SIREN:FLEET   作:ギアボックス

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※アーカイブを追加しました。
※ご指摘のあった部分を修正しました。
※艦娘の体力描写について修正しました。
※リアリティの観点から、陸軍の部隊を特殊部隊から偵察部隊へと変更しました。


前日譚

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翔鶴 佐世保鎮守府/提督執務室

   前々日 10:00:00

 

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「新島の偵察……ですか?」

 

 それはちょうど午前の訓練中だった。

 提督から午前中の訓練の切り上げと執務室への呼び出しを受け、瑞鶴と共に執務室へ向かったのだ。

 そして、その旨を告げられたときから妙な胸騒ぎを感じていた。

 

 

 この1週間ほど前、豊後水道南方に突如として島が現れた。

 小さな島で大きさだけなら新島と呼んでも差し支えなかったが、海底火山の噴火や地殻変動もなく、嵐の後突然海上に現れたソレはあまりにも異常な存在だった。

 しかも、その島は突然現れたにしては建造物や岸壁と思しき人工物に固められていたこともあり、深海棲艦の関与が強く疑われる事となる。

 

「そうだ。あの島が現れてからすぐ、海軍が偵察機や哨戒艇を使って情報収集を試みたのは知っているね?」

 

「はい。」

 

「だが……まともな情報どころか、何一つ帰ってくるものは無かった。」

 

 この島の存在を知った海軍は即座に偵察機を飛ばし、周辺に哨戒艇を派遣、即座に情報収集を図った。

 

 豊後水道といえば内海であり、ここを深海棲艦に押さえられれば、戦略的にも国家的にも非常にまずい事態となる。

 海軍としては早急に情報を収集し、脅威が確認できれば全力を持ってでも即座に殲滅するつもりで事に当たっていた。

 しかし、情報収集に当たった筈の偵察機と哨戒艇は、数回の通信の後に消息を絶ってしまった。

 原因は未だ不明のまま……

 

 提督の言わんとすることを察したのか、今度は隣の瑞鶴が口を開く。

 

「───それで、私たちに白羽の矢が立った…」

 

「……その通りだ。例の損失の後、陸軍の偵察部隊を用いての強行偵察も試みたが、結果は同じだったらしい。」

 

 提督は重苦しく口を開きながら、今回の偵察任務の詳細を書いた作戦書を私に手渡してくる。

 私はそれを受け取りながら、そこに記載された内容の一つに不可解な箇所を見つけて眉をしかめた。

 

 

「──捜索救難?」

 

「……………あぁ。実は佐伯警備府の方から、先日水雷戦隊が新島の偵察任務に出たんだ。しかし───」

 

「……………………行方不明、ってことね……」

 

「そうだ。軽巡1隻に駆逐艦4隻の編制だった。が──全艦通信途絶の上行方不明。詳細はもっぱらの所不明だ。」

 

 

 提督はそう言うと席を立って窓際に寄り、普段私達の前では滅多に吸わない煙草に火を点ける。 

 彼とは決して短い付き合いではない。提督が考えていることはその仕草から読み取れた。

 

 

「提督……」

 

「……………正直な所、君たちをこの任務に着かせるのは気が進まん。ただ、そう考えるのは僕だけじゃないらしい────その作戦書は、全国中の鎮守府をたらい回しになった挙げ句、管轄の佐伯警備府に押し付けられた。そして、ウチに来たんだ。」

 

 提督は煙草をふかしながら、外の光景をじっと眺めている。

 訓練が切り上げになった為暇をもて余した艦娘たちが銘々に過ごしている様を眺めながら、提督は呟くように言った。

 

「佐伯警備府の提督、僕の後輩でな……そいつから泣きつかれてしまったんだ、“うちの娘達を助けて下さい”って。専ら近海警備が主任務の小さな部隊じゃ、使える戦力も資材もまともに無いはずだ。助けたくとも自分達だけではどうしようもない──断腸の思いだったんだろう。」

 

 佐伯警備府といえば、基本は豊後水道の哨戒と警備が任務の小さな部隊だ。

 長引く戦争で余分な資材など無い以上、小さな部隊にはそれなりの補給物資しかないし、独自の建造や開発は認められていない。上から実績に応じて派遣(ドロップ)される艦娘と哨戒艇部隊だけで細々と運用されているのだろう。

 

 今回の水雷戦隊喪失、佐伯警備府にとっては途方もなく大きな損失になったのではと思う。

 そして、残された提督や艦娘たちの想いもまた、想像に難くない。

 それを考えた私は、自分の中にある恐怖心と胸騒ぎを使命感で押し殺した。

 

「………わかりました、お請けしましょう。瑞鶴も…いいわね?」

 

「うん……正直ちょっと──いや、すごく怖いけど……ね」

 

 瑞鶴も、勿論私も、今回の任務が普段の任務とは全く性質の異なる任務であるというのは理解していた。

 訓練通り、普段通りにやっても生きて帰れないかもしれない。普段から命を懸けているとはいえ、生還の確率の方が低い任務なのだ。

 怖くない訳がなかった。

 

「…………」

 

 私達の返事を聞き、提督は一つ大きく息を吐くと振り返る。

 私達の意思を確認するよう長めの沈黙を保った後、提督は再び口を開いた。

 

「────前例の無い、危険な任務になる。正直な所、命の保証はできない。応急女神を装備してもらうにしても尚──だ。それでも、行ってくれるか?」

 

 提督もまた、自分の部下を易々と死線に追いやれるほど冷徹になれていない。

 提督の瞳にもまた、私達の喪失を怖れる心が垣間見えた。

 

 私は瑞鶴の方を向いて───瑞鶴も同様に思っていたらしく、同じタイミングで私を見る──お互いにしばらく見つめ合った後、頷き合った。

 

「「慎んで、拝命致します!」」

 

 私と瑞鶴の揃った声と挙手の敬礼に、提督は沈黙したまま姿勢を正し、答礼する。

 まるで剃刀のように鋭くなった瞳で私達を見つめ、詳細については後日話すと伝えると、提督は静かに退室を促した。

 

 

 

 

 

=====

 

赤城 佐世保鎮守府/提督執務室

   前々日 19:24:00 

 

=====  

 

 

 

「失礼します、提督」

 

「───その表情……どこかで知った、という事か。僕も詰めが甘いな。」

 

 

 当直秘書艦として午後の執務を行う傍らで新島偵察任務の作戦書を見つけた私は、他の空母が夕食に向かうタイミングを見計らって執務室へと来ていた。

 何処か表情の堅い5航戦姉妹を見てすぐにその作戦書が浮かび、居ても立ってもいられなくなったのだ。

 

 提督は私の声を聞くなり、私の言いたいことを察したようだ。こちらを一瞥もせずに新聞を眺めている所を見ると、表情には出てないにしても苦虫を噛み潰したような想いなのだろう。

 提督が二の句を次ぐよりも先に、畳み掛けるように私は続けた。

 

「………提督の心中も、5航戦の子達の覚悟も察しております。しかし──」

 

「言うな」

 

 いつもよりずっと強い語勢で、提督は私に向けて鋭く言い放つ。しかし、それで挫けるほど私もヤワではない。

 

「いえ、言います。この作戦の実行は、艦隊の戦力(なかま)を……あの子達を、失います。帰ってくる見込みの薄い作戦を、秘書艦として看過する訳には──」

 

「──誰かがやらなきゃならないんだ、しょうがないだろう!?」

 

 そこまで私が言いかけたところで、今度は爆発したかのように提督が怒鳴った。

 普段の温和な口調からは想像もつかないような勢いに負け、私は一瞬たじろいでしまうが、気圧されないよう言葉を続けた。 

 

「っ──なら、私も行きます…戦力は大いに越した事はない筈です。」

 

 決してその場任せに言った訳ではない。空母が増えればそれだけ戦力は増え、リスクは軽減される。 

 それに、危険な任務ではあるものの、姫級深海棲艦との対決に比べればまだリスクは低いと信じたい。

 しかし、当然喪失時のリスクも増大する。案の定、提督は食い下がってきた。

 

「!……………いや、ダメだ。君を失えば、ここが鎮守府として機能しなくなる。」

 

「予備戦力も、秘書艦の代わりも十分にいます。そのように艦隊を育成されたのは提督ご自身です」

 

「だから赤城──」

 

「………お聞き入れ頂けないのなら、これは御返し致します。ご命令がなければ、私は脱走してでも作戦に同行するつもりです。」

 

 しつこく食い下がってくる提督を見て、私は切り札を使った。

 左手薬指に着けていた金色のリングを外し、提督の目の前に静かに置く。

 提督が大本営からの支給品ではなく、自分自身のお金で買い求め──私に贈ってくれたものだ。

 提督はそれを見て奥歯を噛み締めながらゆっくり俯くと、絞り出すような声で呟く。 

 

「っ…………………そこまでするのか、畜生…………わかった──行かせてやる………ただ─ンムッ!?」

 

 続きは言われなくともわかっていた。

 それ故、行動で示した。

 ほんのりタバコの匂いと味を感じながら、私は提督から離れる。

 

「プハ────えぇ、帰って参ります。必ずや…………作戦立案の方、宜しくお願い致します」

 

「……………卑怯なヤツだよ、君は…」

 

「卑怯ではなく、奇襲とお呼びくださいませ。それが空母の常套戦術という事、提督も既にご承知かと存じますが?」

 

「ふん………わかった、作戦の方は任せろ。ったく、君に勝てる未来が全然浮かばないよ」

 

「フフ、上々ね。」

 

 

 

=====

 

川内 新島?/???

   前々日 23:20:00

 

=====

 

 

 

 「はっ、はっ………!」

 

 粗い息をぐっと潜め、手に持つ赤錆た鉈を握り締める。

 暗闇が視界を支配する中、ただ瓦礫を踏み締める物音だけが小屋の中に響く。

 ガラクタまみれで荒れてはいたが、隠れ家には良さげな小屋だった。

 

 けど、この場所に安心できるような所なんて無いのかもしれない。

 部下の駆逐艦達を奥の部屋で休ませておいて正解だったと思う。

 

「────ッ!!」

 

 物音の主がいよいよ目前に迫り、私は物陰から勢いよく飛び出し、ソイツの首めがけて鉈の刃を叩き込んだ。

 鈍い衝撃と共に、声にもならないような呻き声があがる。

 

 艤装が無い状態とはいえ人間よりはずっと腕力もあるし、今までに培ってきた経験や技術は錆び付いていない。

 ゴリゴリと嫌な感触が手に伝わった後、鮮血が飛び散って壁を汚した。

 

 夜戦は好きだけど、この場所で過ごす夜は堪らなく不快でしかなかった。

 

「ハッ、ハッ─────…………っ……………………」

 

 動かなくなったソイツを私は何度か蹴飛ばす。

 外道かもしれないけど、()()()()はこうしないと死んでるかわからない。

 それに、コイツらは動かなくなっただけだ。ほっとけば、また動き出す。

 

「………っ!?」

 

 ゴソゴソと物音がしたので、私は反射的に鉈を向ける。

 

「ひっ!?せ、川内さん私です吹雪ですっ!」

 

 吹雪は怯えながら慌てて後ずさると、手に持っていたシャベルで体をガードしていた。

 

「あ、ご、ごめん吹雪……」

 

「───し、仕方ないですよ……こんな、状況ですし………」

 

 鉈を下ろし、吹雪に謝る。

 吹雪は疲労困憊という感じではあるが、それを取り繕うように笑みを見せる。苦笑いにしかなっていない。

 

「………また、現れたんですね。コイツら。」

 

「うん………白雪の様子は、どう?」

 

 緊張が解け、額に汗が垂れるのを感じて拭いながら言う。

 私の質問にやや表情が強張った所を見ると、白雪の状態はあまり良くないようだ。

 

「………コイツ、外に運んでくるからさ…………ちょっと、ここの見張り頼めるかな?」

 

「……………は、はい」

 

 吹雪は強張りながらも頷くと、手に持つシャベルを握り直す。

 

「すぐ戻るからさ………───よっ、と!」

 

 私はその様子を見た後すぐ、地面でうずくまっているソイツを肩に抱え上げた。

 身にずしりとした重さが走るが、ここにコレを放置しておくとまずいことになるのは経験済みだった。

 私はふらつきながらゆっくりと小屋を出ると、近くの岸壁まで歩く。

 岸壁から先は10m近い落差がある。その下はゴツゴツとした岩肌と、赤く染まった海があるだけだ。

 

「それっ───」

 

 コンクリの岸壁の縁にソイツの体を下ろすと、私はそれを勢いよく海へと落とした。一瞬間が空き、鈍い音が上まで響く。

 これで、4~5体目くらいだろうか。

 

 私は一息つくと、来た道を通って小屋へ戻った。それを見た吹雪は一瞬ビクッとなったが、私とわかるとホッとしたようだ。

 

「……あの、川内さん……これ、よかったら」

 

 吹雪が、どこからか見つけたらしい手拭いを差し出してくる。手拭いは白く清潔で、こんな場所でよく見つけたものだと内心感心してしまう。

 

「その…………ベタベタで気持ち悪いでしょうから、顔と体だけでも」

 

「あぁ………ありがとね、吹雪」

 

 吹雪から受け取った手拭いで体と顔をごしごしとこする。

 水に浸されている訳でもないが、体や顔のベタベタが取れて少しはマシな気分になった。

 

「あれ………」

 

 

 体を拭った手拭いを見て、一瞬驚いてしまう。

 汗と思っていたが、白かった手拭いは赤黒くなっていた。

 どうやら、返り血でベトベトになっていたようだった。

 

「…………馴れてきたってことかな………やだなぁ」

 

 改めて着ている服を見ると、折角新調した改二の制服は血でどす黒く変色してしまっていた。

 

 小さな部隊で、任務も近海警備ばかり。

 それでも、何とか練度を積んでやっと改二になった。部下の駆逐艦たちと提督、他にも部隊の皆が総出でお祝いしてくれて────その矢先だった。

 

 

「そう、ですね…………あの…………川内さんも休んでください。私が見張ってますから」

 

 吹雪の気遣いに一瞬遠慮しようと思ったが、体は正直限界だった。

 

「……………そうだね……じゃあ、ちょっと休むかな」

 

 吹雪に頭を下げ、奥の部屋への入り口に寄る。ちょうど物陰になっている棚の横に腰かけると、私は随分と重くなっていた瞼を閉じた。

 

「早く………帰りたいなぁ…………………………………提督──」

 

 部下の駆逐艦達の前では堪えてきた弱音。

 それでも、体の重さに負けて気が緩んだせいか、寝言のように自然と漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アーカイブ
No.001

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帝都新聞 朝刊
平正30年2月10日

『新島、豊後水道に出現』
 嵐の夜の怪異、深海棲艦との関連は?

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 今年2月10日に発行された新聞の第一面記事。
 新島についての記事と、それに関連した大本営の記者会見の内容について書かれている。




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