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榛名 陸の船/士官室
初日 03:00:59
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「──────…………う、ん…………ここは……」
私はズキズキとした全身の痛みから目を覚ましました。マットレスのないベッドに寝かされており全身が固くなっていましたが、贅沢は言えません。
体を見てみると、銃に撃たれた傷は止血パッドや包帯で丁寧に処置されており、血は止まっていました。
「あ、起きた?体は大丈夫?」
「え、あ……はい」
どこからか見つけてきたのか、白磁の湯呑みと軍用水筒を抱えてあの若い軍人が現れました。
彼は私が起きたのに気づくと急いで駆け寄ってきてきました。
「よかった…結構傷ヤバかったからさ……とー、君名前は?なんであんなところいたの?あ、あとこれ水!」
彼はそう言って湯呑みと水筒を私の傍らに置き、自分は反対側のベッドに腰かけました。
血の流しすぎか喉の渇きが酷かったので、彼の好意はとても嬉しかったです。
「あ、ありがとうございます───えっと………その、海軍の任務でとしか……信じられないかもしれませんが、私は海軍の軍人で──」
「え、ひょっとして…………艦娘ってやつ?」
それを聞いて、私は動揺を隠しきれませんでした。
艦娘の存在は極秘利、故に存在を知る者は本当にごく限られた者しかいないのですから。
一端の陸軍兵士である彼が艦娘のことを知っていたのには驚きを隠せませんでした。
「……………えぇ。よくご存じですね」
けど、何より彼に私が艦娘だと知られてしまったのが何となく嫌だったのもあり、私は落胆してしまいました。
「そのー………噂くらいはあるしさ。でも何て言うか…………どんなのかと思ってたけど、すごい可愛い」
「か、可愛い……!?」
顔が紅潮するのを感じます。
艦娘をやっていて、殿方から可愛いなんて言われたのは初めてでした。
「あ、えっとその………………………あ、俺永井っていうから!よろしく!」
「え?あ……………榛名、と申します。よろしくお願いします」
私は慣れていないが故にぎこちない反応しか彼に返すことができず、内心自分の奥手さにやきもきするばかりでした。
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金剛 夜見島/港へ続く林道
初日 03:23:30
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「Damn………!」
私は筑摩を肩に担ぎ、森の中を駆けていた。
背中は汗と血でじっとりと濡れ、背後からは銃声が響いてくる。
耳許を弾丸が掠めるのを感じるが、振り返っている暇はなかった。
「筑摩サン!!生きてマスカ!?」
「──えぇ、まだ………」
「まだもクソもないデス!!!弱音はNOなんだからネッ!!!」
筑摩から返ってくる声はあまりにも力無く、私は急がねばと走る速度を上げた。
「利根サンどこいるネッ…!」
筑摩の容態は控え目にいって悪い。
手遅れになる前に、せめて一目でもいいから姉に会わせてあげたい。妹を持つ身として、そう思った。
筑摩は腹部を撃たれていた。それも、機関銃で撃たれたかのような蜂の巣だ。
私が見つけた時にはもう虫の息で、彼女の周りには血溜まりが出来ていた程だ。
「金剛さん──お願いが……」
「NO!そのお願いは聞けないネ!!」
次に何を言うかなんて分かりきっていた。私は筑摩を黙らせ、港への道を急ぐ。
もしかしたら、そこに利根がいるかもしれない。それに、誰か味方の艦娘がいれば筑摩の処置をしてくれるかもしれなかったからだ。
私はこの時ほど応急セットを持ち歩いていない事を悔いたことはなかった。
「ッ!?───うわッ」
夜道を全力疾走していたせいと、焦りで注意力が鈍っていたせいで、木の根に足をとられた私は盛大に転んでしまう。
しかも、運悪く坂になっていたせいで私は数mも斜面を転がり落ち、大きな岩にぶつかってやっと止まることができた。
「ぐ───つぅぅぅぅ…………Shit!!!Shit!!!Shit!!!────これしきッ、アアアアアッ!!」
岩に強打した左腕に鋭い痛みが走り、全身打撲で体が悲鳴を挙げる。しかし、こんなところで転がっている訳にはいかなかった。
私は無理矢理足を地面に突き立て、落としてしまった筑摩のもとへ戻ろうと斜面を這い上がった。
左腕は力が入らず、額は少し割れたのか血が滴る。体はいい加減休ませろと抗議してくるが、それでも瀕死の筑摩よりはマシと自分を叱咤した。
「筑摩サン!!」
斜面をかけ上がったところで筑摩を見つけ、私と一緒に転がり落ちていなかったことに胸を撫で下ろす。そして、再び担ぎ上げようと屈んだ。
しかし、左腕は言うことを聞かずダラリとぶら下がったまま。右腕だけで筑摩を担ぐのは無理があった。やむ無く筑摩の片腕を取り、それを私の肩に回す。
「立つデェェス、あと──チョットなんだから!!!」
全力で筑摩の体を引っ張り起こし、歩かない筑摩を引き摺りながらゆっくりと斜面を降りる。
気づいた時にはなぜか銃声が止み、私は銃撃が止んでいる間に少しでも距離を稼ごうと歩き続けた。
「───ほら……筑摩サン、港が見えた…デスヨ?」
木々の間から防波堤を見て、私は隣の筑摩に声をかける。
「──筑摩サン?筑摩サン!返事するデス!!!」
返答のない筑摩に嫌な予感がし、私は筑摩を揺さぶり叫んだ。
筑摩はただ揺られるばかりで、声を出す気配はなかった。
「……………My god…Oh my god………Oh my god…ッ!!!」
何のためにここまで来たのか……そんな徒労感よりも、死に目に姉に会わせてあげられなかったことの方が心に重くのし掛かった。
私があの時転んでいなければ……
応急セットを携帯していれば…
刺し違えてでも敵に立ち向かっていれば……
自分の選択への後悔と筑摩への申し訳無さ、行き場のない感情に私は歯を食い縛る。
「Sorry……ゴメンナサイ……ゴメンナサイ筑摩サン…利根サン………」
【───金剛─さん───】
「!!──筑摩サン!?生きて゛ッ──What's…this…………」
【──大変でしょう………もう…楽になってしまいましょうネェ】
突然甦った筑摩に喜ぶも束の間。いきなりナイフを腹に突き立てられた。
私は訳もわからず、腹に刺さったナイフを見て愕然とする。
喋ろうとすると口から血が溢れてきてうまく喋れない───
「───どう、シ、あがっ───!?」
【金剛さん、お辛そうでしたからぁ───さぁ、こちらの世界へ……どうぞぉ~】
ナイフを引き抜かれ、私は体制を崩した。筑摩に見下ろされる格好になる。
そして、その筑摩の後ろには黒いモヤモヤとした何かが見えた。ソイツらは幽霊のように顔があり、私に向かってじりじりと近寄ってくる。
私は慌てて後退り、その黒い何かから距離をとる。
「な──げほっ─ッ─こ、来ないでっ────Stay away─No!」
血が口から溢れるのも気にせず、私はその黒いナニかへ向け近くの枝や石を拾っては投げつけた。
「うッ、アアアアアァァァァァ゛!?」
けど、そのモヤモヤは1つだけではなかったのだ。
気づいたら周囲には黒いモヤモヤが何体も湧いており、その一体が背後から噛みついてきた。
そこからはまるで獲物に群がる狼のように、私の体へ次々と噛み付いてくる。
耐え難い苦痛に我を忘れて暴れ抵抗するが、弱った私ではまともに連中を振りほどけなかった。
「イタイ…………どうし、テ………………」
私は体を黒いモヤモヤ達に貪られながら、虚ろな瞳で空を見上げ続けるしかなかった。
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翔鶴 貝追崎/第一砲台
初日 03:03:57
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人のうなり声のような風の音に、私は言い得ぬ不気味さを感じて眉を潜めた。
「嫌な音…………赤城さん、誰かいましたか?」
「いえ、誰もいないわね………皆、もしかして港へ向かったのかしら?」
赤城さんと私は津波に飲まれ、気づいたらこの集落にいた。
私達は辺りを見回しながら、人の気配のしない廃墟を歩く。
どうやら、この島には軍の施設すらあるようだ。それだけでも、島に関する情報を軍部は持っているのでは?
「私達が送り込まれた意味……何なのかしら?」
「え?」
「あぁ、すいません。少し考え事を」
この島にあるこの砲台群。ここに設置してある大砲は決して古いものではなく、第二次大戦頃よりやや古いくらいの要塞砲だった。
しかも、潮風による錆びはあっても、長い年月による風化は見られない。まるで、ここだけ時が70年前で止まっているようだ。
「──この島、軍はすでに存在を知っていたのではないでしょうか?」
「?………どうしてそう思うのかしら?」
「この大砲……見覚えありませんか、赤城さん。これ、十年式高角砲です。つまり、少なくとも70年前までは、この島を軍が要塞として使用していたということになるんです。」
「じゃあ、軍はこの島の存在を知っていて、その上で何の情報も開示していない…と?」
「えぇ、一般に対しては…ですけど。私達に配られた作戦資料、覚えていますか?」
「!………そういえば、嫌に詳しかったわね。あの地図。」
「はい。軍がこの島を要塞として使っていたのであれば、あのくらいの地形図を用意するのは簡単な筈です。それに……あの地図、70年前には有り得ないものまで載っていた。」
「!……遊園地ね。」
「はい。要塞のある島に、果たして70年も昔からそんなものあるでしょうか。つまり、軍は70年前どころか、この島が消える30年前のことまでしっかり把握しているということです。」
「それじゃあ、何故私達にそんな島の偵察を命じたのかしら?」
「…………そうですね………………………深海棲艦との関連を警戒した──ってところでしょうか?現状、それが一番濃厚な線な気がします。一つの島が消失……そんな超常現象、起こせるのは深海棲艦くらいですし。」
正直、島にいる以上は理由などどうでもいいことかもしれない。
けど、私はなぜこの作戦が実施され、自分がこんな状況にいるのか納得できる答えが欲しかったのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、私は不思議なものを見つけた。
「?………焚き火?」
砲台の手前くらいだろうか。
ドラム缶で作られた囲いの中で、ゴミを燃やしていたのか火がくすぶっていた。ご丁寧に火掻き棒まで添えられている程だ。
私は火掻き棒を手に取り、それをまじまじと見つめる。
何故こんなところでゴミが燃やされているのか。こんな非日常的な状況下で、何故かある日常。本来ならないはずの違和感が、その焚き火からは漂っていた。
「翔鶴さん、どうしたのソレ。」
「いえ………こんな状況で、誰がゴミなんて燃やしてるんだろうと思って……」
赤城さんの問い掛けに、私は焼けた火掻き棒を見せながら答えた。
赤城さんも不思議に思ったのか焚き火を覗きこむ。
「何か変なものが入ってるわけでもない……わね。何なのかしら」
赤城さんの独り言に、私は試しに火掻き棒で灰を弄ってみるが、これといったものはなかった。枝や枯れ葉など、ごくありきたりな燃えるゴミだ。
【─────て、き、発見】
焚き火ばかり見てたせいかもしれない。私達は二人とも、背後に近づく何かに気づいていなかった。
突然棍棒のようなものが私の頭に叩きつけられ、私は痛みと衝撃で地面に崩れた。
「───っ、うぐっ……な、に……?」
私の目に写ってきたのは、陸軍兵士の男だった。血まみれで血色のよくない肌ではあるが、その手には角材が握られ、今まさにそれを降り下ろそうとしていた。
私は咄嗟に飛び退き、角材の一撃をかわして体勢を整えた。
「このっ──!!」
手に持っていた火掻き棒を上段から降り下ろし、勢いよく男の後頭部へと叩きつけた。
火掻き棒は見た目以上に重さがあり、鋭いスパイクも付いている為にその一撃の威力は馬鹿にならない。
火掻き棒のスパイクが男の頭を捉え、嫌な音と共に男の頭を吹き飛ばす。
「うっ…っ───」
まるで割られたスイカのような状態になったのを見て、私は胃からこみ上げるものを感じて思わずえづいてしまう。
「あ゛あぁぁぁぁぁぁぁあッッッ!!!」
しかし、突然響いてきた悲鳴に私は我に返った。
辺りに響いた悲鳴にそちらを向くと、もう一人の兵士が、赤城さんに馬乗りになっていた。
「───このッ……やぁぁぁぁ!!!」
私は咄嗟に火掻き棒を振りかぶり、渾身の力を籠めたフルスイングを叩き込む。
先ほどの比ではない威力が集積され、兵士の頭を捉えた。
艦娘のフルパワーで叩きつけられた火掻き棒は、まるで刀にでもなったかのように男の頭を
そのインパクトの衝撃で兵士は吹き飛ばされ、自由になった赤城さんは両目を押さえて悶える。
「うぐぅ……痛、痛い゛っ───たすけ──しょう──かく゛っ」
手で押さえられた両目から血がだらだらと溢れるのを見て、私は悲鳴のような声を出していた。
あろうことか、赤城さんは両目を潰されていたのだ。
「あ、赤城さん!?そんな、目が───止血しなきゃ───あぁ、どうしたら──」
頭がパニックになり、適切な対処方法が思い浮かばない。
私は必死で沸き上がる感情を抑えながら、苦痛から助けを求める赤城さんの治療を行った。
アーカイブ
No.006
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陸軍築城本部通達ノ事
昭和十年七月付
豊後水道防衛力強化ヲ喫スル為、豊予要塞各砲台ハ佐伯築城司令部指揮下トナリ戦備増強工事ニ着工ス。
以下定ル各砲台ヲ対象トスル。
丹賀
佐田岬
高島
貝追崎
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昭和10年に発令された豊予要塞各砲台の増強工事計画についての通達。