帰国したら、もう少し執筆速度が上がればいいなぁ‥‥。
「――ヴァン殿! ゴーヴァン殿!」
あまり聞きなれない、
キャメロットの大広間。宴会にも謁見にも使われる多用途な其処は、普段はたくさんの騎士が入れ替わり立ち替わり交叉し、実にめまぐるしい。
そんな人の行き来の中で、一人の若武者が私を呼び止めていた。長い金髪を靡かせ、緑色の鎧にトレードマークの真紅のマントを羽織った円卓の騎士。若草のサー・カログレナント。我が無二の親友、サー・イウェインの従兄弟である。
「ゴーヴァン殿、おひさしぶりにござるな! 壮健であらせられるようで、結構!」
「サー・カログレナント。卿も元気なようで何より。しかし久しぶりに帰ったかと思えば、また出発ですか?」
「
「成る程、それでサー・メレアグランスが居城を出て、卿と一緒にいるのですね」
この若武者は円卓に名を連ねながら、中々キャメロットに帰って来ない。ほとんど冒険の旅に出ていて、たまに帰って来れば我々やご婦人方に冒険譚を面白おかしく聞かせ、また出かけていく。
およそ蛮族退治や侵略者相手に武を振るってばかりで、冒険に出かける暇がないと嘆く
「‥‥我輩は嫌だと言ったのである。ギネヴィア様に愛の詩を捧げる役目を放棄してまで、荒野で埃まみれにはなりたくないのである。というか城の管理もしなければならないし、帰っても良いかねカログレナント?」
「心にもないことを仰いますなメレアグランス卿! 共に勇気を試そうと、昨夜誓い合った仲ではありませんか!」
「あれはご婦人方にのせられて引き際を誤って、ついでに酔っていてだね」
「なるほど
「ああ、こいつも人の話を聞かない人種なのである‥‥。ギネヴィア様、どうか貴女の愛の僕である我輩をお守りくださいませ」
カログレナントの隣にいるのは、紫色に光る青い鎧を纏った騎士。明るい茶髪を流行りの、後ろに撫で付けた形で固めている。カログレナントよりは幾分か歳上だが、この2人の組み合わせはよく見るもので、面白いコンビだと噂である。
往往にして自由奔放やサー・カログレナントに振り回されがちな彼はサー・メレアグランス。キャメロットにほど近い小さな城の城主で、アーサー王の覚えもめでたい優秀な騎士だ。彼の城はそもそも王が任せたものである。
武の方はそれほどではないが、内政を得手としており、アーサー王の政務を好く手助けしている。ただ、小さく纏まってしまう悪い癖があり、一方で身の程を弁えないところも多々あった。
どれをとっても、良いところでもあり悪いところでもあるわけだ。それを王は気に入っておられるが、ランスロットなどは露骨に彼のことを嫌っていた。ギネヴィア様へのアピールが積極的で、不敬であるとか。
「そういえばサー・カログレナント。我が友にして君の
「
「そうですか。‥‥他の騎士なら、何も伝えずに気の向くまま旅に出ることもありますが。イウェインはそういうことがなかったので、心配ですね」
期待した答えは返ってこなかったが、それも仕方がない。そも彼の、イウェインの一番の親友を自認する私が知らないならば、誰だって彼の行方を知るはずがないのだ。
イウェインは円卓でも勤勉に王に仕え、特に大きな会戦での戦功が目立つ。ランスロット卿やトリスタン卿など、他の円卓の騎士が冒険や馬上試合の武勇でキャメロットの、ログレスの名を高めているのに対し、純然に戦働きでログレス王国を支える騎士なのだ。
彼が一度戦場に出れば三百の鴉の使い魔で伝令、偵察、諜報、時には陽動まで務め、その魔剣の一振りは三百の刃となって蛮族を薙ぎ倒す。彼は騎士というよりは将軍に近いが故に、そのような立ち位置を要求される。まず私もそうですが、彼は一国の王子ですからね。
無論その個人の武勇の比類なきことも、馬上試合の強さも誰もが認めるものである。誰にだって引けを取るまい。だが本人は華々しい活躍のないことを少し気に病んでいる風であった。
最後に会った宴では、しきりに冒険に出たいと口にしていた。騎士の本懐は勇気と強さを証明する冒険、そして美しい貴婦人に愛を捧げることだと。
今時珍しいぐらいにロマンチックな男だ。ランスロットもトリスタンもそういう
「むむ、なるほど某は合点がいきましたぞゴーヴァン殿」
「サー・カログレナント?」
「常日頃から冒険の風が吹くのを待ち望んでいた
カログレナントはうむうむと、感じ入った様子で頷いた。円卓に華々しい冒険数あれど、その申し子と言うべき若武者の言葉は重い。冒険の
勿論あんなに冒険に憧れていた友人が、やっと自らの冒険を見つけた。それはとても良いことだと思う。
「‥‥事故とかで失踪してる、という心配はしないのであるな」
メレアグランス卿の言うことも尤もだが、あのイウェインを脅かすことができるものが早々いるわけないだろう。
便りのないのは、よい便り。あのイウェインは、ふらりと出かけてばかりのカログレナントと血縁なのだ。あまり心配ばかりしていても仕方がない。
「さぁメリアグランス卿、某達も冒険へ出かけましょうぞ! 邪悪な人食い兎を聖なる手榴弾で木っ端微塵に粉砕するでござるよ!」
「待つのであるカログレナント卿! シュリューダンとはどんな魔剣であるか?! 引っ張らないで! 外套が千切れるのである!」
ずるずると威勢のいいカログレナント卿に引き摺られていくメリアグランス卿。
私が心配するとしたら、イウェインではなく彼であろう。カログレナント卿はさておき、メリアグランス卿の胃には中々キツイ冒険になりそうだ。
せめて私にできるのは、胃腸に良いように精一杯潰した芋を蒸して差し上げるぐらいのことなのだから。
◆
二度、三度、大きな剣戟の音が響く。
風を巻き込んで唸りを上げる剣閃はガウェインにも匹敵する膂力と速さ。スレスレで躱して、む、少し髭が掠ったか。
ローディーヌの打ち込みを躱し、その隙を観察しながら今は後退り。別に殺し合いじゃなく稽古なのだ。あとで指摘もできるし、今は効率よく剣を合わせていこう。
「へっ、だんだん掴めてきたぜ、お前の動き。いい感じだ」
「そりゃ結構。君もだんだん剣の打ち合いに慣れてきたみたいだな」
「あぁ。リュネットの傀儡には癖があって、慣れちまえばあしらうのは簡単だったからな。リュネットも別に剣士じゃねーし。その点、お前と打ち合うと、なんつーか、興奮するぜっ!」
真っ直ぐ踏み込んで脳天へ一直線。目にも留まらぬ速さだが、動き出しを見れば容易に予測はできる。
本来なら大振りで隙もできるところを、そのパワーで無理やり修正して横薙ぎに繋げてきた。勿論これも一歩踏み込み、体当たりで態勢を崩して防ぐ。
「惜しいな、君の太刀筋はあまりに一直線だ、ローディーヌ」
「ちっ、
「女の子が下品な言葉を使うんじゃありませんっ!」
吹き飛ばされた勢いをそのまま踏み込みの力に変えて、再び上段からの振り下ろし。
曲芸めいた動きは悪くない。太刀筋は素直すぎるが、彼女流に言えば、良い感じだ。だが勿論これも対応できる範疇の動き。身体を沈み込ませるようにして避け、柄と柄を絡めて剣を弾き飛ばす。
「ッ?!」
「こういう曲芸が効いてしまうのも、素直すぎるが太刀筋が故だね。まぁ今日のところはこのぐらいにしておこうか」
「んだよ、俺はまだ全然イケるぜ?」
「1人でやる稽古ならともかく、2人で剣を打ち合わせているんだ。君自身が思ってるより、身体に負荷がかかってる。言う通りに休みなさいローディーヌ」
「‥‥ちっ、もどかしいぜ」
「急に成長するものでもないよ剣技なんて。まぁ君のセンスは人並みはずれてる。いくつかのコツを身につければ、すぐ上達して次のステップに行けるさ」
練習用の剣を置いて、何も言わずにリュネットか用意してくれた水を煽る。
滝のように滴る汗は久しぶりだ。僕もローディーヌも水浴びしたばかりのような有様で、この一月二月の間は殆ど毎日こんな調子だった。ローディーヌは僕にとって実に良い弟子で、僕はローディーヌにとって良い師匠だったのだろう。そしてお互い、高め合う好敵手でもあった。
事実、ローディーヌはおそろしいほどのセンスに満ちている。およそ1人で稽古して来て、こんなにデキる騎士など他にはいないだろう。
しかし彼女も口では強がっているが、薄々気がついているはずだ。自分の剣技の拙さ、覚束なさ、噛み合わなさに。
「ローディーヌ、君の太刀筋はお手本のように綺麗だ。今すぐにでも見習い従士にだって教えられる。けど、君自身とはあまり噛み合ってないみたいだね」
「‥‥どういうことだ? 綺麗に剣が振るえたなら、あとは経験の問題じゃないのか? フェイントとか、読み合いとかさ」
「フェイントも読み合いも確かに大事だけど、一番大事なのはスタイルさ。殺し合い、果し合いってのは、突き詰めれば自分の我儘をどれだけ通せるかにある。自分のペースで戦い、相手のペースにさせない。そのためには先ず自分に合ったスタイルを作らなきゃね」
「オレのスタイル、か」
「その綺麗な剣技、太刀筋はあくまで手本。君自身のスタイルではない。構え方ひとつ、踏み込みひとつにもスタイルで差が出るものだ。僕が思うに、君は分かりやすい型に縛られない、自由奔放な戦い方が似合ってるんじゃないかな」
そう、彼女は窮屈そうだった。型に、お手本に縛られた剣技は身体能力とセンスによって並外れた練度と完成度を持っている。でもそれでは同格、格上の相手には勝てない。容易に対応され、容易にペースを乱される。
もし自分のスタイルを作りたいなら、それがこの時代においてプロフェッショナルの戦闘者である騎士の場合なら、戦いのスタイルとは自分自身の表現でもある。
眩しいぐらいに正々堂々、圧倒的な力と速度で打ち伏せるガウェイン。質実剛健にして精妙美麗、凄烈にして正確無比な剣術を誇るランスロット卿。変幻自在、意味不明で何処か気色の悪さすら感じさせる森の妖精仕込みのガヘリス卿。肉を切らせて骨を断ち、傷つくことを恐れない、むしろ悦んでいるかのようなガレスちゃん等々。
ならば僕の見るところ、ローディーヌの剣技は自由奔放、荒れ狂う嵐のようなスタイルにこそ似合う。むしろ基礎がしっかりしているぶんだけ、その自由で型に囚われない剣戟は強力になるだろう。
「今までやってなかったことをどんどん試すといい。剣を投げたり、殴ったり蹴ったりしたっていい。自由な発想こそが君の武器になる」
「でもよ、そんなの騎士らしくねぇじゃんか?」
「騎士らしさ、なんて自分で合点が行くまでは分からないものだよ。騎士道とは一つにあらず、さ」
木の枝で戦っても騎士は騎士。弓の弦を弾いたら相手が真っ二つになったって騎士は騎士。‥‥いや実際どうだろうね、ああいうの。まぁそれに比べたら殴ったり蹴ったりなんて生易しいほうじゃないかな。
「まぁ、いくらでも付き合うよ。リュネットに頼まれたから、じゃなくてね」
「ん?」
「今は僕自身が、君に興味がある。君と一緒にいたいって、そう思ってるからさ」
この子は、真綿に水が染み込むように強くなる。円卓唯一の女騎士、ガレスちゃんも凌ぐポテンシャル。もしかしたら円卓最強の騎士にすらなれるなもしれないという予感がある。
何より一緒にいて、何気ない毎日がこんなに楽しかったのは初めてだ。多分僕は、少なくとも彼女に会うためにこの泉の城にやって来たんだ。
あの泉の試練を乗り越えるためでもなく、赤錆の騎士を倒すためでもなく。
きっと彼女と一緒にいれば、また次の冒険の風が吹いてくる。だから今はそれを楽しみに、彼女との修行に打ち込もう。
いくら彼女が先行き楽しみな騎士だからといって、今のところは師匠として、そうやすやすと負けるわけにはいかないのだから。