オレ、あるいは獅子の騎士   作:冬霞@ハーメルン

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円卓を真面目にやると、死ぬほど資料が必要知ってました。なので軽く、幕間の物語風に書いてみます!
目標はモーさんの可愛さを描写することです。
電波環境が劣悪な長期出張中で不定期な執筆、投稿になりますが、どうぞよろしくお願いします!


第0話 オレ、やがては獅子の騎士

 ―――なんて、無様。

 掠れた視界に映る光景に、引き攣るように自嘲する。これを望んでいたはずだったのに、どうしてこんなに酷い気分なのだろう。

 俯せに倒れた五体は骨が抜かれたようで。指先だってピクリとも動かせやしない。

そんなのは、もうどうでもいいことだった。

 この光景こそが己の望んだ終末で、このあと何がしたかったわけでもないのだと気がついたのはいつだったか。数多の騎士相手に、泥水の中で喋っているような気持ち悪さを堪えて弁舌を振るったときだったか。それとも、どくどくと魂の通貨が流れ落ちる、この傷を負ったときだったか。

 どうしようもなく終わっている自分が可笑しくて‥‥同じくらい、哀しかった。

 こんなガキの癇癪に色んなものを巻き込んで、色んなものを終わらせて。それを(よし)としている自分。なんて浅ましくて、なんて無様。

 でもそれが望みだったのだから。そして、それを果たしたのだから。

 結局のところ、この己の存在価値は、そういうものだったのだろう。

 

 

(冒険とか、竜退治とか、してみたかったなぁ‥‥)

 

 

 いや竜退治は今さっきしたばっかりだったか。退治しきれたわけじゃあないが、とせせら嗤う。

 思えば騎士に叙勲されてこの方、どうにも悪かった運命の巡り合わせが呪わしい。城の中で剣の稽古をしたり、やたらと弁の立つ同僚にからかわれたり、竪琴を爪弾きながらの恋愛談義に付き合わされたり、過酷で困難だが、ちっとも華やかでない戦に出たり。

 そういえばあの唐変木は己のこんな気持ちなんて知った風でなく、自らの冒険譚を聞かせてくれたものだった。今思えば、あの時の意趣返しはもう少しキツイお仕置きにするべきだったか。

 会わないとか離縁するとかじゃなくて、そう、アイツの方こそ湖の奥の城の中に閉じ込めてやったりとか。

 

 

(あるいは、例えば―――)

 

 

 一緒に連れて行ってもらったりとか。

 ‥‥それはとても、魅力的な空想(ユメ)だった。もしも本当の望みなんてモノが他にあったとしたら―――或いは其れだったのかもしれない。

 二人で轡を並べて旅し、冒険と浪漫を求めて宛てもなく進むのだ。神の導くまま、風の吹く先へ、雲の先の彼方へと。

 毒の息を吐く邪竜や、人を喰らう巨人を退治するのもいい。神が、主が、妖精が、魔術師が残した神秘も見てみたい。

 やがて親切な領主の城で一晩の宿を得て、その礼に美しく可憐な淑女の頼みを聞いて悪辣な騎士を倒す。あるいは道づれで挑戦者を求める勇敢な騎士と腕を競うのだ。

 

 

(―――そんな夜には、少しは、褒美をくれてやったって、いい)

 

 

 でも、それは只の空想(ユメ)。一度だって、そう望むことはなかった幻。

 先ずあの母が許しはしないか。いや、そうじゃない。つまるところ自分は母から言われたままに、母の思うがままに過ごしてしまって、今こうして此処で倒れ臥している。

 その自分がどうして、こんなことを夢見られるものか。ありもしなかった、あるはずのないifなんて考えるものじゃあない。

 

 

「―――だっつうのに、なぁ」

 

 

 屍が積み上がった、小高い丘。その丘のてっぺんから見える、這うようにこちらへ向かってくる一人の騎士の姿。

 朝焼けのように眩かった鎧はヒビ割れ、欠けて、赤茶けて。相棒の姿もなく、闇よりも昏い漆黒の剣を支えにゆっくりと。

 近くまで来れば―――嗚呼、なんて酷い。自分と同じ、もう助かるはずもない、死に体じゃあないか。嘗ては太陽の騎士と並び称され、讃えられた最高の騎士の一人が。

 

 

「モードレッド」

 

 

 今そっちで呼ぶかよ。まぁ、いいか。

 ちゃんと笑えただろうか。いつも通り、勝気に、強がって。

 グシャリと倒れ、並ぶように臥せた顔に浮かべた微笑み。あー、成る程ね。力が足りなくて、きっと己も同じような優しい微笑しか浮かべられなかったに違いない。

 こっちは腹に大穴空けられて、口を開くのも億劫なのに、そっちの方は随分と余裕じゃあないか。どうせ直ぐに死んじまうんだろうけれど。まぁ、地獄行きは自分の方が先か。

 

 

「酷いな、勝手に地獄行きにする、なんて」

 

 

 考えていることを勝手に読むんじゃあない。

 それにあれだ。この自分が地獄行きなのが確定なんだからさ、お前も一緒に来るのが当然なんだ。いっつもフラフラしやがって、最後ぐらいはしっかり付き合え。

 もっとも、そういえば此奴が身を落ち着ける気になってからは、今度は自分の方が騎士になって王城に上がってしまったんだっけか。似た者同士、どっちもどっちだな。

 

 

「それは、間違いないな。ああ、間違いない。あの時は本当に、すまなかった。約束するよ、今度は最後まで一緒さ。払暁の喇叭が喚んでも、夜の帳が降りても」

 

 

 歯の浮くようなセリフを言えなきゃ最高の騎士にはなれないのか。あの太陽の騎士も、荷馬車の騎士も、糸目の弓騎士も、此奴も。

 終ぞ自分には身につかなかった技術だ。どうにも言葉よりも剣の方が早くて便利で参る。そんなんだから‥‥いや、そっちは特に問題はなかったわけで。いや目の前の此奴の迷惑と不敬を考えれば、十分に問題ありだった。

 

 

「もう休みなさい、モードレッド。君は誰が止めたって走ることを止めなかったから、もう走れなくなった今は、ゆっくりとお休み」

 

 

 僕も休むよ。君のために。僕の冒険の幕は此処で閉じよう。

 そう言って頭を撫でて、それで最後の力を使い果たして、静かに目を閉じた。

 口は達者に回ったくせに、それで終わりか。満足そうに、先に逝きやがって、己についてきて、好き勝手暴れて、本当に自分勝手な奴。

 

 

「‥‥満足なんて、できるもんか」

 

 

 そうだった。

 子どもの癇癪で、此の(ざま)で。自分は結局こうして全てをメチャクチャにして、その先がなくて。それが自分の存在価値だった。

 けど本当にやりかったことは? 二人で過ごすことよりも、本当にやりたかったことは? この屍の丘の先に、本当にやりたかったことは?

 

 

「―――ああ、そうか。オレはただ」

 

 

 それでも己は、此の身を懸けて証明したかったんだ。

 それが本当の本当にやりたかったことなのかは分からないけれど。先ずは、あの人に―――

 

 

 

 

 

  

 

 

「どうしたのかな、友よ。盃が乾いていないじゃあないですか。まだ宴は中頃といったところだというのに」

 

 

 黄金と見まごうほどに磨き上げられた盃に満たされた葡萄酒を眺めていると、後ろから声が聞こえてきた。

 輝く金髪、誠実な笑顔。太陽のような大らかさ、優しさ、そして強さを持った無二の親友が肴を持ってきてくれたらしい。―――じゃがいもである。

 

 

「ガウェイン卿」

 

「おっと葡萄酒を呑まれていたか。ならば此方を。人参です」

 

「僕には色が違うだけの同じ物体に見えるのだが?」

 

「まさか! じゃがいもはスパイシーな仕上がりですが、こちらは少し甘く煮てあります。このガウェイン、野菜の扱いに関してはキャメロット随一。先ずは御賞味あれ、そして感想を」

 

 

 エールにはじゃがいも、葡萄酒には人参。飽きるほど聞き飽きた友の主張に従い賞味する。

 ‥‥うむ、悪くはない。悪くはないのだが友よ。ちょっと、その、飽きた。

 確かに野菜を食べないと身体に悪い。それはとてもよくわかる。かといって、こう、君の調理法は変わりばえがしない上に工夫の為所が解りづらく‥‥やっぱり端的に言って、せめて肉を持ってきて欲しかったかな!

 

 

「して、イウェイン卿。その無卿の理由や如何に? かくも賑やかな宴に、そのように仏頂面ではご婦人方にも失礼と思いませんか」

 

「君ほど愛想よく過ごすには、此の身は些か不器用でね。ともあれ言いたいことは分かる。しかし聞いてくれガウェイン卿、僕は今とても飢えてるんだ。断じて野菜にではなくて」

 

「ほう。酒も進まぬ、肉も喰らわぬ。となれば貴方が飢えているのは‥‥さしづめ冒険と言ったところですね」

 

「然り。流石は莫逆の友だ、僕の気持ちをよく分かっている」

 

 

 隣に腰かけたガウェインと盃を鳴らし、葡萄酒を干す。一人だと酒が進まないのは性分で、話し相手がいるならばそれなりに酔いも楽しめる。

 とはいえ今しがた彼に指摘された通り、どうにも宴自体は楽しみきれない自分がいた。

 キャメロットの大広間には今もたくさんの騎士と貴婦人、楽団や給仕がひしめきあっていて、それぞれ楽しげに時間を過ごしている。だがそれも珍しい光景ではない。となれば酒もそこまで奮わず、音楽にも興が乗らず、貴婦人に話す冒険譚もない自分が居心地悪く感じてしまうのは仕方がないのだろう。

 

 

「確かに、友よ、僕は父王の勧めに従ってキャメロットに来て良かったと思うよ。特に君と腕を競い合うのはとても楽しい。でも分かるだろう? 僕は王の側付きになりたくて来たわけじゃあないんだ。僕がキャメロットに求めるのは」

 

「冒険、と。そういうわけですね友よ。それは些か耳に痛い。貴方に気を遣わないわけではないが、確かにここのところ煌びやかな冒険譚が円卓には溢れていましたね」

 

 

 うん、と神妙に頷いた。ガウェインは悪くないが、どうにも嫉妬の心を抑えきれないのを見通されている。

 騎士と戦士は大きく違う。騎士は騎士道の体現者としてやらなければならないことが山ほどある。弱きを助け強きを挫き、民を安んじ、王をよく支え、貴婦人に愛と忠誠を誓うのだ。そういう騎士に憧れていたのに、今のところは只管に腕を磨き、戦に出て蛮族と泥臭く戦うだけ。これではつまらない。

 荒廃した大地。飢え渇く民。絶えず襲い来る蛮族。あちらこちらに出没する妖魔や魔獣。このブリテンの大地は正しく混沌(カオス)の渦の中にある。

 そんな中で騎士達の勇敢で美しい物語がどれほど民の心を慰撫することか。となれば憧れる者もたくさんいるし、此の身はそも騎士たるべく生まれたものである。多少の紆余曲折が、生まれる前にあったとしても。

 

 

「冒険ばかりが騎士道ではない―――と言っても聞いてはくれないでしょうね。円卓には数ある騎士の中で、貴方ほど“騎士らしさ”に拘る者はいない」

 

「それは褒め言葉ととっていいのかな。それとも最高の騎士の名を、実際に君やランスロット卿から奪い取れない僕の弱さを嘆くべきかな」

 

「まさか、貴方は真に最高の騎士の一人だとも。しかし確かに、あの慇懃無礼な湖の騎士ほど自然体とは見えませんね」

 

「元服前の子どもがやるみたいに、背伸びしていると?」

 

「さて、言葉にするのは難しい。―――そう、貴方はどこか我武者羅なところがある。普通の人とは違う生き方をしているように見えるんですよ」

 

 

 慧眼だな。心の中で親友に相槌を打つ。

 この時代、どんな男の子も当たり前のように騎士に憧れる。その冒険譚に、活躍に。しかし己がこれほどまでに騎士たらんと渇望するのは当たり前を超えた憧れがそこにあるからだった。

 

 

(僕にとっては、君の当たり前こそが夢のような宝物なんだ。そう言ったって理解してくれないだろうね、ガウェイン)

 

 

 いや、誰だって理解してくれるはずがない。

 己の、彼らの騎士譚が御伽噺のように伝わっている遼か未来から、我が身の内の魂がやって来たなんて。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 なにも、そう難しい話じゃあない。

 生まれた時のことは何も覚えていない。正確には、今も全てを思い出したわけじゃあない。

 例えば嘗ての自分の魂の持ち主がどんな名前をしていたとか、どんな人生を、どんな最期を遂げたかだとか。そういう情報は殆ど擦り切れてしまっていて分からない。

 朝起きて、外が暗かったらどうするか。まぁ当然ながら――それなりに裕福ならの話だが――ランプに火を灯す。でも此の手は最初、あるはずもないスイッチを探した。

 顔を洗いたければどうするか。ウリエン王の嫡子たる部屋には従者が用意してくれた水の盆があるが、普通は井戸に水を汲みに行くことだろう。でもそれが、最初はとても不便で厄介で、不可思議にしか思えなかった。

 万事が万事、こんな調子。あらゆることに違和感があり、それは次第に鮮明になっていった。そしてやがて気がついた。己の魂の由来に。

 ゆっくりと色んな知識が頭に浮かび上がってくる。もちろん子どもの頭にそんな難しいことが耐えられるわけがなく、あのときは三日三晩の間、高熱を出して生死を彷徨ったらしい。知恵熱で死にかけるなんて、後世には絶対に伝わって欲しくない騎士譚だ。

 前世、と言っていいのだろうか。殆どの個人情報(パーソナリティ)がなくて、個性(パーソナリティ)しか残っていない自分の現状がそれに当てはまるのかはよく分からない。

 とにかく僕、アーサー王の治めるキャメロットの名誉ある円卓の騎士一人、ウリエン王の嫡子たるサー・イウェインはどうやら、今から千年以上も未来の何処かに魂の由来を持つ、少し変わった人間らしい。

 

 ‥‥まぁ、だからといって。何か変わるわけでもなかった。

 王の嫡子というのは忙しくて不便で、自分の境遇を活かせるようなチャンスは中々に得られなかった。少しばかり未来の感性でもってズルをした部分はあっただろう。父の領土が、本来の歴史に比べれば少しばかり豊かになったかもしれない。

 父も母も喜んだ。我が子は聡明だと。お許しください、少しばかりズルをしただけなのです。あと、大して何もしておりません。

 真っ当で普通の人間である両親が不気味がるようなことも、政敵に害されることもない程度のズルだと言えば分かりやすいかもしれない。未来の感性、というのは我ながら良い表現だと思う。未来の知識、ではないのだから。

 ただ、未来の感性からすれば、この時代は不便以上に輝いていた。だから真っ先に、この時代の花形である騎士に憧れ、ここまで来た。まさか後世にも騎士の鑑、騎士王と名高いアーサー王の宮廷に招かれ、あの円卓に座ることを許されるとは思わなかったが‥‥。

 

 記憶というのは劣化するもので、そもそも個性ぐらいしか明確でない我が身では、ざっくばらんとした知識しか残っていない。残念なことにこの魂の前の持ち主はアーサー王伝説に詳しいというわけではなかったらしい。もしかしたら、イギリス人じゃなかったのかもしれない。

 アーサー王というのがブリテンの騎士王というのは分かっていた。ランスロット、ガウェイン、ギャラハッド、あとモードレッドなんて名前の騎士がいて大活躍したという覚えもある。けど、そのあたりが限界だった。

 ちょっと物語の最後も思い出せない。そもそも一貫して一つの本になっていたような気もしない。『世界の英雄列伝』みたいなものを読んだんじゃあないだろうか。たぶん最後はめでたしめでたし、で終わるありがちな物語だったんじゃあないだろうか。個人的には、是非ともそうあってほしいものだ。

 

 しかし最後はめでたしめでたしで終わるかもしれない物語だとしても、今のブリテンは正しく崖っぷちの様相を呈している。易いことなど何もない。困難ばかりで、だからこそ娯楽を、冒険を僕は求めているのかもしれない。

 娯楽に溢れた未来の世界ではきっと誰もそんなこと思わないのだろうが―――冒険の風が僕を呼んでいる。そうとしか思えないのだ。

 特にお目にかかりたいのは麗しい貴婦人だ。前にガレスちゃんが冒険の旅の話をしてくれたときに「この貴婦人のために戦って死ねたら、それはどんなに素晴らしいことだろう」と言っていた。それを聞いて、どんなに羨ましく感じたことか!

 そのあとハァハァし始めてガウェインに頭を冷やすと称した延髄斬りを喰らっていたが、あの瞬間のガレスちゃんは性別を超えて、騎士として輝いていた。そのあとは変態として輝いていた。

 変態といえば円卓の一人、嘆きのトリスタン。彼もまた愛を語ることにかけては―――ガレスちゃんのアレを愛と呼ぶかはさておいて―――右に出るものはいない。竪琴片手に謎の擬音を使いながら、よく愛について謳ってくれたものだ。

 

 僕も良い歳だ、そろそろ妻を娶るのも考えなければいけない。しかし前世の感性ではまだまだ遊び足らない。いや遊ぶつもりはないんだが、その前に先ず曇りなき愛を捧げたいと思うほどの貴婦人に出会いたい。

 ガウェインとか、こんな感じで誰彼構わずニコニコとしてるくせに身持ちが固い。で、最近すったもんだの末に美人の嫁さんをゲットした。とてもずるい。僕の見立てではトリスタンもそろそろ年貢の納め時で、彼は速やかに収穫をすることになるだろう。

 ランスロット卿も美人と見れば口説きにかかる腰の軽さのわりには浮いた話を聞かないが‥…? 最近どうにも彼の調子がおかしいのは親しい騎士なら誰しも気がついていることだ。漸く本気の相手を見つけたのか、はたまた女難の星が降りてきたか。

 

 ―――脱線が激しかったが、とにかく僕が言いたいのは、挑戦と奇跡、困難と、あと麗しい貴婦人を求めて冒険の旅に出たいということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――とはいえ、貴方の生き方は隣にいて心地いい。何も心配などしていませんよ、イウェイン」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいよガウェイン。しかし君の隣を長く独占しては奥方に睨まれそうだ」

 

「やめて下さい。‥‥やめて下さいね、大事なことなので二回言いました。その手の話は私と彼女の間だけで処理しなければ地獄の釜の蓋が開くのです」

 

「おっと失敬。僕も命は惜しい」

 

「君もいずれ所帯を持つ素晴らしさと哀しさ、光と闇を存分に味わうに違いないのですから、あまり他人をおちょくらないように」

 

「了解だ、親愛なる友よ。さて、奥方のことはともかく、それにしても君を独占するわけにはいかないな。どうだい、ここは我が修行に付き合ってくれないか?」

 

「良いでしょう。丁度ほら、御覧なさい。あれはカログレナント卿では。確か彼は」

 

「うん、我が従兄弟さ。未だ年若いが、中々に鍛え甲斐がある」

 

 

 ガウェインが顎を差しむける先を見れば、そこには一人の若者が戯けた様子で会衆に冒険譚を語ろうとしているところだった。

 茶色の髪を流行りに逆らって長く伸ばし、編み上げた彼はサー・カログレナント。すぐ下の従兄弟で、共にキャメロットにやって来た勇敢な騎士である。

 まぁ僕の見たところ勇敢と言うよりは無鉄砲。しかし性根が真っ直ぐで乱暴なところはなく、この未熟者を兄と呼んで慕ってくれていた。僕の方も悪い気はしなく、彼の稽古に付き合ったり遠乗りに出かけたりと、最も近しい親族だった。

 

 

「彼はこの前、短いながらも冒険に出かけたとか。話を聞きに行きましょうか」

 

「そうしよう。まったく、従兄弟に先を越されるとは」

 

「そう気にしてはいけない、友よ。もしかしたら彼が、君の冒険のヒントを持っているかもしれませんよ」

 

 

 冒険には、出たければ出ればいいというものではない。

 自らが臨むべき冒険というものがある。それはその時にならないと分からなくて、それが分からないから僕はこうして腐っていたというわけなのだ。

 盃に葡萄酒を注ぎ満たし、卓を立つ。他人の冒険の話が僕の役に立つとは到底思えないけれど、いつか冒険に出る時の一助にはなるかもしれない。

 手ずから作った、茹でた野菜の山を持って新たな生贄の下へと向かい始めたガウェインの後について僕が思うのは、とにかく自分が主役を張れる冒険の舞台。

 いつか僕を主題に吟遊詩人達が謳う、そんな冒険のことばかりなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ガレスちゃん「美しい御婦人のために戦って傷つくのは素晴らしいこと。傷は深い程イイ」
ガウェイン「我が妹は頭がおかしい」

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