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瑞鶴 夜見島遊園地
初日 04:03:57
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「遊園地って、これが………………大分ちっちゃいのね」
古る寂れた遊園地脇の道路。そこに降り立った私は軽トラのドアを閉めると、車の外へと出た。
加賀さんを歩かせる訳にもいかないため、何か運べる手段を探したら運よく軽トラを見つけたのだ。
しかも鍵が付きっぱなし、バッテリーも上がっていないという代物だった。燃料も満タンで申し分なく、有り難く使わせてもらっている。
「瑞鶴………どうしたの?」
「ちょっとね。加賀さん、乗り心地は悪くない?」
「上々………とは、言えないわね。流石に」
加賀さんには荷台に乗ってもらっていた。
民家で拝借した毛布と布団でクッションを作ったが、やはり軽トラの荷台だけあって乗り心地は良くないと思う。
あとは私の運転が下手じゃないと信じたいところだけど。まぁ、延々と港まで歩くことを考えたらマシだ。
策の向こうの遊園地を眺めながら私は、あそこなら普通の水もあるんじゃないかと思った。
水じゃなくても、遊園地なら自動販売機の1つや2つあるはずだ。正直喉が渇いてきているし、血を流している加賀さんの場合はもっと深刻だと思う。
私はこの軽トラに積んでいたバールと、漁師小屋で手に入れた刀?を手に持ち、民家で入手したリュックを背負った。
「加賀さん、ちょっと遊園地の中を見てくるから。すぐ戻るね」
「すぐ、ね………わかったわ。」
本当言うと、加賀さんを軽トラの荷台に放置したまま離れるのは気が進まなかった。けど、遊園地は目と鼻の先で、軽トラに何かあってもすぐに戻ってこれる範囲だったのだ。リスクを冒してでも行く価値はあった。
「一応、何かあった時の為に………これ、置いとくよ?」
「フッ──ズイズイ丸ね。持っておくわ」
私は刀を加賀さんの脇に置くと、加賀さんはそれを見て冗談っぽく名前を付けた。その様子を見て少し普段の調子に戻ってきているように感じ、私はちょっと安心する。
「なによその名前。まぁ、いいけどさ。じゃあ行ってくるわ」
加賀さんに手を振り、私は遊園地と道を隔てている金網の柵をよじ登った。
「よっと──ふぅ…」
遊園地は廃墟というには小綺麗で、むしろ寂れているという感じだ。
子供向けの遊園地らしく、観覧車やコーヒーカップなどのありきたりなアトラクションしかない。敷地も大して広いとは思えなかった。
私は一先ず自販機を探して園内を歩く。すると、かなり古くさい自販機があった。
瓶詰め清涼飲料の自販機だが、この際なんでも構わない。
「…ごめんなさい」
私は一言謝ると、瓶取り出し口からバールを差し込み、テコを使って瓶の留め金をこじ開けた。
めきめきといって簡単に留め金は壊れたので、私はそこから転がり出てきたジュースをリュックへと失敬する。電気が通っていたのか、ジュースが冷えているのには驚いた。
「……………毒味代わりに1本くらい……いいよね?」
冷えている瓶のコーラを目の当たりにして、私は流石に我慢できなかった。
加賀さんに申し訳ないと思いつつ、自販機本体についた金具を使って王冠を外し、炭酸ガスの薫る液体を喉へと流し込む。
「ングッ──ング────ぷはっ、美味しー!………と、そうじゃなかった。」
喉が渇いていたせいか、一気に中身を飲み干してしまった。
喉に残る清涼感を感じつつ、私は空き瓶も何かに使えるかもと思いリュックへとしまう。
持って帰る場合は栓抜きが問題だったが、ドライバーか何かで代用できると思った私はひとまずズラかる事にした。
「なんか、この島に来てからコソ泥みたいなことばっかりしてるなぁ……」
立派な自販機荒らしとなった私だが、すでに軽トラの窃盗や盗難をしてることに気づき一人苦笑いする。
そんな時だ。
メリーゴーランド側から銃声がして、私の足元に弾丸が飛び込んできた。
「───!?……くっ」
私は反射的に駆け出し、軽トラを停めている道の方へ舞い戻る。
相手が銃では、正直バールだと分が悪い。
私は金網をよじ登る前に一度コーヒーカップへ隠れると、息を落ち着かせながら作戦を考えることにした。
このまま金網を登ると、登っているところを撃たれるかもしれないからだ。
「何か………あ、そうだ。」
リュックから先ほどの空き瓶を取り出す。少しでも身軽になるため、飲み物の詰まったリュックは一先ずここに置いておくことにした。
「よし………うまくいってよ」
敵の位置はまだしっかりとは把握していないが、銃声や弾が飛来した方向からどの辺にいるかくらいは掴んでいた。
私は空き瓶とバールを持ち、敵に見つからないよう迂回しながら接近を開始する。
敵の位置は、概ねメリーゴーランドの周辺。ひとまずメリーゴーランド周辺の植え込みまでは見つからずに接近できたが、その先は障害物がなく見つかるリスクが高い。
私は空き瓶をコーヒーカップ周辺へと投げた。単純な陽動だが、意識はそっちへ向くはずだ。その間に私は小走りで物影から飛び出し、メリーゴーランドへの距離を詰めれるだけ詰める。
走っている最中、遠くで空き瓶が割れる音がした。
敵は私を見失っているようで、植え込みから出ても撃ってはこない。私はどうにか、メリーゴーランド近くのベンチまで近づくことに成功した。
しかし、ここまで来たはいいものの敵の姿を捉えてはいなかった。
「どこに………────────────!」
私は感覚を研ぎ澄まし、近くにいる筈の相手の気配を探っていると、突然脳裏に別の誰かが見ている光景が浮かんだ。
まるで古びたビデオのようにノイズがかってはいるが、紛れもなく他人の見ている光景だったし、しかも相手の聞いている音や息づかいまで感じ取れたのだ。
「────なに、今の…………一体…………」
突然自分に目覚めた超自然的力に戸惑うが、ふと思い付いたことがあり、再び意識を集中させ相手の気配を探った。
相手の視界がまた脳裏へと浮かび上がり、私はその映像を細かく分析していく。
手にライフル、視界にはメリーゴーランドの馬が写り、その後ろに隠れているのがわかる。そして、まるで何かを探すように忙しなく移る視線。頻繁に見るのは反対側のコーヒーカップ。
間違いなく、先ほど私を撃ってきた屍人だ。
そして、その視界から位置を逆算して場所を割り出す。
私は位置を特定すると、敵の隠れている位置へと接近する。
いた。
バールを握りしめ、私は背を向けている敵の背後へとにじり寄った。
「────っ!」
横凪ぎにバールを振り、釘抜き部分で相手のこめかみを捉えた。
相手の頭が半分吹き飛び、ライフルを取り落として倒れる。
「───か、勝った……!」
不思議な力のお陰もあり、ライフルを持つ敵を倒すことに成功する。敵は猟友会の猟師のようで、オレンジ色の派手なベストを着用していた。ライフルも民生用みたいだ。
私は戦利品をぶんどる兵士のようにライフルを取りあげると、倒れている死体から弾薬の類いがないか探った。
「………結構持ってるわね。長期戦になってたらヤバかったかも。」
ベストのポケットからジャラジャラと出てきた弾。その数は軽く50発近くはあり、一体何を狩猟するつもりだったのかと疑問に思うが、今回は有り難く受け取っておくことにする。
「思ったより時間食っちゃったし、加賀さん心配してるだろうなぁ………あ、そうだ。」
私は先ほどの力───視界を奪うから取りあえず視界ジャックとでも言うか。それを使って加賀さんの視界を探ってみた。
あった。
《瑞鶴………まだ………?まさか、さっきの銃声………でもあの子に限ってそんな………》
加賀さんの独り言がありありと聞き取れる。
私はこれ以上加賀さんに心配をかけるのは不味いと、飲み物の詰まったリュックと戦利品を手に軽トラへと戻った。
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翔鶴 夜見島遊園地
初日 04:45:37
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「何か銃声がなってたけど………大丈夫かしら」
私は独り言を漏らしながら、すっかり使い慣れた火掻き棒を握りしめてバイクを降りた。
バイクだが、先程の砲台周辺に停められていた物を借りてきている。目の見えない赤城さんに連れ添って歩くのは時間がかかるためだ。
バイクは川崎のKLX250。その軍用仕様で偵察オートと呼ばれる代物であり、無線機用のラックや各種ガードが装備されていた。
おそらく陸軍の偵察部隊が使っていたものだろうが、乗り手のいなくなったまま放置されたのだろう。
趣味でバイク、それもオフ車に慣れていてよかったと思う。しかも、私の乗っているバイクと同じ型なので、特に練習もなく動かせる。
私は各種装備を降ろして赤城さんを後ろに乗せ、ここまで走らせてきていた。
ちなみに遊園地へ来るまでの途中、何体かゾンビ?に出くわしたものの、騎兵のサーベル術の要領で火掻き棒を叩き込んできた。使い慣れたというのはつまりそう言うことだ。
「赤城さん、少し様子を見てきます。ここで少し待っていてください。」
「えぇ………翔鶴、できれば早く……お願いね?」
タンデムシートに乗せた赤城さんを介助しながらバイクから降ろし、手を添えながら近くの小屋へと連れ添う。
やはり目が見えないと不安なのか、赤城さんは普段とはまるで別人のように怯えきり、介助する私の手にすがり付いている状態だった。
赤城さんを小屋の脇に座らせると、私はバイクと一緒に入手したゴーグルを着け直し、バイクへと跨がる。
このままバイクで遊園地に乗り込んでも良かったが、もし銃を持った相手がいた場合は厄介だし、赤城さんを乗せたままではオフ車乗りとしての本領を発揮できないというのもあった。
バイクのエンジンを入れると、頼もしいエンジンの鼓動が全身へと伝わってきた。アクセルを何回か回してエンジンを温め、クラッチを繋いで車体を解き放つ。
地面を蹴りあげるようにバイクは走り出し、私はそれを身につけた運転技術で的確にコントロールした。
遊園地の改札が見え、フォークのテンションとハンドワーク、体重移動でバイクをフロントアップ───そのまま勢いを着けて前輪タイヤで古錆びたバーをへし折り、遊園地内へと侵入した。
低速で園内を走行していると、やはりというかゾンビがいるのを確認する。赤城さんを連れてこないで正解だったと思った。
アクセルを開け、バイクに十分な速力と運動量を乗せていく。愛用の火掻き棒を右手に、すれ違い様にスパイクを叩きつけた。
【アオゥ゛──】
加速力と重さが乗った一撃は、ただ振るよりも何倍も威力があるのだ。中世、騎兵の突撃が恐れられたのと同じである。
【ウオォォォォォォ───!!!】
どこからか雄叫びが聞こえ、ゾンビが私を囲むように増えてきた。
一旦バイクの速度を弛め、適当な一体へとフロントを向け──一気に発進させる。
「やあぁぁぁぁぁっ」
鬨の声ではないが、雄叫びを挙げて突撃する。体当たりの寸前で一瞬フロントアップさせ、前輪をゾンビへと叩きつけて撥ね飛ばした。
【お客さ─ま──】
スピードが落ちていたところで正面にもう一体鉈を持ったゾンビが現れ、一瞬攻撃手段に迷う。しかし、相手を岩だと思えばすぐに次の行動が導き出された。
フローティングターン、前輪を浮かせて後輪立ちにし、体重移動で方向転換するものだ。
その技は壁や岩があったりすると一瞬止まり、それを支えにして方向変換するという派生がある。つまり、ゾンビを壁にするのだ。
横凪ぎに跳ね上がる前輪が、ゾンビの横腹を捉えて弾き飛ばす。ついでに車体を方向変換し再発進すると、別のゾンビの頭へとさらに火掻き棒を叩き込んだ。
ついで、先程跳ねたゾンビがゆっくりと起き上がった為、更に追い討ちの火掻き棒を振るう。
バイクで突撃し、フローティングターンやジャックナイフ──後輪を上げて前輪を軸に旋回し、火掻き棒ですれ違い様に斬撃。
この一連の流れで縦横無尽に走り回り、次々と現れるゾンビを蹴散らし続ける。
【──うあっ、あぁ───】
「これでっ!!」
腰を抜かして怯むゾンビへすれ違い様の一撃を浴びせると、辺りはすっかり静か───周りは死屍累々と化していた。
「……………………」
その無惨な光景に、若干良心が痛む。しかしそれ以上に、赤城さんの目を奪った連中への憎しみの方が強い。
血染めの火掻き棒を軽く払ってラックに挿すと、返り血の付いたゴーグルを外して辺りを見回す。ここに来た本来の目的は、誰か仲間を見つけて合流する事だからだ。ゾンビ狩りはそのついでだった。
「よし、これで…………あら?────あの軽トラ、なんで動いて──」
私は遊園地の外の道──柵を隔てた向こうに停車している軽トラックに気づく。
その軽トラックは、この島に来て見る車の中で初めてエンジンがかかっていたのだ。
私はゴーグルを着け直し、最大限の警戒をしつつバイクを発進させると外の道へ出る。そこからスピードを上げ、その軽トラックの横を通り過ぎた。
「─────姉っ!」
「───ウソ───あれは……!」
慌ててバイクにブレーキをかけ、アクセルターンで急転回させ元来た方向へ向ける。今度はゆっくりと軽トラックへバイクを寄せ────
しっかりとその姿を確認した。
「翔鶴姉───翔鶴姉ぇっ!!!」
「瑞鶴──瑞鶴ッ」
私達はお互いに飛び付く。
私はバイクを、瑞鶴は軽トラックを飛び下りると、再び合間見えたことを喜び、抱きしめあった。
色んな事がまだ終わっていないけど、今は一先ずこの瞬間を最大限に味わいたかった。
アーカイブ
No.007
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レミントン Model700 SPS Varmint .308win
レミントンが発売している民生向けのボルトアクションライフル。
弾薬には有名な7.62x51mm NATO弾こと、強力な.308winchester弾を使用する。
4発入り固定式弾倉、リューポルド製スコープとマズルブレーキを装備。
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瑞鶴が狩人の屍人から入手した狩猟用ライフル。
狩猟用のため軽量だが精度は高い。