オレ、あるいは獅子の騎士   作:冬霞@ハーメルン

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拙作は都合によりフリック入力で執筆されています‥‥!


第2話 妾、あるいは赤錆の騎士

 

 

 

 

「‥‥遂に」

 

 

 思わず、といった風に言葉が溢れる。

 目の前には大きな水晶玉が置いてあった。手を翳せば曇りのような陽炎の中に、望んだ光景を見通すことができる。遠見の魔術は魔女の基本。長ずれば過去や未来を覗くことも思いの儘。

 その陽炎の中では、二人の騎士が激しく斬り結んでいた。赤錆びた輝きを放つ全身鎧(フルアーマー)に身を包んだ巨軀の騎士と、特に特徴も変哲も無い白い鎧に身を包んだ若々しい騎士。

 赤錆の騎士はエスカルドス・ザ・グレート・スカーレット・タイフーン・えくせり――エクセレント・ガンマ。(わらわ)の作り出した傀儡。娘を守り、挑戦者に試練を与える守護者。

 そして白い鎧の騎士は、嗚呼、ブリテンに名高き騎士王アーサーの麾下、円卓のイウェイン卿と名乗った。あのアーサー王(いもうと)の! 騎士王(アルトリア)の騎士だと!

 

 

「ローディーヌ、我が娘。貴女も漸く、籠から飛び立つ時が来たようですね‥‥?」

 

 

 妾が創り出した傀儡と丁々発止と斬り結ぶ様は、成る程、彼の太陽のガウェイン卿とも渡り合える腕前を持つという評判は正しかったらしい。相手の剣を弾いては踏み込み、身を削られては削り返す荒々しい若武者だ。

 互いに無数の傷を負い、それでも一歩も退くことをしない。先日も円卓の騎士を名乗る若者がエスカルドス卿に挑戦しに来たが、まるで歯が立たずに逃げていった。威勢だけは褒めてやるが、あれではいけない。到底足りない。

 妾が求めているのはどこまでも苛烈で、清々しい個性なのだ。人ではない我が娘に強烈に人間らしさを感じさせるには、先ずそういう心身の強さが必要なのだ。

 

 

「今までよく、我慢してくれましたね。でもそれもおしまい。これからは私からではなく、外の世界から学び、成長するのです。そして―――」

 

 

 王座(アルトリア)を、我が手に。

 思わず掌に力が入り、ミシリと水晶が悲鳴をあげる。慌てて修復の呪文を唱えたが、少し歪んでしまったかもしれない。大きな水晶は貴重なのだ。コレは特に綺麗な曇り方で気に入っていたのに。

 昔から同じだ。些細なことから、重大なことまで。妾が愛したものは妾から離れていく。物も、人も。あの胡散臭い花の魔術師は『うん、おそらく君の起源はね、照れ隠しに主人公に暴力を振るって、転校生に漁夫の利を攫われる幼馴染系ヒロイン』なんて戯けたことを抜かしていたが‥‥別に妾は暴力なんて振るったことはない。

 だからローディーヌ。貴女は先ず妾から手放した。貴女は母の愛を知らず、侍女に育てられ、そも人として生まれなかった可哀想な子。でもそうでなければいけないのです。

 貴女はブリテンの王になるべくして私が産んだ。今の王ではブリテンに栄光と共に必ず破滅を呼び込んでしまうから。あの王は人としての(まつりごと)をしない。理想だけでは人は長く幸福を掴むことができないと、あの(いもうと)は気がついていないのです。

 後世に永く伝えられるだろうアーサー王の騎士譚。それは絵画のように美しく、聖書のように綺麗なのだろう。でもそれは創作ならばこそ。人ならぬ神の身ならばこそ可能なこと。人の王である“あの子”には、そんな騎士譚など要らない。

 何故そんなものを選んでしまったのだろうか。何が不満だったのだろうか。意地悪ながらも優しい兄では、不器用な姉では不満だったのだろうか。

 妾は憎い。妾は憎い。妾は憎い。

 ローディーヌ。ローディーヌ。貴女はああなってはいけない。あんな(ざま)になってはいけない。そのために彼を此処へ喚んだのだ。

 妾は知っている。貴女は一目見ただけのあの王に心底から憧れを抱いていることを。無垢な貴女の生まれと育ちがそうさせてしまうのは道理。ならばこそ、そうであってはいけないと教えなければ。

 人が人の上に立つ。それが王国。それが王。神が人の上に立つ時代は確かに終わりを告げたのだ。妾達のような存在もやがて陽炎の中に消え去り、幻想もまた露と消える。だから世界の裏側へと静かに消えていかなければならない妾達は、世界との関わり方を間違えてはいけない。

 ‥‥ああ、だというのに、あの妹は。花の魔術師に唆されて、破滅へと進もうとしているのだ。

 

 

「妾は貴女にもまた、つらい運命を強いているのかもしれません。しかしローディーヌ、貴女ならきっと大丈夫。神から人の世を取り戻すのことが、きっとできる。そしてどうか」

 

 貴女の父親を。私の妹を。

 この水晶の陽炎に垣間見た残酷な運命から解き放ってほしい。

 己の残酷さこそ、もっとも忌むべきものであると。そう理解しながら、しかし妾はそう望むよりほか、なかったのです。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――か、はぁ」

 

 

 額から、頬を伝って止めどなく流れる汗。その雫が、残骸のようになってしまった喉鎧(ゴルゲット)に落ちる。既に兜は正真正銘の残骸だ。戦場の端っこへと転がり、真っ二つである。

 震える両腕で何とか愛剣『ケンヴェルヒェン』を構え、僕は赤錆の騎士と相対していた。腕だけではない。脚も、腹も、背筋も、何処もかしこも限界を訴えて震えている。もちろん怯えではない。怯えで震えるぐらいなら、喜びで震えていることだろう。

 しかし剣は掴めるし、真っ直ぐ立てる。呼吸も今、次第に落ち着いてきた。よしんば乱れたままでも問題はなく、こんな有様でも戦うための力は十分に残っている。

 ああ、この激闘を始めてからどれぐらい経っただろうか。あまりの集中力に時間の感覚は殆どない。でも並の騎士が相手なら数時間はぶっ続けで戦っていられる僕がここまで疲弊している。此奴はガウェインに匹敵する強者だ。となると今の僕の感じでは、少なくとも小一時間は戦ったとみえる。

 

 

「……だってのに、ちっとも堪えた様子がない、とはね」

 

 

 対峙する赤錆の騎士も決して無傷ではない。盾はひび割れ、刃は毀ち、数えきれない剣戟の痕を鎧のあちらこちらに刻んでいる。

 しかし、ちっとも堪えちゃいない。その力、速度、ペースが落ちない。まるで疲れ知らずだ。四肢の欠損でもなければ、此奴の動きが精彩を欠くことはないだろうと思わせるほどに。

 

 

(そこまで実力差がある、ということか。いや、そんなバカなことがあるか。太陽の加護の下のガウェインのような超常の守護は感じない。なら僕と打ち合って全き無傷なんてキャメロットの常識外だ)

 

 

 自惚れではない。僕を認めてくれた無二の親友への信頼が故に言うが、僕は決して弱くない。あの太陽の騎士が僕を好敵手と認めてくれているんだから。僕が逆立ちしたって勝てない相手は、即ち円卓の総力を以てしないと勝てない相手でもある。

 ならば必ず、其処には絡繰がある。仕掛けがある。真っ向から四つに組んでも意味のない相手だということである。真っ当な人間を相手にしているとは思わない方がいいということである。

 

 

(だいたい疲れ知らずの人間とか、痛み知らずの人間には裏で糸を繰ってる黒幕とか、何か鍵があるはずだ)

 

 

 この手合いとは初めての戦いではあるが、決して無敵ではない。冒険へと逸る気持ちを抑えながら他人の冒険譚を聴き続けた僕なら分かる。

 普通に斬りつけてたのではキリがない。それははっきりと分かる。例えば全身のどこかにある、魔法の操り糸を断つならば、どうすればいいか。

 

 

『この手合いの操り人形というのは実に厄介でござる。自分の意思を持つならば全身をバラバラにすればよろしゅうござる。どうしたって動けませんからな。魔力の糸で操るものならば、これまた全身をバラバラにすればよろしゅうござる。何処かを絶っても、別のところに糸を付け替えられてしまいますからな』

 

 

 実力はさておき、冒険譚だけは円卓の誰よりも豊富な従兄弟の言葉を思い出す。難しいが、できないことではない。何より僕の愛剣には強い神秘が宿っている。

 魔法で動くものが相手なら、より強い神秘の力で斬り刻んでしまえばいい。こういう武器は騎士同士の一騎打ちに使うようなものじゃないが、相手に確実に絡繰があるなら話は別だ。

 

 

「その正体、暴かせて貰うぞ!」

 

 

 宝具。

 やがては英霊と呼ばれる英雄達がいる。アルスターの光の御子。竜殺しの大英雄。神話に生きた数多の英雄達。彼らの象徴、武器こそが宝具と呼ばれる、つまるところ必殺技。

 僕の周りにも、魔法の武器を持った人はたくさんいる。トリスタン卿の弦弓フェイルノート、ガウェインの太陽の剣ガラティーン、ランスロット卿の無毀のアロンダイト、そしてアーサー王の聖剣エクスカリバー。

 そして祖父キンヴァルフより譲り受けた僕の剣もまた、かつての英雄達の武器や我らか王の聖剣のような魔法の武器。

 赤錆の騎士が如何なる道理で動いているかは知らないが、この一撃で断ち切ってみせる。

 

 

「―――斬り裂け、『黒く貴き鴉の濡れ刃(ケンヴェルヒェン・ブラックウィンド)』!」

 

 

 大きく振り下ろした刃から、同じ勢いで飛び出す無数の鴉。

 僕が祖父から貰ったのは一本の魔剣じゃあない。祖父が自慢にしていたのは『空裂く七十と二十七と三の魔剣(コレクション・キンヴァルフ)』。それを一本に束ねたのが僕の魔剣『黒く燿く烈空剣(ケンヴェルヒェン)』なのだ。

 そして巷で僕が祖父から受け継いだと言われているのは、この三百本の魔剣のコレクションの他に、三百羽の鴉の使い魔。一羽一羽が戦士一人に匹敵する妖鴉は触れるもの全てを斬り裂く魔剣の化身でもある。

 即ち僕の魔剣は、三百本の魔剣のコレクションと三百羽の魔鴉の使い魔を合体させたものなのだ。故にこの鴉達は魔剣と同じうして、僕の剣戟と合わせて喚び出すことで剣戟となり、敵を刻む。

 

 

「―――ッ?!」

 

 

 果たして、ケンヴェルヒェンは兜を真っ向から唐竹割りに。そして妖鴉の刃は四肢を断ち、赤錆の騎士は堪らず五体を地に投じた。

 いや、浅い。微妙に関節部を刃が逸れたか。まだ動ける、が、戦えるほどでもない。

 頭の割れた兜の隙間からは、黒い霧のようなものしか見えない。思った通り、此奴は真っ当な騎士じゃあなかった。騙された、揶揄われた、と知った途端に頭に血がのぼる。およそ騎士の誇りをかけた戦いに、こんな無粋な魔法なんて酷いケチをつけやがってと。

 

 

「おのれ、逃すか貴様!」

 

 

 もう人の形を保つ必要すらないのか、赤錆の鎧を捨て、騎士は泉の向こうへと形容しがたい四つん這いで逃げ出していく。

 黒い霧の中には獣の骨や牙、宝石、植物の蔦などが見える。あれを覆うように黒い霧を纏わせて動かしていたのか。およそ真っ当な、僕の見たことのある魔法じゃない。あの花の魔術師が使うような、分かりやすい魔術じゃない。まだ魔術が僕たちの頭に分かりやすい形に纏められる前の古い術の使い手ということか。

 

 

「‥‥えぇい、だったら何だって言うんだ。相手が人じゃないなら、わざわざ騎士の慣いに従って慈悲を与える必要もない。カログレナントの名誉を回復し、あの兜の一つでも戦利品に持ち帰って、そうしてケイ卿の鼻を明かしてやろうじゃないか」

 

 

 ケイ卿は王の兄上、そしてキャメロットの宰相でもある。しかし何と言うか実に性格の悪い方で、カログレナントのことこそ笑わなかったものの、では敵討ちに参ろうと言った僕を散々慇懃無礼に煽ってきたのだった。

 僕はこの通りカッとなりやすい性格で、口喧嘩ではとてもじゃないけどケイ卿には勝てない。となると論より証拠と、戦利品を手に凱旋するしかないのである。

 

 

「ぐ、意外に早いぞ彼奴」

 

 

 鎧兜を捨てた分だけ、軽くなったのか。手負いとは思えないほどに影の獣の動きは俊敏だった。

 対してこちらは正真正銘の手負い。馬もなく、傷ついた身体を庇いながら、走ることもできずゆっくりと追う。

 泉を抜けた先の小道はだんだんと狭く、しかし手入れの行き届いたものになっていった。あの泉は正に門のようなものだったのだろう。僕が初めて、その試練に打ち勝ったものなのだろうか? 果たしてアレの主人はどんな人なんだろうか?

 

 

「‥‥あれは、城? なんて綺麗な、キャメロットとは毛色が違う美しさだ。おかしいな、悪いものを感じないぞ」

 

 

 赤錆の騎士の中身の、黒い影。あれは旧い技で造られたものだろうが、明らかに邪悪の匂いがした。僕らが許容できるような魔法では到底ない、魔女か悪魔の技だった。

 でも目の前に見えてきた城は、とても綺麗で、清らかで、和やかな雰囲気を放っていた。亡国のお姫様が静かに、穏やかに暮らしていそうな、(やしき)という言葉の方が似合いそうな、そんな小さな城だった。

 あの邪悪な影は一直線に其処を目指す。逃げる、というよりは襲いかかるかのように。何かゾッとするものを感じて、僕は痛む身体に鞭打って駆け出した。

 

 

(順当に考えれば、あの影の主人が住む城なんだろう。けど、城には住む者の性根が写る。僕にはどうにも、あの影とあの城のイメージが合致しない!)

 

 

 僕の父であるウリエン王の城は、祖父の厳格な姿勢を反映した無骨で重厚なもの。キャメロットは其処に集う騎士達のように絢爛豪華な理想の城。噂に聞いた悪竜の卑王(ヴォーティガーン)の城は鬱蒼とした森と暗雲に囲まれた山城だったらしい。

 ならばあの和やかで穏やかな城の主人はどんな人だろう? そこまで考えたところで、僕は思いもよらぬものを見つけてしまった。

 

 

「‥‥ッ、いけない、お嬢さん其処を離れるんだ!」

 

 

 城の前に立つ、一人の少女。

 白いドレスは普段着だろうか。眩い金髪はやや短めに切りそろえられ、風に靡いている。

 とても華奢だ。この城の主人の御令嬢だろうか。それとも何処ぞのお姫様だろうか。事態を把握していないのか、ぼんやりと立ち尽くしている様子で、僕は思わず声を上げた。

 黒い影は一直線に彼女に突っ込んでいく。速度を緩めることなく、まるで彼女に襲いかかるように。

 御令嬢にどうこうできる速度ではない。避けるどころか反応できるかも怪しい。声はあげたが届いていないか、間に合わないか、すぐに影は彼女に触れる。

 何とか脚に最大の力を込めて踏み込む。到底足りない。距離も時間も、速さも足りない。魔法も使えず、剣を振りかぶる暇もなく、すぐに彼女に黒い影は達して―――

 

 

「‥‥へ?」

 

 

 銀光一閃。

 気がつけば深窓の御令嬢が振り払った刃と、真っ二つになって散っていく影。

 何が起こったのかさっぱり分からず、呆けた頭は脚の制御を手放した。

 

 

「う、うわああっ?!」

 

 

 自然、足は縺れ、体は宙に投げ出される。

 何回か地面をバウンドし、仰向けに背中を強打。肺の中の空気をいっぱいに吐き出し、僕は呻いた。

 あちらこちら、体の節々が痛い。心身双方へのあまりの衝撃に、全く力が入らず、そのまま空を見上げる。頭を打たなかったのは本当に幸いだ。

 

 

「‥‥よう、大丈夫か?」

 

 

 木々の葉に反射して美しい日光と、青空。白い雲。その視界にひょっこりと彼女の顔が現れる。

 遠目に見て、想像した通り。砂金のような髪の毛、湖の底のような瞳。でもどちらも、燃え上がる炎のような力が宿っている。

 ああ、深窓の御令嬢だなんてとんでもない。

 僕の剣に匹敵する得物を軽々と肩に担ぎ、彼女は僕に手を差し伸べた。

 

 

「オレはローディーヌだ。アンタは?」

 

「‥‥僕はイウェイン。ウリエン王の息子で、アーサー王の円卓の騎士だ」

 

 

 その手をつかみ、グッと力を込めて立ち上がる。

 やはり小柄で、華奢。でも大の男を軽々と引き上げて微動だにしない。

 勝気な口元がニヤリと歪み、そのまま握手を交わした。やはり握った掌はとても華奢で、いつまでも握っていられそうな、心地の良さだった。

 

 それが僕と彼女、ローディーヌとの初めての出会い。

 一生の付き合いになる二人は、まだこれから起こる何もかもを知らない。

 でも僕が、彼女が待ち望んでいた自分達の騎士譚はその時間違いなく始まりを告げた。

 それをしっかりと分かっていたのはただ一人。

 城の陰でこちらを見ながら、嬉しそうな、悲しそうな顔をした侍女。

 彼女ただ一人だった。

 

 

 

 

 


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