ストライク・ザ・ブラッド~史上最強の吸血鬼~   作:悩める地上絵

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若干長い上に切り方が中途半端と感じるかもしれません。切るところが見つからず、かといってこれ以上書くと長すぎるかと思ったので今回のようになりました。ご了承ください。





 「若雷っ―――!」

 

もう一人の男の方には見えていなかっただろうが、古城にははっきりと少女の動きが見えていた。

 あれは妙な光を纏っていたが、掌底だ。呪術や魔術で肉体強化はしていないらしく、魔力の流れや精霊たちの動きは感じなかったから、可能性があるとすれば気功や仙術の類。おそらく、それによって生み出した衝撃波を中国拳法の浸透勁のように相手に叩き込んだのだろう。

吹き飛ばされた男は、あまり強力な個体ではなさそうだが、肉体の強靭さが売りの獣人種らしかった。彼らの筋力や打たれ強さは人間の比ではなく、華奢な少女の一撃程度で動けなくなるような種族ではないはずだ。

 

「このガキ、攻魔師か!?」

 

呆気に取られていたもう一人の男が、ようやく我に返って怒鳴った。

攻魔師は魔族に対抗するための存在だが、魔族特区である絃神市では彼らの活動も厳重に制限されている。彼らの行為はナンパというよりも痴漢と変わらないが、それでもいきなり攻撃されるほどではない。

だが、あまりにも突然の出来事で、金髪の男も動揺していたのだろう。

 恐怖と怒りに表情を歪ませ、魔族としての本性をあらわにする。真紅の瞳。鋭い牙。

 

「D種―――――!」

 

少女が表情を険しくして呻いた。

 

D種とは、様々な血族に分かれた吸血鬼の中でも、特に欧州に多く見られる“忘却の戦王(ロストウォーロード)”を真祖とする者たちを指す。一般的な吸血鬼のイメージに最も近い血族でもある。

 

どうする、と古城は思案する。

 普通に考えれ正面ば吸血鬼に襲われている少女の方を助けるべきなのだろうが、どうやら彼女もただの中学生という訳でもないらしい。

 そもそも彼女は古城を狙ってきた訳で、最悪の場合敵に回るかもしれないのだ。

 だがしかし、彼女がたった一人で吸血鬼にから挑んで勝てるとはとても思えない。

 いくら日没前とはいえ、吸血鬼には高い身体能力、魔力への耐性、そして不死身とすら言われる強靭な再生能力がある。さらに、彼ら吸血鬼にはもう一つ、魔族の王と呼ばれるに相応しい圧倒的な切り札が存在する。

 

結局古城が選択したのは、戦闘を想定しての傍観。

そのため、メガネを外す。その瞬間、古城の双眸は燐光のように蒼く光り、視界も通常のものとは違う赫い点と線の走る世界へと切り替わる。

直死の魔眼(ちょくしのまがん)

とあるテロ事件に巻き込まれて一度死んだときに、死に触れ理解できるようになってしまったため、モノの結末・終わりにあたる「死」そのものをカタチにした“点”とその過程である「死にやすい」“線”を認識できるようになった。

気分のいい光景ではないが、余計な被害を出さずに、かつ確実に吸血鬼の切り札に対抗するためには必要なことだと耐える。そして、できればナイフが良かったがないよりかはマシかと考え、ポケットから鍵を取りだし指の間に挟むようにして、いつでも割り込めるように準備する。

すると、事態はさらに動く。

 

「―――灼蹄(シャクティ)!その女をやっちまえ!」

 

吸血鬼の男が絶叫し、その直後、左脚から何かが噴き出した。

 それは鮮血に似ていたが、血ではない。陽炎のように揺らめく、どす黒い炎だ。その黒い炎は、やがて歪な馬のような形をなす。

 甲高い嘶きが大気を震わせ、黒炎を浴びたアスファルトが焼け焦げる。

 

「こんなところで眷獣を召喚するなんて――!」

 

少女が怒りの表情で叫んだ。

 男が左手に嵌めた腕輪が、攻撃的な魔力を感知して、けたたましい警告音を発している。

 

眷獣。そう、男が喚び出した怪物は、眷獣と呼ばれる使い魔だった。

 吸血鬼は己の血の中に、眷族たる獣を従える。

 その眷獣の存在こそが、攻魔師たちが吸血鬼を恐れる理由である。

 吸血鬼は、確かに強大な力を持った魔族であるが、膂力も、生来の特殊能力でも、吸血鬼を凌ぐ種族はいくらでもいる。

 にもかかわらず、なぜ吸血鬼だけが魔族の王として恐れられているのか――

 その答えが眷獣なのだった。

 眷獣の姿や能力は様々。しかし、最も力の弱い眷獣でさえ、最新鋭の戦車や攻撃ヘリの戦闘力を凌駕する。

 〝旧き世代〞の使う眷獣ともなれば、小さな村を丸ごと消し飛ばすような芸当も可能だと言われている。

 無論、若い世代である金髪のナンパ男の眷獣にはそこまでの能力はない。

だが、この灼熱の妖馬が走りまわるだけで、このショッピングモールが壊滅するくらいの被害は出るだろう。

 そんな危険な召喚獣が、たった一人の少女に向かって放たれたのだ。

恐らくは、実験場以外の場所で召喚し、生身の人間に向けること自体がこれが初めてなのだろう。男の顔には恐怖が浮かび、逆流した魔力によっているようにも見えた。

 

 制御が利かず半ば暴走状態となった眷獣は、周囲の街路樹を薙ぎ払い、街灯の鉄柱を融解させ、アスファルトを焼け焦がしている。

  吸血鬼の眷獣とは、意志を持って実体化するほどの超高濃度の魔力の塊。すなわち魔力そのもの。一度放たれた眷獣を止めるには、より強大な魔力をぶつける以外にない。

 

これはさすがにマズい。古城も参戦しようと近付く速度を一気に上げ、少女の様子を窺う。

しかし、少女の顔には恐怖の色など浮かんでいなかった。

 

「雪霞狼―――!」

 背負ったままのギグケースから、少女が一本の銀槍を抜き放つ。

 槍の柄が一瞬でスライドして長く伸び、格納されていた主刃が穂先から飛び出した。まるで戦闘機の可変翼のように、穂先の左右にも副刃が広がる。洗練された近代兵器のような外観である。

 

だが、古城はその槍の構造よりも槍そのものに目を奪われた。おそらく古城にしか捉えられない異状。その槍には「死」があり、また、なかった。通常、“直死の魔眼”で「死」を見ることができない、もっといえば死ににくいため極めて「死」が見えにくいという相手はいる。その場合見えたり見えなかったりするのだが、見えるようになったときは「線」しか見えずそれすらもごく薄い赫ですぐに消える。しかし、その槍は「死」が見えないときがあるが、見えるときははっきりと「死」が見えたのだ。

 

 少女は2メートル近くにまで伸びたその槍を軽々と操って、暴れ狂う炎の妖馬へと突きたてた。

 もちろん、その程度の攻撃で眷獣の突進が止まる筈がない――――のだが、

 

「な…… !? 」

 

ナンパ男が、驚愕と恐怖に目を見開いた。

 銀の槍に貫かれた姿で、彼の眷獣が止まっていた。

 少女が無言で槍を一閃する。切り裂かれた妖馬の巨体が揺らぎ、跡形もなく消滅する。

 

「う......嘘だろ!? 俺の眷獣を一撃で消し飛ばしただと!?」

 

使い魔を失ったナンパ男が、怯えたように後退る。しかし少女の表情は険しいままだ。

 怒りの籠もった瞳で男を睨みつけ、槍を構えて、硬直して動けない男へと突進する。そして銀色の槍が、男の心臓を貫こうとしたそのとき――――――

 

「チェスト――――!」

古城が叫びながら槍を踏みつけるように飛び蹴りをみまった。穂先がアスファルトと擦れ合い、耳障りな音を響かせる。

 

「えっ!?」

冷ややかに猛り狂っていた少女の目が、驚いたように見開かれる。

 

古城としては攻魔師と吸血鬼のケンカになど割り込みたくはなかったが、さすがに命のやり取りを見逃すわけにはいかなかった。そこの吸血鬼の男とて、ナンパに失敗したくらいで中学生に突き殺されたくないだろう。

 

「暁古城!?雪霞狼を素手で止めるなんて......っ!」

 

攻魔師の少女が、愕然とした表情で後方へ飛んだ。

突然現れた古城を警戒するように距離を取り、近くに停められていたワゴン車の屋根に着地する。

 

「おい、アンタ。仲間を連れて逃げろ」

 

古城は忙しない口調で、背後に立ち尽くしているナンパ男に怒鳴った。

 

「これに懲りたら、中学生をナンパすんのはやめろよ。不用意に眷獣を使うのもな!」

「あ、ああ……す、すまん……恩に着るぜ」

 

男は青ざめた顔で頷くと、気絶した仲間の獣人男を担いで去っていく。少女はそんな彼らの後ろ姿を攻撃的な目つきで睨みつけていた。古城はやれやれとため息を吐く。

 

「おまえもさ……どういうつもりかは知らないけど、やりすぎだって。もういいだろ」

「どうして邪魔をするんですか?」

 

むっつりと古城を睨みつつ吐かれた非難がましい言葉に、古城はますます気だるげな表情になった。

 

「邪魔っつうか、目の前で喧嘩してるやつらがいたら、普通止めようと思うだろ。大体お前、なんで俺の名前を知ってんだよ?」

「……公共の場での魔族化、しかも市街地で眷獣を使うなんて明白な聖域条約違反です。彼は殺されても文句を言えなかったはずですが」

「それを言うなら、あいつらに先に手を出したのはお前の方だろ。むしろ、あいつらは正当防衛も証言できる」

「そんなことは―――」

 

 途中で黙り込んでしまう少女。男達と争いになった経緯を思い出したらしい。

 ほらな、と古城は強気な表情で少女を睨み、

 

「お前が何者なのかは知らないけど、ナンパがしつこかったからって、そんなもの振り回して殺そうとするのはあんまりだろ。いくら下着を見られたからって――――」

 

そこまで言ったところで、銀の槍を持った少女が、蔑むような目つきで古城のことを睨んできた。

 

「もしかして、見たんですか?」

「さっきの獣人男の手を振り上げた動作とお前さんが掌底を出したのと逆の手でスカートを押さえてたのを見て、そう思っただけ」

 

古城は少女の怒った顔をよそに、飄々と答える。ようはカマをかけたのだ。少女もそのことを理解したのか少し顔を赤らめてうつむく。

そんな少女をしり目に古城は言葉を続ける。

 

「それと、いつまでもそんなところに立ってると......」

 

 そしてその瞬間、まるでタイミングを見計らったかのように、離島特有の島風が海沿いのショッピングモールを吹き抜けていった。

 ワゴン車の屋根に立っていた少女のスカートが、ふわりと無防備に舞い上がる。

 息苦しいほどの静寂が訪れる。

 

「なんで見てるんですか」

 

両手で槍を構えたままの姿勢で、少女が訊いた。

古城はちょうど眼精疲労をとるような目頭を押さえる仕種をして、可哀想なものを見るような目で

 

「おいおい、今のは俺は悪くないだろ。お前がそんな所にいつまでも立ってたのが問題だと思うんだが」

「......もういいです」

 

古城を冷たく見下ろし、少女は刃を格納した槍をギグケースに収めて、音もなく地上へと舞い降りる。

そして、醒めた目で古城を一瞥して、

 

「いやらしい人......」

 

そう一言いい残して、今度こそ古城に背を向けて走り去っていった。

 

「.........」

 

ぽつん、と一人残された古城はメガネをかけ直し、パーカーのポケットに手を突っ込んで、近くの壁にもたれて息を吐く。

一方的にひどいことを言われたような気がしたが、古城の行動は、ナンパされた少女を見捨てて市街地で問題を起こした魔族を庇うような行動を取ったようにも見えただろうし、実際にそうするかどうか迷っていたので、責められても仕方ないとも思う。それに立ち去る直前の真っ赤にしていた彼女の顔を思い出したせいか、不思議と腹は立たなかった。

 冷静ぶっていても、所詮は中学生(コドモ)だよなあ、と自分の歳を棚上げして思う。

 もう少しすれば、吸血鬼のナンパ男の嵌めていた登録証から眷獣の魔力を感知した特区警備隊が来るだろう。疚しい所はないとはいえ、こんな所に長居して巻き込まれるのも面倒だ。

 疲れた、と嘆息して帰路につこうとした古城は、

 

「ん……?」

 

ふと道路上に落ちていた何かに気付いて、眉を顰めた。

 それは、白地に赤い縁取りの、二つ折りのシンプルな財布だった。

 そのカードホルダーに差しこまれていたのは、クレジットカードが一枚と学生証。

 その学生証の、ぎこちなく笑う少女の顔写真と、『3-C―――姫柊雪菜』という名前が刷り込まれているのを見ると、古城は本日何度目になるか判らないため息を吐くのだった。

 

 

 

 

古城は昨日のことから、妙なところで回想を切ってしまったな、とどうでもいいことを考えながら現実に意識を戻す。

そして補修もないのに今日学校にやってきた用件の一つを終わらせることにした。

 

「ああ、そういえば那月ちゃん()に訊きたいことがあったんだけど......」

 

その瞬間、古城の後頭部の辺りの空間が揺らぎ、不可視の衝撃波が古城に向かって放たれる。古城は自身の間合いの中の空間が揺らいだのに気付くとすぐに頭を横に逸らした。

その結果を受けて、目の前の小柄な少女にしか見えない英語の教師は小さく舌打ちを漏らす。

 

「それって一応かなり高度な魔術なんだろ?技術の無駄遣いじゃない?」

「当たり前のように躱すヤツがどの口で言う!?それと、そんな心配するならそもそも年上をちゃん付けで呼ぶな!」

 

ちゃん呼びに対する仕置きを敢行したつもりがあえなく避けられてしまい、かなり頭にきているらしい。

 

「まあいい。それで、そちらの呼び方をするということは攻魔師としてのワタシに用があるんだろう?」

 

古城は緩めていた表情を引き締め、口を開く。

 

「“獅子王機関”って知ってる?」

 

古城の問いかけに那月は沈黙し、露骨に不機嫌な表情を浮かべて立ち上がった。

 

「どうしてお前からその名前が出てくる?」

「いやあ、最近ちょっと小耳に挟んだだけなんだけど」

 

そう古城が答えると、那月は古城を手招きして屈ませた後、

 

「ほう。挟んだというのは、この耳か?」

 

先ほどの仕返しを兼ねているのか、古城の耳を容赦なく引っ張った。何か重要なことを言われると思って近づいた古城は不意を突かれ、痛い痛い、と悲鳴を上げる。

 

「......もしかして、なにか怒ってます?」

「嫌な名前を聞いて、少々苛ついているだけだ。連中は私たちの商売敵だからな」

 

荒々しく息を吐き、那月は古城を解放した。古城は自由になった耳を押さえながら、

 

「商売敵って......攻魔官の?」

「ついでに言うと連中はお前の天敵だ」

 

那月は、古城を冷ややかに見つめながら警告する。

 

「たとえ真祖が相手でも、奴らは本気で殺しに来るぞ。連中はそのために造られたんだからな。そもそもお前自身解っているだろうが、吸血鬼であることを別にしてもお前の下には敵が来やすい。せいぜい連中には近づかないよう注意するんだな」

 

去年のような死合い(仕合い)騒ぎはゴメンだぞ、と最後に小さく付け加えると那月は話を打ち切った。最後に気になることを零していたが、それ以上話を続ける気がないらしい。古城もそのことを察すると、少し前までよく顔を合わせていた、目立ちたがり屋の姉と寡黙な弟の双子や、終了の合図があるまで言われたことを止めない、命令に忠実すぎるモスクワ人、留学生という触れ込みで来ていたキャラの濃すぎる元・同級生たちのことを思い出しながら、

 

「ところで、南宮教諭。今日中等部の職員室は開いてますか?」

 

職員室を出て行こうとしていた那月を呼びとめて、再び質問をする。

 

「中等部にお前が何の用だ、暁?」

「妹の担任の笹崎教諭に少しお願いしたいことがありまして」

「岬に?」

 

 中等部の教師である笹崎岬と那月は仲が悪いらしく、そんな相手を話題に出された那月は露骨に刺々しい表情を浮かべると、

 

「中等部の奴らのことなど知るか。自分で確かめろ」

 

不愉快そうに吐き捨てた。

 

「......そうします」

 

これ以上話題を引っ張るのはまずい、と本能的に感じて古城は素直に那月の言葉に従うことにする。

そんな古城を一瞥すると、那月はスカートをふわりと翻して、乱暴に去っていった。

 




タグやキャラ紹介で書いていた直死の魔眼をやっと出せました。
元々主人公に付け加える設定はこちらだったはずなのに、作者の想像力不足のせいで、この作品では刺身のツマのような扱いになる可能性が高かったので何とか頑張って出しました(とはいえ、しばらく出番の予定はありませんが)。

それと以前感想の返信の際に言ったように、今回の投稿で古城の現時点の強さを明らかにするつもりでしたが、ご覧のようにまともに描けませんでした。次話で必ず描きます。とりあえず1週間以内にあげるつもりでいますので、よろしくお願いします。(この先のあとがきには、次話のネタバレというほどの物ではありませんが、似たようなものがあります。ご注意ください)





















とりあえず次話で描く古城の実力は吸血鬼になって強化された分を差し引いたものだと思ってください。

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