オレ、あるいは獅子の騎士   作:冬霞@ハーメルン

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ところでアーサー王物語の時系列はメチャクチャです。
整合とかとるのがしんどいので、軽い読み物として、読み飛ばして頂ければ幸いです‥‥!


第3話 オレ、あるいは泉の城の姫

 

 

 

 

「痛っ、あ痛たたた、もう少し優しく」

 

「ガタガタうるせぇなぁ男らしくない。シャキッとしろよ、このぐらいの傷でみっともないとは思わねぇのか?」

 

「あのね、君の持ってるピンセットは傷に触れないようにガーゼを使うためのものなんだよ。間違っても傷にねじ込むためのものじゃない。半死人だって戦場でそんなことされたら飛び起きて文句を言うぞ!」

 

「し、仕方ないだろ。傷なんて作ったことないし。リュネットは癒しの術にも長けてるから、そもそも救急箱があるだけでもありがたいと思えよ! ていうか、手当てしてもらっといて文句言うな!」

 

 

 泉の奥の城にある、小さな中庭。稽古にも使ってる場所のベンチで、オレは来訪者の傷の手当てをしてやっていた。

 最初コイツの姿を見たときには今にも死んじまうんじゃないかって有様だったけど、ボロボロのガラクタと化した鎧を脱がせてみれば意外に傷は深くない。ただ、数えるのが億劫になるくらいの切り傷、打ち身、内出血だらけで、ほとんど初めて血を見たオレは少しだけ目が眩んだ。

 

 

「あーくそ、リュネットは何してんだよ。湯ぐらい魔術で沸かせばいいだろうが」

 

「なんでも侍女に頼りきりというのは感心しないなお姫様」

 

「オレはお姫様じゃねぇ! ていうかホント図々しいぞお前!」

 

 

 一通りの手当てが済んで、改めてしげしげと眺めてみる。たまに城の外、街へ出ることもあったが、オレは殆どの時間をこの泉の奥の城で過ごしている。男なんて、まじまじと見るのは初めてだった。

 何処ぞの国の王子様だと聞いたが、なるほど身分卑しからぬ雰囲気は出ている。殆ど半裸で、つまり武装を解いているのに堂々と何ら臆するところがない。騎士たるもの手当てをしてくれてる相手を疑わない、と豪語して佩剣を遠くに放ってみせたことからも豪胆な性根が見て取れる。

 髪の毛は茶の混じった金髪で、鬣のようにボウボウと四方八方に伸びている。顎髭も生やしているから老けて見えるが、話す感じから察すると意外に若そうだった。

 ちなみに彼の城では髭を生やしてなければ一人前とは認められないとか。騎士たるもの髭がなければって、じゃあオレは一生一人前になれねぇじゃんか。

 

 

「あらあら、お二人とも随分と打ち解けられましたのね」

 

「リュネット、遅ぇぞ」

 

「たかがお湯を沸かすのに、魔術なんて使いませんよ。さぁお嬢様、騎士様のお身体を拭いて差し上げなさいませ」

 

「‥‥へ? いや自分で拭けよ体ぐらい」

 

「あらあら、戦いに疲れた騎士様を労うのは淑女の義務でしてよ?」

「オレが騎士になるんだよ! 別にいいだろ淑女らしくなくったって!」

 

「お嬢様? 奥様は確かにお嬢様を立派な騎士に育てるようにと仰いましたが、併せて躾もしっかりと、私は申しつけられておりますわ」

 

 

 いつになく強気で楽しそうなリュネットが、桶に満たした湯と手拭いを差し出す。

 いやでも、傷の手当てはともかく、お、おおお男の身体を拭くなんて。それはちょっと、どうなんだ? それ本当に淑女のやることか?

 ていうかオレが騎士になるんじゃなかったのか? つまりオレの方が身体を拭かれる側になるわけで、いやかといって此奴に身体を拭いてもらうのは死んでもごめんだ恥ずかしい。貞操が危うい、そんなの淑女のすることじゃねぇ。‥‥あれ、じゃあ結局オレも淑女ってことに。

 

 

「お嬢様?」

 

 

 ―――絶対に面白がっている。そう確信できるのに、その笑顔は絶対笑顔じゃない。

 リュネットがこういう顔をしたときは逆らわない方がいい。それはオレの短い人生の中でも骨身に沁みて理解した大原則である。だから仕方なしに、手拭いをよく絞って、素直に体を拭き始めた。

 

 

(あ、でも何だか思ったより恥ずかしくないな。てか普通だ)

 

 

 拭き始めてみれば、それは何の変哲も無いただの作業だった。別にリュネットは労えっていっただけで、奉仕しろとは言ってない。丁寧にやってはやるけど、それはただの作業だからな。

 それによく考えればスカタン卿を、満身創痍になりながらとはいえ、半端に取り逃がしたとはいえ、一人で倒すなんて大した奴だ。少なくともオレよりは全然強いだろう。そう思えばちょっとは労う気持ちも出てくる。

 あと此奴が全然恥ずかしがる感じじゃないのも良かった。王子様だから、人に世話されるのに慣れてるんだろうか。よく考えたらオレも寝起きにはリュネットに服を着せられることだってある。世話されるってのは騎士の嗜みというか、常識でもあるんだろうな。一端(いっぱし)の騎士には従士の一人もつくことだし。

 

 

「‥‥なんだい、そんなしげしげと」

 

「いや、流石に鍛えてるなぁって思ってさ」

「別に、このぐらい普通だよ」

 

「オレ、この城から殆ど出たことねーからさ。男っつーか、リュネットと母上以外とは口利いたこともねーし」

 

 

 広い肩幅、風船かよと思うぐらい分厚い胸板。オレの脚ぐらいぶっとい二の腕。鎧の上からじゃ分かりづらかったけど、熊みたいな奴だ。いや髭面にはよく似合ってるか。この強面で線が細けりゃ詐欺だな詐欺。

 ま、オレには別に立派なガタイは必要ない。魔力を放出することでパワー、スピード共に補うどころか大概の相手は凌駕できるはずだ。そりゃ強面に比べりゃ見栄えはしないかもしれねぇが、んなもんは鎧とか、装備で補えばいい。

 

 

「そうか‥‥。すまない、不躾なことを言ったかな」

 

「あ? 変に気ぃ回すなよ。単なる事実だろ。ほら、終わったからとっとと着ろよ。ったく、服まで用意させやがって」

 

「用意したのは私ですが」

 

「リュネットの苦労はオレの苦労なんだよ。それより服着たらメシにしようぜ、腹が減っちまった」

 

 

 リュネットが用意した男物の服を投げ渡し、立ち上がる。朝方からずっと戦い続けてたんだから腹も減ってるだろ。オレも途中からとはいえ、リュネットの魔術で覗き見てたから分かる。

 此奴がこうしてスカタン卿を倒してこの城にいるのは、リュネットの話によれば母上に思うところがあるから、らしい。母上がいったい何を考えてるのか、オレにはさっぱり分からない。例えば短命のオレを産んだ理由も。騎士にする理由も。アーサー王を倒し、王座を奪わせようとする理由も。

 でも今までずっと城の中で稽古してたときと比べると、この騎士の来訪は新しい風を運んできた感覚がした。まるで劇の中で、物語が場面転換するような。そんな感じが。

 面白くなりそうだ。ただそれだけが確信できる。未だに要領を得ない様子でキョロキョロとしている男の手を引いて食堂へと向かいながら、オレはワクワクとする気持ちを抑えきれずに笑っていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「‥‥んだよ、そんな変な顔して」

 

 

 小さな城の、小さな食堂の、小さなテーブル。こじんまりとした造りは品が良くて、森の中の隠れ城といった感じだった。いや、事実その通りなのだろうが。

 4人ぐらいしか座れなさそうな円卓で、僕と彼女―――ローディーヌは早めのランチを摂っていた。彼女の侍女、リュネットの料理は控えめにいっても宮廷料理人に相応しい程に美味。物不足、工夫不足、そもそも何か大事なものが抜けているとしか思えない無味――とは流石に言えないが――乾燥なキャメロットの食事と比べると天と地であった。

 

 

「いや、別に。君は乱暴な言葉遣いの割には、しっかり淑女(レディ)だなと思ってね」

 

「なんだよそりゃ。オレだって好きでこうしてるわけじゃねーぞ。ただ、あまりはしたないことばかりしてるとリュネットに折檻されるからな。もうずっとこうしてるから、あまり羽目を外すと気持ち悪くなるだけだ」

 

 

 正面に座る少女は丁寧にナイフとフォークを使って肉を切り分け、行儀よく口に運んでいる。僕も彼女自身も口に出した通り、その言動とは裏腹に躾の行き届いた作法だった。

 あまりまじまじと見つめるのは不躾だが、面白いお姫様だ。僕も――それなりにしっかり、王宮仕込みの作法で――骨から肉を外しながら、彼女の様子を失礼にならない程度に観察する。

 動きやすそうな白いドレスは上品だが質素で、華美ではない。砂金のようにキラキラ光る髪はまっすぐに下ろされていて、一本一本が午前の陽射しに映える。深い湖の底と同じ色をした瞳は、ぱっちりと幼さを残していた。まるで深窓の御令嬢のような風貌は、しかし少女と言うよりは少年らしさで見る人を惹きつける。

 

 

「そんなことよりさ、城の外の話を聞かせてくれよ。さっきも言ったけど、オレほとんどこの城から出たことないんだ」

 

「もちろん構わないよ。と言っても僕もあまり面白い話が出来るほどのことはしてないが‥‥」

 

「いいよ別に。とにかく何でも、オレには物珍しい話だからな。そうだ、アーサー王の城の話をしてくれよ。一度だけ遠くから見たことあるんだけど、中はどうなってるんだ?」

 

「キャメロットか。そうだな、あそこはとても綺麗な城だ。そして何より、たくさんの騎士達の冒険の城でもある」

 

 

 侍女のリュネットが注いでくれる葡萄酒の水割りで喉を潤しながら、ローディーヌの取り留めのない質問に答えていく。どんな些細な質問、些細な答えにも彼女は子どものように喜び、はしゃいでみせた。城下の、騎士に憧れる子どもたちと同じ反応だ。

 お喋りが上手で社交的なカログレナントと違って、僕はあまり人にこういう話をしたことがない。王子として社交会話ができる程度の教養や作法は身につけたが、それも目上の人間としてのもの。人の輪の中で誰かを楽しませるような会話にはとんと縁がなかった。

 だからだろうか。初めての冒険に出て、こうして初めて自分のことを誰かに話す。そしてそれを聞いている彼女が、こんなにも喜んでくれている。単純だろうか。こんな些細なことで、こんなに嬉しく思ってしまうのは。

 

 

「それで、何も問わずに歓待を受けてしまったが、そろそろ君たちのことも話してもらいたいな?」

 

 

 ひとしきり自分のことや、国のこと、キャメロットやアーサー王について話し、再び葡萄酒で喉を潤して。今度はこちらから質問を投げかけた。

 あの泉の騎士――使い魔のような何か――を倒してからこっち、聞きたかった。確かにあの泉の守護者(ゴーレム)は悍ましく、悪性のものだった。しかし僕は侵入者で、言うなれば彼女たちの財産を損失させたわけだ。だってのにこうやって歓待するってのは腑に落ちない。

 

 

(よく戦った騎士を労うのは貴婦人の義務だっていっても)

 

 

 そもそも騎士志望なんて自分で言ってたって、こんな小さな城だからって、たった二人で住んでるなんて妙だ。何か事情があるはずだ。

 なにより僕の勘が。しばしば騎士が運命の風を感じて己を正しい冒険へと進ませるという勘が。まだ僕の冒険が終わってないということを告げている。

 

 

「あー、オレ達のこと話すっていってもなぁ」

 

 

 僕の言葉に、ローディーヌは困り顔で頰をかいた。ちらりと振り返って傍に控えているリュネットを見遣る。

 リュネットはそんなローディーヌの視線に気がつくと、静かに頷いた。そのまま淑やかに控えている。好きに話して構わない、ということなんだろうか。きっとローディーヌもそう解釈したのだろう。おう、そうか。そう呟いて僕の方に向き直った。

 

 

「大した話にゃならねぇぞ。オレは母上に言われて、騎士になるためにこの城で修行してるってだけだ。母上の名前は――モルガン」

 

「モルガン‥‥まさか、モルガン・ル・フェイ? ガウェインの御母堂の?」

 

「ガウェイン‥‥? その名前、母上からは聞いたことないな。ま、オレ母上とは全然話したことねぇけど。リュネットは知ってるか?」

 

「はい。太陽の騎士サー・ガウェインですね。確かに奥様の息子さんで間違いありません。円卓の中でも、最も強い騎士の一人ですわ」

 

「太陽の騎士、か。大層な名前じゃんか。‥‥てか兄弟いたのか、オレ」

 

 

 モルガン・ル・フェイ。

 彼女はアーサー王の先王、ウーサー王の娘。つまりアーサー王の姉にあたる。

 このブリテン島に満ちる黒い魔力を継いだ、ブリテンで一番の魔女。彼女にまつわる話は多い。そもそも円卓にはガウェイン、ガレスちゃん、サー・ガレリス、鉄のアグラヴェイン卿など彼女の息子、娘が多い。

 ただ、一方で彼女とアーサー王にまつわる話にはよくないものばかりだ。彼女はログレスの王位を狙っているという噂を聞く。あくまで噂だが。

 アーサー王は即位からこちら、様々な冒険や困難を乗り越えてきた。その災難の多くに彼女が関わっているらしい。かつてアーサー王が聖剣を失くした事件があった。アコロンという騎士の仕業で、彼はアーサー王自身に斬り捨てられた。アコロンもまた、モルガンに唆された騎士だった、らしい。

 らしいとか、聞いた話だとかばかりで証拠も何もないが‥‥。ガウェインもガレスちゃんも、あまり仲良いわけではないけどガレリス卿からもモルガンの話を聞いたことはない。あまり好きではない、ぐらいは聞いたことがあったか。

 

 

「やっぱり、そういう顔するか」

 

 

 ローディーヌは少し寂しそうに言った。途端、自分が恥ずかしくなる。

 そうだ、彼女は別に何も悪くない。母親が悪名高い魔女だったとしても、その娘や息子までが悪く言われていいはずがない。何より自分の目の前で、母親を悪く言われて気分のいい子どもだっていない。

 だというのに僕は勝手にモルガンの名前に身構えて、彼女を傷つけてしまって。

 

 

「そ、そんな深刻に悩むなよ。オレは別に気にしないぜ? 母上とは殆ど話さないしさ! オレも母上は大概悪人ヅラだから絶対裏で色々やってるなぁって思ってたし! てか仮にも娘を侍女に任せて自分は育てないとかどうかしてるよな! そもそも息子ならともかくさ、わざわざ娘作って騎士になれって、なんだそりゃって感じだし!」

 

 

 僕はそんなに酷い顔をしてたんだろうか。傷つけた方に、気を遣わせるなんて最低だ。

 どんどん侍女のリュネットの顔色が悪くなっていくのが気になるが、ともかく今はローディーヌの親切に乗っかろう。

 

 

「あまり、自分の母親を悪く言うのはよくない」

 

「‥‥なんだよ、気を遣ってやったってのに説教かよ」

 

「悪かった。この話はやめよう。それで、君は御母堂であるモルガンの言いつけでこの城にいると?」

 

「あぁ。母上はオレが立派な騎士になったら、キャメロットに連れていくつもりらしい。何を考えてオレにそうさせるかは――分からない。けど、他にやることもないしな。何よりオレも騎士に憧れてるし。そこそこ腕も上がったはずなんだけどな、それがいつかはオレも知らん」

 

 

 いつの間にか立ち上がって、傍に置いておいた剣を振り始めるローディーヌ。

 一振り一振りが鋭い。体捌きも洗練されてる。才能を約束されて生まれてきた騎士、そんな感じだ。もちろん教科書みたいな丁寧で淀みのない動きは、毎日欠かさず、とてつもない量の修練を積んだからに違いない。

 食事の最中にはしたないですよ、とリュネットに注意されるも気にしない。もう食事は終わったじゃんか、と振り続ける。この小柄な体躯で、凄い迫力だ。その動き、姿、顔つきには思い出すものがある。我らの王、アーサー・ペンドラゴンだ。

 

 

「なぁ、どうだ? オレの剣捌き、どうだった?」

 

「‥‥うん、素晴らしい。そんじょそこらの騎士気取りに見せてやりたいぐらい、お手本のような、美しい剣捌きだ」

 

「へへっ、なんか照れるな。リュネット以外、見てくれたことないし。リュネットも別に剣士じゃないからな」

 

「ん? ――まさかローディーヌ、君は」

 

 

 妙な含みを感じて、眉をひそめる。

 確かに彼女の動きは素晴らしい。剣も、ちっとも迷いなく振られる様はお手本のようだと言った言葉に間違いはない。

 けれど、それはあくまでお手本。彼女自身の剣技を見るなら、必ず相手が必要だ。そして相手を意識した戦い方をしているならば、普段の、剣の振り方や体捌きにも表れるものだ。

 お手本のような剣捌きに体捌き。それに終始してしまうのだとしたら、それは。

 

 

「えぇ、貴方の考えておられる通りですよイウェイン卿」

 

「リュネット」

 

「お嬢様は、実際に誰かと剣を合わせたことはありません。精々が私の操る傀儡‥‥案山子相手の約束稽古だけです」

 

 

 なるほど、合点がいった。それは、騎士として、戦士としてとても致命なことだ。

 腕も、力も、体力も確かに大事だ。基礎も大事だ。でも一番大事なのは実践と経験だ。彼女にはそれが全くと言っていいほど無い。

 僕も王子として、小さな頃から剣の稽古はつけてもらっていた。基礎もみっちりやったが、一番多かったのは師範や若い騎士達との打ち合いだ。試合でも何でもいい、誰かと打ちあわなければ剣は上達しないのだ。

 

 

「やっぱりダメか。分かってちゃいたんだけどな、そういうことは」

 

「ローディーヌ、どんな騎士にも初陣はある。みっともなく生き残ったり、命からがら逃げ出したり、そういうのを繰り返して強くなるんだ。積み重ねこそが、強さへの近道だよ」

 

「いいえ、イウェイン卿。そういうわけにはまいりません。お嬢様には、可能な限り早く円卓に入るだけの実力をつけて頂く必要があります。奥様が、そうお考えなのです」

 

「‥‥リュネット、君は騎士の何たるかを知らない。あのガウェインだって、ランスロット卿だって、僕だって、はじめから強かったわけじゃない。そんなすぐに結果は出ない」

 

「いいえ、イウェイン卿。お嬢様はこのブリテンで最高の騎士になる才能をお持ちでいらっしゃいます。この城で、十分な稽古ができなかったのは私の不徳の致すところ。ですが、それは機会がなかっただけのことです。機会さえあれば、お嬢様は貴方も驚くほどの速さで成長され、騎士として完成されることでしょう」

 

「君に何がわかるというんだ。剣も振ったことがないだろう君に」

 

「私には分かります。私にはお嬢様の全てが分かるのです。ですからイウェイン卿、私のお願いを一つ聞いて頂きたいのですが?」

 

 

 ローディーヌを励ますと、リュネットが強い口調で僕に突っかかってくる。一体なんだというのだ。

 そりゃあここまで言ってくれる侍女がいるなんて、主人冥利に尽きるってものだ。けど、どうにもこの侍女の言葉には力があり過ぎる。

 にこり、と笑って一歩詰め寄ってくる。そして僕は思わずそれに合わせて一歩後ずさった。

 笑ってるけど、全然笑ってない。端的に言って怖い。ローディーヌも若干ヒいてるあたり、この状態の彼女には逆らわない方がいいのかもしれない。

 

 

「お願いを、聞いていただきたいのですが?」

 

(一つ、がなくなってるじゃないか‥‥!)

 

 

 さらに一歩、ローディーヌを追い越して僕の前に。かなりヤバイ感じがする。とりあえず、僕の城の侍女にはこんな感じの(ひと)はいなかった。

 お、おいリュネット、とローディーヌが焦るが気にした様子はない。こうやって近くで見ると、美しい女性だ。どこかの王女様だって言われても不思議じゃない。

 燻んだ金髪に、金色の目。血管が浮き出るくらいに真っ白で、張りのある肌。どこかローディーヌに似ている。もしかして遠い血縁なんだろうか。そういう例は結構よくあるものだ。

 

 

「お嬢様には実践経験が足りません。ですが、それは経験を積めばいいだけのこと。今までは私の操る傀儡しかお相手がいませんでしたが――」

 

 

――ちょうどいいお相手が、いらっしゃるじゃありませんか?

 にっこり、ではなく。にやり、と。背筋にはしる嫌な予感。

 あー、これは絶対逃げられん。どんな言い訳も聞いてくれない、そんな確信が僕の頭を縦に振らせる。

 こらそこ、ローディーヌ。君も同じ顔してるんじゃあないよ。運命の風は君を巻き込んだに違いない。

 多分、僕だけのものだったはずの冒険は。

 君と僕の冒険になったに、違いないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 


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