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翔鶴 瓜生森/瀬礼洲
翌日 03:05:18
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「………………………」
海の上で嵐さんと萩風さんを助け、二人が動けるのを待ってから連れ立って歩いていた。目的地がある訳でもないが、一先ず休めそうな場所を探している。
二人とも怪我はあったものの、所持していたファストエイドキットのお陰で動く分には問題ない程度にまで回復していた。
二人には私の知る限りのこの島の詳細について教えたが、二人ともまだ飲み込んでいる様子ではない。
それに、二人は少し私を恐れているようにも感じる。
以前に鎮守府で会った時より、二人との間に距離を感じたのだ。
それだけ自分が変わってしまったのかもと思うと、私もなんとも言えない気持ちになった。
愛馬の偵察オートを押して歩きながら、私は連れ添って歩いている二人を見た。
普段は明るい二人の顔は暗く、不安に今にも押し潰されそうな様子だった。
「…………………あれは……」
ふと、私は道の片隅に大きなバイクが停車しているのを見つけた。サイドカー付きの大型車だ。
傍らに偵察オートを停め、それをよく見ようと懐中電灯を灯す。
かなりの年代物のようだが、まだ新品同然のような新しさだ。
「す、すげぇ……軍用の陸王だ。こんな代物がなんでこんなところに……」
後ろを歩いていた嵐さんが前に出てくると、興味深そうに陸王を見ていた。
彼女も結構なバイク好きで、その知識はマニアの部類に入ってくるだろう。
私も名前なら聞いたことがある。相当古いバイクであり、普通は博物館などに展示されているような代物だった。
「エンジンが温かい………誰か乗ってたのか?」
嵐さんは陸王のエンジンに手をかざし、その熱を感じ取っていた。
この島にはバイクを操る屍人もいる。私は焔薙に手をかけ、周辺を視界ジャックで探った。しかし、敵の気配は近くにはない。少なくとも、ここで大騒ぎしない限り敵は寄ってこないだろう。
「敵は周りにはいない。となると…………この船の中に入っていったという事になるわね。」
道の先に横たわる、謎の船。
森の中になんでこんな代物があるのかわからないが、少なくとも陸王に乗っていた敵が中に入っていった事は確からしい。
もしかしたら生存者かもしれないが、その可能性は限りなく低かった。
「…………嵐さん、萩風さんをお願いできる?私は、この船の中を調べるわ」
「ひ、一人でですか?」
嵐さんが心配そうに聞いてくるが、私は静かに頷く。
「周辺に敵はいない。ここで静かにしていれば襲われる可能性は低いわ。それに、そろそろ休める場所を探さないといけないもの。」
私の言葉に、二人は黙ったまま頷く。
そうは言ったが、実際のところは着いてこられても足手まといというのが理由だった。それは二人もわかっているようで、それ以上文句は言ってこない。
「嵐さん──この陸王、使えるようにしてもらっていい?使えれば、だいぶ移動が楽になるから」
「り、了解っす。いくらか知ってるんで、何とかものにして見せますよ」
嵐さんの答えに私は頷くと、船の方へと歩を進める。これ見よがしに舷側タラップが降りており、そこから船内へと入っていった。
甲板は広々としているが人はおらず閑散としている。
私は焔薙を片手に艦内へと歩を進めていった。
陰鬱としているのかと思いきや、艦内は思ったより綺麗で驚かされる。
私は視界ジャックを駆使して物陰に潜む敵を仕留めながらゆっくりと奥へ進んだ。
「……………!」
視界ジャックを使っていると、ふと明るい部屋にいる光景が浮かぶ。会話の内容も普通で、そして何よりその視界に写る人物に見覚えがあった。
「──榛名さん?」
どうやら、彼女はここに身を潜めていたらしい。どうりで見つからない訳だ。となると、この視界は誰のものだろうか?
何にせよ合流しないことには意味がない。
私は気配のする方向へと通路を進み、光の漏れている扉を見つけた。
私は扉を叩く前に自分の目を拾った手拭いで拭う。血の涙など流していたら間違いなく誤解されるからだ。そろそろこの涙が鬱陶しくなってくるが、止まらないものは仕方がない。
私は目元を拭い終えると、その扉を軽くノックした。
「翔鶴です。榛名さん、開けてもらえませんか?」
「!────」
中で物音がして暫くの後、扉がゆっくりと開いた。
そこには、警戒した面持ちの榛名さんが抜き身の刀を携えて立っていた。
敵ではないとアピールするため、私は持っていた焔薙を床に置き両手を揚げる。
「大丈夫です。私は屍人になっておりません。」
「本当ですか?随分と血に汚れられておりますが……」
いつになく強気な榛名さんの威圧に私は僅かにたじろぐ。榛名さんと暫く睨み合いとなってしまい、治まっていた血の涙が一筋こぼれ落ちた。
私はその感覚にドキリとなるが、それよりも早く首筋に刃が当てられる。
「その涙…………どう説明されるおつもりです?」
「………………これは、なんと言えばいいか………拒絶反応、でしょうか?」
私は少し前より考えていた推論を話した。
私が屍人にされかけた事、その際に赤い水が体内に大量に入ったこと。
そして、艦娘の体が毒素である赤い水を排出するために涙として流し出している可能性。
流石にSDKさんから血を貰った話は控えたが、これで納得してもらわなければ後退するしかない。
榛名さんは暫く考えた後、ゆっくりと刀を下げた。
「今はその言葉を信じましょう。しかし………その言葉が偽りだった時は、容赦なくあなたの首を跳ねます。」
榛名さんは刀を鞘に納めながら、釘を指すように言った。私は頷くと、床に置いた焔薙と形見のライフルを榛名さんに差し出す。
「これが誓いの証です。武器がない私の首を跳ねるのは簡単でしょう?」
榛名さんは黙って受け取ると、それを傍らに置いた。流石にここまですると榛名さんも警戒を解いたらしく、いつもの調子に戻っていた。
「武器を素直に渡してくるところをみると、屍ではなさそうですね。翔鶴さん、失礼致しました。どうか御容赦を」
「えーと………………榛名ちゃんの、知り合い?」
奥の方に隠れていたのか、陸軍の若い兵士が出てくる。その背中の後ろには舞風さんがいた。どうやら彼女の視界が視界ジャックに掛かったらしい。
「えぇ、彼女は私の艦隊の知り合いです。さて、翔鶴さんは何故ここへ?何か目的がなければこんな船に入ってこようとは思わないでしょう?」
「目的は、保護した駆逐艦二名………嵐さんと萩風さんを休ませる為ですが、舞風さんがいるなら話は早そうですね。ここは一つ、協力をお願いしたいのですが……」
「元より同じ艦隊の仲間ですから、協力については異論ありません。嵐さんと萩風さんを迎えに行きましょうか」
思ったよりも榛名さんは協力的であった事もあり、話はトントン拍子に進んだ。
若干後ろの二人が空気だった感もするが、私が連れてきた嵐さんと萩風さんとの再会で舞風さんが喜んでいたので良しとする。
かくいう私は、榛名さんと先程の陸軍兵士、永井さんとの情報交換を進めていた。
屍人や闇人──榛名さん達がイモムシ型と呼んでいた連中に付けた仮称──の弱点や倒し方。
SDKさんの記憶から得た、闇人達が現世を支配しようとしていること。この島がその侵攻の橋頭堡となっていること。その為に、人間や艦娘の身体を欲しがっていることなど、持てる情報は可能な限り共有した。
「それと、気になることがひとつあります。これはまだ確信に至ってないのですが、どうも闇人と深海棲艦は同じものではないかと思えてならないのです。」
私が先程交戦した深海棲艦。
偶然この島の怪異に呑まれたにしては数が多い上に統率が取れており、しかも計画的に艦娘を追い込んでいるように思えた。
何より、艦娘の身体を欲しがるというのが気になるのだ。
ただ光から身を守るだけなら人間の身体で十分なはず。榛名さんからもたらされた情報で、闇人は死んでもすぐに復活することがわかっており、不死性というのはメリットになり得ない。
希に倒された深海棲艦が艦娘になるという現象があり、その逆を考えれば、関連性は十分に有り得る。海の底に沈んだ艦娘に闇人が取り憑く様など容易に想像がついた。
「…………つまり、深海棲艦は闇人が取りついた艦娘……ってことか?にしては、随分と数が多いような……」
「なら、船の残骸を殻とするというのはどうでしょうか?その一段上が、艦娘に取り憑く。深海棲艦が艦娘になるのは姫級を討伐した後が多いと聞きます。姫級の数を鑑みれば納得の数字かもしれません。」
「……………連中の侵攻は、まず海から……そして、人間の死骸を確保して陸へと進出するつもりなんでしょうね。日本の内海にこの島を出現させたということは、その準備が整いつつある、若しくは何か他に目的がある……?」
「一つ気になったんだけど、姫級って強いの?」
「そうですね、艦隊が束になってかからないといけないくらいには──」
「それ、数がいればわざわざ闇人増やさなくてもよくならないか?」
永井さんの発言で、私は艦娘の確保が連中のの狙いなのではと推測した。
この島に艦娘をおびき寄せて閉じ込め、あわよくば身体を手に入れる。手に入らなくても、艦娘を捕虜として拘束できるし、じきにこの島の穢れで弱る。
この怪異が巧妙な作戦であると気づくのに十分だった。私は二人にもその旨を説明し、早急な脱出を図ることにした。もうこの島でうかうかなどしていられないのだ。
もしかしたら、私達がこの島に囚われている間に深海棲艦の大規模侵攻が現実世界で起きているかもしれない。
私は立ち上がると、一度甲板の方へと出て空を睨んだ。四鳴山の頂上に聳える不気味な鉄塔。その鉄塔の先端から広がるように降り注ぐ赤い光。
どう考えても、脱出の手段はあそこにしかないように思えた。それに、SDKさんが彼処を通ってこの島に来たことが記憶に垣間見え、それは確証に変わる。
深海棲艦を現実世界に出現させられるのなら、こちらから出ることもできる筈だ。
私は四鳴山を睨みながら、一人策を練る。
「…………瑞鶴──」
四鳴山を眺めていると、ふと瑞鶴の事が頭に浮かんだ。もし自分が仲間から離れなければ、瑞鶴を助けられたかもしれない。
いくら屍人を斬っても、瑞鶴を失ったこの心が晴れることはなかった。それ故、仲間から逃げたあの時の選択を後悔する。あの山を見ると、まるで瑞鶴からそれを責められているような気がして、気づいたら懺悔の言葉を口にしていた。
「───っ、ごめん瑞鶴………お姉ちゃんのせいで……」
すると、脳裏に視界が浮かんだ。視界ジャックを使ったわけではなく、突然だった。
その視界に写るのは、私の背中。
私は咄嗟に振り向くが、そこには誰もいなかった。
「誰なの……?」
虚空に話し掛けるように私は呟く。
端からみれば気が狂ったように思われるかもしれないが、私はそこに誰かがいるような気がしたのだ。
私は、もう一度あの視界を見ようと試みた。視界ジャックを使い、周囲の気配を探る。すると、すぐに視界が浮かんだ。
その視界は、私を見るように正面に立っていた。
その視界に、うっすらと透けた手が写り、私の頬に触れる。頬には何の感触も感じないが、何かの気配のようなものは感じとることができた。
『翔鶴姉、泣かないでよ…』
確かに、聞こえた気がした。
視界ジャックを使うと聞こえてくる相手の聴いている音。私の耳にではなく、脳裏にしっかりと声が響いてくるのだ。聞き間違えではない。
「瑞鶴っ!そこに、いるの……?」
『ここにいるよ。会いたかった……』
視界ジャック越しに感じる、妹の声。
私は触れることができないとわかっていても、手を伸ばして虚空を探った。
「─────あぁ、どうして私は気づかなかったのかしら……こんなに、近くに………瑞鶴……」
『翔鶴姉、泣きすぎだよ。私はずっと一緒にいるからさ。涙、拭きなよ』
瑞鶴に言われ、目元を拭う。
拭った涙は、いつのまにか透明に戻っていた。
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No.025
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鉄塔の絵
鉄塔建設時に建設に関わった作業員達が描いた絵。
別々の人間が共通のイメージを同時に描くという奇妙な現象は作業員達の間に不安を引き起こした。
このような通常の因果律を超えた偶然の一致を心理学用語でシンクロニシティ(共時性)と呼ぶ。
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不気味な鉄塔の絵。