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赤城 佐伯警備府/艦娘寮
前日 19:34:21
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「加賀さん、本当に大丈夫だったんですか?今ならまだ………」
「くどいですよ赤城さん。5航戦の子達だけでは荷が重いですから。」
作戦実行に備え、作戦参加艦艇は最寄りの佐伯警備府へと移動していた。
佐伯警備府にある応援部隊用の隊舎の部屋をそれぞれ割り当てられた私達は、明日の作戦に備えて英気を養うべく銘々に時間を過ごしていた。
私はといえば、早めの夕食を済ませた後部屋でゆっくりしていた。
そこへ、5航戦の子と打ち合わせをしていた加賀さんが戻ってきた為、しばらくは他愛ない世間話に興じた。
しかしその後、どうしても気になっていた私は加賀さんに質問していた。
加賀さんは、本来なら作戦参加艦艇からは外れていたのだ。
しかし、私や5航戦の作戦参加を聞き付けた加賀さんは私同様提督に直談判し、無理矢理作戦に参加していた。
「今回の作戦は不特定要素が多い。ならば、姫級深海棲艦の討伐任務と同様、鎮守府の総力を持ってかかるべきなのです。鎮守府でのうのうと待機するなど、私には出来ません。」
「それはそうですけど……」
「私は私の意思で参加したのよ、赤城さん。心配いらないわ。」
加賀さんは加賀さんで、大切な仲間であり後輩である5航戦姉妹の事が気にかかっているようだ。
リスクが高い今回の作戦で、少しでもそのリスクを下げれるならと志願したのだろう。
戦力的には加賀さんの参加は有り難いが、嫌な予感しかしない私からすれば不安もまた強かった。
もし最悪の状況になった場合、鎮守府に残るのは2航戦と大鳳のみとなる。私的には加賀さんに残っていて欲しいと思っていた。
「………赤城さん、提督を勝ち取ったのはあなたよ。あなたが帰還できなければ、悲しむのは提督ということをお忘れなく。私は提督を悲しませないためにも、今回の作戦は誰一人欠けることなく終わらせるよう努力するつもりです。」
「!……加賀さん…………それに気づいているなら、尚更鎮守府に残るべきです。」
「赤城さん。私を
「………………気を悪くしたなら謝るわ。でも、万が一─いえ、高い確率で起こる事態に、備えておかなければと思ったのよ。それに……あなた、あれからずっと寂しそうにして────」
「……………何も思うところがない訳ではありませんが……それをあなたが気にしてどうするんですか。あなたが選ばれ、私は選ばれなかった……ただ、それだけ──そう自分で納得したんです。そんな形で譲られても、全く嬉しくないわ。私にとっては──提督もそうですが、あなただって大切な人なんです。いなくなるなんて言わないで下さい」
「!………そう、ね……ごめんなさい。私としたことがとんだ思い違いをしていたわ。」
「わかってくれればいいんです。さぁ、もう今日は早めに休みましょう。明日は長丁場になるでしょうから」
「そうね…………」
偵察任務。
それだけなら、順調にいけば半日もかからず終わるだろう。救難も含めれば一日くらいはかかるだろうが、それでも明日の夜はまたここで夕食を食べれる。
しかし、そう思ってもまだ私の胸は言い様のない不安に駈られていた。
そんな不安を押し殺すように、私はベッドの中へ潜り込むと強く瞼を閉じた。
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榛名 佐伯警備府/艦娘寮
前日 20:43:02
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「榛名、ちょっとタバコ付き合うネ」
「はいお姉様。」
「Thanks」
提督の気を引くべく始められたタバコでしたが、今ではすっかりお姉様の日課となっていました。
提督が赤城さんと契りを結ばれてからは、日に吸う本数が増えたような気もします。
正直タバコの煙は苦手ですが、お姉様がこういうお誘いをされるのは話し相手が欲しい時なので、吸われるのは臭いのあまりしない電子タバコです。
たぶん一人で行かれると普通のタバコを吸って帰ってくるので、お姉様の健康のためにもお付き合いしなければ。
喫煙所に着いてしばらく電子タバコを燻らせた後、お姉様は口を開きました。
「榛名、今回の作戦指示。どう見ますカ?」
「……………保険、ですね。」
「Hm………That's what I thought.」
私達は提督から、今回の作戦に辺り別途の指示を受けていました。
最悪の状況──通信途絶が発生した場合、私とお姉様の2艦だけはどんな手段を使ってでも撤収し、あの島に関わった者に何が起こるのか……その情報を持ち帰るよう指示されました。
転んでもタダでは起きないと言えば聞こえはいいですが、言ってしまえば空母や随伴艦は見捨てよ……万が一の時はそうするよう指示されたということです。
大切な艦隊の仲間を見捨ててでも帰ってこい。そんな指示を提督が出されるのはいままで無かったのです。今回の作戦はそれほどまでに異例じみたものなのでしょう。
しかし、不可解なのはその見捨てる対象に赤城さん──提督の伴侶たる存在がいることです。
「お姉様……作戦に必要であれば伴侶を見捨てれる程、提督は冷血な方だったということでしょうか?榛名にはわかりません……」
「Ah……榛名、提督はタダでは起きないということデス。赤城がいなくなった時のことを考えてるのヨ。」
「では、私達が持って帰った情報を元に──弔い合戦を?」
「しかも、徹底的にやるつもりデス。提督はAvengerになるつもりデース…私達が失敗すれば、次は海軍の総力を挙げた攻略作戦が行われるように。きっと今頃、あちこちに根回していると思いマース……」
「伴侶の屍を越えてでも、ですか」
「ハァ…………私も赤城くらい愛されたかったデス……選ばれなかった者はツライネー……Story of my life,デスネ」
お姉様は未だ失恋のショックから抜け出せていません。それでも大分マシにはなりましたが、今でもこうしてセンチメンタルな気分に浸っていることが多い気がします。
そんな喫煙所に、普段の利用者が現れました。我が鎮守府の提督よりも若く、士官学校を出たてのような青臭さが残る風貌。
佐伯警備府の司令官さんでした。
「───おや、こんなところで艦娘さんに会うとは……」
「Oh,佐伯警備府の司令官サン?」
「こんばんわ」
「あなた方も吸うんですね。艦娘で吸ってる子なんていないと思ってたんですが……」
「付き合いで始めたネ。Anyway……お仕事はOFF、デスカ?」
「あぁ……まぁ、うちは今開店休業をさせてもらってますよ。とても任務ができる状態じゃないですから。」
「……お辛い…ですよね」
「辛くない、と言えば嘘になりますよ……皆、長い付き合いでしたから。覚悟はしてたつもりなんですが───実際にこうなると、ね──」
「……皆、決して低くない練度だと伺っています。きっと大丈夫です。機材トラブルか何かで帰れなくなってるだけだと─」
「………俺も、そう信じたい。俺が言えた義理じゃないが、どうか───ウチの子達を、お願いします」
「頭を上げてくだサイネ。やれるだけのことは、ハナからやるつもりデス」
お姉様も私も口ではこう言っていますが、正直なところまだ水雷戦隊が無事かどうかなど確証はありませんでした。むしろ、最悪の状況にある可能性のほうが高いとも。
原因不明の通信途絶、行方不明。
深海棲艦が相手なら、そう易々と通信途絶になるような事はないし、徹底した轟沈対策が取られた現状では、全艦轟沈などやろうと思わなければできないのです。
その上、哨戒艇や偵察機などはGPS信号やレーダーで常に観測されているのにも関わらず忽然と姿を消し、撃墜されたにしては残骸の1つも発見されていないとの事です。
あの新島に近づいたものは、まるで魔法か何かで消し去られたようにいなくなる。
まだ人類が確認していない何かが、あの島にはある。
そう考えると、行方不明になった水雷戦隊もまた、そのよくわからない何かの歯牙にかかったのではないかと思えてなりませんでした。
そして……
今から私達がその歯牙にかかりに行こうとしていると思うと、ひどく身震いがしてなりませんでした。
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利根 佐伯警備府/艦娘寮
前日 22:41:06
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「夜見島………ですか?利根姉さん。」
「うむ、まだ海軍も政府もエビデンスがない故に認めておらぬがの。こういう話題は、案外こういうゴシップ誌の方が詳しい時もあるものじゃ。」
今回の作戦参加が決まる前、鎮守府近くの本屋で手に入れたオカルト系のゴシップ誌。
その記事では、あの新島の形がおよそ30年前に海に消えた島に酷似しているというものだった。
あの時は興味本意で買ったものの、まさか自分が行くことになるとは思ってもみなかった。
ゴシップ記事を元に夜見島についての記録を調べたところ、30年前に姿を消したのは本当だったようだ。
それに、島の写真と作戦資料として渡された新島の写真を見比べてみると、これがまたよく似ている。
そうなってくると、記事がただのゴシップだと片付けてしまうのは早計だと思った。
「しかし……島が忽然と姿を消して、それが今になって浮上したというのは……しかも、かつての姿のままというのが不気味ですね」
「これでは、まるで島の亡霊じゃ。海に潜っていたのに建物も全く同じというのがな………しかし、海かぁ」
海から来る、それも海中から。
となると、我輩たちには非常に馴染み深い連中がいるのだ。艦娘ならば、それと島の関連性に気づいてもよさそうなものだが……
もし、島そのものが深海棲艦のような存在だとしたらどうだろうか?
連中が何らかの技術で島を再浮上させ、そのまま根拠地にしていたら───
「王手……というヤツかのぅ。」
「何がです?」
「いや、少しの。あの島に深海棲艦が居らぬことを祈るばかりじゃ。」
「………そう、ですねぇ」
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翔鶴 新島沖合い
当日 09:45:24
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「皆さん、周辺に異常はないですか?」
新島の沖合いを、私達は12隻の連合艦隊編成で進んでいた。
ただの偵察任務で連合艦隊編成など普通は有り得ないのだが、今回は事が事だけにあらゆる局面への対処を想定した編成となっていた。
第一艦隊を私と瑞鶴、1航戦、利根型姉妹。
第二艦隊を神通、磯風、浦風、浜風、金剛、榛名。
旗艦については当初は私だったものの、急きょの1航戦参加に伴って赤城さんへと変わっている。
艦隊は赤城さんの指揮の下、順調に島を目指して進んでいた。
周辺警戒の為水上機を数度に渡って飛ばし、対潜警戒も第二艦隊がしっかりと行っている。
波はやや高めなものの航行に支障はなく、到って順調だった。
「これは………思ってたほどでもない感じ?」
「瑞鶴、まだ目的は達成してないんだから。気を抜いちゃダメよ?」
「はーい」
こんな他愛ないお喋りができるくらい、普通の航海。
既に偵察機や哨戒艇が行方不明になっている地点に入りつつある中、想像していたような最悪の状況にはまるでなる気配がなかった。
そう、発生するまでは本当に何もなかったのだ。
「「「「「「!?」」」」」」
突然だった。
本当にまばたきした一瞬のような間に、いままで青かった海は赤く染まり、うねりは気を付けなければ転覆しかねないほどの大時化となっていた。
あまりに突然の環境の変化に、全員が体勢を崩しふらつく。
「ッ、各自自艦航行の安全を最優先!!針路反転、離脱!!」
赤城さんの号令は波風によってまともに聞き取れなかったが、手の合図で反転の指示を出したことは理解できた。
全員が針路を180度変え、最大戦速で島から離れ始める。
しかし、まるで逃がさないとでもいうように、変針した私達の横っ腹に巨大なうねりが現れた。
「嘘でしょ……そんなっ」
うねりというよりは、海面が意図的に隆起したようにも見えた。
ベテランの赤城さんが、まさか波や潮流を読み間違えるとは思えない。そんな赤城さんが見過ごしたうねりは、そのまま私達に覆い被さるように崩れ落ちてくる。
「各艦、波に乗りなさいっ!!」
第二艦隊の神通が声を張り上げると、水雷戦隊の艦娘達が波に対して体を平行にし、機関を振り絞る。
「これしきの波で!」
神通が勇ましく波へと突っ込み、うねりを駆け抜けるようにして突っ走る。
あとに続く駆逐艦達もまた、それに続くようにして各々波に乗っていった。
プロサーファー顔負けの波乗りを見せる彼女たちに舌を巻くが、そうでもしないとこの状況を切り抜けられそうにない。
遅れじと大型艦の私達も続くが、さすがに駆逐艦のような軽い身のこなしは難しく、それにこんな波乗りなど訓練していない。
「波が崩れ、って…あ─────」
私達が波に飲まれたのは、それから僅か数秒後の事であった。
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No.002
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謎解明マガジン
アトランティス 3月号
『現れた新島は消えたはずの島!?』
新島特集:消えた夜見島とは何か?
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利根が購入したオカルト系ゴシップ誌。
報道などで公開された新島の望遠写真と沈む前の夜見島の写真が並べられている。