SIREN:FLEET   作:ギアボックス

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初日 21:00:00~22:00:00

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榛名 瀬礼洲/陸の船

   初日 21:14:58

 

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「潮凪…………それが、鍵って事?」

 

「はい、ここの部分に記述があるんです────赤い津波来たりし時、島長此を滅爻樹より作りし潮凪をもって撃ち祓う。津波たちまちに崩れ、さながら潮凪の如く海原は平ららかになりにける。此を見て、ある者がこれを潮凪と銘する──どうも武器のようですね。あの赤い津波についてもこの中に記述がありましたし、島長………おそらく綱元の太田家歴代当主が潮凪を使ってこの島を赤い津波から守ってきたと考えられます。」

 

 昭和63年に海没した夜見島。しかし、この古文書には赤い津波が来襲したという記述が幾度となく書かれていました。

 その度に、太田家当主が潮凪を使ってこの島を守ってきたのでしょう。

 私は潮凪についての記述が更にないか調べていくと、他にもそれらしきものが書かれているのを見つけました。

 

「───潮凪は、一度江戸期の刀狩りで取り上げられそうになったことがあるみたいですね。その為、御前立ちとして刀を置く───とあります。厄介ですね……」

 

 ダミーの刀があるということは、本物がどこかにあるということ。

 問題は、その本物がどこにしまわれているのかです。

 一般的に、御前立ちとは神体の前に据えられる代わりの仏像や宝具などを指す言葉です。

 しかし、取られかけたからそのダミーとして据えられた場合は、本物は別の場所に安置するのが普通でしょう。

 

 

 他にも潮凪についての記述がないか調べますが、これといったものは見つかりませんでした。

 気になるところといえば、滅爻樹で出来ているという所でしょうか?刀が木製というのも変なものです。

 

 滅爻樹そのものについても、だいぶ興味を引かれます。

 この島で生まれた新生児には、その名を刻んだ滅爻樹と呼ばれる神木の枝が与えられるという風習があるようです。

 滅爻樹の樹木自体は既に存在せず、その枝のみが存在するとなっていました。四鳴山へ枝を取りにいく行事を「滅爻樹迎え」と呼ぶようで、代々太田家当主が枝を探し新生児に与える役目を負うようです。

 滅爻樹信仰は、邪気、不浄を浄化する木としての神木信仰の変形と考えられますが、私が気になったのは滅爻樹迎えです。

 

 原木が存在しないのなら、一体枝はどこからやってくるのでしょうか?

 この文書の書かれた時期はよくわかりませんが、少なくとも江戸期以前の古いものです。その時代から新生児が生まれる度に滅爻樹の枝を拾っていたなら、木がない以上は枝が枯渇する筈です。

 

 私は、今日ちらりと見た四鳴山を思い出しました。

 山にあった不気味な鉄塔。それにまとわりつくように映えていた巨木。

 もしや、あれが滅爻樹なのでは?

 

「…………滅爻樹の木は異界にある。異界から現実世界に枝が落ちている?でも、それだとすべてのものが上に落ちなければ説明が…………滅爻樹迎え………太田家当主のみ…………まさか、太田家当主は滅爻樹の枝を拾いに、異界へ来ていた?」

 

 私は一人、考えを整理するべく独り言を並べます。

 もし太田家当主が異界へ来ていたのなら、何か行き来する為の手段もあるはずです。

 それが何なのか気になりますが、あくまで仮説の上での話。

 しかし、その滅爻樹が歩く屍に効くらしき記述もありました。

 埋葬される際、滅爻樹で悪しきものから死体を守り清める。そういう風習があるのを見つけました。

 つまり、滅爻樹の枝があれば屍に何らかのダメージを与えられる。そういう風にも取れます。現状、死体を破壊する以外連中の復活を阻止する方法がないので、試す価値はありそうです。

 

 更にもう1つ気になったのが、使い女。

 海からやって来て、若い男をたぶらかすという妖怪の類いです。

 使い女は海に落ちて死んだ女や、海に近寄った妊婦から生まれた赤子がなるらしく、光を浴びるとたちまち泡となるので、夜に海から若い女が来ても決して戸を開けてはいけないとなっています。

 

 しかし、この使い女というのがまるで艦娘のようだと思いました。

 艦娘も、最初は人の死体から作られる存在だったのです。艦魂の依り代として。

 その後、艦娘としての適正がある少女が全国的に見つかるようになり死体は使われなくなりましたが、この記述を見ると何か繋がりがありそうです。

 まぁ、私達は光を浴びても泡にはなりませんが。

 

「…………一先ず、潮凪を探すことから始めましょうか。ないことにはどうにもなりません。」

 

「………………」

 

………………永井くんは、気づいたら寝ていました。少しムッとなります。

 

 

 

 

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利根 夜見島港

   初日 21:18:36

 

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「……………赤城よ、心の整理はついたか?」

 

 港に座り込んだ赤城へ、我輩は話しかけた。

 もう座り込んでから随分と立つ。

 

 事が深刻なのは我輩も重々招致である。翔鶴に続き瑞鶴までもいなくなり、戦力は目減りしていく一方なのだ。

 加賀は変な気を起こさないよう金剛が見張っている。これ以上の損失は避けたいし、何より赤城の心労が酷い。

 

 赤城は疲れきっていた。

 次から次へとやってくる緊急事態に加え、仲間の艦娘の喪失。新たな驚異の出現。

 旗艦であるという責任が重くのし掛かり、赤城の精神はゴリゴリと削れているのだろう。

 浜風や榛名の安否は怪しい故、現状の生存者は赤城含め6名。

 当初の半分。

 演習なら全滅と見なされ敗北判定を貰う。

 

 行方不明の水雷戦隊を救出できたとはいえ、それでも6名が戦死ないし行方不明というのは大きい。

 

 普段は頼もしい赤城の後ろ姿も、今は酷く小さく見えた。

 

「…………利根さん、私はどうしたらいいのかしら………」

 

「…………詰め腹を切るのはよせ、敵が増えるだけじゃ。…………やはり、脱出の手段を探るのが妥当じゃろう。我輩はその糸口、あの山にあると見た。」

 

 俯いていた赤城だが、その視線が我輩に向く。

 泣き張らしたのか腫れぼったい瞳は、まるですがるように我輩を見ていた。

 

「…………我輩があの山で転けたのを覚えておるか?泥濘に滑って仰向けに転んだやつじゃ。」

 

「…………」

 

 加賀達の救援に向かう途中じゃった。川内にジープで山の麓まで送ってもらい、そこから山道を登ったのだ。

 その途中、我輩は不覚にも泥濘に足を取られて盛大に転けた。

 

「その時、偶々空が見えてのう………その空に、もう1つこの島が映っておったのじゃ。まるで水鏡のようにの。」

 

 転けた後、見上げた空。

 その空………厳密には鉄塔の先端部分から広がるように、もうひとつの島が映っていた。蜃気楼とは思えない。

 水鏡に映った島には、幾つかの灯りが見えたのだ。上空を飛ぶヘリコプターと、そこから放たれるサーチライトの光も。

 夜目が利いて良かったと思う。

 

 我輩は咄嗟に艤装を展開させた。

 そして、一機だけだった飛行可能な水偵を飛ばしたのだ。

 波を被った水偵から無事な部品を寄せ集め、一機の使用可能な機体に仕立てていたことが功を奏した。

 

 託した任務は、救助要請と生存報告。そして赤い津波への注意。

 

 そして、特攻じみた調査。

 あの水鏡を通過できるかという任務だった。

 

 突入を意味するト連送を受信してから、返信はない。

 成功したか失敗したか、後は結果を待つのみだった。

 

「水偵を飛ばしてから大分経つ。上手くいけば、あの水偵は向こうの世界に着いている頃じゃろうて。赤城、まだ悲観に暮れるべき時ではないぞ?」

 

「…………利根さん」

 

 赤城の瞳に、希望の光が戻る。

 そうだ。

 我輩達だけでも生きて帰らねば、散った者たちに示しがつかない。

 

「────これでよいのじゃろう、筑摩……………」

 

 我輩は、すでにいない妹の名を呟く。

 屍はまだある。生きて帰れたら、必ず元に戻すと誓ってきたのだ。

 我輩は、こんなところで折れてはおられぬ。

 

 

 

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吹雪 夜見島金鉱社宅/ハ号棟

   初日 21:31:22

 

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「おぉー、えらい旨そうじゃあ!」

 

「すいません、遅くなっちゃって」

 

 盛り付けたカレーがほっこりと湯気を立ち上らせる。

 この島に来てからというもの、私が料理する頻度がとても多い。

 皆美味しいといって食べてくれるから悪い気はしないけど、そんなに美味しいのだろうか?

 

「………まさかこの島でこんなカレーが食べれるとは思いませんでした………どうやって材料を?」

 

 神通さんがカレーをまじまじと見ながら聞いてきた。

 物静かな人だけど、その瞳は子供のように爛々と輝いている。

 

「あ、はい。根菜類は畑から貰ってきて、ソースは糧食のカレーとカレー粉を使って作りました。お肉はスパム缶です。」

 

「へぇー!よく集めたもんだよ。さすが吹雪!」

 

「えへへ、ありがとうございます!」

 

 川内さんに誉めてもらって、私は照れた。

 でも、カレーが作れたのは川内さんと神通さんが水を沢山見つけてきてくれたお陰でもある。

 いままでなら、大量の水を使う料理などとてもじゃないが作れなかったのだ。

 ご飯だって水は少なめにして炊いたし、研ぐことができないので糠はそのままだった。

 少しでも柔らかくしようと含水時間を増やしたりしたが、それでも強飯のような歯ごたえでお世辞にも美味しいご飯ではなかった。

 

「うまぁ!こりゃ、こっち来て正解じゃ!」

 

「浦風、行儀が悪いですよ。」

 

「美味しい……!」

 

「吹雪様様だよ全くー」

 

 皆口々に感想を言ってくれるので、私も作った甲斐がある。こんな状況だけど、それでも皆が笑っていてくれるのが一番だと思った。

 

「───ほらほら、あんまし騒ぐなよ?敵は蹴散らしてるけど、全部いなくなった訳じゃないんだからさ。」

 

 川内さんの一括で、私達は少し声のボリュームを落とした。

 それでも、皆食べながら口々に喋り続ける。

 その光景はまるで警備府の食堂のようだった。

 

 私も一口食べる。

 カレーの旨みとコクが舌に触っていい感じだ。

 

「美味ひぃ~」

 

 あまりに美味しくて、ひとりでに感想を漏らした。

 そのまま、川内さん館が汲んできた水を一口煽る。

 喉を通る水が冷たくて美味しい。

 

 いままで好きに飲めなかった分、その一口が一際美味しく感じられた。

 

 

 

 

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翔鶴 四鳴山/離島線4号基鉄塔

   初日 21:55:01

 

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「─────────」

 

 私は、ただ呆然として空を見上げていた。四肢を地に投げ出し、傍らには薬室が開いたままのライフルが転がっている。

 

 不発だった。

 まるで瑞鶴から生きろと言われているかのように、銃は火を吹かなかったのだ。

 槓捍を起こし、不発弾を吐き出して新たな弾を籠めようとすると、今度は装弾不良を起こす。

 弾が下の弾と噛み合い、槓捍は固着して動かなくなった。その故障を排除しようと操作をしていると、ふと堪らなく虚しくなったのだ。

 予備の弾はスリングにジャラジャラと付いている。しかし、それを弾倉に込めてまで死のうとは思えなかった。

 

 相変わらず目からこぼれだしてくる血。

 白かった道着もすっかり血濡れになってしまった。

 

 私はどうすればいいのか、もうわからなかった。

 

「──────!」

 

 ガサガサと、周囲から音がする。

 見回すのも気だるくて、私は視界ジャックを使った。

 

 周りに多くの気配があり、それが一様に私へと向かって突き進んでいた。

 囲まれていた。  

 

 周りの森から現れる、黒い布を纏った白い蛞蝓のような怪物達。

 それを見て、私は薄く笑みを溢す。

 

 どうせ死のうとしていた命だ。

 せめて、最後に一花咲かせてみたい。

 

 私はライフルを手に取ると、それを杖にする。

 ゆっくりと起き上がると、周りを取り囲む連中をぐるりと睨み付けた。

 銃床を地面に着け、槓捍を足で軽く蹴りつける。

 先程までの固着が嘘のように、弾倉から弾が弾き出された。

 

「────戦えと。そう言いたいのね、瑞鶴…………」

 

 私は一人呟くと、薬室が開放された状態のライフルを見る。精巧な作りの銃身が空を睨んでいた。

 

 私はライフルの銃身を掴んで宙へと振り上げ、慣性で跳ね上がってきた銃を両手で掴むと薬室を閉鎖する。

 そのままの勢いで銃を蛞蝓に向けると、私は引き金を引いた。

 反動と鋭い銃声がして、蛞蝓の脳蓋が吹き飛ぶ。

 

「──宣戦布告よ………この私の体が欲しいなら、力づくで奪うことね。ただでは、くれてやらないけどね。」

 

 ライフルのスリングを腕に通し、そのまま放り投げるようにして背中へ袈裟に納める。

 腰に差した愛用の火掻き棒を片手に、私は手近な蛞蝓へと殴りかかった。

 

 蛞蝓の頭部を叩き割り、次の獲物へと標的を切り替える。他の蛞蝓達が襲い掛かってくると、私は四肢を振り回して次々と返り討ちにした。

 

 がむしゃらだった。

 さっきまで死のうとしていたのに、不思議と力が湧いてくるのだ。

 蹴りつけ、殴りつけ、投げ飛ばす。

 普段の自分からは想像できない程の暴れ方に、私自身が驚いた。

 

 そうしていると、気づいたら周りの蛞蝓達は皆虫の息になっていた。

 私は息を荒げながら、目から血が迸るのも構わずに辺りを見回す。

 

 すると、周りには蛞蝓達の代わりに、今度は屍人のようで屍人ではない何かが現れていた。

 手に手に武器を持ち、ジリジリと近付いてくる。

 

「…………………………」

 

 私は連中を無言で睨みながら、血に染まった火掻き棒を構え直した。

 

 竹槍を構えた屍人が脇から私に突っ込んでくるのが見えて、私は避けようと身構える。

 しかし、連中はその瞬間を狡猾に狙っていたようだった。

 続けざまの銃声と、正面から体を次々と抜けていく鉛弾の雨。

 

「─────か、はっ─!?」

 

 口から血が溢れてきて、体に力が入らなくなり膝から崩れる。右目に弾丸が飛び込んできて、凄まじい衝撃に昏倒しかけた。

 地面に倒れこむ私に、追撃の連射が襲いかかった。

 地面を銃弾が抉り、血と砂が千切れ飛んでいく。

 

「──────」

 

 身体中から、ドクドクと血が流れ出していくのを感じた。痛みは感じない。右目から頭を撃ち抜かれたせいで完全に麻痺していた。

 機関銃で撃たれた私は、朦朧とする意識で体を引き摺る。

 被弾した数はさっぱりわからない。しかし、人間なら即死する程度の弾を浴びたのはわかった。

 

 それでも、私は死ななかった。

 死ねなかった。

 

「………………い……きる…………」

 

 血と共に漏れる声。

 火掻き棒を握りしめ、まだ動かんとして体に力を籠めた。  

 

 その直後だった。

 青白い炎が辺りの敵を包み込んでいく。

 ここが一瞬地獄になったのかと思うほどの、凄まじい煉獄の炎だった。

 

「───────────」

 

 青白い業火に、しばし私は魅了される。

 そして、周りから敵がいなくなったことによる安心感と、体がボロボロとなり限界を迎えていたせいで、ゆっくりと霞がかるように私の意識は消失した。

 一人の少年の声を最後に、私の意識は途絶える。

 

「これしか方法がない──────ごめん。」

 

 

 

 

  




アーカイブ
No.022

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夜見島民話集

夜見島民話研究会編纂
昭和42年出版
海辺より穢れ這い寄り仇為す事

島の老女の語りしには蒼ノ久の浜に貧しき漁師の夫婦あり。ある日、子を孕みし妻、海辺にて夫の帰りを待ち侘びぬ。
妊婦、海に入らば必ずや災いを宿すという伝えの禁を犯し、夫恋しさに海に足を踏み入れたり。
其の夜、夫は此事を知りて大いに怒り妻涙を流し許しを乞う。
生まれし子は切り刻みて一升樽に入れ、土中に埋めるが決まりと太田の某が伝えたるが、妻其れを守らず。
赤子育ち、或る年、穢れの依り代となりたる証し現したり。
太田の某、神木を用い其れを祓いたれば、忽ち、穢れ消え失せ天に昇り去れり。

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夜見島に伝わる民話を集めた本の一説。

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