SIREN:FLEET   作:ギアボックス

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※浦風/利根と金剛の話を修正しました。


初日 06:00:00~07:00:00

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榛名 陸の船/上甲板

   初日 06:12:21

 

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 傷の痛みもだいぶマシになってきたため、私は永井くんに頼んで上甲板に連れ出してもらいました。

 時計はすでに6時、日の出を迎えていておかしくない時間でした。

 

「嘘、どうなって………」

 

「……………この島、朝が来ないんだ。少し明るくはなるんだけど。」

 

 上甲板に出た私の目には、まるで夕暮れ時のような、赤黒い空が写っていました。

 確かに夜に比べれば明るいですが、朝日の光りなどはまったく差していないような状態です。

 

「海も見えるんだけど………何て言うか、真っ赤なんだよな。朝焼けでって感じじゃないし。」

 

 そう言われ、私は海の方を向きました。

 

「!?……海、が………」

 

 海は、まるでそれがすべて赤い水にでもなってしまったかのように赤く染まり、見えていい筈の沖ノ島は消えていました。

 見渡す限り、赤い水平線がどこまでも続いているような状態でした。

 

「……………この世界は、一体………」

 

「俺もわかんないけど……少なくとも現実の世界ではない、と思う。多分」

 

「そんな………では、どうやって帰還すれば──」

 

「………………正直、検討もつかねぇ。」

 

 永井くんの言葉に、私は言い様のない不安を覚えました。もしかしたら───いえ、もしかしなくても……このまま元の世界へ帰れないのでは…?

 

 そう思ってしまったのです。

 金剛お姉さまならこういう時でも気丈に振る舞えるのでしょうが、私にはとても無理でした。

 空気が重苦しくなる中、永井くんが気まずそうにしているのに気づいた私は、場を繕おうと一先ず探索を提案しました。

 

「…………とりあえず、何か情報を収集してみましょう。まだ帰る方法がないと決まった訳じゃありませんから」

 

「……そう、だね。よし、ちょっと準備してくる。」

 

 永井くんが準備のため士官室へ戻る間、私は自衛用の武器を探すことにしました。このまま若い兵士におんぶに抱っこでは、戦艦の名が泣きますから。

 

 

 

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川内 金鉱社宅

   初日 06:31:00

 

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「────朝、かな」

 

 もうこの島に来て何度目の朝だろうか。朝といっても、この島に朝日は昇らないが。

 私は見慣れない天井を見上げながら、ゆっくりと周りを見渡した。

 

「吹雪、初雪に………深雪……」

 

 日課になりつつある人員掌握。

 しかし、首に包帯を巻かれた深雪と、ここにいない白雪に気づき、思い出したくもない昨日の記憶が蘇った。

 

「───白雪、っ」

 

「…………お目覚め、ですか。川内姉さん。」

 

「………神通…?」

 

 記憶にない人物が部屋に現れる。

 形式的には自分の妹にあたる神通は、起きた私に気づくとそっと枕元に座った。

 

「お聞きしたいこともあるでしょう。それとも、私から報告しましょうか?」

 

「………いや、いいよ。白雪の事なら、多分だけど…わかってるからさ。深雪、助けてくれたんだね。ありがとう。」

 

「お気になさらず……任務ですからね。」

 

「そう……」

 

 初めて喋る姉妹艦はあくまでも淡々としていて、そこに姉妹間の親しみやすさのようなものはあまりなかった。

 私は気だるさの残る体を無理矢理起き上がらせると、周囲の見回りに向かうことにした。

 神通といると、どうも居心地の悪さという、よそよそしさを感じる自分がいたからだ。

 しかし、神通は部屋を出ようとする私を呼び留めた。

 

「お待ちください。」

 

「………何、かな?」

 

「哨戒ですか?なら、これを持っていくと良いですよ。」

 

 神通が、僅かに血の付いた鞘に入った刃物と、更に拳銃の入ったホルスターを渡してくる。

 刃物は見たことのない大柄な細身の鉈で、刃渡りだけで50cmはありそうな代物だった。

 

「マチェットとUSP──陸軍の兵士()()()()()から鹵獲した物です。あの鉈では戦いにくいでしょうから。」

 

 確かに、使っている鉈は赤錆て最早鈍器としてしか使えなかった。それを考えれば、見るからに切れ味のよさそうなマチェットと拳銃のほうがいいに決まっている。

 

「あ、ありがとう。でも、神通の分は──」

 

「私はすでに持っておりますから。この子達の分も、既に調達済みです。」

 

 そう言うなり、神通は小型のサブマシンガン──機関部にH&K MP7と銘の入った銃を見せる。

 それに、玄関先には89式小銃が数丁と、その予備弾薬が入った弾倉入れと弾帯が置かれていた。

 

「小銃が良いならソチラを。ただし、銃声で連中が寄ってくるのでその点にはご注意下さい。」

 

「なんか、色々と……ありがとう。」

 

 どうやって手に入れたのかなど聞くまでもない。

 神通が枕元に座った時、彼女からはキツい血の臭いがしていた。

 服に付いた返り血は上手く誤魔化しているのだろうが、臭いまでは取れなかったらしい。

 私は一先ず新たに手に入れた武器を纏い、部屋の外へと出た。神通が、私の背中を見て一人言を溢していたなど知らずに。

 

 

 

 

「────やはり、姿が同じだと重ねてしまいますね…………あなたの任務が部下を連れ帰り無事生還する事だと、忘れないでほしいものです。」

 

 

 

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利根 夜見島港/船小屋

   初日 06:50:45

 

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「大丈夫かのう……」

 

「やれることはやったけぇ、後は金剛姉さんを信じるだけじゃ。しかしまぁ、よくこの怪我で動けたもんじゃ」

 

 もう夜が明けてもいいくらいなのに朝焼けのような空の中、我輩は浦風と一仕事終えほっと息をついていた。

 というのも、少し前に森の中から金剛が現れたのだ。血みどろで。

 相当ダメージを負っていたのか、歩き方はまるで"連中"のような状態であり、浦風が楽にしてあげたいと危うく撃ちかけたくらいだ。

 我輩は一先ずそれを諫め、ひとまず接近して様子を見に行くことにした。

 そして、喉元に銃剣を突きつけれるような距離まで近寄った。我輩達に気づいた金剛は、そこで力尽きたかのように倒れたのだ。

 それを見て慌て慌てる浦風を宥め、二人で金剛を運んだ。

 

 手近な小屋へ移すと簡単なベッドを作り、使えるものは何でも使って可能な限りの治療を施し今に至る。

 

「一体、何があったんじゃろうねぇ?金剛姉さん」

 

「噛み傷があったからのう。野犬にでも襲われたのじゃろうか?しかし、それじゃと腹の刺し傷の説明がつかんしのう……」

 

 全身包帯まみれになった金剛を眺めながら、我輩と浦風は首をかしげていた。

 金剛は我輩と浦風を見るなりすぐに気を失った為、事情は聞けず終いなのだ。

 

 衰弱具合からしばらく金剛は起きそうにないので、結局我輩と浦風は港に留まる事にした。仲間が来るかもしれないからだ。

 

 浦風はサンパチを手に取り小屋の外へ見張りに出る。我輩はまともな武器がないので、自然と金剛の看病役となった。

 

「死ぬなよ金剛……まだ、艦隊の仲間はお主以外見つけておらんのじゃからな」

 

 

 

 

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浜風 貝追崎/陸軍桟橋

   初日 07:00:47

 

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「嘘だろ………勘弁してくれよ」

 

「海が………これは、一体……」

 

 見渡す限り一面が真っ赤に染まった海を前にして、私と藤田さんは衝撃を受けていました。

 

 藤田さんがこの島に来るのに使ったボートは桟橋にあり無事でしたが、流石にこんな有り様の海に船出しようとは思えません。

 藤田さん曰く、ある筈の沖ノ島も、見えている筈の四国も見えないようなのです。つまり、ここは完全な異世界。

 下手に海へ出ようものなら、そのまま帰ってこれなくなる可能性もありました。

 

「万事休す………か。」

 

 藤田さんが独り言を呟きながら頭を抱えています。

 私もどうすればいいかわからなくなり、押し黙るばかりです。

 しかし、海を眺めているとふと仲間達のことを思い出しました。 

 

「藤田さん、この船を使って島を一周してみませんか?私たちの他にも生存者がいるかもしれません。」

 

「生存者……かぁ。そうだな、もしかしたらいるかもしれん。よし、わかった。やれるだけのことはやってみよう!」

 

 藤田さんはそう言うと、早速船を動かす準備を始めました。

 ボートと言っても決して船外機で動くような小さい物ではなく、警察用のプレジャーボートです。私もわかる範囲で準備を手伝いました。

 

「よし、エンジンの調子もよさそうだ。浜風ちゃん、モヤイ縄を解いてくれるか?」

 

「わかりました。よっと───ん?え…………あれは………」

 

 私はふと、桟橋に人がいるのに気づきました。作業で近づいてくるのに気づかなかったようです。

 しかも、その人は私がよく知る人物でもありました。

 

「──磯風っ!」

 

 私が見間違える筈がありませんでした。艦隊の仲間であり、姉妹艦である磯風。

 しかし、私はすぐに磯風の異変に気づきました。

 

【───あぁ、浜風か。誰かと思った。よく見えなくてな─】

 

 磯風の右目が、ぽっかりと穴が開き無くなっていたのです。しかも、残った左目からは血の涙が流れ、肌も青白くなっていました。

 

「い、磯風──目が……」

 

【なぁに、少しな。それにな、浜風……なかなか、いい気分なんだ。お前も……こっちに来るといい】

 

 そう言うなり、磯風は突然私に飛びかかってきました。

 私は咄嗟に避けてやり過ごしますが、磯風の手に血に濡れた包丁が握られているのに気づきます。

 

「い、磯風!何のつもりですか!」

 

【何のつもり…?そりゃ、お前をこっち側にするためさ。いいもんだぞ、なかなか。何、痛いのは一瞬だ──人も何人かこっち側にしてやったんだ。我ながら上手い方だと思うぞ?】

 

「人!?ま、まさか磯風……あなたは!?」

 

 包丁による攻撃を躱しながら、磯風に問いました。答えはわかりきっていましたが、私はそれでも信じられなかったのです。

 

【そうだ、殺したよ──】

 

「っ───」

 

 磯風の一撃が頬を掠め、血がにじむのがわかります。その一撃の迷いのなさに、磯風は本気で私を殺しにかかっている事がわかりました。

 徒手格闘の技術は磯風のほうが上──間合いを詰められ、組みつかれたら最後です。

 

「は、浜風ちゃん!こっちだ!」

 

 藤田さんが警棒を片手に船から降りてきます。

 しかし、警棒程度で磯風を抑えられる筈がありません。

 

「ダメです、藤田さんボートに!ボートに戻ってください!」

 

【脇が留守だぞ!】

 

「ぐふっ──!?」

 

 磯風の回し蹴りが私の脇腹を捉え、私は桟橋の反対側まで吹き飛ばされました。咄嗟に桟橋の縁に掴まってどうにか海には落ちずに済んだものの、桟橋にぶら下がるような格好となりました。

 

「浜風ちゃん!畜生───大人しくしろぉ!!」

 

 藤田さんが警棒を片手に磯風へ叫びます。その様は、まさに犯人と対峙する本職の警察官でした。

 しかし、藤田さんが手に負えるような相手でないことはわかりきっています。私は死に物狂いで桟橋へ這い上がりました。

 

【誰だ貴様……まぁ、この際誰でもいい。でやぁっ──!】

 

 磯風が、包丁による突きの一撃を繰り出し、藤田さんに迫ります。藤田さんは警棒を構え攻撃を往なす体制を取りました。しかし、その体制を取らせるのが目的な事くらいはわかります。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 その磯風に飛び掛かり、揉みくちゃになりながら磯風を藤田さんから引き離しました。

 磯風は飛びついた私にチャンスとばかりに組み付き、上を取ってきました。足で両腕を抑えられ、馬乗りされて身動きの取れない私に磯風は言い放ちました。

 

【飛んで火に入る夏の虫とは、お前の事だな】

 

「ひっ───あぁぁあ゛あぁあぁぁぁあ!?」

 

 ギラつく刃が右目へと飛び込んできて、あまりの痛みに私は悲鳴を抑えられませんでした。

 私の右目から迸った鮮血が頬を伝って桟橋に流れ落ちていきます。

 

【これでオソロイだぁ!ハハハハハハ!さぁ、次は心臓を─がっ】

 

 乾いた音が響き、磯風のこめかみから肉片と血が飛び散りました。

 力なく磯風は崩れ、私は開放されましたが、右目の痛みのせいで動けません。

 

「───っ、つ……使っちまった………くそぉ………浜風ちゃん、大丈夫か!?」

 

 藤田さんが硝煙を燻らせる拳銃を片手に、右目を抑えて踞る私へと駆け寄ってきます。

 私は自分の手袋を使って右目を抑えながら藤田さんへ言いました。

 

「船──海の上なら、安全です──っ」

 

「お、おぉ!わかった!我慢しろ、すぐ手当てしてやっからな!頑張るんだぞ!」

 

 そう言うなり、藤田さんはすぐに私を抱えあげ船へと私を乗せました。

 藤田さんはモヤイ縄を解いてすぐにボートを発進させ、すぐに桟橋を離れました。

 まだ桟橋が見えるような位置でしたが、私はそこで戦慄する光景を見てしまいました。

 

 頭を撃たれたはずの磯風が、桟橋に立っていたのです。

 

【浜風ェ!!鬼ごっこは始まったばかりだ!精々逃げ回るといいさ───絶対に捕まえてやるからなぁ!!】

 

 操船している藤田さんには聞こえなかったようですが、その言葉を聞いた私は、磯風やこの島への恐怖で心を埋め尽くされます。

 兎に角今は、船で磯風から離れることができたことに安堵しつつ、甲板の上で震えることしか出来ませんでした。

 

 




アーカイブ
No.009

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夜見島古事ノ伝-奇しき印顕す縁-

古の者、闇に閉ざされし地の底より悪しき念を送りて人心惑わす。又、人の目を通じ現を覗き見するなり。
其の念に感応する者あれば奇しき印顕れ、其の者、幻に苛まれん。此は古の者の仕業なり。

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夜見島に伝わる古文書、夜見島古事ノ伝に記載されている伝承の1つ。
視界ジャックに関する記述がある。


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