SIREN:FLEET   作:ギアボックス

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初日 17:00:00~17:30:00

 

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磯風 夜見島港/消防団詰所

   初日 17:01:02

 

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「────磯風、おるか?」

 

 もう一匹、餌にかかってきた。

 どうやら艦娘というのは本当に仲間思いな連中らしい。一人すでにこちらの手中に落ちたというのに、疑いもせず助けに来たようだ。

 詰所の戸口に立つ青髪に袖まくりの艦娘だった。磯風の親友、浦風である。

 私はさも待っていたという風に浦風に話し掛けた。

 

【浦風……すまない、手間をかけるな。】

 

 私の声に、浦風は手を振ると実に自然な様子で答えた。

 

「気にするこたぁないけぇ。ウチとアンタの仲やろ?翔鶴さんはどこにおるんじゃ?」

 

【あぁ……翔鶴なら奥にいる。寝かせてある】

 

 当然出任せだ。まぁ、嘘は言っていないが。翔鶴のドラム缶詰めならそこにある。

 浦風の台詞を聞くと、私より先に翔鶴を搬出するつもりのようだ。まぁ、その場合のプランも考えているので問題ない。影に潜んでいる同胞達に組みつかせ、それで終わりだ。

 

 浦風が奥へと歩を進める。するど、彼女のスカートから空き缶のようなものがゴロンと転がり落ちてきた。

 

 思わず私はそれに注視するが、それが間違いだったようだ。

 空き缶のようなものは凄まじい閃光と共に炸裂し、私の視覚を奪い取った。地の連中ならそれを見ただけで蒸発してしまいそうな眩さに、私は視力を取り戻そうと何度も瞬いた。

 

──ふと、体が殺気を感じ取って反射的に体を仰け反らせる。

 なにかが空を切る音がして、前髪を数本切り落としていった。

 

【!?………】

 

 続けざまに振りかかる刃の気配を感じ取り、私は懐に仕込んでいたナイフでそれを弾いた。

 鈍い衝撃が手を揺らす。

 

「───流石じゃ、ウチの一の太刀を避けたな………」

 

 目が光を取り戻してくると、ドスを手に持った浦風が突きを繰り出してくるのが見えた。

 なんの迷いもない、殺意の籠った一突きである。

 

 私は再びそれを弾き上げると、自分の作戦の失敗を悟った。

 

【───バレていたのか】

 

「当たり前じゃアホ。おどりゃ、ウチのダチの敵きやけんの………楽には死なさんぞボケがぁ!!」

 

 ドスを震わせながら、浦風は先程まで隠していた殺意を爆発させてきた。その咆哮に一瞬身がすくむが、私はニヤリと笑うと相手を挑発した。

 

【すでに死んでる身でね。お前の友の体、なかなか使い勝手がいいぞ?】

 

「───死なんなら、そん口利けんようにしたらぁ!!うりゃあっ!!」

 

 安い挑発に乗ってくる浦風だったが、ドス捌きは見事なものだった。油断すると簡単に身を持っていかれるだろう。

 

 トリッキーな動きの数々は次の手を読ませず、予想外の一手があらぬ方向から襲いかかる。そんな戦い方だった。

 

…………正直、恐ろしいと思った。

 しかし、殻の反射的な身のこなしと感覚がそれを見切っているかのように避け、反撃のナイフを繰り出す。

 その一撃一撃は確実に浦風の体を捉え、薄くながらも切り傷を与えていった。

 

「──うらぁ!!」

 

 刃をナイフで捉えた瞬間、足の一撃が私の腹に突き刺さる。私はぐっと堪えると、その足を掴んでナイフを突き立てようとした。しかし、そうしようと思ったら一瞬体が強張ったのだ。まるで、意思と脊髄反射が相反しあっているように、体が硬直した。

 私は判断を間違えたのだ。それは自らの殻と、そして結果が教えてくれた。

 浦風の浮き上がったもう片方の足が私の顔面を捉える。鼻っ面を砕くような一撃に、私の脳は揺さぶられた。

 

 そして、その衝撃によって私は浦風の足を放してしまったのだ。

 次の瞬間には、フリーになった浦風の左足が鋭い蹴りを放ち、私の手にあったナイフを弾き飛ばしていた。

 

 手がビリビリと痺れ、私は思わず浦風から逃走した。武器がなくても、この体なら徒手で戦える。しかし、私の意思がそれを許さなかった。恐怖したのだ。

 

 詰所の奥へと逃げこむと、私は同胞達に銃を構えさせた。私も奪い取ったライフルを片手に浦風を待つ。しかし、浦風は追ってはこなかった。

 

 その代わり、別の人物が扉を叩き割るようにして現れる。私は同胞達に射撃するよう号令を飛ばそうとしたが、それよりも早く炎が私たちを包んでいた。

 

【───!?】

 

「Burn, baby──burn!」

 

 炎に巻かれながら、私は扉に立つ者を見た。白服に英語訛り──金剛だ。

 彼女は背中に火炎放射器を背負い、その噴射口を私達に向けている。その笑みは、まるで悪魔のように見えた。金剛は噴射口を僅かに室内側へ入れると、更にもう一発、引き金を引く。

 

 点火された粘着性のガソリン燃料が私達を襲い、容赦ない熱と激しく燃える炎によって私達を焼き上げていった。

 

 部屋が阿鼻叫喚に包まれ、同胞達が次々と殻を失って倒れていく。

 私はなまじ再生力の高い殻な分、死によって苦痛から逃れることが出来ない。

 苦痛に悶える私に、今度は白粉が勢いよく吹き掛けられる。炎こそ沈下したが、その白粉の勢いに私はまったく立ち上がれなかった。

 

【──ごほっ、ごほっ──】

 

 白く霧のように霞がかった中で、私は金剛ともう一人、消火器を携えた人物がいるのに気づく。

 瑞鶴だった。捕らえた翔鶴の妹であることは知っている。

 そして、彼女が怒りに表情を歪めていることも。

 

「…………言いなさい。翔鶴姉は、どこ?」

 

【───────】

 

 熱によって声帯がやられたのか声がでない。私が答えないのを見て、瑞鶴は懐に持っていた刀のような物を抜くと、私の喉元に突きつける。

 

「早く言いなさい。私は頭に来てるのよ」

 

【───ご──】

 

 私は体の再生が徐々に始まっているのを感じ取り、時間稼ぎを行うことにした。

 幸い、手のライフルが焼けていない。まだ弾は出るだろう。

 声がでないフリをして時間を稼いでいると、瑞鶴も段々と苛立ちを強めているようだった。刃が当たる感触が強くなる。これ以上引き伸ばせば私の首を跳ねにかかるだろう。

 

 しかし、引き延ばしは上手くいった。

 

【─────バカめ】

 

 焼けただれた顔でほくそ笑むと、私は手に持っていたライフルの引き金を引いた。

 セレクターはアタレのレの位置。ライフルの銘は64式小銃。

 

 凄まじい衝撃と共に、狭い部屋に7.62mm弾の銃声が反響する。

 私は身をよじりながら弾道を修正し、ドラム缶をその射線に捉えた。

 火花が飛び散り、ドラム缶に数ヵ所穴が空く。それで十分だ。

 

 ドラム缶に空いた穴から赤い水が四方八方に零れ出るのを見て、私はにんまりとした。

 弾丸がドラム缶ごと翔鶴の体を貫通したということがわかったからだ。

 私はニヤニヤとしながら、瑞鶴を挑発するように叫んだ。

 

【───お前の姉はあの中だ!ハハハハハハハハ】

 

「ッ──────アア゛アァァァァァアッ!!」

 

 瑞鶴の怒りの咆哮と、振り下ろされた刃が殻の首を分断する感触。

 しかし、私は勝ちを確信したのだ。新しい殻はすぐそこにある。すぐに甦ると。

 

 殻から解き放たれ、私はドラム缶の中の翔鶴へと向かった。死んでいる翔鶴の殻に乗り移り、妹を殺してその殻も我が物にする。それを考えると、私は愉快でたまらなかった。

 

 私は翔鶴に取り憑こうとドラム缶に這いよる。蓋は閉まったままだが、まぁこの際亡骸に取り付ければいい。

 連中が蓋を破った瞬間逃げればそれで終わりだ。

 

 霊体であれば、弾痕のような小さな穴からでも侵入できる。

 私は自分が空けた穴からドラム缶の中に入ると、ぐったりとした翔鶴の体に取りついた。

 

 

 

 しかし、取り憑いたと思ったのに─────私は自分の取り憑こうとしている相手のしぶとさを知らなかった。

 

 視界が真っ白になり、その後見えたのは…………

 穴だらけになって黒煙や炎を吐きながら、それでも尚大海原を突き進む鋼鉄の空母の姿だった。

 私はその波を掻き分ける鋭い舳先に押し潰され、そのまま海の藻屑と消えた。

 

 

 

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赤城 夜見島港/消防団詰所

   初日 17:11:04

 

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「硬っ、外れないネッ───」

 

「嫌だ嫌だ、嫌だ───翔鶴姉っ!!」

 

 私が室内に突入すると、金剛さんと瑞鶴さんがドラム缶にくくりつけられた番線を外そうと躍起になっていた。

 私の後に続いて入ってきた加賀さんが、それを見てすぐに車へと戻る。視界を失った私は咄嗟に瑞鶴さんの視界へと切り替え、ドラム缶へと近寄った。

 

 部屋の様子は惨憺たるものだった。

 まるで空襲にでもあったかのような黒焦げの死体がいくつも転がっており、磯風さんの死体は焼けただれている上、首は離れたところに転がっていた。

 

 瑞鶴さんの近くに血の付いた鮪包丁が転がっているのを見て、私は何が起こったのか悟った。

 そして。散らばる薬莢と、磯風さんの死体の手にある小銃。穴の空いたドラム缶。

 

 私は最悪の事態が更に悪化していることに最早目眩を覚えたが、寸でのところで踏みとどまった。

 

「───瑞鶴、退きなさい。」

 

 加賀さんがペンチを片手に戻ってきて、それで素早く番線を切断していく。

 番線が弾かれるように外れていき、蓋が緩む。加賀さんはその蓋をペンチで挟むと、素早く取り除いた。

 

「!!?……………ドラム缶を倒しましょう!」

 

 加賀さんは金剛さんと協力し、ドラム缶を横に倒した。

 ドラム缶から残った水が流れ出し、なにか重いものが中でゴトリと転がる音がした。

 

「────嘘よ………嫌………」

 

 瑞鶴さんは真っ青になり、力なく膝から崩れる。

 ドラム缶からは、青白くなった翔鶴さんの頭が除いていた。

 加賀さんが顔をしかめながら───目に悲しみと怒りを滲ませながら、ドラム缶からぐったりとした翔鶴さんを引っ張り出していく。

 ドラム缶から引き出された翔鶴さんの、あまりに惨たらしい姿に私は絶句した。

 

 手足を番線で締め上げられ、体には、ドラム缶ごと彼女を撃ち抜いた銃弾の後がいくつも刻まれている。口には猿轡が噛まされてた。

 口が閉じられない状態で水の中に放り込まれれば、入ってくる水を拒むことができずすぐに溺れると聞く。

 それは、普通に溺れる何倍もの恐怖と苦痛だっただろう。

 彼女のうっすらと開いた目と、私は目線が合う。

 私には、まるでそれが私を酷く非難しているように思えて思わず後ずさった。

 

「────翔鶴姉──こんな─嫌───」

 

 気づくと、瑞鶴さんが動かない姉の体にすがり付いて泣いていた。

 猿轡や手足の戒めは、いつの間にか加賀さんによって外されていた。

 

「──────────────────ズイ───カク───」

 

 悲しみに静まり返っていたお陰だろう。

 微かに、空気が零れるような声が、翔鶴さんから聞こえたのだ。それに続くように、翔鶴さんの胸が微かに上下し始めたのを見て、私はすぐに車へと彼女を移した。

 

 私はこの奇跡を目の当たりにして驚愕し、この島に来て初めて歓喜した。

 

 

 

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浜風 蒼ノ久集落/蒼ノ久漁港

   初日 17:16:54

 

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「………誰も、いないですね。」

 

「…………まぁ、そうだよなぁ」

 

 私は、藤田さんと共に港へと上陸した。

 暫くぶりの陸の感触にホッとする。この島では海の上ですら安全ではないとわかった為、尚更だ。

 暫く海戦の反動で疲れきり船で眠っていたが、目が覚めると船は港に付けられていた。あの海戦の後、藤田さんはすぐにこの港へと船を入港させたらしい。

 

 藤田さんには、すべて話した。

 艦娘のこと。私が艦娘として敵と戦ってきたこと。この島に来た理由。

 

 それを聞き終えた藤田さんは、一言だけ呟いたのを覚えている。

───こんな女の子を戦わせるなんて、日本はどうなっちまったんだ──と。 

 

 藤田さんについても、驚愕の事実が判明した。

 藤田さんは、私達から見て32年も前の人だったのだ。

 この32年というのは、藤田さんと私がそれぞれ認識していた年の差である。 

 

 私は、今が平成30年と。藤田さんは、今が昭和61年だと思っていたのだ。

 藤田さんからすれば、私は未来からやって来たということになる。

 

「………浜風ちゃん。日本は……30年後の日本は、どうなってるんだ?」

 

「………包み隠さずいえば、戦争中です。でも、敵はアメリカでも、ソ連でもありません。未知の生命体………いえ、そうとも言えないような何かです。」

 

「………そうか。日本はまた、戦争することになるのか。やっと綺麗に復興したと思ってたのに、やんなっちまうなぁ……」

 

 藤田さんの歳を考えれば戦前か戦中に生まれ、朧気に戦争の時代を覚えているだろう。 

 私達艦娘にも、そういう朧気な記憶がある。前世の記憶とも言うべき、艦魂の記憶だ。

 そう考えると、藤田さんの思いも少しはわかる気がした。

 

「………今日は色々有りすぎて疲れちまったなぁ………浜風ちゃん、今日はもう探索はやめとこう。船室で休んだほうがいい。おじさんも疲れちまった。」

 

「………そう、ですね。では、私が何か食べれそうなものを見つけてきます。」

 

「えっ?あ、浜風ちゃん!」

 

 幸い、船で休んでいたお陰で体力は回復している。

 疲れきった時には、やはり食事が一番だ。

 藤田さんの為にも、何か真っ当な食事を用意しなければ。

 

 

 

 




アーカイブ
No.017

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お父さんへ

ごめんなさい、お母さんと私は家に残ります。
赴任先には一人で行って下さい。
お父さんにとっては地元に近い場所なんですよね。

思い出すと、私達のことはいつも二の次だったね。
いつもいつも仕事のことばっかり。
刑事ドラマみたいに上手くなんかいくわけないのに。
お父さんは良い格好したいだけだったんじゃないの?
結局、職場にも居場所が無くなっちゃったね。

それに振り回されてお母さんは倒れるまで働いて…。

私、大学進学は諦めて働くことにしました。
お父さんには頼らないで頑張ります。

朝子

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藤田茂宛の手紙。

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