ゴクウブラックが第四次聖杯戦争に喚ばれてみた (タイトル命名 ゴワス様)   作:dayz

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聖杯ガチャで大当たり引いてみた(尊だね×1)

 かつて深山町と呼ばれていた更地を、間桐雁夜は呆然と歩いていた。目的地などない。帰るべき、或いは憎むべき家は、憎むべき肉親と守るべき少女と共にこの世から消えた。

 彼の隣には霊体化したバーサーカーが控えている。

 セイバーの特大の魔力砲撃の余波を喰らった彼の操る戦闘機は既に墜落し、標的たるアーチャーも見失ったため、戻ってきたのだ。

 

 だが、全ては今更だった。

 今更アーチャーや時臣を見つけて倒す気力すら残っていなかった。元より聖杯などと言う胡散臭いものは自分はさほど信じてはいない。そんなものがこの惨状を、或いは今の自分の救ってくれるとはとても思えないし、それを欲しがっていた妖怪も消えた。

 いったい自分は何処に向かえばいいのか。

 先ほどまでこの付近で何やら強大な魔力が渦巻いていた。サーヴァントが戦闘していたのかもしれないが、彼にとってはどうでもいいことだった。

 放置すれば力尽きるまで彼はこの荒野を歩き続けただろう。

 

 そんな彼の前に、突如として何かが出現した。

 何の前触れもなく中空に現れたそれは、ドサリと力なく地面に落下する。

 

「がはっ……! フ……フフフ……フハハハ……! やった、やったぞ! ざまを見よ! ライダー、アーチャー! 貴様ら如きがこのザマスを倒せるものか!」

 

 地面に仰向けに落下したそれは、全身ボロボロだったが、それを気にした様子もなく、周りを見ることもせず、突然笑い始めた。

 呆気に取られた間桐雁夜は、呆然としながら見覚えのあるそれの名前を呟いた。

 

「……セイバー?」

 

 虚空から出現し地面に倒れこんだのは、黒い道着を着込んだ黒髪黒目の青年―――セイバーのサーヴァントだった。

 時臣のサーヴァントであるアーチャー以外には興味をさほど払っていなかった雁夜だが、アーチャーと互角以上にやりあったこのセイバーの事はよく覚えていた。

 突然現れたセイバーは困惑する雁夜には目もくれず、ひとしきり笑った後、僅かに身を起こして雁夜に目を向けた。

 

「フッ、バーサーカーとそのマスターか。……礼を言うぞ。アーチャーのお陰で危うく奈落に落ちる所だったが、そこのバーサーカーの魔力を辿って瞬間移動で抜け出せた」

 

 セイバーはギルガメッシュの天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)により、空間の断裂に叩き落とされる所だった。そのまま落下すれば如何にセイバーといえど、消滅は免れなかっただろう。

 しかし、乖離剣の余波により天の鎖が砕け、イスカンダルからも引き離されたこと、そして固有結界が崩壊しつつあったことにより、外界の魔力―――この場合はバーサーカー―――を探知することが可能になり、断裂に落ちる寸前で瞬間移動で脱出することが出来たのだ。

 

 当然そんなことも知らない雁夜にとっては、意味不明な台詞だ。だが一つだけ理解できる単語があった。

 

「アーチャーだって? お前はアーチャーと戦っていたのか?」

 

「そうとも。ライダーと共に愚かにも、この俺に歯向かってきたので叩き潰してやった所だ。王を気取って俺が消し飛ばした民草の仇討ちとほざいてな」

 

 気が高ぶっているのか、セイバーは常より饒舌だった。だがそんなセイバーの台詞には雁夜は聞き逃す事ができない単語が入っていた。

 

「消し飛ばしただと……。まさか深山町をこんなふうにしたのは……お前なのか?」

 

 雁夜のその問いに対して、セイバーは未だ体の自由が効かないのかその身を地面に横たえながらも、とびきりに歪んだ邪悪な笑顔を見せた。

 その笑みは何よりも雄弁に答えを語っていた。

 

「……お前が……お前が、桜ちゃんを……!」

 

「おやおや、消し飛んだ連中の中に、お前の知り合いでも混ざっていたか? それはすまないことをしたな。だが安心しろ。この場で死んだ人間共の魂は俺の餌として残さず食ってやったからな。なかなかの味だったぞ? フフフ……ハハハハ……!」

 

 雁夜を挑発するように愉しげにそう言うと、セイバーは戦いの興奮がまだ残っているのか、倒れたまま高笑いを始めた。

 

 殺そう。

 

 間桐雁夜は即座に決意した。

 桜の仇というのもある。自分が生まれ育った町の仇というのもある。だがそれ以上にこいつは邪悪すぎる。あれほど恐れた間桐臓硯すら、こいつに比べればただの小物だ。

 何よりもこいつの笑い声は耳障りにすぎる。

 うまいことにこいつは消耗しきっているようだ。殺すなら今しかない。

 

「こいつを殺せ、バーサーカー!!」 

 

 雁夜の怒りの声と共に彼の隣で霊体化していたバーサーカーが実体化する。

 現れたバーサーカーはその拳を、倒れこんだまま未だに笑い続けるセイバーの顔面に打ち込んだ。

 しかしその場に響いたのは人体の頭部が潰れる音ではなく、バーサーカーの拳が地面を掘り起こす鈍い音だった。

 セイバーはバーサーカーの拳が当たる直前、再び瞬間移動で逃げたのだ。

 獲物を取り逃がしたバーサーカーは、珍しく動揺したように周りを見回している。

 事態を理解した雁夜は悔しさと怒りの余り、地面を殴りつけた。

 

「畜生! セイバー! 畜生……!」

 

 セイバーへの怒りを口に出しながら雁夜は、燃え尽きていた自分の心に再び憎悪の火が灯りつつあることを自覚した。

 セイバー。

 奴は時臣のアーチャーをも倒したようだ。なら時臣は聖杯戦争を脱落したということか。だがそんなことはもうどうでもいい。桜の仇でもある奴をなんとしてでも殺すのだ。

 彼は再び歩き始めた。今度の歩みは目的を持った力強い歩みだった。

 

 

◆    ◆    ◆

 

 

 固有結界を抜けだしたブケファラスは広大なクレーターと化した住宅地を走りぬけ、未遠川にまだかろうじて掛かっていた冬木大橋を走り新都へと抜けた。

 その巨体は新都の住民達に目撃されたかもしれないが、巨大な馬が走っている姿など深山町の住宅地を消し飛ばした大爆発に比べればさほどインパクトがあるものではない。

 時臣としてはこの程度の神秘の漏洩の隠蔽など後回しだ。

 

 新都に入ってしばらくして、ようやく安全と判断したのかブケファラスは乗せていたウェイバーと時臣を下ろしてその姿を消した。

 二人は黙っていたが、やがてウェイバーが暗い顔をしていった。

 

「……魔力のラインが途切れた。ライダーが負けたみたいだ」

 

「そうか……。こちらのアーチャーはAランクの単独行動がある故に、元々五感の共有もしておらず、魔力のラインも確固たるものではない。彼は必要な時に必要な時だけ勝手にラインをつないで魔力を徴収していく。先ほどまでは大量に魔力を徴収していたが、それも止まった」

 

「……てことは、セイバーに負けたのかな二人とも……。あんなに強かったのに」

 

「わからん。だがそうだと仮定して行動するべきだ。私はこれから聖堂教会に赴き、今回の一件について監督役と話をする。君はどうする? 降りるならそれでも構わない。その場合早めに冬木市から……いや日本から出るべきだ」

 

「……僕も行くよ。ライダーにこれを託されたからね」

 

 そう言うと彼は手にした包みを胸に掲げてみせた。

 

「それは元はといえば私のサーヴァントであるアーチャーのものでもあるわけだが……。まあいいだろう。ではまず教会に行くとしようか」

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 瞬間移動でバーサーカーから逃れたセイバーは薄暗い武家屋敷の一室に実体化した。

 その屋敷は先のセイバーのかめはめ波の爆心地から離れていたようだが、それでも全く被害を受けていないわけではなかった。屋敷は原型をとどめているが襖が倒れ、屋根の一部やら屋敷を囲む壁の一部が崩落している。しかし作りがしっかりしていたようで、屋敷そのものは何とか無事だった。

 

「フン……」

 

 セイバーはそんな屋敷の一室で身を起こすとゆっくりと立ち上がった。体力の消耗は激しいが時間が経過すれば、マスターからの魔力でも回復するだろう。

 それでも足りなければ魂食いをすればいい。

 もっとも残りはバーサーカー一騎のみ。先ほど見た限りではそこそこの相手のようだが、回復さえすればあの程度の相手、大した相手ではない。

 

 そんなことを考えつつセイバーは足元を見下ろした。そこには布団が敷かれて彼のマスターの妻であり、今回の聖杯でもある、アイリスフィールがゆっくりと眠っている。

 大量のサーヴァントを一度に取り込んだので意識を失ったのだろう。

 この屋敷は、彼のマスターである衛宮切嗣が冬木市の拠点として購入した物件であり、別行動を取っていた彼女はこの屋敷に滞在していたのだ。

 

 当然それを知っていたセイバーはこの屋敷の彼女の魔力を目印にして、瞬間移動を行ったのだ。

 さて、肝心の彼のマスターは何処に行ったのであろうか。

 念話でも繋ぐかと、セイバーは思案する。が、すぐに念話の準備を取りやめて部屋の外へと話しかけた。

 

「切嗣はどうしている、女」

 

 投げかけた言葉に、かすかに外に怯む気配が生まれる。

 しかしそれも一瞬、すぐに冷静な女の言葉が返ってきた。

 

「彼は現在新都に行っています。聖杯を降臨させる為の場所の候補が幾つかあるので、そこの下見と確保の準備をしに」

 

 その言葉の持ち主は久宇舞弥。衛宮切嗣の助手である。

 彼女は聖杯戦争当初から切嗣とは別行動を取っていたが、アイリスフィールがこの屋敷に滞在するにあたって、護衛としてこの屋敷に詰めていたのだ。

 もっともセイバーとしてはマスターの助手の名前など覚える気はないようで、彼女を女としか呼ばない。久宇舞弥としてもこの邪悪なサーヴァントに名前を覚えられるのは、御免だったのでそれでも構わなかった。

 しかし今回強敵を倒し上機嫌なセイバーは珍しく、愉しげに久宇舞弥に話しかけた。

 

「そうか。厄介なアーチャーもライダーも既に倒れた。残るは狂犬じみたバーサーカーが一匹のみ。ライダーやアーチャーに比べればデザートのような存在よ。上手くいけば明日には全てのカタがつくだろうよ」

 

「……おめでとうございます」

 

「実に楽しみだ。我がマスターが聖杯をどう使って世界平和とやらを実現するかがな。それまでは一度体を休めるとするか。……女。紅茶の準備をしろ」

 

「かしこまりました。では居間においでください。そちらに用意がありますので」

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

「これは、これは……よく参られました師父よ。しかし申し訳ありませんが、今は紅茶の一杯も出せそうにない状態でして……」

 

「構わない、綺礼。そんな事態ではないことはよく分かっている。ところで璃正氏はどうしたのかね?」

 

「父は……心労と過労で倒れまして、現在入院中です。故に私が預託令呪も含めた監督役の権限を全て引き継いでおります」

 

「……成程。無理もない。状況が許すならば私も倒れてしまいそうだからな」

 

 

 新都の外れにある教会の奥の部屋で、遠坂時臣はウェイバーベルベットを伴い言峰綺礼と面会をしていた。ウェイバーのことは綺礼にはセイバー打倒の為に、共闘したマスターであり、同時に脱落したマスターであると紹介してある。そしてこの状況を共有する存在であると。

 さっそく彼らは現在の状況について情報交換をはじめる。ライダーとアーチャーが手を結び、その上でセイバーに敗北した恐れがあること。その出自が外宇宙の神でもあるセイバーには、この星の抑止力もうまく働くかどうかもわからないこと。そしてもはやセイバーの存在により現在の聖杯戦争はその枠組みを大きく逸脱し、人類の存続に関わる事態になりつつあるということを時臣は言峰綺礼に伝えた。

 余りにも現実離れしたその言葉に、綺礼は色を無くすも薄々そのことを感じ取っていたらしい。疑うこともなく彼は師父の言葉をそのまま受け入れた。

 

「綺礼、まず教会や世間の状況が知りたい。今どうなっている?」

 

「セイバーによる魔力砲撃は隕石の落下というカバーストーリーで誤魔化しております。苦しい言い訳ですが、アレを見てそれ以外に反論できる人間はおりますまい。民間では核兵器を撃ち込まれたと騒いでいるものもいますが、放射性物質は検出できないので、すぐにその声も収まることでしょう。それと冬木市全域に災害による避難警報を出しました。今日中には避難が終わるでしょう」

 

「よくやった。見事な判断だよ。綺礼。結果論だが避難警報は、あのセイバーにとって実に有効だ」

 

「と、言いますと?」

 

「奴は特殊な魂食いをするのだ。あの爆発で死んだ市民の魂は全て奴に食われて、奴の強化に使われた。避難警報で市民が冬木市からいなくなれば、セイバーは魂食いができなくなる」

 

「成程……。しかしそれとは別に聖堂教会の実行部隊が動き出す準備をしております。明後日まで決着を付けなければ、彼らが冬木市に到着するでしょう。魔術協会のほうも独自に動いている節があります」

 

「避難警報で市民がいなければ、彼らにとっても都合がいいという訳か。まあいい。どの道彼らが到着する頃には全てが決着がついてる。情けない話だが、我々で駄目なら彼らに人類の運命を託す羽目になるのだが……望み薄だろうな。ところでセイバーのマスターに接触したい。もしセイバーが生きていた場合、マスターの方を抑えるしかないのだ。何か手段はあるかね?」

 

 師のその問いかけに言峰綺礼は珍しく躊躇う様子を見せた。衛宮切嗣を渡りをつける方法はないわけではない。だが、なぜかこの非常時でもその方法を口に出すのを彼は躊躇った。

 その時、彼らのいる応接室のドアが激しくノックされた。

 この教会に出入りしている聖堂教会の連絡員だ。今回の事態ではとてもではないが綺礼一人では手が回らないため、事務や連絡の為、数人を教会に在駐させているのだ。

 綺礼は眉をよせつつも、扉に向かって声をかける。

 

「今、大事な来客中だ。後にしろ」

 

 その言葉でノックが止むが、代わりに扉の向こう側から焦った声が聞こえてきた。

 

「いえ、それが―――」

 

 

 

◆     ◆     ◆

 

 

 

「聖杯を喚び出す準備は整った。行くぞセイバー」

 

 昼近くになって帰ってきた衛宮切嗣が、武家屋敷の居間で紅茶を飲んでいたセイバーに向かって話しかけてきた。睡眠不足か魔力不足か、それとも精神的なものかその目の下には大きな隈が出来ており、唯でさえ冴えない顔をした切嗣の人相を更に悪くしている。

 セイバーは紅茶のカップをテーブルに置くと楽しげに立ち上がり、右の拳を左の掌に打ち付けた。

 こちらはマスターとは対照的に体の調子は万全のようだ。

 とはいえ、魂食いで手に入れた魔力は全て消耗してしまいステータスも元に戻っている。それでも彼はバーサーカー程度の相手なら、正面から叩き潰せる自信があった。

 

「ようやくか。それでバーサーカーはどうする?」

 

「後回しだ。まず、聖杯を降臨させる場所―――柳洞寺に行ってそこで儀式の準備をする。そしてその後、狼煙を撃つ」

 

「狼煙?」

 

「ああ、我は聖杯を手に入れたという狼煙だ。そうすれば残った一騎は向こうからやってくるだろう。後は君が柳洞寺でそいつを叩き潰せば、その場で聖杯は完成する」

 

「そしてお前は世界平和という望みを叶えるという訳か。フフフ……叶うといいな?」

 

「柳洞寺への移動には君の瞬間移動を使わせてもらう。何しろ誰かさんのせいで道路も吹き飛んでしまったから車が使えない。現地には先に出た舞弥が到着してるから、彼女の魔力を目印にしろ」

 

 小馬鹿にしたように笑いかけてくるセイバーの言葉をあえて無視して、衛宮切嗣はもはや人形となった妻を運ぶ準備を始めた。

 全ての終わりが近づいてきている。切嗣は最後に残った一画の令呪を意識した。ライダーとアーチャーの戦いで二画も使ってしまった。

 いや、令呪二画であの征服王と英雄王を倒せるものなら安い買い物だが、令呪とは己のサーヴァントに対する武器でもある。最悪の事態になった時、果たしてこのセイバーを仕留めるのに令呪一画で足りるとは到底思えなかった。

 

 

 

 ◆       ◆

 

 

 

 間桐雁夜は困惑していた。どうやってかは知らないが、新都の自分の隠れ家に突然現れた遠坂時臣に対してだ。

 突然憎き敵が現れたのもそうだが、それ以上に彼の言葉の意味が理解できなかった。

 

「俺と共闘したい……だと?時臣、お前が?」

 

「そうだ。最後のマスター、間桐雁夜よ。もはやセイバーと戦える存在は君しかいない。この土地のセカンドオーナー、遠坂家の頭首として臥して願いたい。この冬木市を……いやこの世界をあの邪神から救うため、我々に力を貸してもらいたいのだ。その代償として私は君が望むもの全てを支払う」

 

 そう言って貴族然と礼儀正しく頭を下げる遠坂時臣に間桐雁夜は信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いていたが、やがて混乱は収まっていき、代わりに無数の疑問が出てくる。

 

「どうやってこの場所を知った?」

 

「私の弟子にして、現在は監督役代行を務める聖堂教会の言峰綺礼から手に入れた情報だ。知っての通り、彼はアサシンの元マスターであり、アサシンがセイバーに滅ぼされるまで彼はほとんどのマスターの居場所を逐一把握していた」

 

 感情を殺し、淀みなく答える時臣。

 では、自分は最初から彼らの手の平で踊っていたのだろうか。その事実に薄ら寒いものを感じながら次の質問をする。

 

「セイバーが……邪神ってのはどういう意味だ? それに世界を救うだって?」

 

「奴は……正規の英霊ではない。この世界の理の外から喚び出された外宇宙の神だ。その目的は人間ゼロ計画。即ち宇宙から全ての人間、あらゆる知的生命体を抹殺することにある。故に奴が聖杯を手に入れて本来の力を取り戻せば、まずこの地球上の人類を滅ぼそうとするだろう」

 

 余りにも荒唐無稽なセイバーの正体とその目的に、冷静になりかけた雁夜の頭がまた混乱する。

 

「なんだそれは……。それが遠坂流のジョークなのか?」

 

「冗談だったらよかったのだがな。だが冗談で喚び出された英霊が、かの征服王イスカンダルと、英雄王ギルガメッシュを二騎まとめて相手にして返り討ちにするなど、もはや悪夢だよ。間桐雁夜」

 

 笑うべき所などないと真剣な表情でそう言ってくる遠坂時臣の表情に、雁夜は仰け反った。

 反論しようとするが、否定する情報も見つからない。

 代わりに雁夜は別なことを聞いた。

 

「あいつが起こした爆発で……桜ちゃんも死んだって事、お前は知っているか?」

 

 その時、初めて鉄面皮を被っていた時臣の表情に罅が入った。その下に見えたのは悔恨と怒りだ。

 

「……いや、今はじめて知った。そうか。確かに吹き飛んだ地域には間桐の家も含まれていたな」

 

 苦しみを滲ませた表情、時臣は呟いた。それを見た雁夜は怒りをこらえきれずに、時臣の襟首を掴んだ。

 

「何で、お前が桜ちゃんが死んだことで悔しがるんだ! お前は桜ちゃんを見捨てた癖に!」

 

「私は桜を捨てたつもりはない。今でも私は二人の娘を平等に愛しているとも。私は魔導の才能ある愛娘の未来の為に、間桐家に預けたのだ」

 

「ふざけるな! お前のその一人よがりな愛情の為に……桜ちゃんは、桜ちゃんは!!」

 

 雁夜は時臣の襟首を片手で掴んだまま、彼を殴りつけようともう片方の腕を振りかぶった。

 しかしその腕は途中で力なく下ろされる。それどころか掴んでいた襟首も離して、俯いた。

 

「……いや、もういい。終わったんだ。何もかも。桜ちゃんの命も。あの子を修行と称してなぶっていた臓硯の奴も。何もかも」

 

「……なぶっていただと?どういうことだそれは?」

 

「いいさ。この際、全部教えてやる。あの子が受けた仕打ちを。あの臓硯が考えていたこともな」

 

 雁夜は自嘲気味の笑みを浮かべると、時臣に全てを告げた。間桐桜が受けた魔導の修行と称した拷問を。間桐臓硯が彼女をまともな後継ぎにするつもりは一切なく、単なる胎盤として扱うつもりだったことを。

 話を聞くに連れて、時臣の顔色が変わっていく。当然だ。娘の才能を守る為に養子に出したというのに、才能を伸ばすどころか使い潰されようとしていたのだから。

 

 時臣は一般の家庭に桜を養子に出した場合、その才能故に様々な怪異や在野の魔術師に狙われ、食い物にされると思い、同じ御三家である間桐の家に養子に出した。

 だが、事もあろうにその間桐家が彼女を食い物にしていたとは思いもよらなかったのだ。

 遠坂時臣の悪くなった顔色から、そんな彼の考えを察した雁夜はほんの僅かだが、自分の溜飲が下がる気分になった。

 

 あの常に優雅で完璧な遠坂時臣がこんなマヌケな野郎だったとは!とんだお笑い草だぜ!

 

 雁夜は時臣をそう言って罵ってやりたくなったが、すぐにその思いも消えて自責の念が押し寄せる。間抜けなのは彼だけではない。初恋の女性の為にも桜を守ると息巻いていた癖に何も出来なかった自分もそうだ。

 二人の間に痛々しい沈黙が訪れるが、先に口を開いたのは間桐雁夜だった。

 

「……いいぜ」

 

「何?」

 

「お前の話に乗ってやるって言ったんだ。桜ちゃんの仇だ。あのセイバーは俺のバーサーカーが殺してやる」

 

「……そうか。桜の親として礼を言う」

 

「ふざけるな!今更あの子の父親面をするんじゃない!……それともう一つ。今回の一件が終わったら思いっ切りお前を殴らせろ。本当は殺してやりたいぐらいだったけど……そんな気持ちももう消えた」

 

「……その程度の対価でよければ、喜んで頬を差し出そう」

 

こうして、間桐雁夜は遠坂時臣と手を組むことを了承したのだった。

 

 

 

◆     ◆     ◆

 

 

 

 避難警報によって無人となった冬木市の外れにある円蔵山の中腹にある柳洞寺。数ある霊地から衛宮切嗣が聖杯降臨の地として選んだ場所はそこだった。当然この寺も避難警報により無人となっている。

 この山の地下には大聖杯がある。その為、冬木市でもっとも力のある霊地でもあり、聖杯降臨にはうってつけの場所だ。

 何よりも人里離れた場所の為、例え何が起きても被害が最小に抑えられるというのもここを選んだ大きな理由の一つだ。

 その寺の敷地の境内の中心にアイリスフィールの体は横たえられていた。

 奇跡的な事に彼女に息はある。だが意識はなく、その生命が消えるのも時間の問題だ。

 そんな彼女の手を切嗣は膝を付き、しっかりと握っていた。それがまるで彼の夫としての義務だというように。

 アインツベルンの陣営が柳洞寺に来て陣を構えて、半日が過ぎた。もう日は暮れて深夜の時間帯だ。

 もうすぐ夜が明ける。だがアイリスフィールが次に登る太陽を見ることはないだろう。

 

 そんなマスター達の様子を暫く離れたところから、セイバーが口の端を歪めて眺めて見ていた。

 狼煙は既に放っている。後はバーサーカーが来るのを待つだけだ。

 ふと、その視線が唯一の出入口である山門へと向けられた。

 久宇舞弥がその姿を見せていた。

 

「……バーサーカーとそのマスターが山の麓に姿を見せました」

 

 彼女の報告に、セイバーは頷くと切嗣に一言告げる。

 

「では、もてなしてやるとしよう。―――切嗣よ。賭けがどうなるか楽しみだな?」

 

 そう言って彼の姿は山門の向こうへと消えた。

 セイバーを見送ると、舞弥は切嗣へと近づいていった。

 そしてここに来て以来、ずっと抱いていた疑問を尋ねる。

 

「本当によろしいのですか? ここへ来るルートは山門へと続く階段のみ。そんな絶好の場所にトラップも張らず、監視しか置かないというのは余りにも―――」

 

「僕らしくないか? 逆だよ。分かっているはずだ、舞弥。僕らにとって本当の敵は誰なのか。使えるものは何でも使う。それが衛宮切嗣の戦い方だ。君は予定通り、無線機を持って例のポイントに行け」

 

「……分かりました」

 

 どのみち彼女が切嗣の指示に逆らうことはない。彼女は予定通り機材を背負って境内から姿を消した。

 

 

 

  ◆      ◆      ◆

 

 

 

 山門の手前でセイバーとバーサーカー、そしてそのマスターたる間桐雁夜は対峙していた。セイバーは階段の途中にいるバーサーカーと雁夜を腕を組んで見下ろしていた。

 

「ようこそ。逃げずによく来た、最後のマスターよ。貴様のバーサーカーはデザートとしてじっくり堪能してやろう」

 

「セイバー……!」

 

 半死人寸前の体であった間桐雁夜は、言峰綺礼の治療魔術や遠坂時臣の宝石魔術による補助によって、完璧にとはいかないが、まともな戦闘には一度ぐらいには耐えれる程度に回復していた。

 元々、彼の体に施されていた間桐の魔術は彼を苦しめる為の意味合いが近く、正道な魔術による治癒と補助は彼の体調を劇的なまでに回復させた。雁夜の体に施された魔術を見た時臣は、こんな魔術を操る家に桜を出したことを改めて後悔したほどだ。

 

 今回の戦闘にあたってバーサーカーは尋常ならざる武装をしていた。聖堂教会からバーサーカーに与えられた武装はM134ガトリングガン。戦闘機用のバルカン砲を小口径にして小型軽量化したものだ。もっともそれでも車載やヘリに搭載しなければ使えない程の重量を持つのだが。このミニガンを両手に持ち、秒間100発という発射速度による弾薬消費を補うためにバーサーカーは、背中に弾薬ボックスを背負ってる。

 更にそれ以外にサブアームとして、腰に軽機関銃や回転式自動擲弾銃をスリングでぶら下げていた。これらの武器は全て、バーサーカーの魔力によって侵食されて黒く染まっている。

 だがそれら最新鋭の現代兵器もセイバーからすれば玩具のようにしか見えない。

 

「随分とめかしこんでいるが、そんな装備で大丈夫か? アーチャーとライダーは無数の宝具で武装していてもこの俺に勝つことは出来なかったんだぞ?」

 

「……黙れ! 俺のバーサーカーは最強なんだ! 行けっ、バーサーカー! セイバーを叩き潰せ!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!」

 

 その言葉と共に間桐雁夜の腕の令呪が光を放ち、バーサーカーのステータスを一時的に向上させる。

 セイバーは宝具に頼るタイプではなく、高いステータスと技量、そして変幻自在の魔力放出で相手を圧倒するタイプだ。その為、まともに戦おうとするならばまず、こちらもステータスを上げなければ勝負にならないというのが、遠坂時臣から得た助言だった。

 

 雁夜の令呪と命令に背中を押されたバーサーカーは、咆哮を上げて手にしたミニガンの銃口を山門に陣取るセイバーに向ける。束ねられた銃身が高速で回転して、雪崩の如き勢いで弾幕を吐き出した。本来なら曳光弾は数十発に一発の割合なのだが、バーサーカーの魔力に侵食された結果、ミニガンから放たれる数百の弾丸全てが禍々しく輝き、夜空に無数の光の軌跡を走らせる。それが一種、幻想的なまでの景色を生み出していた。

 だがセイバーは一瞬にしてその攻撃を空へと飛び上がり、回避していた。

 

「なんという未熟。感情に任せただけの攻撃でこの俺を倒せると思っているのか?」

 

「■■■■■■■■■―――!!」

 

 セイバーは舞空術で、ミニガンの斉射を回避しつつ、反撃の光弾を放った。バーサーカーは持ち前の反射神経で回避出来たが、マスターたる雁夜はそうも行かず、至近弾の爆発の衝撃で悲鳴を上げながら参道を転げ落ちていった。悲惨だが、この後に続いた戦闘を考えれば、むしろ階段を転げ落ちて戦線から離脱できたのは、ある意味幸運だった。

 

 それにバーサーカーは勿論セイバーも、そのような些事を気にするようなタイプではない。彼らは天と地に別れての射撃戦を続行していた。

 常とは逆に地上から天に向かって、降り注ぐ光の豪雨はバーサーカーのミニガンによる射撃だ。それを縦横無尽の三次元移動と高速移動で尽く回避して、爆撃を降らすセイバー。

 一見互角に見えるこの戦いも、時間の経過とともにバーサーカーが押され始めてきた。

 元々対空砲と対地攻撃機では、後者のほうが有利なのだ。バーサーカーという対空砲は、それでも高い機動力を有していたが、生憎と場所が悪すぎた。

 

 この円蔵山には山全体に自然霊以外を排除する強力な結界が張られている。

 それはサーヴァントをもってしても無視できるものではなく、唯一結界が及ばない参道しかサーヴァントは行動できない。一旦寺の中に入ってしまえば、結界はその効果をなくすが、それを許すセイバーではなく、そこまでの判断力をバーサーカーが持つはずもなし。

 

 結果としてバーサーカーは、一本道の参道を飛び回るしかなく、当然そのような狭い場所に逃げ場などない。一方セイバーはそのような制限などない高空を飛び回り、光弾を撃ちこんでくるのだ。

 既にバーサーカーはセイバーの光弾を避けきることができずに、満身創痍になりつつあった。一方セイバーは空に浮かんだまま、悠然とバーサーカーを見下ろしている。

 それでも狂戦士たる彼は諦めること無く、手にしたミニガンの銃口をセイバーに向けようとするものの、突如セイバーの姿が消える。

 狂気に満たされながらも、スキル『無窮の武練』の効果によって、素早く状況判断したバーサーカーは反射的に後方へとミニガンを向け―――そして背後に出現したセイバーの光剣によってミニガンの銃身を両断された。

 

 だが、そこから先の行動はさしもののセイバーも予測できなかった。バーサーカーはもはや無用の長物と化した、背中に背負ったミニガンの弾薬バックをもぎ取り、セイバーに向かって投げつけたのだ。

 反射的にそれをも光剣でなぎ払うセイバー。しかし彼に現代兵器の正確な知識があれば、そのような悪手を避けていただろう。

 次の瞬間、高エネルギーの塊である光剣に両断された弾薬バックは、中に詰まっていた数千発の弾薬を暴発させて、四方八方に散弾のように撒き散らした。

 

「ちっ下らん小細工を!」

 

 セイバーは瞬時に光刃を消して、それに費やしていたエネルギーを全身に魔力炎として纏い、防御壁として至近距離の魔力弾薬の暴発に耐え切る。一方バーサーカーも全身鎧を纏っていたことによってセイバー程ではないが、ダメージを軽減することができていた。

 メインアームを失ったバーサーカーは、即座に両腰にぶら下げた軽機関銃と回転式自動擲弾銃を両手に構える。

 

「無駄だと言うのがわからんのか!」

 

 至近距離で乱射される銃弾と、擲弾。しかし黒い魔力炎の防壁を纏い、尋常ではない耐久を誇るセイバーには砂礫をぶつけられたに等しい攻撃だ。擲弾の直撃を受けながらもセイバーは狂的な笑みを浮かべて突撃し、そして目にも留まらぬ拳のラッシュをバーサーカーへ叩き込む。そして最後に一際大ぶりのボディブローをバーサーカーの腹部へと打ち込んだ。そのまま勢いをつけてバーサーカー諸共、一気に山門の上まで飛び上がっていくと、そのままバーサーカーを山門に叩きつけた。凄まじい破砕音と共に、バーサーカーが崩壊した山門の瓦礫の下に飲まれて消える。

 

「終わりだ……!」

 

 最後の止めを刺すべく、その手に今までとは比べ物にならない威力の黒い魔力弾を形成する。後はこいつをバーサーカーに叩き込めば全てが終わる。

 そう思った時だった。

 

 柳洞寺の境内から間欠泉のように闇が吹き出した。

 セイバーはバーサーカーへの止めを中断し、唖然とした表情で境内を埋め尽くす勢いで溢れ出る闇―――いや黒い泥を見つめる。

 それはただの泥ではなかった。サーヴァントだからこそわかる。これは魔力と悪意が形を成したものだ。

 セイバーは知るよしもなかったが、元々多数のサーヴァントの魂を収納したアイリスフィールの肉体は限界だった。

 もし騎士王の聖剣の鞘があれば、もっと保ったかもしれないが、現実問題そんな都合のいいものが無い以上、彼女の体は予想より早くその機能を停止し、聖杯としての性能が表に出始めていたのだ。

 そしてついにバーサーカーとの戦闘中にその限界が来て、彼女の中の聖杯の中身があふれたのだ。

 

 セイバーは瓦礫に埋もれたバーサーカーを一顧だにせず、ゆっくりと境内に入っていき、そして見た。

 吹き出る泥の中にあっても尚、光り輝く黄金の杯を。話には聞いていた。聖杯はアイリスフィールの中に保存されていると。

 

 セイバーは理解する。

 境内を汚すこの世の全ての汚物を凝縮したかのような黒い泥は、その美しき黄金の杯―――即ち、聖杯から溢れでていることに。

 アイリスフィールの姿はない。マスターたる衛宮切嗣の姿もだ。恐らくあの吹き出た泥に飲まれたのだろう。全くお笑いではないか。世界平和を実現させるための聖杯の中にこんなものが入っていたとは!

 その事実を理解した時、セイバーはとうとうこらえきれずに大きく笑った。

 

「―――ハ。フハハハハハハ! これが聖杯の正体か! 切嗣よ! 我がマスターよ! お前はこんなものに世界平和の願いを託そうとしていたのか!? どうやら賭けは俺の勝ちのようだな!」

 

 泥は無限に溢れ、境内を覆い尽くそうとしている。それに触れれば例えサーヴァントでも、いや霊体であるサーヴァントだからこそ容易く侵食されてしまうだろう。

 だがセイバーは気にした様子もなく、境内に向かって進んでいく。途中、黒い泥の中につま先が沈む。同時に凄まじい悪意がセイバーの肉体と精神を喰らい尽くすべく、牙を向いてきた。

 だが。

 

「黙れ」

 

 その一言で泥は一瞬で大人しくなった。憎悪はより強い憎悪に塗りつぶされる。

 この星の人類全てを憎むその泥が、宇宙全ての人間と神々を憎むセイバー、いやザマスの憎悪に勝る道理などない。

 彼は足元に広がる霊体を喰らう悪意の泥を従えて、まるで無害な水たまりの上を歩くように進んで行き、そして境内の中空に固定されて、未だに泥を溢れ出し続ける聖杯を手にとった。

 後はこれの中身を飲み干せば受肉は成る。

 そして人間ゼロ計画を再び始めるのだ。

 

 

 我がマスター、衛宮切嗣、その妻アイリスフィール。思えば彼らも哀れな存在だった。この様な殺人にしか使えないような代物に世界平和の望みを託していたとは。

 おまけに折角命を助けてやると言っておいたのに、その愚かさ故に自滅してしまった。こうなってしまっては、彼らの愛娘たるイリヤスフィールも両親の後を追わせてやるのが神の慈悲だろう。

 そこまで考えてセイバーは、もはや用済みとなった彼らの存在を頭の中から一切消去した。

 

 自分ならばこの聖杯を上手く使いこなすこともできる。いや本来の使い方をしてやれる。

 そう思い、まずは手始めに聖杯の中身を飲み干そうとして―――山門の方角より放たれた一条の矢が彼の手から聖杯を弾き飛ばした。

 

 

 




ゴラク「俺が死んだように見えたか? 絶好調だ! 死ね!」

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