逸見エリカの姉   作:イリス@

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最終話:悪戯好きで負けず嫌いな姉

 互いに本音を語り合った夜からの数日間はまたたく間に時が過ぎていった。

 編入当初は姉さんが何をしでかすかわからない不安、そして中盤は姉さんが黒森峰に来た目的への疑念から、常に姉さんを観察するような状態だったせいもあって、時間の経過が異常に長く感じていた。

 でも、あの夜姉さんと腹を割って会話した結果。

 西住隊長とあの子――みほとの過去という新たな悩みが生まれる誤算こそあったものの、気楽に構えられるようになったのが良かったんだと思う。

 口にこそ出していないものの、この数日間は昔姉さんと一緒に戦車道をやっていた頃を思い出して、時が経つのを忘れるぐらい心地よい気持ちで戦車に乗れた。

 最後の2日間の練習において重戦車の扱いにおける指導のため、姉さんをティーガーⅡに乗車させた時はそのことが特に強く感じられた。

 精神的に充実していた故か、姉妹揃って戦車道の調子も上向きで、最終日に行われた模擬戦においても、小梅率いる相手中隊に付け入る隙を与えることなく完勝することが出来たぐらいだ。

 私は各車両へ的確かつ迅速な指示を与えることが出来たし、砲手として搭乗した姉さんにいたっては雛芥子のパンターを有効射程ギリギリから一撃で撃破する活躍を見せるほどだった。

 模擬戦終了後に「なかなかやるじゃない」と褒めたところ、

「エリちゃんが後ろにいてくれたおかげだよ。凄く安心して撃てたの」

 と嬉しそうに微笑んでいたのを見て私もつい「姉さんのおかげよ」と口走ってしまい、皆に微笑ましい視線を向けられたことは今でも鮮明に覚えている。

 

 たった2週間とはいえ、人当たりも良く真面目に戦車道に取り組んでいた姉さんは多くの隊員に受け入れられていて、練習後に行われた直下主催の送別会に夕方の二次会、そして一部メンバーによる三次会という名の深夜の女子会は、私を含めた参加者全員が時が経つのも忘れて大いに盛り上がった。

 なにせ気づいた時には既に日が昇っていて、全員そのまま徹夜で姉さんを見送りに行ったくらいだ。

 

「また来てくださいね」

「今度はお姉さんの学園艦にも行ってみたいな」

「時間がある時でいいんだ。数学で難しい課題が出たら頼らせてくれ……」

 

 連絡船が出航する間際、小梅や直下、雛芥子たちが別れを惜しみ、姉さんに声をかけてくれた。

 

「あり……がとう……みんな……ほんとうにありがとう……」

 

 そんな皆の温かさに感極まったのか、いつしか姉さんの声は途切れ途切れになり、涙が頬を伝っていた。

 

「もう、大げさなんだから。金輪際の別れじゃないんだから泣かないの」

 

 泣き止まない姉さんを慰めるため、私は皆の前ということも気にせず思い切り抱きしめてあげた。

 「やっぱり、エリカさんは優しいですね」とか「仲良いなあ」なんて声が周りから聞こえてきたけど全て無視した。

 

「寂しくなったらいつでも来ていいから」

 

 耳元で囁くと姉さんは「絶対だよ、約束だよ」と念を押すように抱きついてきた。

 約束するわと返すと、安心したのか顔を拭っていつもの穏やかな表情に少しずつ戻っていった。

 

「絶対また来るからその時はよろしくね」

 

 私の体から手を離した姉さんは笑顔で連絡船に乗り込み、そのまま黒森峰を後にした。

 今にして思えば、もっと早く姉さんに正直に想いを伝えていれば、姉さんと過ごす時間はもっと多かった気はする。

 でも、過ぎてしまった時が戻らないのはあの子のことで充分に理解していた。

 だから、いつかになるかはわからないけど、次回はしっかり姉さんと一緒に過ごそう。

 そう心に固く誓いながら船が見えなくなるまで艦上から姉さんを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのはずなのに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリちゃん、おかえり。遅かったから心配したんだよ」

 

それからたった一週間後の土曜日。

寮に帰ってくると姉さんが何故か部屋の中にいた。

 

 

◇◇--------------------------------

 

 

 いつぞや目にした時と全く同じ状況が目の前に広がっていた。

 玄関で満面の笑みを浮かべ、これまた聞き覚えのある言葉を口にして私を出迎える姉さんの姿。

 そんな光景を目の当たりにして「いくらなんでも来るの早すぎるわよ」と思わず崩れ落ちそうになるのを必死に踏みとどまる。

 確かに寂しくなったらいつでも来ていいと言ったのは事実だ。

 でも、まさかあれだけ大泣きして別れた翌週に再びやって来るなんて予想できるはずがない。

 

「やだなあ、いくらなんでもそこまで節操無しじゃないよ。エリちゃん分はたっぷり補充したばっかりだし」

 

 『エリちゃん分』という言葉に若干の引っかかりは覚えたものの、朗らかに語る姉さんの様子を見るに、少なくとも心配をするような事態では無さそうなのがわかって少し安心する。

 しかし、それならわざわざ何をしに来たのだろうか。

 理由を問いかけると、姉さんは「届け物があったから持って来たの」と部屋の中央に置かれた見慣れない大きな箱を指さす。

 また勝手にこんな物持ち込んでと呆れてしまうが、姉さんはそんなこと気にも止めず、そのまま箱を開けて中から透明な小さい袋を取り出した。

 

「うちの学園艦で作ってる入浴剤セット。これはエリちゃんの分ね」

 

 渡された袋に目を向けると個別包装された入浴剤が5種類ほど入っているのがわかる。

 どうして学園艦で入浴剤を作っているのか疑問に思ったが、よく考えたら姉さんの学園艦は大分の有名な温泉街を母港の1つにしていたので、地元との強い結びつきから生まれた製品なんだろう。

 同じ九州の学園艦同士とはいえ、やはり、艦も変われば色々と事情も変わることを実感する。

 

「色々な人に本当に良くしてもらったからね、やっぱり直接お礼が渡したいなって思ったの」

 

 姉さんは「もしかしてダメだった?」と懇願するかのような目をこちらに向けてくる。

 わざわざ直接来なくても宅配便で送れば良かったじゃない、と言いかけた口を塞ぎ、「みんなきっと喜ぶわ」と言い換える。

 せっかく姉さんが感謝の意思を伝えたくて足を運んだのに水を差す必要はないし、小梅たちだって姉さんがわざわざ渡しに来てくれたと知れば嬉しいに違いない。

 

「そうそう、これは1枚だけだから代表してエリちゃんに渡しておくね」

 

 思い出したかのように別の箱から、よく金券やチケットが入っている白い封筒を取り出して手渡してくる。

 何かと思って封を開けてみると『艦内宿泊付戦車道特別観覧券』とシックなフォントで印字され、本物の金券にも引けを取らない本格的なデザインがあしらわれたチケットが入っていた。

 

「今度やる練習試合の招待券。特別席で試合を見られて、しかも当日うちに無料で宿泊できるからお得だよ」

 

 そういえば、送別会の時に近々練習試合をやるような話を聞いた気がする。

 しかし、練習試合でわざわざ特別観覧席どころか、来客の宿泊まで用意するなんて普通ではありえないことだ。

 姉さんが2週間も黒森峰に短期編入することを許可したことから薄々感じていたとはいえ、これを見ると学園艦として戦車道に相当力を入れたいのが実感として伝わってくる。

 

「黒森峰でエリちゃんや色々な人から学んだことを生かして精一杯頑張るから絶対見に来てね」

 

 姉さんは嬉しそうに微笑みながら、「人数は事前に教えてさえくれれば何人来てもらってもいいから遠慮しないでね」と付け加える。

 よほど来て欲しいのか、西住隊長を見ていた時以上に目がキラキラと輝いている。

 しょうがないわね、とチケットに表示されていた場所と日時を確認したところ、ある問題点に気づいてしまう、

 

 試合は土曜日の13時開始で会場は黒森峰の航路から少し距離がある場所だ。

 この時間までに到着するとなると昼までの練習を途中で抜けた上でヘリを飛ばさなればとても間に合いそうにない。

 

「……時間的にちょっと最初からは難しいかもしれないわ」

 

 短期編入者への指導結果を確認するため練習試合を視察すること自体については間違いなく理由も立つ。

 しかし、それが実の姉で試合を見るためにここまでしなければいけないとなると副隊長の立場にある人間としては少し難しい状況だ。

 姉さんがどのような試合をするのか興味は勿論あるけど、口うるさいOGに公私混同などと目を付けられて皆に迷惑がかかるような事態も可能な限り避けたい。

 

「大丈夫大丈夫。私のことはついでで、対戦相手の視察がメインってことにすれば大手を振って来られるよ」

 

 自信たっぷりに断言する姉さんの姿に私はどういうことなのかと頭を働かせた。

 対戦相手が理由になる、ということは少なくとも相手の学校は戦車道の強豪校ということなのだろう。

 確かに次の大会へ向けた強豪校の視察という理由も加われば姉さんの試合を見ることへの支障は無くなる。

 

「それなら行けなくはないと思うけど相手はどこなのよ? サンダース大付属あたり?」

 

 戦車道に力を入れ始めたばかりのチームから申し入れた練習試合を受けてくれるような強豪校は限られている。

 戦車道を再開したばかりの大洗は聖グロリアーナに受諾してもらえたみたいだけど、あれは向こうの隊長の方針が来るもの拒まずだった点と互いに母港が関東である点も大きかったと思う。

 それらを考慮した際に真っ先に頭に浮かんだのは、同じ九州を母港とする学園艦で隊長がスパイでもウェルカムな姿勢を掲げるサンダース大付属だった。

 あそこは黒森峰同様隊員の人数や車両の数も桁外れだし、控えメンバーへの経験を積ませることを考えれば、弱小校であっても試合を受けてくれる可能性は高い。

 

 

 

「ううん、サンダースじゃないよ。大洗女子学園」

 

 

 

 でも、そんな分析は姉さんの一言で木っ端みじんに砕かれた。

 

「……正気? 姉さん本気で頭大丈夫?」

 

 あまりの衝撃に思わず口汚い言葉が溢れ出てしまう。

 戦車道に力を入れ始めたばかりの新設校が全国大会優勝校である大洗と練習試合をする。

 とてもじゃないけど正気とは思えない行動だった。

 正直な話、足元にも及ばず蹴散らされる光景しか見えない。

 

「そう思われても仕方ないよね。私だって結構無茶してるなって思うし」

「だったらどうしてそんなこと決めたのよ?」

「話すと長くなるんだけど、うちの学園艦にも色々と事情があってね」

 

 溜息をついて姉さんはそこまでに至る事情について語り始めた。

 曰く、姉さんの学園艦は良いところが進学率と浴場施設だけで娯楽も少なくて退屈と在校生や受験生からかなり厳しい意見が多く、大洗ほどでは無いとはいえ、受験者数も実際に微減傾向にあるとのこと。

 そんな時、全国大会優勝を成し遂げ廃校を撤回させた『大洗の奇跡』で戦車道に注目が集まっていることを良いことに、戦車道チームに力を入れて学園艦の目玉にしてしまおうというのが、生徒会の決めた方針らしい。

 

「まあ、正確に言うと皆で応援するスポーツチームを作ろうみたいな感じかな。ほら、九州にもいっぱいサッカーチームが出来て地元の人が応援してるでしょ? あんな感じ」

 

 姉さんの話を聞くに、どうやら戦車道を強くすることで学校を有名にして生徒を集めるというよりも、学校に戦車道観戦という文化を定着させて娯楽不足の問題解決を主な目的にしているように思える。

 だとすれば大洗を最初の試合に選んだ理由もなんとなく理解できる。

 大洗女子学園の名前は一連の騒動を通じて全国に知れ渡っているから、もしそこの試合が見られるとなれば興味が湧いて試しに見に来る人も多い。

 おそらくそこで戦車道観戦のきっかけを作って後はそれを習慣づけるだけ、という目論見なのだろう。

 でも、それには大きな問題がある。

 

「大洗が来るその試合は間違いなく満員御礼でしょうね。でも、自分の学校が目の前でボコボコにされたら次はもう誰も見に来ないわよ」

 

 大洗はあくまで初戦の対戦相手に過ぎず、これから先も見続けるのは自分たちの学園のチームだ。

 善戦した結果の敗北ならまだしも、目の前で無残にやられていく光景を見せられたら応援する気が起きるとは思えない。

 

「確かに無謀かもしれないけど簡単に負けるつもりは無いよ? うちの戦車道チームは凄いんだよって学校の皆にちゃんとアピールして全国大会に出場できるぐらいのチームにしたいの」

 

 表情こそいつも通りの笑顔だけど私を見つける視線はとても真剣で、善戦どころか隙あらば勝利を目指しているのがありありと伝わってくる。

 

「それに私もエリちゃんと同じで相手が誰だろうと負けるの好きじゃないしね。最初から諦めるのはもっと嫌」

 

 姉さんの言う通り、例え遥か雲の上にいるような相手だからといって最初から諦めるなんて勝負以前の問題だ。

 上を見ることを止めてしまったらもうどこにも行くことなんて出来ない。

 

「覚悟しておきなさい。みほは姉さんが想像してるよりずっと強いわよ……悔しいけど今の私よりずっとね」

「うん、頑張る」

 

 ここまで覚悟が決まっているのならもはや私がアレコレ口を出す必要は無い。

 対戦相手が大洗であれば見に行く理由としてはお釣りが来るレベルだし、じっくりと観客席で試合を見させて貰う。

 大洗への対策を練るため、そして姉さんがどこまでやれるかをこの目で見守るために。

 

「それでね、エリちゃん。一つお願いがあるんだけど」

 

 先ほどまでの真剣な目はどこへ行ったのか、姉さんは訴えかけるように円らな瞳を向けてくる。

 

「あのね、連絡船の時間確認するの忘れてて……もう今日は帰れないから一晩泊めてくれない?」

「それぐらいどうして調べておかなかったのよ……」

 

 あまりに初歩的なミスについ溜息をついてしまう。

 学園艦の連絡船は現在の航路や相手先の位置によって日替わりで運行日時が変わることは入学した時からしつこく説明される基本的な問題だ。

 

「このタイミングで部屋にいたらエリちゃん驚くかなあって思ったら、いてもたってもいられなくて……つい」

 

 照れくさそうに答える姉さんにあきれ果ててしまう。

 まさかそんな理由で後先考えずここまで来るなんて思いもよらなかった。

 あの夜姉さんの話を聞いた時は姉さんの悪戯は私の気を引くための行為に過ぎないと思っていたけど、それは間違いだったかもしれない。

 

 

 たぶん姉さんは素で悪戯好きなだけだ。

 

 

「……しょうがないわね。一晩だけよ」

「ありがとう、エリちゃん! 久しぶりに一緒に寝ようね」

 

 打って変わってはしゃぐ姉さんを「図々しいわね、ただでさえ狭いんだから床で寝なさいよ」と一蹴する。

 姉さんは「寂しかったら甘えていいって言ったのに嘘つき」とふてくされていたけど、「なら試合見に行かないわよ」と睨みつけると諦めたのかいつもの姉さんに戻った。

 

 寂しがりやだったり、悪戯好きだったり、妙に子供っぽくなったりと困らされることも多い姉さんだけど、それでも私にとってはどこか憎めない大切な姉だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉さんには絶対言わないけど――

 今夜また一緒に過ごせることが内心とても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、エリちゃん。みほさんに会ったら昔のこと話しても……」

 

「絶対にダメ!」

 

 




短いですがこれで一旦完結です。
西住姉妹との絡みとか、合間合間の話とかは
書く余裕があれば投稿するつもりです。

投稿の度に見直しているつもりなのですが誤字・脱字が多く、
ご迷惑をおかけしてばかりで本当に申し訳ありませんでした。


皆様のおかげでここまで続けることができました。
本当にありがとうございました。


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