SIREN:FLEET   作:ギアボックス

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初日 00:00:00~02:00:00

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赤城 夜見島/瓜生ヶ森

   当日 23:59:14

 

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 あれから随分と歩いたが、これといったものは見つけていなかった。

 行方不明となっている水雷戦隊はおろか、仲間すらまだ見つけていない。ただ夜のこの島を散策しているような状態となっていた。

 

 何か起こると思っていたのに、拍子抜けするくらい何も起こらない。それが却って不気味だった。

 

「何もない、わね………………ッ!」

 

 木々の合間にチラリと、懐中電灯か何かの明かりが見えた。

 

 もしもに備えて気配を殺し、向こうから見つかりにくいようしゃがんで様子を見る。

 枯れ枝を踏み締める音が近づいてきて、私の胸は早鐘を打ち始めた。

 

 今、こちらは丸腰だ。

 武器らしい武器は持っておらず、相手が危害を加えてくれば素手で応戦しなければならない。

 一応素手での格闘も訓練は受けているものの、体験程度のものを半日やったくらいだ。その程度では、もし相手が武器を持っていた場合挑んだところで返り討ちである。

 

 しかし、相手もかなり警戒しているようなのか、息を潜めている筈のこちらに気づいたらしい。 

 

 私が隠れている茂みに光が当たる。

 間違いなく存在に気づかれ、私は内心覚悟を決めたものの、相手の声を聞いてその緊張は一気に解けた。

 

「……誰?」

 

「────あぁ、よかった………私です、翔鶴さん。」

 

「えっ、あ、赤城さん!?よかった、ご無事だったんですね!」

 

 懐中電灯を持っていたのは僚艦の翔鶴さんだった。彼女も艤装が破損していて艦載機が飛ばせないらしく、私同様仲間を探してこの島を探索していたようだ。

 

「翔鶴さんも無事で嬉しいわ。けどその様子だと……他の人を見かけた、という感じじゃなさそうね」

 

「赤城さんも……ですか…………」

 

 翔鶴さんは落胆した様子だった。恐らく、妹の瑞鶴さんの安否が気になっているのだろう。

 

「小さいと言っても、歩けばそこそこの広さがありますからね。小一時間歩いて誰にも出くわさないくらいには………遊園地の方から歩いてきたんですが、誰もいませんでした。」

 

「夜だから……って訳でもなさそうね。多分、皆銘々に動き回っているんだと思うわ。港の方にいたけど、誰も来なかったし………」

 

 上陸は可能であれば行うことになっており、その場合の集合地点には港を指定している。発光信号を飛ばして暫く港に留まっていたのは、他の艦娘との合流を待つ意味もあった。

 しかし、皆集合よりもまず任務を優先したのだろう。恐らく、行方不明の水雷戦隊を捜索する傍らで誰かと合流できればいいと思ったのかもしれない。

 

「一先ず、情報だけでも共有しておきましょうか。私だけど、港から集合住宅群を抜けてこの森に入ったの。森の中………ほら、あそこの方向にある建物が気になったのよ。」

 

 私は、森の中にある謎の建物の影────自分の目が間違っていなければ、船のように見える物を指差す。

 何故こんな森の中にあるのかは知らないが、遠くからでもよくわかる大きな船体だった。

 

「赤城さんも、ですか?………私は遊園地の方からあれが見えたので」

 

 

────00:00:00────

 

 そんな時であった。

 私達の耳を、地響きと共に大きなサイレンの音がツン裂く。

 

「っ───!」

 

「何!?」

 

 まるで空襲警報でも思わせるような、背筋が凍りつく不気味な音だった。

 それが島中へと木霊していっているようだ。

 

「────あ、赤城さん!う、海が!!」

 

 翔鶴が海の方向を指差す。

 そこには目を疑いたくなる程の巨大な高さの津波が、今まさに島を飲み込まんとこちらへ向かってきていた。

 

「なん、なの……この島は……」

 

 来てからというものの、わからないことだらけ。

 突然の嵐に、誰もいない島。次々と人や物を呑み込んでいった割りには何も起こらず、そう思っていた矢先にあの津波。

 

 正直、頭はパンク寸前だ。

 怯えた翔鶴さんが寄り添ってくるのを抱き締めながら、私達は自分が津波に飲まれる瞬間を待った。

 

 

 

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瑞鶴 夜見島/蒼ノ久漁港

   初日 00:10:44

 

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「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!?─────────あれ?」

 

 津波に飲まれたと思った。けど、気付いたら何事もなかったかのように静まりかえった漁港で一人叫び声を挙げていた。端から見たら間抜けな光景だ。

 

「…………とうとう、幻覚でも見え始めたのかな………」

 

 荒波に飲まれて、気付いたら私はこの漁港に浮いていた。

 艤装も服も何もかもが水浸し。

 凍え死にそうだったので、海から上がってすぐに目についた小屋へ入った。

 漁具をしまっていたので、多分漁師小屋だ。

 中には漁師さんが使っていたであろう火鉢があり、折角だからと体を暖めていたのだが、サイレンのような音がして外を見たら津波が押し寄せてきていた。

 

「間違いなく、飲まれていた………よね」

 

 濁流に飲み込まれる感触は残っているが、服も体もまったく濡れていない。むしろ火鉢に当たっていたお陰で綺麗に乾いている。

 

 津波に飲まれたと思ったら、激しかった嵐もすっかりと静まりかえり、漁港にはポツンと私だけが立っている。

 狐にでもつままれたか?

 

「どうなってるのよ、この島は…………私、頭おかしくなったのかな…?」

 

 

 嵐や津波だけじゃない。気付いたら、海は真っ赤に染まっていた。

 夕日とか朝日とかではなく、赤色の水になっていたのだ。それに、気温も2月にしては生暖かい。

 

 同じ場所の筈なのに、まるで別の世界───模型みたいに良くできてるけど、まったく違う。そんな違和感まみれの世界だった。

 

「ここにいたって始まらない……か。兎に角誰か探そう。」

 

 嵐や寒さが無い以上、ここに留まる理由も無くなった。私は小屋に戻り、外に出る準備をした。

 

「何か武器になりそうな物は………これ、何だろ?」

 

 艦載機も弓も海に落としてしまった。

 こんな訳のわからない島で丸腰なんて自殺行為だ。そうなると何か武器が欲しくなり、小屋にあった刀のような物を一本拝借することにした。

 見るからに強そうだったし、鞘から抜いてみると錆がなく真新しい感じだった。 

 

「ごめんなさい、借りてきます……と。」

 

 刀を木の鞘に納めて腰に差し、小屋を出た。

 まずは集合地点の港まで行ってみることにする。といっても、ここからだと大分あるだろう。その道すがら誰かに会えれば御の字、といった所か。

 海を行ければいいけど、艤装が壊れていて航行出来なさそうなのだ。

 

 港から上に続く道を見つけ、そこを昇っていく。

 周りはみかんか何かの木が植えられていて、明らかに野生のものではない。こんな島に、誰か住んでるとでも言うのだろうか?

 

「────ぅ……………」

 

「ん?…………………えっ!?」

 

 まさかこんなすぐに知った顔に会えるとは思わなかったが、お互いに再会を喜ぶなんてできる状況じゃなかった。

 みかん?畑の茂みに見慣れた青い袴が見えたので掻き分けてみたら、加賀さんがそこに倒れていたのだ。

 しかも、肩に怪我を負った状態で。

 

「た、大変…………加賀さん!加賀さん!!」

 

「────ぅっ………ず…いか…………」

 

「よかった、まだ死んでない……!加賀さんすぐ手当てするから、頑張って──」

 

「瑞、鶴…………ここ…は?」

 

「わ、わかんないけど多分、畑………って、そんなことより!えっと───兎に角傷を止血しないと…………」

 

 加賀さんの顔には血の気がなく真っ青だ。服も体も血と雨でぐっしょりと濡れており、間違いなく体力を消耗していた。放っておけば艦娘と言えど死んでしまう。

 

「……………ぐっ、ぅ…………ぅ…………っ…!」

 

 私が戸惑っているのを尻目に、加賀さんはヨロヨロと立ち上がって周りを見回した。

 

「だ、ダメだよ加賀さん!血が…!」

 

 私は慌てて制止するが、加賀さんはなにかを警戒している様子だった。

 

「瑞鶴っ…!とに、かく……どこか隠れられる場所を………手当てはその後でいい、から!」

 

「あ……は、はい…………」

 

 満身創痍の加賀さんに怒鳴り付けられ、まだ新入りだった頃を思い出して萎縮してしまう。

 加賀さんに普段の余裕は全く無く、フラフラとしながら周りを見渡していた。

 

「あっ!そうだ………加賀さん、こっち!」

 

 私はさっきまで自分がいた漁師小屋を思い出すと、ふらつく加賀さんに肩を貸し、小屋へと案内した。

 行きと比べて時間はかかったものの何とか小屋にたどり着くと、加賀さんを私がさっきまで座っていたゴザの上に寝かせた。

 火鉢は灰を被せただけなのでまだ燻っており、灰をどけて炭をくべ直した。小屋は私が出てからまだそんなに時間が経っていないので温かい。

 

「何か包帯になるもの…………あった!」

 

 周りを見渡すと綺麗な晒しがいくつか目に入ったのでそれを取り、加賀さんの元へ戻る。

 ついでに赤チンも見つかり、手当てに必要な最低限の道具は揃った。

 

「加賀さん、服脱がせるからね?」

 

「えぇ………頼むわ」

 

 加賀さんの上半身を起こし、襷と胸当てを外して血に染まった上衣をはだけさせる。

 傷は想像していたよりもずっと深く、骨すらうっすら見えていた。

 

「染みるけど……我慢してね」

 

「………………ぐっ───」

 

 赤チンを傷口にかけて消毒する。

 相当痛い筈だが、流石というか加賀さんは呻き声こそ漏らすも叫びはしなかった。

 いくらかマシになった傷口に晒しを麦の穂巻きにして縛り、再び加賀さんを寝かせる。

 

 銃創だから詰め物をした方がいいんだろうけど、詰め物に使えるような物はない。下手なものを詰めると化膿してしまう。

 

「手際がよくて、助かるわ………」

 

「まぁ訓練でやってるしね…………ちょっと、服洗ってくるからじっとしてて。」

 

 そう言うと、血に染まった加賀さんの上衣を手に取り外へ出た。

 海はあれだけど、どこか水道くらいはあるはずだ。

 

「あった」

 

 洗い場らしきものと水道の蛇口を見つけ、栓をひねった。

 しかし、出てきたのは赤い水。

 

「わっ!?嘘、でしょ……何なのよ」

 

 待っても待っても、赤い水が透明にならない。

 試しに手ですくって臭いを嗅いでみると、普通の水のような臭いだった。

 

「うっ………どうしよう……」

 

 見た目は赤いが、普通の水にも思える。

 加賀さんの上衣が赤くなってしまうかもしれないが、血でベタベタよりはマシかもしれない。

 私はその赤い水で加賀さんの服を洗い、きつく絞って小屋へ戻った。

 

 小屋に戻ると、加賀さんは余った晒しをゴザの上に敷いて寝ていた。唇を噛み締め、額からは大粒の汗が滲んでいる。傷の痛みに耐えているのがよくわかった。

 

「ごめん加賀さん、なんか普通の水が無くてその…………」

 

「服……洗えなかったのね…………」

 

 加賀さんは私の言葉を聞き、目に見えて落胆していた。

 服は赤い水で洗ったせいか薄紅色にうっすら染まっており、血もいくらかは落ちたもののあまり綺麗とは言えない有り様だった。

 絞った上衣を乾かすため火鉢の近くの梁に吊るし、適当な晒しを加賀さんにかける。

 

「………どうしてこんな…」

 

 薄紅に染まった加賀さんの上衣を見て一人言のように小さく呟く。

 ありふれている筈の水が、どうしたら全て赤くなる?

 理由などまったく想像がつかない。

 もう、訳のわからないことだらけだ。

 

 

 

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神通 夜見島/崩谷~金鉱社宅

   初日 01:09:57

 

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「参りましたね……こんな状況は、流石に想定外です」

 

 私の言葉に呼応する者はなく、代わりに人ならざる者たちが周囲にうごめいていました。連中の呻き声は、聞いていてあまり心地いいものではないですね。

 

 私はガラクタ置き場から手に入れたネイルハンマーを構えると、適当な一体に狙いを定めました。

 

 ソイツの獲物は角材、リーチは長いから本来は不利。しかし…………

 

 動きが鈍すぎる……!

 ソイツが角材で中段に薙ごうとするのを見極め、角材を足場に跳躍。

 身長の倍程度からの落下エネルギーも利用し、ネイルハンマーの重さと腕力で─────唐竹割りに一発。

 

「一本、取りました。」

 

 崩れる敵を見据え、次の獲物に視線を移します。

 

 連中にも恐怖心はあるのか、私に睨まれた敵は背を向けて逃走するような挙動を取りました。その方がむしろ好都合です。

 

 素早く間合いを詰め、ネイルハンマーによる一閃。

 ガラクタでも無いよりはマシと思っていましたが、取り回しやすさや最適な威力──ネイルハンマーの評価を見直す必要がありそうです。

 

「背を向けた者から死ぬ───戦場(いくさば)の鉄則ですよ?………まぁ、あなたたちに戦の講釈を垂れても、意味無いんでしょうが──」

 

 頭を失って倒れる相手を尻目に、残った連中を威圧する。

 それに怯んでチリジリになって逃げる連中から、手近なのを次々仕留めていくと、気付いたら周囲から連中の気配は消えていました。

 

「……………さて、駆逐艦たちを探しましょうか。」

 

 顔についた返り血を手で拭いつつ、私は部下たちを探して集合住宅の中へと歩を進めました。

 

 

 

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.004

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鮪切り包丁(一尺五寸)
 刃渡り45cmの刀と見まごうばかりに巨大な包丁。
 鮪などの大型魚類解体に用いられ、切れ味は抜群。

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 瑞鶴が入手した鮪切り包丁。
 加賀はズイズイ丸と命名した模様。


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