SIREN:FLEET   作:ギアボックス

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初日 19:00:00~20:00:00

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翔鶴 夜見島金鉱(株) 2F

   初日 19:22:34

 

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 私は一人、ビルの2階部分にいる。床に寝転がり、一人うなされていた。

 酷く頭痛がして、熱病にでもかかったかのように意識は朦朧とする。

 決して先程のウイスキーで酔った訳ではない。あの程度の量で酔うほど私は弱くないと思う。しかし、この感じは酔いに似ていた。悪酔いをもっと悪くしたような感じだ。

 

 うっなり意識を手放すと、そのまま魂が抜けていきそうな気がした。

 

───────よこせ──

 

「!?───」

 

 そう聞こえた気がして、私は飛び起きると周囲を見渡した。

 しかし、周りには誰もおらず、様子も先程と変わりなかった。

 

「幻聴………」

 

 そう思った。

 私はどうやら、自分が思っているよりもずっと酷い状態らしい。

 疲れているのだと思い、私は寝付こうと再び横になった。途端に眠気がきて、瞼がぐっと重くなる。

 

───体をよこせ───

 

「────っ」

 

 やはり聞こえた。

 耳ではなく、頭の中に直接響いてくるような感じだった。

 

─体をよこせ──翔鶴───

 

「───嫌よ……誰なの一体……」

 

───よこせ──よこせ──お前の体─────

 

 声が壊れたオーディオプレイヤーのように幾度となく響き渡り、私は頭を抱えた。

 そうした所で声が消える訳ではないものの、そうでもしないと謎の声に心が負けてしまいそうだったのだ。

 

────よこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせ──────

 

 

──お前の体、よこせ

 

 

「うるさい、うるさいっ………」

 

 もはや拷問だった。

 声の音量は耳鳴りほどだったものが最早エンジンの爆音を間近で聞かされているようになり、しかもそれが途切れもなく続く。

 恐らく私の心が負けたとき、本当に私の体は盗られてしまうのだろう。

 

 鳴り響く声の攻撃に、酷かった頭痛は輪をかけて酷くなった。痛みに耐えるため、私は固く目を瞑り歯を食い縛る。痛みから目に涙が浮かび、それが溢れた。

 頭が金槌でずっと殴られているような痛みだった。酔いもどんどんと酷くなり、自分の体が自分の体ではないような、謎の浮遊感が襲ってくる。

 

「──うぅっ、う────」

 

 嫌な想像が頭をよぎる。

 このまま、私は屍人になってしまうのではないかと思ってしまうのだ。

 屍霊に体を渡したつもりはないが、実は私が気づいていないだけで屍霊は既に私に取り憑いているのではないか?

 もしそうなのだとしたら、今考えている私はこの体から今にも弾き出されようとしているのではないかと思った。

 

───ピトッ

 

 私の体に何かが触れた。

 私はそれを感じて、恐る恐る目を開ける。

 

「──────いやあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 黒い人のような影が、私に覆い被さろうとしていた。

 屍霊が筑摩さんの体に取り憑いていく光景が脳裏に甦り、私は咄嗟に後ろへ飛び退く。

 自分が屍人になる光景を想像し、私は戦慄した。あの影に取り憑かれれば、それが現実のものとなる。

 恐怖でしかなかった。

 その影が私に飛び付いてきて、私は慌てて振りほどこうとした。

 

「いや、いやぁっ!!放してよ!!」

 

 がむしゃらに手足を振り回し、取り憑かれないよう抵抗する。声にならない悲鳴を口から出しながら、私はひたすらその影から離れようともがいた。

 

 

 

 

「翔鶴姉ぇ!!!」

 

 聞き覚えのある声がして、私は我に帰る。

 影は瑞鶴だった。息を荒げながら私にしがみつき、目から涙を流していた。

 周りには赤城さんや加賀さんもいて、急いで来たのか肩で息をしていた。

 

「───ず、ずいかく……?」

 

「…………翔鶴姉、大丈夫……大丈夫だから……」

 

 瑞鶴に宥められ、私は自分が幻覚を見て酷く暴れていたことに気づく。

 瑞鶴の服には血が付き、私は瑞鶴に怪我させたのではと慌てる。しかし、その血は瑞鶴のものではなかった。

 

「……………翔鶴さん、目から血が………」

 

「…え……………」

 

 そう言われ、私は手の甲で目を拭った。

 手の甲についたのは、透明な涙ではなく赤い血だった。

 

 目から血を流すなど、最早屍人ではないか………

 

「…………わ……私、屍人になる……の……?」

 

 自分に課せられた運命を信じられず、私は瑞鶴や周りの仲間に問い掛けた。

 声が震え、涙なのか血なのかわからないものが目から溢れていく。恐怖と悲しみが、私の心を真っ黒に染めていくのを感じた。

 

「い………嫌……そんな……嫌っ……嫌よ……屍人になんか……なりたくない……っ………」

 

 体がガタガタと震え、歯の根が合わなくなる。

 ひたすらに怖かった。

 屍人になった者の末路が頭に過り、それが更に恐怖を掻き立てていく。

 私が倒した数々の屍人達、袋に詰められて地下室に閉じ込められた筑摩さん、操られて凶行におよび、最後は首を切り飛ばされた磯風さん…………

 

 私もそうなるのかと思うと、ひたすらに怖くなる。

 

「大丈夫だよ!翔鶴姉は屍人になんかならないよ!」

 

 瑞鶴の励ましの声も、屍人から戻る方法もない状況下ではただの気休めでしかなかった。

 他の者の励ましの声は耳にすら入ってこない。

 それくらい、私は追い詰められていた。

 

 

 

「……………翔鶴さんを拘束しましょう。」

 

 加賀さんが赤城さんに耳打ちした言葉に、私は身を固くした。偶然、視界ジャックによって加賀さんの視界を見たのだ。なぜ見ようとしたのかはわからない。

 しかし、私は今それを深く考えている余裕はなかった。

 実質の死刑宣告であり、拘束されれば後は座して死を待つ事になる。

 

 筑摩さんの隣で拘束され、自分が自分でなくなる瞬間をひたすら待ち、そして自分でなくなった後もひたすら待つ。

 私はあのドラム缶で水漬けされた時間で十分なくらい耐えたのだ。それなのに、更にこの仕打ち。

 もう、私は恐怖と苦しみに耐えるのは嫌だった。

 

 そう思った私は、咄嗟に駆け出していた。

 自分でも吃驚するほど素早く、仲間達の脇をすり抜けて外へ飛び出す。瑞鶴の私を呼ぶ声が聞こえるが、私は一度も振り返らなかった。

 そして、流れるようにバイクへ飛び乗ると一目散に港を飛び出していった。

 

 この後に待つ自分の運命など知らず、私はバイクを走らせ続ける。

 仲間達から逃げた時点で、私の行く末など既に決められていたのだ。

 

 

 

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赤城 夜見島港

   初日 19:46:56

 

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「一体どこに───」

 

 視界ジャックをフル活用し、翔鶴さんの視界を探る。

 私達は、咄嗟に飛び出していった翔鶴さんを探していた。

 翔鶴さんにはバイクがある。あの機動力があれば、島のどこにだって行けてしまう。捜索範囲は恐ろしく膨大なのだ。

 ましてや、向こうが私達から逃げ回っているとなれば尚更発見は困難だった。

 

 加賀さんからの意見具申、それを聴いた直後の脱走。

 恐らく、翔鶴さんの耳にも聞こえたのだろう。

 

 只でさえドラム缶詰めにあって弱っている翔鶴さんが、そんな事を聞けば逃げ出すのは当然だ。

 

 普段の彼女は聡明で、こんな無茶苦茶な選択などしない。よほど追い詰められ錯乱していたのだろう。

 悲鳴を聞き付けて様子を見にいった時、翔鶴さんは酷くなにかに怯えながら暴れ、瑞鶴さんがそれを取り抑えているという状態だった。

 あの時の彼女には、妹の瑞鶴さんさえ何か怪物のようなものに見えていたのだろう。

 精神をすり減らし、まともな判断もできなくなり、逃走した。

 恐らく、そういうことなのだと思う。

 

「赤城さん…………」

 

 瑞鶴さんが私に声をかけてくる。

 瑞鶴さんの声は、酷く疲れきったという風に掠れていた。目元には涙の跡がある。

 彼女の心もまた、擦りきれる寸前なのかもしれない。

 

「………何、かしら」

 

「翔鶴姉に電文を打ったんだけど、返信がないの………翔鶴姉、どこに行っちゃったんだろう………」

 

「…………きっと、見つかるから。大丈夫よ」

 

 私は口ではそう言うが、どこにも見つかる確証などなかった。もしかしたら、次に合間見えた時には屍人として再会する可能性もあるのだ。

 そうならない為にも、一刻も早く見つけなければと思う。思うが───

 

 手段など、浮かばなかった。

 

 

 

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浜風 蒼ノ久漁港

   初日 19:47:21

 

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「───ご馳走さまでした。」

 

 私と藤田さんは夕食を終えると、揃って合掌していた。

 この島に食べるものなどと思っていたが、探すと案外あるものだということに驚かされた。

 山菜や畑に植わっていた野菜、サツマイモ、いよかん。民家で入手した味噌や醤油などの調味料と食器、調理器具類。それだけあれば中々上等な料理が作れるのだ。

 

 お米こそなかったが代わりにサツマイモを蒸かし、船に積まれていた飲料水を使って山菜とネギの味噌汁、カボチャの南京煮。

 更に、民家から拝借した梅干しと畑から採ってきたいよかんを付ければ中々豪華な夕食である。

 

 美味しい食事は心に余裕を持たせ、より良い活力を生む。ただ栄養を接種する為とは違うのだ。

 少なくとも私はそう思うし、そうだ。藤田さんの幸せそうな表情からして、彼もそうだと思いたい。

 

「あぁ───夢みてぇだ…………」

 

「夢、ですか?」

 

 藤田さんの呟きに、私は首をかしげた。

 

「そうさ。今日は悪い夢みてえなことばっかりで、何が現実かわかったもんじゃない。けど、こんな状況なのに美味い飯が食えるなんて、逆にこれが夢じゃないのかと思えてきたんだ。」

 

 この島に来てから普通ならあり得ないことばかり。

 死んだ人間が歩き回り、水は海も何もかも赤くなり、陽の光が依然として届かぬままの空。

 そして、異なる時間を過ごしている筈の私と藤田さんが出会ったこと。

 

 確かに、夢のような荒唐無稽な話だ。けど、それは間違いなく現実であり、私達はその中で生きている。

 そうなってくると、むしろこんな絶望的な状況で美味しい食事を、安心して食べられるという事が逆に夢であるかのように思えてくる。

 

 もしかして、私は本当に夢を見てるかもしれないと思うと、自分の頬をつねってみた。

 痛い。

 

「どうしたんだい、頬をつねったりして」

 

「いえ、夢かどうか確かめてみました。痛かったです」

 

 私がそう言うと、藤田さんは笑いながら私の頭を撫でる。

 その手が暖かくて、私はとても温かい気持ちになった。

 こんな状況で見つけた小さな幸せ、なのだろうか。なら、今はその小さな幸せに甘えていたいと思う。

 この幸せが味わえなくなる前に。

 

 

 

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榛名 瀬礼洲/陸の船

   初日 19:52:41

 

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「……………!………随分、寝ていたようですね…」

 

 気がつくと、私はまたベッドの上に寝かされていました。

 灯りがつけられ、見覚えのある天井が目に入ってきます。それから鑑みるに、どうやら拠点の船まで戻ってきたようです。

 先程まで車の中だったような気がしますが、どうやら永井くんがここまで運んできてくれたのでしょう。

 

 胸の傷はきれいに癒えていましたが、永井くんにショックな思いをさせてしまったのが心残りです。

 そういえば、彼は今どこにいるのでしょうか?

 

「探してみましょうか………」

 

 一先ずこの場所の探索を行うことにしました。

 この船はかなり広いようなので、私は手近な一室から調べていくことにしました。

 私は部屋から出ようとして、戸口の扉を引きます。しかし、押しても引いてもダメでした。

 

「……………………えいっ!」

 

何かロックが外側からかかっているようなので、私は思いきり扉を蹴飛ばしました。

 何か木材が折れるような音がして、扉が勢いよく開け放たれます。目の前の通路は灯りが付いておらず真っ暗でした。私はベッド脇に置いてあった懐中時計を手に取り、通路へと出ます。

 

 

 

 一つ一つしらみ潰しに探していくと、薄明かりが扉から漏れている部屋がありました。ひょっとしてと思い、わたしはその部屋へと近寄ります。

 

「永井くん、いますか?」

 

「うぇっ!?」

 

 私が声をかけると、永井くんは驚いたように飛び上がり、座っていた椅子から転がり落ちました。

 そして、慌てた様子でなにかを拾いあげると、それを私に向けてきます。

 

「ちょ、ちょっと!私ですよ!?榛名です!」

 

「!?────あ、あれ…どうなってるんだ?」

 

 永井くんが銃を向けてきたので、私は慌てて両手を上げ敵意がないことを示しました。

 その様子が永井くんには腑に落ちなかったようで、首をかしげながら銃を下ろしました。

 

 何かおかしいと思い、訳を聞きます。

 すると、私が死んだと思い適当な部屋に隔離しておいたのだそうです。

 案の定、私が死んだものと誤解していたようでした。

 

「…………その、艦娘は拳銃で撃たれたくらいでは死にませんので………」

 

「………………そ、そうなんだ………」

 

 永井くんはだいぶ衝撃を受けているようでした。まだ私が生きてることも半信半疑のようです。

 私はふと、永井くんが座っていた場所に目がいきました。

 机の上に積まれた古い書籍。

 それが気になり、手に取ってみます。

 

「夜見島古事ノ伝……………古文書ですか。」

 

「は、榛名ちゃんそれ読めるの!?」

 

「読めますよ。榛名、こう見えて歴史好きなんです。」

 

「………………そ、そうなんだ………」

 

 永井くんは面食らいっぱなしなようで、そんな様子が少し可笑しいと感じてしまいます。

 しかし、彼か、それとも他の誰かが集めたのか………

 何にせよ、この古い字体で書かれた本に何か手がかりがあるような気がしてなりません。

 早速、中を読んでみることにしましょうか。

 

 

 




アーカイブ
No.020

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夜見島いよかん

夜見島の特産品。通常のいよかんと比べ皮が黒く、実が赤いのが特徴。味はブラッドオレンジに似る。
島が海に沈んだ後は絶版となり、その苗木については一部プレミアがついて取引されている。

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夜見島で栽培されているいよかんの改良品種。
ただ皮が黒いだけのブラッドオレンジと言う人もいる。

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