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赤城 夜見島金鉱(株) 2F
翌日 05:50:12
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「…………………!…………エンジン音?」
短いながらも睡眠を取っていると、ふと外から複数台のエンジンの音が響いてくるのに気づいて目が覚めた。
私はそのエンジン音に聞き覚えがあり、急いで窓際に駆け寄る。見張りの利根さんの視界を探し、外の光景を見た。
翔鶴さんだった。
厳密には翔鶴さんだけではなく、その後ろに大型バイクに跨がった嵐さんと萩風さん、更には陸軍の高機動車が続いていた。
他の皆も何事かと起き出してきたようで、ビルの二階に集まってくる。
私は加賀さんの視界を借りながら外へと出た。
翔鶴さんは私達を見つけると、そのすぐ前にバイクを停める。
翔鶴さんの瞳に血の涙はもうなかった。
「─────すいません、戻るのが遅くなりました。」
翔鶴さんはバイクを降りると、私達の前に立つ。
彼女は私達に向かって深々と頭を下げてきた。
当初は色々と言うつもりだったが、今となっては彼女が無事で良かったと思う。
それに瑞鶴さんの件もあるため、私達に彼女を叱責する権利などない。
「生きていてくれればそれでいいわ………生存者を見つけてきてくれたのね?」
私の問いかけに翔鶴さんは頷く。
その後ろでは、高機動車から降りてきた榛名さんと金剛さんが抱き合っていたところだった。
「榛名!よく無事で───本当に良かった─Thank God……!」
「お姉さまも、ご無事でよかった……」
二人はお互いの存在を確かめるように固く抱き締め喜び合う。
その傍らには、恐らく榛名さんと行動を共にしていたのであろう若い陸軍の兵士がいて、二人の様子を見て嬉しそうに頷いていた。
死んだと思っていた仲間が数名無事だったことで、私の心は僅かにだが晴れた。
しかし、無事でない仲間もいる。
ふと加賀さんが翔鶴さんに歩み寄ると、その視界が地面を見た。頭を垂れたのだ。
「翔鶴………瑞鶴が、死んだわ。あの子の死は私の責任でもある。許してくれとは言わないわ。けど………その怒りを私にぶつけるのは、この島から脱出してからにしてほしい。私も、島を出ることができたら甘んじて仕打ちは受ける。」
「…………………加賀さん、頭を上げてください。瑞鶴がいなくなったのは、私が逃亡した結果でもあります。それに───瑞鶴は、ここにいますから。」
「え…………?」
そう言うと、翔鶴さんは虚空を見た。
それだけなら、ついに気が狂ったのかと思ってしまうだろう。しかし、私はちょうどその時別の視界を捉えていたのだ。
その視界には翔鶴さんが写っていて、その視線はこちらへと向かっていた。
もちろん、その場所には誰もいない。
誰もいないのに、何故か視界を捉えることができる。
それだけで、私は翔鶴さんが言っている意味を察した。
「翔鶴、何を言って────」
加賀さんは戸惑った様子で翔鶴さんに言うが、私がそれを遮った。
「加賀さん、視界ジャックを使ってください。そこに───瑞鶴さんがいます。どういう理屈かは不明ですが……」
「え?……………」
加賀さんは半信半疑という風だったが、それでも目を瞑り視界ジャックを始めたようだ。
「…………………!?…………瑞鶴……なの?そこにいるの?」
加賀さんも、瑞鶴さんがいるであろう場所へ向け声をかけていた。加賀さんは虚空を手でまさぐっていました。その瞳には涙を浮かべている。
「瑞鶴、やっと見つけた……!ごめんなさい………私のせいで……」
項垂れる加賀さんに、霊体となった瑞鶴さんは優しく寄りかかっていた。
瑞鶴さんの声が、視界ジャック越しに聞こえてくる。
『泣かないでよ、加賀さん。私はここにいるんだから……』
それを聞いた加賀さんは、声を圧し殺すこともなく泣いていた。
私は把握しているほぼすべての艦娘がここに集結したことを認識する。
まだ合流していないのは、新たに合流した嵐さん達第4駆逐隊の一人である野分さんと、彼女達を率いていたという天龍型姉妹のみ。
可能であれば救出したいところだが、現状どこにいるかもわからない以上はどうしようもない。
「込み入っているところ悪いんですけど………」
今後の行動を考えていた私に、榛名さんと行動を共にしていた陸軍兵士の永井兵長が話し掛けてくる。榛名さんも一緒だった。
私は何かと彼らを見ると、榛名さんが一冊の古い本を差し出してきた。
「これは?」
「榛名ちゃんが調べてくれたんですが、潮凪とかいう武器があるらしくて。どうも脱出に使えるそうなんですけど……」
「この本の記述によると、潮凪にはあの赤い津波を打ち払う力があるようです。私達が拐われたのはあの赤い津波に呑まれたからですよね?なら、津波をどうにかできるこの武器を使えばあるいは──」
「この異界から、脱出できる……ですか。確固たる手段がない以上は調べてみる必要がありそうですね。でも、問題はその潮凪がどこにあるかですが」
潮凪の在処については、榛名さん達もまだ掴んでいないらしかった。
現在、脱出の手段として最有力なのはあの鉄塔だ。利根さんの水偵が突入できたところを見ると、あの空に開いた穴は通行可能という事らしい。しかし、その先がどうなっているかなど想像もつかないのだ。侵入したはいいが、無事に帰れる保証はどこにもない。
潮凪が津波を払うというのならそれに賭けてみたいところだった。すると、思わぬところから情報が出てきた。
「潮凪?あの潮凪かい?」
浜風さんと共に行動していた警官の藤田巡査部長が、潮凪の単語に覚えがあるのか私に聞いてきた。
「えぇ。何かわかることが?」
「潮凪ってのは、お神楽の時に小道具で登場する弓なんだよ。ほら、ここからちょっと行くと神社があるだろ?あそこで大祭の時にお神楽が舞われてたんだよ。その演目に、潮払いってのがあってねぇ。」
藤田さんの話では、神楽の演目である潮払いというのは、巫女が弓を片手に押し寄せる津波を打ち払うというものらしい。巫女は弓を片手に現れる鬼達を浄化して人に戻し、更に弦を鳴らして津波を払うというものだそうだ。
「他所じゃヤマタノオロチ退治とかがトリだけど、この島のお神楽では潮払いが最後の演目なんだよ。それで、巫女さんが大蛇を倒してお仕舞いって感じだな。」
藤田さんは懐かしそうにその話をするが、途中でなにかに気づいたのか榛名さんが声を上げた。
「それで弓なんだ……!なんで木なんだろうと思ってたけど、それなら納得できます!」
榛名さんはそのお神楽の演目の流れを更に詳しく藤田さんから聞き出し、それを現在の状況や古文書に当てはめていった。
そして、そこから更に仮説を立てて話始める。
「この古文書にも、その神楽の元となった伝承が書かれています。ただ、巫女に仕留められるのは大蛇ではなく人魚なんです。この人魚、恐らく赤城さん達が出くわした奴のことです。」
「じゃあ、倒されていないということ?」
「潮凪だけでは倒せない……ということでしょうか?」
「いや、神楽じゃ倒してた筈だよ。こう、大蛇の首を巫女さんが刀で跳ねるんだ。刀はたしか、巫女さんがいつの間にか持ってて………えっとなぁ、名前は確か………………あぁ、焔薙だ。確か焔薙って神主さんが言ってたのを覚えてるよ。」
「えっ…?」
そこでふと、蚊帳の外にいた翔鶴さんが声を上げた。すると、翔鶴さんは背中に背負っていた刀を下ろしてこちらへ歩み寄ってくる。
「焔薙というのは……本当ですか?」
「んん、そうだよ。確かそうだった筈だ。俺はあのお神楽が大好きでしっかり覚えるんだよ。あぁ、そうそう。君みたいな格好の巫女さんがね──」
「ちょっと待ってください。その巫女の名前とか、ありますよね?ヤマタノオロチを倒したのはスサノオノミコトですし。英雄譚なら英雄の名があるはずです。」
「ん?えっと確か─────────鶴の巫女だよ。白くて長い髪に、赤い襷掛けで袴が短くて…………って、まんまだなこりゃ。」
藤田さんの言葉に、周囲は凍りついていた。
あまりにも、その神楽や伝承の話が出来すぎているのだ。
鶴の巫女という名に、白髪に特徴的な装束。弓を使い、そして神楽に登場する刀と全く同じ銘の、恐らく本物の刀を持っている。
偶然にしては、出来すぎている。
「─────あの、これは仮説なんですけど………」
榛名さんが古文書を片手に、翔鶴さんを見ていた。
「鶴の巫女って、翔鶴さんなのでは?」
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野分 夜見島小中学校/倉庫
翌日 06:36:12
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「天龍さん、体の具合はいかがですか?」
「あんまり……よくは、ねぇ…なぁ…………痛ぇ」
私は港に向かう途中、天龍さんを救助していた。
天龍さんは右腕を失っており、顔面蒼白になって道を歩いていたのだ。
大量失血で下手に動かせなかった為、やむなく港行きを諦めて隠れられそうな場所を探した結果この場所に行き着いた。
天龍さんは右腕の切断面より上を自転車のゴムチューブと枝で作った止血帯で縛っており、そのお陰か出血は収まっている。
しかし、輸血しなければ血液不足で身体がまともに機能しない。普通の人間なら等の昔に出血性ショックで死んでいておかしくない量の血を流したのだ。当然血液不足で循環器系は機能不全、脳に酸素が回らずフラフラな状態の筈。
兎に角輸液だけでも点滴したいが、今はそんな持ち合わせはない。メディック役は龍田さんと持ち回りだったが、今日は運悪く龍田さんの番だった。当然、メディカルバッグは龍田さんが持っている筈だ。
その龍田さんは、天龍さんに手傷を負わせた張本人。接触など危険すぎる。
ほんの数時間前まで普通に談笑していた筈の龍田さんが、今や敵。私はそれを天龍さんから聞かされた時、あまりの衝撃に卒倒してしまいそうだった。
艦娘同士なら血はそのまま輸血できる。人間のようにRHを見る必要はない。その気になれば自分の血を天龍さんに回すこともできるのだ。
しかしその為の道具はないし、何より輸血中は護衛役がおらず無防備になる。今のこのような状況で、そんな事は出来なかった。
「せめて高速修復材があれば……」
無い物ねだりをしてもしょうがないが、それでも言わずにはいられなかった。
しかし、私はふとあることに気づく。
港への集結を呼び掛ける無電。もしそこに仲間の艦娘がいるのなら、ひょっとすれば医療用品もあるかもしれない。
この場所から港まではさほど遠くはない筈だ。行ってみる価値はある。
「天龍さん、私は港へ行ってみます。もし仲間がいれば、救援を望めるかもしれません。」
「……………わかった。すまねぇが、何か武器をくれないか…?」
「武器、ですか?それなら……」
そう言われ、私は駆逐艦用の12.7cm連装砲を天龍さんに手渡した。天龍さんはそれを受け取ると、無事な方の腕に嵌める。
「俺がこんなこと、言えた義理じゃねぇが────気を付けろよ。」
「はい。野分、行ってきますね。」
天龍さんに見送られ、私は倉庫の外へと出る。幸い外に敵はおらず、私は停めていた自転車に跨がった。
「進路よし───」
誰もいない、荒れ果てた運動場を自転車で駆け抜ける。港を目指し、少しでも早く天龍さんを助けるために私は立ち漕ぎし、ペダルを何度も踏み込んだ。
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No.025
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潮払イノ事
鶴の巫女、潮凪と云ふ弓でひとたび矢を射かけ赤き大浪を払いけり。波間に出でたあやかし、この矢を受け海の底へと逃ぐる。
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夜見島に伝わる神楽の演目の元となった伝承。