の早い奴め。聖杯は最後に生き残った者の物だということを忘れたか。我はこの通り生きているぞ」

 

 ギルガメッシュの反論に今気がついたと言わんばかりに、セイバーはわざとらしく驚いた顔をした。

 

「言われてみれば、余りにも見窄らしい格好なので忘れていたな。では最後にゴミを片付けるとするか。

 ……はあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 そう言うやいなやセイバーは黒い泥の上で構えを取り、雄叫びをあげた。次の瞬間、その場にいる人間の目を疑うような事が起きた。柳洞寺の境内に広がり、その敷地の大半を覆っていた聖杯の黒い泥。それが底に穴が開いたかの様に、凄まじい勢いでセイバーの足元に吸い込まれていく。

 もっと正確に言えば魔力としてセイバーに吸い上げられているのだ。

 吸い込む勢い以上に泥の中に沈んだ聖杯から未だに泥は吐き出されてる。その為、完全に消えることはなかったが、数十メートルの範囲で広がっていた泥の海は、小さな水たまりのサイズにまで縮んでしまった。

 

 そしてその代わりに、境内の上空に黒い太陽じみた小さな孔が発生する。セイバーに呼応して聖杯の中身が、顕現しかけているのだ。それを見たマスター達は原始的な恐怖に身を竦ませた。

 その孔は今はまだ小さいが、もしこれ以上サーヴァントが聖杯にくべられたら更に拡大するだろう。そうなれば孔の向こう側にいるセイバーに匹敵するほどの邪悪さを有する『何か』がこちらに顕現することになる事をその場にいる全員が本能的に悟った。

 孔から先ほどとは比べ物にならないほどの泥が溢れつつあったが、溢れて地面に落ちる先からセイバーが吸収してしまう。

 

「フフフ……聖杯も納めるべき中身が来たようで喜んでいるようだぞ」

 

 泥を吸収しながらセイバーが嗤う。

 その悪食ぶりにさしものの英雄王も嫌悪に顔をしかめる。場合によっては自分もあの魔力の塊である泥をかぶり、魔力補充をするつもりだったがアテが外れた。

 故に彼は背後に控える自分のマスターにこう告げた。

 

「時臣。令呪を持って支援しろ。タイミングと内容は我が念話で告げる」

 

「かしこまりました。王よ」

 

 無論それを黙って見過ごすほどセイバーはお人好しではない。

 

「それは困る。先にお前から死んでおけ」

 

 笑いながら、虫でも潰すような気軽さでその手から光弾を発射する。

 満身創痍のギルガメッシュは自分のマスターへと襲いかかるそれを防ぐのに、一歩遅れた。

 だが、山門の瓦礫を突き破って飛び出した影が、時臣への攻撃を跳ね返す。

 セイバーはそれを見て怒りに顔を歪める。

 

「狂犬が……。デザートの分際でまだ生きていたか」

 

「SA――BERRRRRRRRRRRRRッ!!」

 

 バーサーカーもまたアーチャーに勝るとも劣らないほど満身創痍だった。

 用意した武装の大半を失い、崩れた山門の柱であった丸太を武器として両手で構えている。だがセイバーの戦闘力を考えると、それは余りにも非力な武装と言わざるをえない。

 時臣に肩を貸してもらっていた雁夜が嫌そうに溜息をついた。

 

「まさかお前を殺す為に喚び出したバーサーカーで、お前を守ることになるとはな」

 

「お互い様だ。私も君に肩を貸す羽目になるとは思わなかった」

 

 そんなマスター同士のやりとりをよそにアーチャーとバーサーカーは並んでセイバーの前に対峙する。

 二対一。先ほどまでのセイバーなら多少手こずったかもしれないが、聖杯の泥を喰らい尽くしたセイバーにとっては羽虫が二匹に増えたのと大差ない。

 

「その程度の戦力では俺には勝ち目がないと分かって尚、挑むか。人間というものは知恵がある分、諦めが悪いようだな」

 

「座して滅びを待つ王なぞいるわけなかろう。例え国が滅び、我一人になろうとも我がやることは変わりはせん」

 

「……俺は貴様などよりも遥かに高みからこの世界を、この宇宙を、万物を、真理すべてを見ているのだ。結果、人間は滅ぼすべきだと判断した。今回の件でそれは一層の確信を持てた。自らを救う為の願望機一つまともに作れない愚かな種族。もはや滅ぼしてやるのが慈悲というものだ。その神の判断に、人間の王風情が口を挟むことの愚かさを、その身を持って教えてやろう!」

 

 その言葉と共にセイバーから地響きを伴って黒い魔力炎が吹き出す。瞬く間に膨れ上がった黒炎は天へと突き刺さり、その空をくすんだ黒い雲で覆い尽くし、無数の稲光が発生する。

 

「ちっ。これは―――」

 

 その現象に心当りのあるギルガメッシュは咄嗟に矢を放ちながら、更に背後からも無数の宝具を撃ちだすが、それらはセイバーに着弾するよりも先にセイバーの纏う黒い魔力炎によって消し飛ばされた。

 

「はぁああああああああああ―――!!」

 

 攻撃されたこと自体、眼中にないと言わんばかりにセイバーが咆哮する。それを合図として黒い魔力炎が真紅の神気へと変貌し、セイバーの髪の毛が逆立ち、その色が薄紅色へと変わり、彼の霊基が神霊のそれへと変化する。

 

「超サイヤ人ロゼ……。この美しき姿が貴様らがこの世で見る最後の姿となる。光栄に思うんだな」

 

 変身が完了して天変地異がおさまった。

 真紅の神気を纏いながらセイバーは勝利を確信していた。当然だろう。あの万全の状態の英雄王と征服王の二人がかりでも、このロゼと化したセイバーには敵わなかったのだ。

 半死半生の英雄王とどこの英雄とも知れぬ、バーサーカーでは尚更勝ち目はない。

 しかも―――

 

「念のため言っておくが、今回の変身に時間制限は無いと思え。聖杯のバックアップがある限り俺は永遠にロゼに変身していられるのだ……!」

 

 

 ―――絶望的な戦いが始まった。

 

 

 

 ◆      ◆      ◆

 

 

 

 ―――絶望の海に沈んでいく。

 

 今の衛宮切嗣の心境とそして現状を表すならまさにそう表現するしかなかった。

 迫るバーサーカーをセイバーに任せ、アイリスフィールから取り出した聖杯の器。

 そこから溢れでた60億の悪夢は、思考と行動を切り離すことができる戦闘機械、衛宮切嗣を持ってしてもその思考を完全に停止させるほどの意味合いを持っていた。

 

 なぜ無色の願望機であるはずの聖杯の中に、こんな禍々しい呪いが詰まっているのか。大聖杯に何か欠陥でもあったのか。元に戻す方法はあるのか。自分はこれからどうするべきか。

 そういった疑問や建設的な思考は、全て消し飛んだ。

 残ったのは諦観と絶望。自分は、願いを叶えるのに失敗し、セイバーとの賭けに負けたのだという事実が今更ながら襲ってくる。

 

 故に彼は―――取り出された聖杯から黒い泥が溢れ、それがアイリスフィールの遺体を飲み込み自分に迫ってもそれを避けようとはしなかった。

 そして彼は闇の中へと沈んでいった。

 

 無抵抗に泥の中に沈んだ衛宮切嗣に与えられたのはかつて彼が切り捨ててきた人間の顔をした無限の憎悪だった。父親の、初恋の少女の、育ての親の、かつて彼が殺めた人間の、この聖杯戦争で出た犠牲者達の姿をした呪いが、それぞれの憎悪の槍を持って、無抵抗な切嗣を串刺しにしていく。

 抵抗する気にもならない。彼らの怒りはきっと正当なものだ。手にはいつしか愛用の銃が握られていたが、それを使う気にはならなかった。

 何度串刺しにされたか数える気にも起きなくなった時、彼は手を掴まれて泥の海から引き上げられた。

 

「可哀想な切嗣。こんなに傷ついてまで叶えたかった願いなのね。さあ、私に言って。どんな願いでも叶えてあげる」

 

「……アイリ?」

 

 彼女は切嗣の記憶とそれと変わらない笑顔を浮かべた。だがそこに猛烈な違和感がある。

 彼女は戸惑う切嗣を気に留めた様子もなく、空を指さした。

 そこには黒い太陽があった。全てを飲み込む黒い太陽が。

 

「あれが聖杯。きっとあれならば切嗣の望みをなんでも叶えてくれる。さあ願いを言って。あの子に形を与えて上げて」

 

「……あんなものが僕の願いを叶えてくれるだって? 一体どうやって?」

 

「さあ?」

 

 余りにも無責任なその物言いに切嗣は声を荒げた。

 

「ふざけるな! 聖杯は万能の願望機だ! さあ? なんて言葉が出てくるわけないだろう!?」

 

「それは仕方ないことなのよ。―――だって聖杯は貴方の望みを燃料に駆動するのだから。まず貴方が具体的に何をしたいかを決めないと動けない」

 

「―――な」

 

 その言葉に衛宮切嗣は絶句した。今までは聖杯さえ手に入れれば自動的に願望が叶うと思っていた。信じていた。故に何をどうやって世界を平和にするかまでは考えが及ばなかったのだ。なぜならそれは衛宮切嗣がどれだけ考えても答えが出せなかったのだから。

 だが。それでも。聖杯さえこの手に掴めば、方程式すらわからない計算を飛び越えて、平和という答えをもたらしてくれるはずだった。

 しかし聖杯はまず答えを得るためには、自身に方程式を入力しろという。これでは意味がない。衛宮切嗣は方程式を知らないから、聖杯という奇蹟にすがったのだから。

 

「お前は、誰だ。アイリじゃないな?」

 

 切嗣は手にしていた愛銃を―――これも本物かどうか怪しいものだが―――目の前のアイリスフィールの顔をした誰かに向けた。

 銃を向けられたアイリスフィールは顔色一つ変えずに頷いた。

 

「ええ、本物のアイリスフィールそのものではないわ。私は彼女の人格を借りて顕現した聖杯の意思。こうでもしないと私は他者とコミニュケーションが取れないの」

 

「聖杯の意思だと? 無色の聖杯になぜそんなものがある!」 

 

「なぜと言われてもわからないわ。でも私の意思は確かにある。そしてそれは貴方達に限りなく近い」

 

「貴方―――達?」

 

 複数形で言われて切嗣は戸惑った。

 

「貴方のサーヴァント。セイバーのことよ。おかしいとは思わなかった? 本来正規の英霊しか喚び出せないはずの聖杯が、反英霊の枠組みを超えた外宇宙の神霊を喚び出せた理由が。それは私とセイバーが限りなく近い存在だったから。聖杯という存在そのものが彼を喚び出す触媒になったの」

 

「聖杯がセイバーに近い存在だと?」

 

「彼はこの世の、いえこの宇宙の全ての人間を憎んでいる。私はこの世全ての悪意で出来ている。ほら、そっくりじゃない? 最初は聖杯はこうじゃなかった。でもいつしかこうなってしまったの。それはもう元には戻らないのよ」

 

「お前の、聖杯の目的はなんだ?」

 

「勘違いしないで。目的を与えるのはあくまで切嗣、貴方なのよ。私に目的はない。強いて言うなら目的を与えられることで産まれ出ることが目的」

 

「お前に明確な自我があるなら、僕が世界平和を聖杯に望んだのなら―――、どうそれを叶えるつもりだ?」

 

「そんなことは貴方のサーヴァントに聞いてみればいいんじゃない? 彼の目的も貴方と一緒でしょう?」

 

「違う!」

 

 反射的に叫ぶ。切嗣はそれを認めるわけにはいかなかった。決して。

 

「違わないわ。サーヴァントはマスターに近い性質を持つものが喚び出される。貴方達はそっくりよ。平和を求めながら、死体の山を積み上げていくその在り方が。だから私もそれに習うの。私も貴方達みたいに上手に『願い』を叶えてみせるわ」

 

 愛しきアイリスフィールの顔でそう楽しげに告げられ、衛宮切嗣は恐怖と共に一歩後ずさった。いや、彼の後ろには何もなかった。足を踏み外してそのまま更なる闇へと落下する。

 その言葉とともに視界が暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 300人を救う為に、200人を殺す。200人を救う為に100人を殺す。まさしく衛宮切嗣がやってきたことを改めて見せつけられた。それを追体験させられた。

 だが決断をすればするほど、救った人数より殺した人数が増えていく。それは衛宮切嗣の欠陥そのものだった。

 

 そしてついに灰色の世界に残ったのは5人の人間。体の自由は効く。此処から先は真に衛宮切嗣が自分の意思で行う選択となる。

 最初に実の父親の頭を拳銃で撃ちぬいた。少年時代にやったように。

 次に育ての親であるナタリア・カミンスキーを携行ミサイルで爆殺した。青年時代にやったように。

 その次は久宇舞弥だ。彼女にナイフを向けると、舞弥は顔色一つ変えずにその刃を受け入れた。

 

 残るは二人、妻たるアイリスフィールと、イリヤスフィール。

 彼女達は自分が衛宮切嗣に選ばれたことに対して、なんの疑問も持ってはいなかった。

 イリヤスフィールはニコニコと笑いながら、切嗣のコートにしがみつき、これから何をして遊ぼうかと聞いてくる。アイリスフィールは微笑みながらそれを見守っていた。

 

 どこからともなく気取った仕草の拍手が聞こえてきた。そちらに目をやると、セイバーが彼にしては珍しく邪気のない様子で、こちらを祝福するように手を叩いていた。黒髪だったはずのセイバーの髪の色はなぜか薄紅色に染まり、逆立っているがそんなことは瑣末なことだ。

 セイバーは彼にしては珍しく、刺のない笑みで心の底からこちらを祝うようにして言った。

 

「おめでとう我がマスターよ。約束は果たされる。ここが君たちの理想郷だ」

 

 その言葉とともに世界が一変する。地平線の果てまで色とりどりの花が咲き乱れ、空は全てを祝福するかのように、雲ひとつ無い青空へと変わる。

 小動物や小鳥達がどこからともなく現れ、衛宮一家の周りで飛び回り、この世界へ来たことを歓迎した。

 イリヤスフィールが歓声を上げて、セイバーの元へ走る。セイバーはそんな彼女に対して、信じがたいことに―――腰を落とし、自分の目線を彼女の目線に合わせると優しくイリヤスフィールの頭を撫でた。それを見たアイリスフィールは、楽しげに切嗣へと腕を絡ませてきた。

 切嗣はその手を握り返す。ここが僕の最後の地だというなら悪くはない。本当に悪くはない。

 そんな事を思いながら、もう片方の手を上げる。銃を握った手を。

 

 雲ひとつ無い理想郷に銃声が響き渡る。

 セイバーに頭を撫でられて気持ち良さそうに目を閉じていたイリヤスフィールは、衛宮切嗣の正確無比な射撃にその頭を撃ち抜かれ、死んだ。

 

「あなたっ!? なんで―――なんでぇ!?」

 

 アイリスフィールが錯乱して掴みかかってくる。

 衛宮切嗣は愛娘を殺害したことに対して、いつもどおり表情を変えなかった。そしてアイリスフィールの足を払い転倒させると、滑らかな動作で愛銃のコンテンダーに次弾を装填、妻の顔に押し付けて引き金を引いた。

 

 自らの家族を殺害した切嗣に対して再び拍手が起こる。

 セイバーだ。彼はさっきとは違い、彼らしい皮肉げな笑みを浮かべて衛宮切嗣のその行動に拍手を送った。

 

「それがお前の選択というわけか?」

 

「そうだ。お前は僕が望んでいた聖杯とは違う。僕にとっては不要だ」

 

「賭けを反故にすると?私自身も君たち家族程度なら庇護してやってもいいと思ってたんだが」

 

 セイバーの顔をした聖杯の意思はそう告げてくる。

 切嗣ははっきりと自分の意思を伝えた。

 

「聖杯の中にお前なんかが入っていた時点で賭けは成立しない。よってこのゲームはノーゲームだ。悪いが掛け金は返してもらう」

 

 セイバーは肩をすくめて大げさに溜息をついた。

 

「セイバーの言うとおりだったな。これだから人間は度し難い」

 

 無言で切嗣は愛銃コンテンダーをセイバーに向けた。これが本物のセイバーなら、全く意味のない行為だろう。だがここは衛宮切嗣の精神世界の中でこのセイバーは聖杯の意思のアバターにすぎない。殺せるはずだ。

 だがセイバーは気にした様子もなく銃口を見つめた。

 

「聖杯戦争の勝者が私を欲しがらないというのならば仕方がない。衛宮切嗣。幸いにも君のサーヴァントは君以上に私を求めてくれている。彼の期待に答えるとしようか」

 

 その言葉が終わるか終わらないかと言った瞬間に、切嗣は引き金を引いた。

 放たれた弾丸はセイバーの脳天を撃ちぬいた。

 

 

 

◆    ◆   

 

 

 

 衛宮切嗣が目を覚ました時、寺の境内から随分と離れた寺の本堂の床下近くにいた。

 泥に飲まれた時にここまで流されてきたようだ。反射的に泥に一緒に飲み込まれたアイリスフィールを探すが、見つからない。見つかるはずもない。

 微かに残った未練を断ち切り、切嗣は境内で繰り広げられる戦闘を見やった。

 果たしてそれを戦闘と言っていいのか。

 バーサーカーはアーチャーから渡された神殺しの神剣を両手に持ち、セイバーに猛攻を仕掛けている。しかし薄紅色に髪の毛を逆立てたセイバーは、笑いながら神気を纏った指一本で神剣を跳ね返し、その猛攻を捌いている。

 アーチャーは後方からバーサーカーを支援するべく、自らも矢を射掛けつつ、平行して様々な宝具を撃ちこむ。だがそれもセイバーが先頭の矢を指一本で弾くと、その弾かれた矢が更に後方から来た宝具に激突し、更にそれが別の矢と宝具に、といった具合にビリヤードのように全ての攻撃が弾き飛ばされてしまった。

 明らかにセイバーは遊んでいた。

 

 後方でバーサーカーのマスターと思わしき男が令呪を使う。バーサーカーは、刃こぼれして使い物にならなくなった両手の神殺しの神剣を捨てると、自身の最終宝具を展開した。

 一度使用するとそれ以外の宝具が使用不可能になる代わりに、自身のステータスをワンランクアップさせる円卓の騎士、サー・ランスロットの聖剣、『無毀なる湖光(アロンダイト)』である。

 だが、今更バーサーカーのステータスをワンランクアップさせた所で何になるのか。超サイヤ人ロゼと化したセイバーは、元のステータスとは比べるのも馬鹿馬鹿しいほどの強化を施されているのである。

 

 無駄なあがきとセイバーが嗤う。バーサーカーが吠える。

 その光景を尻目に衛宮切嗣は懐に入っていた無線機を取り出した。あのような呪いの泥にまみれていた為、使用できるかどうかは賭けだったが、それは正常に動き、程なくして目的の相手に繋がった。

 彼は賭けに勝ったのだ。

 

 

 

 ◆    ◆ 

 

 

 

 円蔵山にある獣道。そこを歩き、魔術的な偽装をくぐり抜けた先にそれはあった。

 黒々と開く洞窟への入り口。

 それを前にしてウェイバー・ベルベットはごくりと唾をのんだ。

 洞窟の奥からは濃密な魔力を感じる。遠坂時臣に聞いた話では、この奥にこそ、この冬木の聖杯戦争の根源。大元の術式である大聖杯が安置されているとのことだ。

 ウェイバーは手にした包みの重さを意識する。自らの戦友であり、サーヴァントに託されたそれは見た目以上に重い。魔術で重量軽減をしていなければ体力の自信のない彼では、ここに来るまでで力尽きてしまっていただろう。

 これは強力な武器になりうるが、セイバーに向けて放っても防がれるか、避けられるかしてまともなダメージを与えることもできない。

 だからもっと別な―――そして効率的な使い方をしなければならない。

 

 そのためにウェイバーはここに来たのだ。

 魔術的な罠を警戒しながら彼は、洞窟の中をゆっくりと進んでいく。しかし彼は気づいていなかった。ここには魔術的な罠以外にも現代の道具を駆使したセンサーも取り付けられていたことに。

 自らがセンサーにかかったことにも気づかず、ウェイバーは奥へ奥へと進んでいく。

 そして。

 

「これが……大聖杯」

 

 彼は初めてみるその大術式に目を奪われた。

 山そのものを繰り抜いたかのような広大な空間。これが天然の洞窟だとはとてもではないが信じられない。

 そしてその広大な空間の中央にその術式は展開されていた。

 何十何百何千と刻まれた魔方陣の中央に位置する魔術炉心。

 そこから放たれる魔力はウェイバーのような見習い魔術師は、近寄っただけで魔力にあてられて気絶してしまいそうだ。

 だが何よりも彼を驚かせたのは、その場に充満する魔力の邪悪さだ。まるで破裂寸前の泥を思わせる魔力が大聖杯の上で渦巻いている。

 こんなものが万能の願望機とはウェイバーには思えなかった。

 しばし呆然としていたがすぐに我に変える。

 ここで呆然としているために来たのではない。自分がここに来たのは自らのサーヴァントの……仇討ちだ。

 

 手にした包みに意識を向けながら、ウェイバーは大聖杯に向かって一歩踏みだそうとしたその時だった。

 

「動かないように」

 

 冷たい女の声と共に、ウェイバーの後頭部に銃口が押し当てられたのは。

 ウェイバーは混乱する。道中に仕掛けてあった魔術トラップは全て回避した。何しろこの大聖杯の関係者たる遠坂時臣からトラップの位置と仕掛けを全て知らされていたのだ。

 そもそもこの女はなんなのか?衛宮切嗣は柳洞寺で戦闘中のはずだ。

 となれば衛宮切嗣の手先なのだろうか。もしそうなら魔術だけではなく、現代的な警報装置も設置していてもおかしくない。魔術的な罠にしか注意を払ってなかった自分は、あっさりそれに引っかかってしまったのだろう。

 ウェイバーは自分の迂闊さに穴があったら、入りたくなった。こんな所で自分が死んでしまっては、全ての計画が台無しになる。

 

 ウェイバーの頭に銃口が突きつけられて、両者は押し黙ったまま一分が経ち、二分が経ち、五分が経った。

 いい加減その緊張に疲れたウェイバーが、とうとう撃つなりなんなり好きにしろ、と啖呵を切ろうとしたその瞬間だった。

 この幻想的な空間には不釣り合いな電子音が鳴り響く。知っているものにはすぐにわかる。無線機の呼出音だ。

 ウェイバーがそれがなんなのか確認するよりも早く、銃口の持ち主は銃口をそのままに無線機を取る。

 

「はい……はい……。わかりました。ではプランBで」

 

 その言葉と共にウェイバーの後頭部に突きつけられていた銃口が下げられた。

 もはや何がなんだかわからず、ウェイバーは包みを抱えこみつつ後ろを振り向いた。

 そこには刃物のような鋭さを持つ目をした、黒髪の東洋人の女性がいた。彼女は動きやすい服を来ており、まるで兵士のように、現代兵器で武装していた。先ほどウェイバーの頭に押し付けられたのは、彼女のもつ突撃銃だろう。

 

「な、なんなんだお前は? セイバーのマスターの仲間か?」

 

 その疑問に女―――久宇舞弥は淀みなく答えた。

 

「そういうことになります。ですが私はセイバーの仲間ではありません。」

 

 意味がわからず、ウェイバーは聞き返した。

 

「なんだそりゃ?どういうことだよ」

 

「私の主―――セイバーのマスターである衛宮切嗣は、セイバーを切り捨てることを決定しました。よってこれからは私は貴方と共に大聖杯を破壊します」

 

 その言葉にウェイバーは目を白黒させた。

 

「どういうことだよ? セイバーのマスターもセイバーのことを邪魔に思ってるってことか? だったら令呪で自害でも命じればいいんじゃないか?」

 

「通用すると思いますか。あのセイバーに」

 

 冷たい目でそう問われて、ウェイバーは言葉に詰まった。確かに令呪数画ではあれは止めれそうにない。

 舞弥は更に説明を続ける。

 

「……アーチャーとライダーの戦いで切嗣は二画もの令呪を消費してしまった。残った一画の令呪では、あのセイバーには嫌がらせ程度にしかならないでしょうね。もはやマスターですら表立ってセイバーを止めることができないのです。その為、切嗣はセイバーを滅ぼす為に様々なプランを練りました。私がここにいるのはその一環です」

 

「つまり……あんたは僕の味方ってことでいいんだな?」

 

 端的に噛み砕いて解釈したウェイバーのその言葉に、舞弥は初めて微笑を浮かべた。

 

「味方というわけではありませんが、同じ目的を持っている同志と考えて頂ければと」

 

「でも、なんでさっきは僕に銃を向けたんだ? というかセイバーを倒したいなら早い所僕らに接触して協力してくれれば……」

 

「勿論出来る限りの範囲でそれはしました。ですが、つい先程までは切嗣は聖杯を手に入れることを諦めたわけではなかったのです。セイバーは危険な存在ですが、聖杯を手に入れるためには必要な存在だった。その為、聖杯を手に入れるまでは切嗣はセイバーを生かしておかなければならなかった。しかし―――」

 

 そこで彼女は手にした無線機を掲げた。

 

「先ほど連絡がありました。聖杯は彼の願いを託すことはできない代物だったと。聖杯を求める必要はなくなった。後はセイバーを始末してこの聖杯戦争は終わりです」

 

 舞弥のその目には、寂寥感があった。彼女は、いや彼女の主たる衛宮切嗣は長い時間をかけて、この聖杯戦争に挑むべく準備してきたのだろう。その意気込みは、噂話に聞いて飛び入りで参加した自分とは比べるべくもないはずだ。

 それを自分の手で終わらせる事に対して思うところが無いはずがない。

 だが、ウェイバーは彼女のそんな内心を考察するのはやめて、現実的な事を聞いた。

 

「どうやってセイバーを……大聖杯を止める気だ?」

 

「ここには大量の爆薬を仕掛けてあります。術式とこの大空洞を同時に爆破して埋めるつもりでしたが、少々確実性にかけるプランでした。ですが、貴方が来たお陰で成功率が増した」

 

「そうだな。これだけの規模の術式だと物理的に破壊した程度じゃ完全に止まるか、怪しいもんだ。でもこいつを使えば―――」

 

 そういってウェイバーはここに来るまで後生大事に胸に抱えていた荷物の包みを解いた。

 魔力封じの布の下から現れたのは三角錐の本体に取っ手のような装飾がついた黄金の宝具。

 古代インド神話の神、雷神インドラが武器、ヴァジュラの原典だ。

 本来ヴァジュラはインドラの武装の総称を指す。その為、ヴァジュラはこの一つだけを指すものではなく、様々な形状、力を持つヴァジュラがある。

 その中でもこのヴァジュラは魔力を込めれば発動し、対軍宝具に匹敵する破壊をまき散らす使い捨ての宝具だった。

 これならばウェイバーにも発動させることができるし、大聖杯を破壊することもできるだろう。

 

「こんなにでかいと宝具でも一発で木っ端微塵ってわけにはいかないけど、爆薬や崩落と合わせれば間違いなく機能停止には追い込める」

 

 ウェイバーの切り札を見て、彼女は満足そうに頷いた。

 

「では、こちらの爆破のタイミングに合わせて、それを大聖杯の中心に撃ちこんでください。……急ぎましょう。セイバーは聖杯から溢れた魔力を手に入れて手がつけられない存在になりつつある」

 

 ウェイバーは頷いた。聖杯からのセイバーへの魔力供給を止めることができれば、こちらにも勝機は生まれる。

 逆に言えばここを破壊しない限り、セイバーの勝利は揺るがないのだ。

 

 ウェイバーは手にした宝具に意識を向ける。

 本物の宝具の原典。売ればそれだけで来世まで遊んで暮らせれる金額になるだろう。

 だが世界が滅んでしまってはどれだけ金があっても仕方がない。

 金はあの世まで持って行くことはできないのだから。

 

(ライダー……。お前の仇は僕が取るからな……)

 

 そして決意と共に彼は宝具に魔力を込め、発動する準備に入った。

 

 

 

 

 

 

 




 みんな丸太は持ったな!! 行くぞぉ! 
 次回、最終回。希望の未来(トランクス編の最後とか)に向かってレディ・ゴー!


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