=====
野分 夜見島/潮降浜沖
翌日 01:03:12
=====
「っ───なぜ、こんなところに!」
砲弾の応酬によって立ち上がる水飛沫。
私は砲で牽制を入れつつ全速で後退していた。
電文に応じて港へ向かっていると、突如砲撃を受けたのだ。
深海棲艦だった。
駆逐艦級と重巡級が混じっており、執拗に追撃してくる。之字運動を取りながら走り、私は敵弾回避を続けた。
艤装も破損している上、敵は数が多い。正面から交戦するのは困難だった。
「────至急!救援要請、ワレ野分、敵艦から攻撃を受けている!送って!」
通信妖精に電文を打つように言うと、牽制で砲を何発か撃つ。夾叉には持ち込めたが、命中はしていなかった。
「───、陸へ逃げるか──」
このまま逃げ続けても不利であることに代わりはない。視界の右端に砂浜が見えた私は、一か八か砂浜へと舵を切り陸へ逃げることにした。
上陸間際を砲撃されないよう、煙幕を焚いて砂浜周辺を覆う。風向きにもよるが、これである程度は視界を遮れるだろう。
私は急速に舵を切り、その勢いで砂浜に乗り上げるように上陸した。艤装を急いで格納し、島の奥へと逃げる。
不思議と敵は一発も撃ってこず、私はそれを疑問に思いつつも道を進む。
一先ずは難を逃れたと感じ、ホッと息をついた。
「───お、これはいいところに………少し借ります。」
道端に自転車が乗り捨てられていたので、私は使えるかどうかざっくりと点検する。タイヤもブレーキもあまり良い状態とは言えなかったが、走る分には問題なさそうだった。
鍵もかかっていなかったので、私はスタンドを外してその自転車にまたがる。
一先ずは陸路で南の港を目指すことにした。海は現状リスクが高過ぎるのだ。
「………よし、行こう………」
私は自転車を漕ぎ、海から極力離れるような道を選んで進んだ。
走りながら、視界に写る空や海を見る。
津波に呑まれる前とはまるで一変した、赤い世界。言いようのない不気味さを感じ、私は早く仲間と合流したい思いから漕ぐ速度を上げた。
=====
嵐 夜見島/瓜生ヶ森沖
翌日 01:08:44
=====
「よかったよかった、すぐ萩に会えて!こりゃ俺の日頃の行いの良さかな?」
「下らないこと言ってないで、天龍さん達と野分達探しましょ?何か砲声もするし、嫌な予感がする……」
「………あぁ、そうだな。それに、この赤い海も長いこといるのはヤバそうだ。行こうぜ」
津波に呑まれた後、運よく萩風と合流できた俺はすぐ、他の仲間を探すため海を進んだ。
危険な任務だってことはわかってた。
けど、それ以上に赤城さんや翔鶴さん達が心配だったし、17駆に護衛役を取られて悔しいところもあったんだ。
空母の護衛は俺達4駆の十八番だ。ちんけなプライドかもしれねぇけど、俺はそれだけは譲れねえ。
だから、提督に直談判して捜索任務に志願した。
そんな俺を待ってたのは、想像以上にヤバい状況だったけど。
島に近づいただけで海は荒れるし、それでも気合いで監視任務を続行した挙げ句にあの津波だ。
気づいたら、周り一面真っ赤な海に赤黒い空。
不気味すぎて正直怖い。只でさえ夜は嫌いなのに、ここの夜はトラウマになりそうなレベルだ。
赤い海はまるで姫級深海棲艦がいるような海域にそっくりで、もしかしたら本当に姫級がいるのではないかと身構えてしまう。
けど、俺が言い出して来たんだ。
言い出しっぺがビビってどうすると自分を叱咤し、俺は海を突き進む。
今は萩が隣に居てくれるお陰か、恐怖心はだいぶマシだ。萩だって怖いはず。俺が付いていてやらねぇと。
「………なぁ萩。もしかしてなんだけどさ………翔鶴さん達が見つからないの、ひょっとして
「此方?」
「だってさ、ここどう考えてもさっきと同じ場所じゃないぞ?捜索隊のヘリもいなくなっちまったし。突然消えるなんてありえるか?」
「…………確かにそうだけど………じゃあ、上陸してみるってこと?」
「………一応、上陸してみたほうがいいと思うんだ。もしかしたら、翔鶴さん達がいるかもしれないしさ。」
海の上が怖いわけじゃない。
だけど、このまま海の上を走っていても埒が明かない気がするんだ。
司令からは上陸を避けるように言われてる。けど、もし生きている可能性があるなら、一応探してみたほうがいいと思った。
「………………………………一先ず、仲間との合流を優先しましょう。話はそれからだわ。」
「あぁ。例の電文の件もあるし、とりあえず港に行ってみるか。」
津波に呑まれた直後入ってきた謎の電文。
最近は深海棲艦が罠として偽の電文を発することもあるので、最大限の注意が必要だった。
だから、あえてすぐには反応していない。今なら萩もいるし、偵察がてら見に行くのは問題ないだろう。
「他の仲間も港にいればいいけど、私達みたいに警戒してる可能性も高いから………誰かいる可能性は五分────」
萩が話している最中、空気を切り裂く音がして俺は咄嗟に萩を引っ張った。
衝撃音と共に水柱が上がり、スプリンターが飛び散る。
「─!?、どこから─」
「島側から砲声が聞こえた!島の方から撃ってきてる!」
二発目が飛んでくる音がして再び水柱が立つ。
破片の一つがこめかみを掠め、痛みと共に血飛沫が散った。
「痛てっ!───くそっ、夾叉してる!兎に角逃げるぞ萩っ!!」
「嵐!?」
萩が心配してくるが、今はそれどころじゃない。
兎に角砲撃から逃げるべく戦速を上げた。
島からの砲撃となると、どこかに深海棲艦が潜んでいるのだろう。
なら、距離を開けて射界の外に逃れるしかない。
「────嵐、4時方向から雷跡6つ!!」
「くそっ、こんな時に!」
深海棲艦からのものとおぼしき雷撃に、俺は急速転舵してやり過ごした。
すぐに雷撃してきた敵艦を探すが、どこにも見当たらない。
「おいおいおい、潜水艦かよっ!何なんだこの島は!」
姿が見えないということは、十中八九潜航できる潜水艦からだ。
対潜戦闘は速力を落とさなければソナーが使えず、今は相手にしている暇がない。
再び風切り音がして、私は転舵する。
しかし、私は風切り音にばかり気をとられ過ぎていた。
「あ、嵐!前!」
「えっ───おい、嘘だろ──」
私達は、どうやら敵の策に上手いこと嵌まってしまったのだろう。
正面から現れたのは、深海棲艦の一個艦隊だった。
重巡が2隻に雷巡1隻、残りは駆逐。それでも、俺ら二人だけでは荷が重い相手だ。
「………待ち伏せ……ね………」
「………あの夜みたいだ………畜生」
前世、俺と萩が沈んだ時とまるで同じ状況。しかも、今回は相手が多い。こっちは多勢に無勢だ。
萩も俺も血の気が引いていくのを感じる。
諦めるわけにはいかないといっても、足がすくんだ。
「───は、萩─魚雷、残ってる?」
「………8本あるわ。どうする?」
「16射線ぶつけて、隊列崩れるのを祈るしかない。崩れたらそこを突破して島に逃げ込もう。」
正直いって、博打でしかない作戦だ。
魚雷が到達するまでは、私らはひたすら砲撃を避けるしかなくなる。
それでも、これしか方法がない。ぐずぐすしてたらまた潜水艦に狙われる。
「いくぞ………魚雷、斉射っ!」
「お願い!」
俺と萩、合わせて16本の魚雷が撃ち出され水中を走る。
射程が長い酸素魚雷故、敵の砲撃圏外からでも雷撃はできるのだ。問題は当たるかだが。
雷撃と同時に、自分達が放った魚雷に追随するように俺達は突撃を始めた。
主砲を構え、可能な限り最大の発射速度で弾を撃ちまくる。
敵艦隊も砲撃を開始し、こっちの倍の数の砲弾が私達を包むように降り注いだ。
「きゃあっ」
「くそっ、好き放題やりやがってぇぇぇぇ!!」
飛び散る波しぶきと破片の中を掻い潜りながら、俺は突進を続けた。体の所々が痛むので、いくらか貰ってるだろう。
だが、歩みを止めるわけにはいかない。
大きめの緩やかな之字運動をしながら、俺は水柱を寸でのところで躱し続けた。
敵の弾幕も激しくなり、対空機銃すら撃ちかけてくる。
こちらも負けじと対空機銃を射撃に加え応戦した。
「っ───よし!そのまま崩れろ!」
敵艦隊のど真ん中に大きな水柱が上がり、こちらの魚雷がどいつかに命中したのがわかる。
戦果を確認するのも忘れ、私は敵艦隊へと肉薄した。
「どぉけぇぇえぇぇぇぇぇぇっ!!!」
叫びながら、手近な駆逐艦に至近距離で砲撃を浴びせる。
向こうもこちらも至近距離、もはや白兵戦の間合いだ。
こちらが少しでも撃つのが遅れれば、向こうの弾がこっちの体を引き千切るだろう。
反射に身を任せ、本能の赴くままに砲撃して敵中を突破した。
そのまま煙幕を焚き、追撃を妨害する。
島はあと少しだ。
「───よし、やったな萩っ!────萩?」
隣にいると思っていた萩が、ふと気づくといなかった。
俺の中を嫌な予感が駆け巡り、咄嗟に振り向いた。
自分の撒いた煙幕のせいでよく見えない。
もしや落伍したのではと、私は必死に目を凝らした。
時間にして僅か30秒くらい。
だが、それでも煙幕の中から出てこない萩に、俺は進路を反転させ来た道を戻った。
「───────!?」
萩は、敵に捕まっていた。
ボロボロで身体中から血を流し、敵艦に囲まれている。萩は俺に気づくと、口をあけて何かを呟いた。
───逃げて
そう呟いているのがわかった。その悲しそうな顔に、重巡の砲が突き付けられる。
「────っ、萩ぃッ!!やめろぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
私は咄嗟に駆け出し、ベルトの探照灯を照射させる。注意を引き、ついでに目眩ましにもなるからだ。
爆雷を引っ張りだし、俺を撃とうとした駆逐艦の口へ投げつける。衝撃で爆雷が爆発し、駆逐艦は口から黒煙を吐いて沈んだ。
私は萩に砲を突きつけている重巡に組み付くと、持っていた主砲で敵の頭を殴り付けた。中の妖精には退避してもらっているから、お構いなしにぶん殴った。
火花と鈍い金属音がして、重巡がふらつく。しかし、駆逐艦の私ごときの殴打では流石に昏倒させられなかった。逆に、逆上した敵重巡がその腕の艤装を私の腹に叩きつけてきた。
「───がはっ──」
骨や肋が軋むのを感じ、体の中の空気がすべて口から吐き出される。意識も一瞬飛びかけた。
ふらついた私を敵重巡が逃がすわけもなく、首を掴まれて吊り上げられる。
「ぐ、う………」
とんでもない握力だと思った。首がメキメキと軋むのが聞こえ、意識がドンドンと混濁していく。
このまま絞め殺されるのかと思っていたら、悔しくて涙が出てきた。
これじゃ、俺は犬死にじゃないか…………
「────は────ぎ────」
このまま死ぬのかと思うと、情けなかった。助けたい仲間も救えず、私は死んでいくのだ。
霞んでいく視界の中、ふと目に人影が写る。
海面に白い何かが立っているように見えた。
=====
萩風 夜見島/瓜生ヶ森沖
翌日 01:14:20
=====
嵐が、私の目の前で殺される。
私の頭は発狂寸前だった。
逃げてと言ったのに、嵐は戻ってきた。
元から仲間を見捨てることのできない子だと思っていたから、最後の力を振り絞って逃げてと言ったのに。
私のミスで、嵐が死ぬ。
嵐のように上手く敵を潜り抜けることができていたら、嵐は死なずに済んだのに。
首を絞められぐったりしている嵐を見て、私の心はグチャグチャに掻き乱された。
「───あらし──あらしっ───」
呼び掛け続けるが、嵐から返事はなかった。
叫び続ける私の頭に、今度はお前の番だと言うように砲が突き付けられる。
私はその感触を感じ、自分の終わりを悟った。
普通はそうだろう。
けど、ここは普通じゃなかったのだ。
私に砲を突きつけていた駆逐艦が、青白い炎に包まれ溶けていった。
あまりの衝撃に声が出ない。
あっという間だった。次々と駆逐艦が炎に包まれては、溶鉱炉に放り込まれた屑鉄のように溶け落ちていく。
嵐を撃った敵の重巡も、その一瞬の出来事に混乱しているようだった。
その重巡は嵐を手放すと、砲を構える。
何か標的がいるようで、私はそちらを振り返った。
そこには、翔鶴さんが佇んでいた。
けど、私が知っているあの心優しい翔鶴さんとはまるで雰囲気が違った。
見慣れた紅白の装束はボロボロで、目から血の涙を流している姿はまるで怨霊のようであり、私は思わず恐怖する。
翔鶴さんは腰に差していた刀を鞘から抜き放つと、敵の重巡に突進する。
重巡は砲を放つが、翔鶴さんはそれを避けながら懐に入ると、刀を横一線に薙いだ。
次の瞬間には、まるで豆腐でも切ったかのように敵の重巡が分断されていた。
重巡の死骸が赤い海に沈んでいく。
「────し、翔鶴さん……?」
「………………………」
翔鶴さんは刀を鞘に納めると、海に浮かんでいる嵐を抱き上げる。
そして、私の元へ来ると静かに口を開いた。
「───立てますか?」
「…………は、はい……」
久しぶりに聞いた翔鶴さんの声は、私が聞いてきた声と変わらなかった。しかし、その雰囲気はどこか寂しげで、悲しそうだった。
アーカイブ
No.024
=====
焔薙
神代家の家宝として保管されていた打刀。
隕鉄を使用して鍛えられており、尋常ではない強度と耐蝕性を誇る。
また霊獣木る伝が宿っている為、その刃は神の体躯すら両断する切れ味を持つ。
=====
翔鶴が須田恭也から譲り受けた刀。