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利根 ???/???
??? ???
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「────そうか、ここが………あの世………」
死んだ。
自分で引き金を引いたから覚えている。
我輩が目を覚ますと、そこは一面に彼岸花の咲いた世界だった。全体的に霧で覆われ、見通しは良くない。
体の感覚は曖昧で、自分の体だけが見えるような状態。
我輩はそれとなく前へ進む。意思によって移動できるようで、この謎の世界をしばし探索してみようと思ったのだ。
朧気に感じる地面の感覚。踏んでいる感触は河川敷の砂利に近いのだろうか。
我輩はここが俗に言う三途の川に続く道かと思い、歩を進めていった。
そして──
「──姉さん。」
「!──筑摩………」
道の途中に、妹が佇んでいた。
妹は悲しそうな表情で我輩を見据え、ゆっくりと近寄ってくる。
「───なぜ、来てしまったのですか。」
「………我輩は………ただ……」
「同情のつもりですか?姉としての矜持ですか?私が、そんなもので喜ぶわけないでしょう。」
「…………………」
筑摩は静かに、しかし強い口調で我輩に言った。怒っていたのだ。
我輩は二の句も告げず、ただ俯いた。
「姉さん………私達艦娘は、艦という大きな魂から分霊され、依り代に宿り産み出される存在。魂がまだ己の肉体を失っていなければ、蘇ることすらできます。」
「………我輩とて知っておる。ならば、何故筑摩は戻らなんだ……我輩を一人にする気か!」
艦娘の本質は魂──
器は人より少し頑丈なくらいで、本質的には同じ。
しかし、人の魂は水のようなもので、器が一度壊れ中身が溢れれば元には戻れない。
しかし、艦魂は溢れても器を直しさえすれば元に戻すことができた。
その条件は、我輩も筑摩も同じはず。
では、何故筑摩は肉体に戻ろうとしない?
「今ならまだ間に合う。我輩ともう一度生きるのじゃ、筑摩!」
「できないのです、姉さん。姉さんはともかく、器を汚された私は、もう戻ることができません。」
「!?──ど、どういうことじゃ!」
「艦娘の肉体や艤装が如何にして作られるか、姉さんはご存知ですか?」
「───人の肉体であろう。それも、魂の脱け殻となったものじゃ。」
正確には、依り代に適するものという条件も付加される。誰でもいいのならば、今ごろ世界中に艦娘が溢れているだろう。
「この島は穢れにまみれている。そして、あの黒いモヤモヤとしたものが持つ酷い穢れ。あれもまた艦娘と同じく、魂の脱け殻を殻とするものでもあるんです。」
「なんじゃと!」
筑摩の体は、あの黒いモヤモヤに憑かれたお陰で艦娘の器には適さなくなった。つまりそう言うことなのだろう。
艦魂は穢れた器にはいられなくなる。
それを聞いて、我輩は轟沈もまた深海棲艦の穢れを浴びすぎる──つまり、深海棲艦の穢れた砲弾に被弾し、それによって器に適さなくなったことで起こるものなのだと納得した。
「………頭がなくなっても大丈夫なのに、なぜ艦娘は轟沈するのか……納得がいった気がするのじゃ」
多少の被弾なら、入渠によって穢れを
更に、艦娘は魂あるかぎりはその入れ物たる肉体も驚異的な修復力によって再生されるのだ。
逆に言えば、魂が離れた後の器は人の体と変わらなくなる。穢れを受けるというのは、艦娘にとっては大きな致命傷になるのだ。
「では、筑摩が戻ってこれたのは何故じゃ?一時的にじゃが、お主正気を取り戻していたであろう」
「朝日、です。利根姉さん。連中は、酷く光に弱い。
「!?───筑摩、お主………」
筑摩の半身──といっても体ではなく魂を抽象的に表現したものであるが──は、まるで煤けたように黒くなっていた。
あれが無理矢理肉体に戻り、連中の穢れを受けた結果なのだろう。
「連中の穢れは、まるで汚泥──いや、タールのように真っ黒で穢らわしく、このように粘りついて取れぬのです。私は……艦魂に戻ることすら、拒否されてしまいました……」
「そ、そんな………艦魂に戻れぬと、どうなるのじゃ……」
筑摩いわく、肉体から離れた艦魂は、大きな艦魂の集合体へと戻るらしい。そして、艦娘として再び新たな生を受ける時を待つのだそうだ。
それを拒否されればどうなるか?
筑摩の魂は新しい体も得られず、地縛霊のように永遠とこの場所を漂う存在と化してしまう。
「────筑摩、我輩の体へ来い!魂が一つ増えたところで、全く問題あるまい。魂の穢れがなんじゃ!筑摩、さぁ!」
「ダメです、利根姉さん。あなたの体も、魂も穢れてしまいます。」
「禊げばよかろう!海でもなんでも───あ」
我輩は気づいてしまった。
あの島に、穢れを禊ぐことのできる場所などないことを。
「良いのです、利根姉さん。私は、最後にあなたに会えただけでも満足なのですから。…………さぁ、お戻りください。道は開けました。」
「ッ───嫌じゃ……お主と、もう会えなくなるではないか!ならば我輩もここに残り、後から来る者へ案内を」
「利根姉さん。その役目は私がやります。私の無念、どうか
「っ、嫌じゃ─嫌───」
「姉さん!!」
「──っく…………筑摩、必ずお主の体は連れて帰る。禊ぐ術も見つける!じゃから、絶対にここで待っておれ!!待っておるのじゃぞ!!よいな!!」
「──はい、お待ちしておりますから。利根姉さん───」
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利根 夜見島港/ドルフィン桟橋
初日 08:22:00
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「────うぅ………」
「!?──み、皆!!と、利根さんが生き返った!!」
瑞鶴の叫び声により、我輩の意識は次第に覚醒する。
首に違和感が残るが、それよりも先に我輩は周囲を見渡した。
そして──
「このバカタレッ、何考えとるんじゃ!!!」
「そうデス!!!自分で死ぬなんてアホじゃないデスカ!!!」
目覚め一番、浦風に殴られた。続けざまに金剛にも殴られる。
「………すまぬ。筑摩のことで頭がどうにかしておったわ」
我輩は頬に感じる痛みに俯きながら、浦風と金剛に謝る。
浦風も金剛もまだ何か言いたげな表情だったが、それを合流したのであろう加賀と赤城が制した。
「………利根さん、あなたの行いは決して誉められたものではないわ。浦風さんの持っていた応急修復材がなければ、あなたは屍人になっていた。逆を言えば、誰かを救えるかもしれない修復材を、あなたの行いで一つ無駄にしたということなの。」
「………うむ。同じことをあの世で筑摩にも叱られてきたわ」
「そう………あなたが死んでは、筑摩さんも浮かばれないと思うわ。」
赤城には妄言の類いに受けとられたかもしれないが、我輩は実際に筑摩と喋ったのだ。もしそれが走馬灯や夢の類いであればそれまでだが、あの情報については一考の価値があると思いたい。
「……軽率な行いに関しては反省しておる。我輩は阿呆じゃ。しかし、その阿呆が言う戯言。少し聞いてはくれぬか」
我輩はあの世で筑摩から聞いたことを話す。
艦魂、穢れを持つ黒いモヤモヤ─加賀達は屍霊と呼んでいた──、艦娘の死の意味………
すべてを話し終えた時、全員が呆然としていた。
しかし、誰一人としてそれを戯言とは受け取らなかったようだ。
「…………興味深い話だけど──そうなると、致命傷を負ったとしても屍霊さえ寄せ付けなければ私達は甦れる、ということ?」
「You are right.私達艦娘の自己治癒力はヒトの何倍もありますからネ。例え頭がふっ飛んでも、安静にしていれば2~3日で元通りヨ。」
「けど、筑摩さんは屍霊によって肉体が穢されたから、元に戻ることができない。戻るには肉体の禊が必要………ということよね」
加賀が首を傾げながら言う。それを金剛がだめ押しすると、瑞鶴が更に補足した。
我輩はそれを聞いて頷き、更に付け足す。
「そうじゃ。禊は鎮守府の入渠風呂があればできぬことはないじゃろう……屍霊に取り憑かれさえせねば、筑摩も元に戻れたのじゃろうが……」
「──あの、何故艦娘に屍霊が取り憑けるのでしょうか?人の場合は、致命傷を受けて死亡し脱け殻になるから入り込めると納得できます。ですが、さっきの説明を鑑みれば、艦娘の場合は致命傷を負ったとしても死ぬことはないことになります。先客がいるのに、どうやって屍霊は入り込んだのでしょうか?」
翔鶴が疑問を口にする。
確かに、強力な不死性があるなら魂が離れることはない筈。深海棲艦の砲弾で穢れが蓄積した訳でもないのにだ。
「………金剛さん。筑摩さんが屍霊に取り憑かれるところ、見ていませんか?」
「Hmm───私は崖から転げ落ちてたからネ…………そういえば、筑摩を見つけた時は雨が降ってたネ。それで泥濘に足を取られた記憶がアリマース。」
金剛が言った雨というワード。
我輩はそらを聞いて空を見上げ、次いで海を見た。そして、あることを思い出したのだ。
「赤い雨……赤い海─────ま、まさか………」
「どうしたんじゃ、利根さん」
「皆、姫級深海棲艦が現れた海域は赤く染まり、艤装を蝕んでいたのを覚えておるか?」
姫級深海棲艦は、その支配海域を真っ赤に染め上げてしまうという特徴がある。
そうした真っ赤な海は変色海域と呼ばれ、長くいればいるだけ艤装を蝕むという性質を持っていたのだ。
そのせいで、姫級討伐は戦闘に時間制限がついて、そのせいで姫級を仕留めるには何回かに分けて攻撃を仕掛けないといけなかった。
「この島の赤い雨に赤い海……水という水がすべて赤に染まっている。もしこれが、変色海域と同質のものとすれば………」
我輩は、この赤い水が持つ性質に気づいた。
筑摩の言った、この島にまみれた穢れ。もし、筑摩が傷を負った時、赤い水を取り込む要因があったら?
「体内に取り込めば穢れが蓄積され、艦魂が弱まる………」
赤城が青ざめた顔で口にした言葉に、皆その意味を理解し戦慄した。
赤い水によって、艦魂は穢れを受けていく。
もしそうなのだとすれば、赤い水を飲むことはまず有り得ない。そして、傷を負ったとしても水で傷口を洗うことも避けなければならない。体内に取り入れれば入れた分だけ、穢れは蓄積し、着実に自分を蝕んでいく。
この島を早く脱出しなければ、餓えと渇きによって最終的には屍人となってしまうということなのだ。
「…………皆さん、兎に角作戦を練りましょう。このままでは、私達は遅かれ早かれ全滅です。そうなる前に、ここを脱出する手立てを考えなければ──」
赤城の言葉に、皆黙って頷いた。
手立てなくとも、抗い続けなければ生き残れない。
命ある者にとって、この島は地獄以外の何物でもないのだから。
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No.011
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広辞苑
【禊(みそぎ)】
身に罪または穢れのあるときや重大な神事などに従う前に、川や海で身を洗い清めること。
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広辞苑に記載されている禊の項。