SIREN:FLEET   作:ギアボックス

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初日 16:30:00~17:00:00

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磯風 夜見島港/消防団詰所

   初日 16:31:10

 

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 予想外だった。

 あの数を持ってすれば、即座に艦娘の殻を入手できる筈だったのだ。

 しかし、艦娘達は予想以上に強力だった。突入組は全滅し、今は援護に置いていた狙撃部隊で何とか攻撃を仕掛けている状況だ。だが、それも艦娘の反撃によって徐々に潰されている。

 

 作戦は完璧な筈だった。

 数を持っての奇襲攻撃。島中の戦闘向き屍人達を動員し、水増しに下水道にいた無垢達も併せて結構な兵力を確保していた。

 敵勢力や敵陣地も調査済み。それが、何かのミスで奇襲がバレ、こちらも予想だにしていなかった敵火力によって押し潰されたのだ。

 大砲を持っているなど想定外だ。連中の武器は火炎瓶と銃が何丁かあるくらいだと見ていたのだ。

 

 やむなく、私は予備の作戦を発動させた。予備故に確実性はあまりないが。

 艦娘が使う電波周波数は殻の記憶から習得済みだ。後は適当な無線機で救援を要請すれば、運が良ければ連中の方からやって来る。

 そういう運頼みの作戦なのだ。これに引っ掛かれば、連中は筋金入りのお人好し(バカ)である。

 

 まぁ、どうやら本当にお人好しのようだが。

 同胞の一人がこちらへ近づいてくる艦娘を一人見つけたと報せてきた。

 エンジンの音が近づいてくるところをみると、バイク乗りの白髪女か?

 確か翔鶴といったな。記憶によれば中々強力な艦娘のようだ。いい獲物が釣れた。

 

 さて、では早速憐れな子羊を演じるとしようか。釣れた時に備えて準備はしてあるからな。

 

【おあぁぁぁぁぁあ】

 

 ビンが割れる音と、花火が燃えるような音が聞こえ、続いて同胞の断末魔。どうやらやってくれたらしい。

 

 白髪女は詰所の前にバイクを付けると、片手に懐中電灯、もう片方に何とも頼り無さげな火掻き棒を持って室内に入ってきた。

 下にいた見張りはすでに後退させ、他の同胞達は別の部屋に隠れている。つまり、部屋には私一人だ。

 

「磯風さん!」

 

【………翔鶴、か……すまない】

 

 私はさも怪我したという風に、身体中に包帯を巻いていた。当然殻のガタを隠すためだが、見た目に違いはわからないだろう。

 

「酷い怪我──大丈夫?立てますか?」

 

【あぁ、何とか……】

 

 翔鶴は私の腕を自分の肩に回し、私を立たせた。その表情はとても心配げといった感じだ。騙されているとは露程も思っていない。

 さぁ、作戦を始めようか。

 

【……………】

 

「──っ!?」

 

 私は室内を出る一歩手前のところで、肩を貸していた翔鶴の腕を背中側に捻り上げ、足をかけて地面に転倒させた。そのまま腹這いに押し倒してのしかかる。

 

「い、磯風さん!?何のつもりよ!!」

 

【悪いな翔鶴、これがこちらの狙いだよ。出てこい】

 

 ジタバタと抵抗する翔鶴を床に押し付けながら、奥の部屋の同胞達を呼び寄せる。

 部屋からゾロゾロと出てきた同胞達に命じて、翔鶴の四肢を番線で締め上げさせた。血が滲むぐらいにきつく巻いたため、翔鶴は苦悶の声を出す。

 

「痛っ!?」

 

【翔鶴、鮎の友釣りを知っているか?生きた鮎をエサにする釣り方だよ。】

 

「うぐっ───あなた、磯風さんじゃ……ない!?」

 

 今更気づいても遅い。

 さて、コイツら艦娘の体は我々が使うには刺激がキツすぎる。よって、赤い水に晒しておかなければとてもじゃないが殻としては使えない。

 

 私は手足を縛られた翔鶴を抱え、詰所内に用意した特製ドラム缶風呂にまで持ってくる。

 中に赤い水が満たされているのに気づいた翔鶴は、更に身を捩って抵抗してきた。

 

「何する気よ!この!!」

 

【お前達の体は、我々が使うには少々刺激が強すぎるんでな。下拵えさ】

 

 私は翔鶴をドラム缶風呂へ放り込む前に一度床におろし、口に猿轡を噛ませた。口を閉じれないようにするためだ。

 

【では、よく浸かってくれ。ちと冷たいだろうがな】

 

「ンン゛!!──ンンンッ───!!?」

 

 私は翔鶴をドラム缶の中へ放り込むと、同胞達と一緒に暴れる翔鶴を無理矢理蓋で押し込んで閉じ、番線で締め上げ固定した。

 蓋に付いたキャップから更に中へ赤い水をホースで継ぎ足し、キャップを閉める。

 これで艦娘の水漬けの完成だ。

 中で翔鶴が暴れているようだが、それも5分もすると静かになった。酸欠で気絶したのだろう。

 

【さて───次は誰が釣れるかな?】

 

 私は思いの外上手くいった作戦にほくそ笑みながら、次の獲物を釣り上げるべく無線機を取った。

 

 

 

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赤城 夜見島金鉱(株)2F

   初日 16:38:02

 

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「───制圧完了………この周辺に敵はもういないわ。」

 

 肉の焼ける臭いと硝煙の香りが鼻をつく。

 視界ジャックで見つけた場所へ片っ端から砲弾を叩き込んでいると、ついに視界ジャックに気配が掛からなくなった。

 金剛さんと利根さんは私の一言に大きく息をつくと、艤装を格納した。

 

「翔鶴はもう磯風と合流しておるじゃろうか?」

 

「早ければもう帰ってくるはずデース。赤城、まだ連絡はないですカ?」

 

「いえ、無電の方にはまだ何も…………視界ジャックならかかるかしら?」

 

 私はそう言うと、翔鶴さんの気配を探して視界ジャックを行った。

 自慢ではないが、私はかなり遠くの人物の視界まで見ることができる。実験だとだいたい5km先の加賀さんの視界すら見ることができた。それがわかった時には利根さんから"さすが空母じゃ"と言われるほどだ。

 

 私は静かになった港で精神を集中させ、翔鶴さんの気配を探った。

 翔鶴さんの気配は思ったよりも近くにあり、私は早速視界ジャックを行う。

 

「───!?──な、何これ」

 

「What?」

 

 金剛さんがいぶかしむような声を出すが、私はそれに応えるどころではなかった。

 翔鶴さんの視界は、まるで深海にでも潜っているかのように真っ暗だったのだ。翔鶴さんの息づかいはまったく聞こえず、代わりに水の中に潜っている時のような音が聞こえる。

 明らかに尋常な様子ではなかった。

 

「───翔鶴さんの身に、何かあったわ。どこか、水の中にいる。」

 

「なんじゃと!?この島で潜れる水なんて、この辺じゃ海くらいではないか!穢れがたまってとんでもないことになるぞ!」

 

 利根さんが息巻く。この島の穢れについて人一倍敏感になっている利根さんからすれば、海に入るなど論外なのだ。興奮する利根さんを金剛さんが宥めるが、金剛さんも明らかに動揺していた。

 

「落ち着くデス利根さん!赤城、翔鶴はどこにいるかわかりマスカ?」

 

「海ではないわ……どちらかというと、風呂か何か容器の中に…………気配は磯風さんとの合流地点からするし………!」

 

 検討がつかずいぶかしむ私の元に入電が入る。

 発電は磯風さんからであった。

 

「………ショウカクフショウニツキウゴケズ、キュウエンヲコウ…………」

 

「HeyHeyHey!!!ちょっと待つデス、翔鶴は水の中にいるんじゃないのデスカ!?この島に入渠施設なんてないハズね!」

 

「赤城、何かおかしいぞ!?どうなっておるのじゃこれは!」

 

「…………考えたくはないけど、仮説は浮かんだわ。最悪なやつがね………」

 

 私は嫌な予感を通り越し、自分のミスを痛感していた。

 磯風さんは、すでにコチラ側ではなかったのかもしれない。そして、私たちは磯風さんの姿を借りたナニカにまんまと騙され………その罠に嵌まった。

 その犠牲者が翔鶴さんということも含め、私は自分の判断の甘さを悔いた。

 少しでもその可能性を考えていれば、こんなことには……!

 

「……………翔鶴さんは捕まった。磯風さんの皮を被った、敵に。私が救出に行くわ」

 

「お主何を言っておるのじゃ!?目が見えぬ状態で敵に挑むなど無謀であろうが!」

 

「そうデース!救出するにしても、まずは加賀と瑞鶴を待って」

 

「そんなことしてる場合じゃないのよ!翔鶴さんの視界を見たけど、あれは拷問か何かで間違いないわ!あぁもう…!私は瑞鶴さんになんて言ったら─」

 

 私は取り乱していた。

 私の指示で敵の元へ向かい、捕まって拷問されている。今こうしている間にも、翔鶴さんは苦痛を味わっているのだ。私の指示のせいで!

 

 頭の中では、策が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返している。どれも有効な手立てにはならない!一体どうすれば───

 

「歯ァ食い縛るデス!!」

 

 金剛さんの怒鳴り声が聞こえ、私は右頬に感じた衝撃と共に宙を舞っていた。

 右頬がジリジリと痛み、切れたのか口から血の味がする。しかし、それ以上に怒鳴る金剛さんの声が頭を支配した。

 

「責任を負うのは結構デス!!ケドネ、今やるべきは翔鶴の救出に最善を尽くすことデス!Understand!?」

 

「………………」

 

 金剛さんの視界に、右頬を抑えて無様に這いつくばる私が写っていた。金剛さんは私の襟首を掴み激しく揺さぶりながら声を張り上げている。

 その通りだ。間違っていない。

 

 けど、今指揮を執るつもりには到底なれなかった。自分の指揮で翔鶴さんを犠牲にしたのに、これ以上私の指揮で仲間を危険に曝すなど………

 

「Hello!?聞こえてるネ!?もう一発殴ってもいいんデスヨ!!You know that,right!!」

 

「金剛!!やめるんじゃ、赤城も反省しておる!」

 

「───Holy fucッ……………」

 

 利根さんが引き留め、金剛さんは悪態をつきながら石を蹴り飛ばしていた。

 利根さんは私を見ながら、静かに諭すよう語りかけてくる。

 

「…………赤城、失態を恥じるのはわかる。しかしじゃな、それでも尚、お主は艦隊の旗艦…リーダーなのじゃ。お主の指揮の上手さは皆が知っておる。作戦立案の素晴らしさもじゃ………今は、翔鶴を救うことにお主の全力を使うべきではないか?」

 

 そういうと、利根さんは私に手を差し伸べた。

 私が利根さんの手をとると、利根さんは私を引き起こす。私は真っ白になった頭の中を整理するため大きく深呼吸した。

 

「………向こうの逆手に取りましょう。次は私が行きます。」

 

「赤城、お主なぁ……」

 

「戦力を考えれば、これが打倒だわ。私が磯風さ──標的に接触し、その隙に浦風さんが標的を狙撃。利根さんと金剛さんが翔鶴さんを救出する。」

 

「…………相分かった。しかしじゃ赤城、お主戦力の勘定を間違えておるのではないか?」

 

 利根さんが山側を指差す。するとそこに、フロントがぼこぼこに凹んで血濡れ化粧を纏った軽トラが一台、走ってくるのが見えたのだ。

 

 

 

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加賀 夜見島金鉱(株)/駐車場

   初日 16:45:02

 

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「状況は把握したわ。赤城さん、盲点だったわね。」

 

「……………」

 

 加賀さんは私から簡単な状況説明を受け、淡々と応えた。加賀さんの視界の端には、取り乱す瑞鶴さんを宥める利根さんと金剛さんが写っている。

 瑞鶴さんが取り乱すのは当然だ。実の姉が死ぬかもしれないのだから。

 

 加賀さんは頷くと、軽トラの運転席に乗り込んだ。助手席には浦風さんが乗り込む。

 浦風さんはどこかに仕込んでいたのか短刀(ドス)を取りだし、片目を瞑って刃の状態を確かめていた。

 運転席の加賀さんが窓を開け、近くにいた私に話しかけてくる。

 

「赤城さん、浦風が囮役になるわ。徒手格闘に強い磯風に対抗するには、それなりに対応できる者がいい。」

 

 磯風さんは格闘術においては相当な手練れで、徒手格闘術の教導資格を持っている程だった。

 そんな相手に盲目の艦娘が丸腰で挑むなど、確かに無謀すぎる。浦風さんは教導資格こそ持っていないが、ナイフ格闘の上段者であり、ナイフを持っている状況なら互角以上に持ち込めるだろう。

 

 私も一度は浦風さんを囮役にと考えたが、失敗の手前言い出すことができなかった。加賀さんはそれを汲んでくれたらしい。

 私はそんな加賀さんの好意に甘える形で、いままで通りの全体指揮を執ることとなった。

 

「あ、赤城さん…………」

 

「──瑞鶴さん………」

 

「……翔鶴姉は…助かるんだよ、ね?」

 

 瑞鶴さんの問いかけに私は口を紡ぐしかなかった。

 何せ、どうなるかなど私にも想像がつかないのだ。いや、最悪な結果なら想像がつくが。

 

「………瑞鶴さん、もし……もしも、最悪の結果になった時は。私をどうしてくれても構わないわ。あなたにはその権利がある。」

 

「……………」

 

「けど、それまでは私に力を貸してほしい。どうなろうと、最善は尽くすから。どうか、お願い。」

 

 私は瑞鶴に頭を下げる。

 瑞鶴さんは返事こそしなかったが、静かに頷くと軽トラの荷台に乗った。軽トラの荷台にはすでに金剛さんと利根さんが乗り込んでおり、私も瑞鶴に続いて荷台へと乗り込む。

 その私を、金剛さんが力強く引っ張りあげた。

 

「………さっきは、殴って悪かったです。翔鶴さん、絶対に助けましょう。」

 

「…………えぇ。勿論」

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.016

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普通自動車免許証

氏名 加賀美咲  平成○○年07月19日生
本籍 兵庫県神戸市中央区東川崎町3丁目1番1号
住所 長崎県佐世保市平瀬町18番地 ○棟○号室
交付 平成○○年07月30日

平成○○年9月3日まで有効

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 加賀の運転免許証。

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