SIREN:FLEET   作:ギアボックス

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初日 20:00:00~21:00:00

 

 

 

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赤城 夜見島港/地獄段

   初日 20:10:09

 

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「……………ダメね。一端、捜索を打ち切りましょう。」

 

 私の一言に、利根さんは無言で頷くと他の方面を捜索している加賀さんや本拠地で見張りをしている金剛さんに無電を打ってもらった。

 

 あれから私達は捜索範囲を広げ、水雷戦隊にも協力を要請して翔鶴さんを探したが、依然として捕捉していなかった。

 最早、どうしようもない。これ以上の捜索は私達が逆に疲弊するし、敵の徘徊するこの島で長時間の少人数行動はリスクが高すぎるのだ。

 

 私は皆を優先することに決める。これ以上、犠牲は出せないと判断し、私は利根さんと共に本拠地へ帰還した。

 

 

 

 

「翔鶴がいなくなったとなると、私達の戦力は大幅ダウンデース………」

 

 私達は本拠地に帰還すると、艤装の重さゆえ待機となっていた金剛さんと話していた。

 金剛さんの言うとおり翔鶴さんの機動力と遊撃力は頼りになっていただけに、その戦力が使えなくなったのはかなり痛手である。

 単純に仲間としても、彼女とは長い付き合いだ。空母艦娘としても有能で、同じ艦隊になれば彼女が自然とサブリーダーとなり、後ろから私の指示を的確に伝達し遂行してくれる頼もしい存在だった。

 

「ええ…………けど、これ以上の捜索は私達が逆に危険になる。もしかしたら、翔鶴さんもどこかで頭を冷やして戻ってくるかもしれない。今はそれを祈るしかないわ。」

 

 私は旗艦、リーダーなのだ。全員を生きて帰らせなければいけない。

 だが、もう全員というのは不可能になってしまった。ならば、少しでも多く生存者を帰すよう努めるのが私の責務である。その為には、非情にもならなければ………

 

 

 そうこうしているうちに、加賀さんと共に遠方へ捜索に出ていた瑞鶴さんから連絡が入った。

 私はその電文を見て、我が目を疑う事になる。

 

「……カガトオボシキカンムスヲハッケン、シジヲコウ…………え?」

 

 電文の意味がよくわからず、私は再度打電するよう要請する。すぐに返信が来るが、まったく同じ内容だった。

 

 私は対応をどうするか検討するが、すぐに新たな電文が舞い込んできた。

 

「──カガ、モウイッポウノカガトセッショク。ヨウスガヘン───オウエンヲコウ──」

 

 私は訳がわからなくなり、少しでも状況を掴むため視界ジャックを行った。

 比較的近場であったのか、瑞鶴さんの気配を掴まえることに成功する。脳裏に瑞鶴さんの視界が開け、私は絶句した。

 

 瑞鶴さんの視界には、加賀さんが二人写っていた。

 運転席から降りた加賀さんは、もう一人の加賀さんと対峙しているようだ。

 

 瑞鶴さんの視界の端に鉄塔らしきものが見え、そこがここから少し離れた四鳴山ということがわかる。

 

 あの鉄塔はあまりにも不気味すぎ、また屍人の気配が多かったことから接近を避けていたのだ。

 鉄塔と言うより、何かの儀式の場所のような巨木と鉄骨が入り交じった謎の建築物。

 その天辺には禍々しい赤黒い雲が渦巻き、遠方から見るとまるで墓場から出てきた亡霊のようにも見えた。

 

 もう一人の加賀さんが、後ずさる加賀さんに抱き付く。

 一体どういうことなのだろうか?

 

 私はますます訳がわからなくなる。兎に角現場に向かわなければ話にならないと、私は金剛さんと利根さんに声をかけた。

 

 

 

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瑞鶴 四鳴山/離島線4号基鉄塔

   初日 20:12:54

 

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 赤城さんからの返信が来ず、私は焦燥感に駆られた。

 目の前で起こっている異常事態に、私は目を疑う。

 しかし、それは確かに現実だった。

 

 加賀さんが二人いる。

 しかも、片方が幻覚とかそういうのじゃない。確かにそこに立っていて、そして加賀さんに抱きついていたのだ。

 

 私は見ていられなくなり、レミントンを片手に運転席を降りて加賀さんに駆け寄った。

 

「加賀さん!」

 

「──瑞鶴!っ、離れなさい土佐!」

 

「…嫌よ、ずっと会いたかった……姉さん……」

 

 

 私はそれを聞いて首をかしげた。

 土佐?

 私の知る限りでは、条約によって破棄された未成戦艦。そして、加賀さんの妹となる筈だった艦。

 

 姉妹艦の容姿が瓜二つという事例など聞いたことがない。

 こんな島で、こんな状況下では怪しさの方が強かった。加賀さんも同様に感じているらしく、執拗にしがみついてくる土佐を振りほどこうともがいている。

 

「──どうして私を拒絶するの、姉さん?」

 

「どうしてって、あなたが土佐である保証なんてどこにもないでしょう!?信じてなんて言う方が無理よ!」

 

 加賀さんの怒鳴り声に、土佐は悲しそうな表情を浮かべた。

 それだけ見れば、彼女が本物の土佐だと思うかもしれない。しかしこんな状況で、しかも磯風や筑摩さんが屍人となり仲間を襲うという事件があった後なのだ。

 私は加賀さんを土佐から守るべく、いつでも発砲できるようレミントンの安全装置を解除した。

 

「姉さん、ねぇ、姉さん───やっと会えた、大事な大事な姉さん………私と、ずっと一緒にいましょう?」

 

「な、何を!───この、いい加減に!」

 

 加賀さんが、渾身の力を籠めて土佐を突き飛ばした。

 私はレミントンの銃口を土佐に向けると、加賀さんと土佐の間に割って入った。

 

「加賀さん、車に…!こいつ、普通じゃないわ……」

 

「えぇ、そうね………」

 

 ライフルを向けられた土佐は私を恨めしそうに睨み、ゆらりと立ち上がる。

 私はスコープのレンズに写るクロスヘアを土佐の眉間に合わせた。

 

「────そう、あなたも邪魔するのね………?」

 

 スコープに写る土佐の瞳が、私を睨み付ける。

 それと目が合い背筋に悪寒が走るが、気圧されまいと引き金に指をかけた。

 

 突如、土佐は空を仰ぐと何かブツブツと呟く。

 まるで彼女の行動や意図が読めない。何をする気だ……?

 

「……………………………………?」

 

「!………瑞鶴、上!」

 

 車に下がっていた加賀さんの声に、私は空を見上げた。

 それを見た瞬間、感じたことのない感情──強いて言えば、気持ち悪さと怖さを合わせたようなものが心の底から沸き上がった。

 

 赤い空を泳ぐ、巨大な魚のようなもの。

 しかし、人魚とでも言えばいいのだろうか。その魚は薄桃色の体躯を持ち、人の──女の顔があった。

 それはするようと空を降りてくると、私達の目の前に着地する。間近で見る異形の怪物に、私は恐怖で足がすくんでしまう。

 

 近くで見るとかなり大きい。

 私は銃口を向けるが、その人魚はまるで意に介さないとでも言うかのように土佐と見つめあっていた。

 

「瑞鶴!」 

 

 加賀さんが私の袂を引く。加賀さんの顔にも恐怖の表情が浮かんでいた。

 私の五感が、ここから早く逃げろと告げている。それは加賀さんも同じなのだろう。

 しかし、体が言うことを聞かないのだ。まるで金縛りにでもあったかのように、私は銃口を人魚に向けたまま硬直していた。

 

「────姉さん、ねぇ……姉さん……さぁ、母様と一つになりましょう…そうしたら、ずっと一緒にいられるから………」

 

 土佐の瞳が、加賀さんを捉えた。出てくるのを待っていたという風に。

 加賀さんが僅かに後退り、私の袂を引く力が強くなるのを感じた。

 

 土佐の後ろにいる人魚の顔も、加賀さんを向く。

 ソイツは、笑みを浮かべていた。

 背筋が凍りつくような不気味な笑み。明らかに加賀さんを狙っていた。

 

 私は自分を叱咤する。動かない体に動くよう命じ、銃口を無理矢理動かして人魚の顔に向けた。

 

「───!!」

 

 引き金に絞る。

 腹に響く銃声がして、人魚の顔に穴が開いた。それでも飽きたらず、二発、三発と連発する。

 薬室から蹴り出された薬莢が、流れ星のように宙を舞っていった。

 

 人魚はぐらりと頭を垂れるが、倒れない。

 しかし、わずかな変化があった。

 

 人魚の腹が縦に裂け、赤黒い腸と血が溢れてくる。それと一緒に、何かがボトリと落ちてきた。自然と瞳がそれを見る。見たことを後悔したが。

 それは、血にまみれた人間の男だった。誰かは知らない。しかし、額には弾丸の跡──私が人魚の顔を撃ったのと同じ位置に穴が開いていた。

 

「───姉さん、来て──母様も待っているわ──」

 

 土佐の声がして、急に袂を引く力が弱まった。

 加賀さんが虚ろな瞳でフラフラと、あの異形に近寄り始めたのだ。私はすぐ、加賀さんは操られているのだと察した。

 

 先程の銃声で、体は動くようになった。

 私は駆け出すと、今度は加賀さんの袂を引っ張る。

 

「加賀さんダメ!」

 

 フラフラとしていた加賀さんに、私の声が届く。一瞬動きが止まるが、土佐の声で再び歩き始めた。

 

「───姉さん、こっちよ───」

 

 まるで幼子をあやすように、土佐が手招きする。私は慌てて加賀さんの前に出ると、進もうとする加賀さんを押し止めた。

 

「加賀さん!目を覚ましてよ!」

 

 私は加賀さんの耳許で怒鳴る。

 明らかに、あの人魚と加賀さんを接触させるとまずい。それだけはわかった。

 

 翔鶴姉はいなくなってしまった。

 その上加賀さんまでいなくなるなんて、私には耐えられない。何とか押し止めなければ………

 

「────ず、いかく?───はっ!私、何を…」

 

「!…加賀さん、早く逃げよう!ここヤバイよ!」

 

 加賀さんの瞳に光が戻る。

 私はホッと安堵すると、早く逃げるよう急かした。

 

 その時だ。

 何か生暖かい物が、私の首に絡み付いた。

 

「───かはっ!?」

 

「───母様、待てないのね………残念だけど、姉さん……また会いに来るわ───」

 

 土佐の声が響く。

 どういう事なのか理解するよりも先に、私の体には赤黒い大蛇のようなもの───記憶が正しければ、あの人魚の腹からこぼれでた腸が絡み付いていた。

 ぬるぬるとした血で滑ってライフルを取り落とすが、私は気に求めずに腸を外そうともがいた。

 

「───ひっ!?い、いや──」

 

 背筋に悪寒が走り、私は咄嗟に後ろを振り返る。

 そこにはあの人魚がいて、ポッカリと開いていた腹腔が迫っていた。

 

 瞳から涙が迸る。

 どうしようもない恐怖に、私は悲鳴をあげようとした。しかし、恐怖のあまり悲鳴すら出てこない。

 やっと声が出た時には、私は人魚の腹の中に取り込まれていた。あっという間だった。

 

「翔鶴姉──助けて……………」

 

 視界が真っ暗闇に包まれ、不気味な肉の感触に全身が包まれる。

 それから数秒としないうちに、私は自分の意識を手放した。

 

 

 

 

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加賀 四鳴山/離島線4号基鉄塔

   初日 20:24:04

 

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「───ず、瑞鶴────」

 

 目の前で、瑞鶴が異形の人魚に呑まれた。

 私はその瞬間、衝撃と悲しみで声にならない悲鳴をあげていた。

 

 土佐はいつの間にかいなくなり、人魚も満足したように空へ飛び上がる。

 残されたのは私一人だった。

 

 膝から力が抜け、がくりと崩れる。

 頭が混乱して、どうすればいいのかわからない。

 

「───加賀さん!」

 

 赤城さんの声がして、私は振り向く。

 やってきた赤城さんに、気づいたら私は抱き着いていた。

 

「赤城さん………瑞鶴が……瑞鶴が………!」

 

 震える声で赤城さんに言う。

 私は酷く同様に、無様に狼狽えていた。どうすればいいのかわからず、赤城さんにすがる。

 

 そんな私の背中を、赤城さんは宥めるようにさすった。

 赤城さんの表情───包帯で目を覆っていて分かりにくいが、それでもわかったのは悲痛な感情だった。

 赤城さんもどうすればいいのかわからなくなっているのだろう。

 

 私達は利根が運転する軽トラに乗り、その場を後にする。どうすればいいかはわからないが、この場に留まるのだけは嫌だった。

 

 

 

 

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翔鶴 四鳴山/離島線4号基鉄塔

   初日 20:44:06

 

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 私は宛てもなくこの島を走り回っていた。

 そうでもしないと、気が狂いそうになるのだ。

 

 道中で時折見かける屍人。

 その姿を見て、私はその度にそれが自分の未来であるように思えた。それを拒絶するかのように、私は火掻き棒を振るう。 

 そうしているうちに酷く疲れが溜まり、頭の痛みや酔いも酷くなっていった。

 

「───────あっ──!?」

 

 体が限界を迎えたのか、道に落ちていた何かを避けようとしてハンドルを切った拍子にバイクが滑り転倒する。

 

 私はバイクから放り出され、泥濘に叩きつけられた。

 

「…………っう…………………っ、もう………いや………嫌……」

 

 全身に響く痛みに身をちぢこませながら、私はひたすら苦しい自分の生を否定し始めていた。

 それぐらい、自分の行く末に絶望していた。

 

 立ち上がることもせず、私は泥塗れのまま泣き続ける。

 私の目から透明な涙はもう流れず、溢れてくるのは血の涙だけだった。

 瞳から溢れる赤い涙は絶望に染まった心を現しているようで、それがもっと嫌になる。

 

 

 

 地面に投げ出されてからしばらく経った。

 ふと、私は近くに銃が落ちているのに気がつく。

 私はそれに手を伸ばし、自分の近くに手繰り寄せた。

 

 見覚えのある銃だった。

 確か、瑞鶴が持っていたものだ。なんでこんなところに…………

 

 この島で武器を落とすなんて自殺行為。

 その武器を落とす状況などかなり限られる。

 

 嫌な想像をしてしまった。

 銃に付いた血。道端に落ちている。

 

 それだけで、私は何があったか察する。

 ここに死体がないのは、この島なら十分にあり得る。死ねば体は乗っ取られ、そのまま歩き回るからだ。

 

 どうやら、私は瑞鶴に先を越されたらしい。

 悲しみが胸から込み上げてきて、私は妹の形見となった銃を抱き締めた。

 

 止めどなく溢れてくる悲しみを流しながら、私はふと別の感情が沸き上がる。

 妹が私と同類になった。これで、妹を襲わずに済む。

 そんな安心感がして、私は不思議と笑みを浮かべていた。

 これでまた、姉妹一緒にいられる。そう思うと、悲しみが少し和らいでいくのだ。

 

 とうとう私の心は壊れてしまったらしい。

 妹を失った悲しみで涙を流し、妙な安心感から笑う。感情が乱雑に駆け巡り、頭は正常に機能することをやめた。

 

 

 私は抱き締めていたライフルを見る。

 妹が、私を呼んだ気がしたのだ。

 

「……………瑞鶴、いいの……?」

 

 そう呟くと、私は目を瞑る。

 ライフルの銃口が、自然と自分の眉間に向いた。

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.021

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母胎の鱗

奇妙な鈍い光を発している薄桃色の鱗。
鱗の大きさから推測すると、体長10メートルを超える巨大生物の一部であると考えられる。

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母胎から剥がれ落ちた鱗。


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