ストライク・ザ・ブラッド~史上最強の吸血鬼~ 作:悩める地上絵
また、長々とお待たせしてしまった割に短いですが、どうかご容赦を。
下は全面畳敷き、壁は漆喰と障子だけの何もない、とある町の道場。
そこでは10歳前後の少年と少女が組み合い、年齢はまちまちだが2人を眺める大人たちがいた。
一見、少年と少女が組み合っていると聞けば、子供にありがちな取っ組み合いのけんかを連想するが、その実、武術の経験がある者から見れば、いや素人でもその動きを見れば、2人が年齢に不釣り合いな組み手をしているのがわかるだろう。少女がスピードと身軽さを活かして跳び――むしろ、飛び――ながら攻撃するのに対し、少年も畳に足をつけながらも、少女の三次元的な動きの全てに対応し、攻撃できる隙をうかがっている。
そしてそんなやり取りを1分ほど続けたころだろうか。転機が訪れる。少女が勝負を決めに行くため、ひときわ高く飛び、かかと落としをみまいにいく。少年はその判りやすい軌道にカウンターを合わせ、受け流しがら拳を少女の顔の手前で寸止めをする、否、させられていた。少女も少年の腕を両手でつかんで、鍔迫り合いの体勢に持ち込んだのだ。だがこのままなら、力の差で勝てると少年は自身の勝利を確信していた。ただし、少女の蹴りが少年の腹を刺すように寸止めされているのに気付いていないからだが。組み手は、少女の勝利で終わった。
終わりの礼をしたのち、少女は道場を後にし、少年は敗北を悔やむ暇もなく、観戦していた大人たちに笑われながら指導を受けた。少年は負けて悔し涙を流すというよりも、大人たちの悪意はないが容赦のない言葉と、ただでさえ命の危機を感じさせる修行がさらに厳しくなることが確定したあまり、涙を流すことになる。
慣れてしまったいつものやり取り。突っ込みどころは多いが、どこか微笑ましさもある。そんな日常が続いていくと、まだ幼かった少年は疑っていなかった。ましてや、それを自身の手でその日々を穢すことになるなど、言われても信じることなどできなかっただろう。
破綻するときはまもなくやってきた。
―――――どこまでも沈んでいく。
其処は暗く、底は昏かった。
ここはどこまでも果てがなく、光も音も何もない。
否、ここには上下なんて概念はなく、そもそも認識ができる者などいるはずはない場所で。
もともと「有」がないここは「無」ですらない「 」。
形容する意味さえない「 」にとって、「在る」自分はお互いにとってどこまでも異端で、どこまでも毒でしかない。だから消えていくことであるべき形に戻るしかない。
自分が消えていくのにひどく穏やかで満ち足りていた。
ここには「意味」さえないから、「在る」だけで完璧で、このまま身を任せるのが一番楽で最も正しい選択だ。そもそも意識を持って何かを感じているというのがおかしいのだから。
......けれどそれが『俺』には我慢がならなかった。
何かをしようとして、それが果たせていないのなら、ここでなくなるのはあってはならないことだ。
それは微睡みに抗うというよりも、戦いの
―――永い刹那の瞬き
『俺』はそこから引き上げられ、胸に氷槍を深々と突き刺された。
目の前にあったのは、妖精のような美しさを湛えた少女。角度によって虹のように様々な色にみえる金髪に、焔のようでありながらひどく冷たい蒼く輝いた瞳が自身をトラエテいた。
――――――脳をおかされるような夢を視た
気怠い眠りから古城は目を覚ました。
背中が汗でひどく濡れているのを感じる。夢の内容は覚えていないが、どうやらかなり魘されていたらしい。
背中が気持ち悪いので早いところシャツを替えようと、電気も点けずに脱衣所へと直行。着替えるついでに台所で水を飲む。
時計を見てみればまだ午前2時半。日が昇るだいぶ前、いつもの起床時間よりも1時間以上早い。
吸血鬼は怪談に出てくるように、本来は夜型の生物で、今はまだ活動時間なのだが、数時間もすれば就寝の頃合いになる。小学生の時から健康志向のお年寄り顔負けの早寝早起きが日常だった古城もそこは変わらない。そのためここで寝るのは難しいだろうし、寝ても後で起きられなくなるのは確実なので、少し早いがこの時間から日課の走り込みを始めることにする。
それだけ聞けば、時刻は別にすれば普通のことのように聞こえるが真実は異なる。
古城は自分の部屋から大きな
普段は抑えている身体能力を全開にして走っているので、古城にとっては日常でも、傍から見れば色々と異常な光景だという自覚はあるので、いつも人目につきそうな時間になる前に切り上げるが、今日は起きた時間が時間なのでその分長く走る。
走り込みが終われば昨日よりも少し重くした各種基礎修業。吸血鬼は不老不死のため、肉体的に衰えることはないがその反面、成長することもない。それでも体の動きを確認することはできるし、基礎を積み上げることもできる。組み手や指導を受けることが出来ない
それらを6時頃まで続けて家に戻る。
家に戻ると凪沙はまだ寝ているようだったので、起こさないよう注意しながらシャワーを浴びて汗を流した後、朝食の準備をする。
使っていい材料が分からないので、簡単に生野菜を手で千切ってサラダを用意し、フライパンに卵を落として目玉焼きを作っていると、ちょうど凪沙が起きてきた。2人分の朝食を作り終え自分用のコーヒーを入れた古城も席に着く。
「古城君起きてたんだ。ご飯まで作ってくれるのは珍しいね」
「今日はいつもより早く起きたからな。お前も今日朝練あるんだろう。そろそろ支度しろよ」
「たまたま早く起きたっていう割にかなり疲れてそうだけどもしかして寝てないの?寝てもいいけど、明日からまた学校なんだから休みでもあんまりダラダラしないようにね」
春先に真祖になって以来、昔と違って朝がかなり弱くなっている。凪沙には単に梁山泊を出てから時間がたって気が抜けてきたと言って何とか無理やり納得させてはいる。
これは体力の問題というよりも、単純に頭が働かないことが原因にある。実際学校があるときは週に1、2度早くに起きれずに鍛錬ができなかったりするときもあった。今日のような場合はそれこそ徹マンに近いものがある。おかげでかなり顔に出ていたようだ。
とりあえず火傷するような熱いコーヒーに口をつけなんとか頭を働かせようとする。
が、妹の次のことばで結果的にその必要はなくなった。
「お夕飯に雪菜ちゃんの歓迎会をするから。メニューは寄せ鍋。今日一日家にいるなら、買い物お願いするね。具材は古城君におまかせするから」
いつものように相手のことをおかまいなしにまくしたてて出て行った(基本的に口数が多いのは親しい間柄の相手だけなのであまり問題にはならないが)。残された古城は妹が発していったことばの意味を何とかのみ込むと、天井を仰ぎ見ながら信じてもいないどこかの神を呪った。
近いうちに活動報告でちょっとした発表をします。