逸見エリカの姉   作:イリス@

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第3話:悪戯好きで妹が大好きな姉

 

「明後日からしばらく黒森峰に通うことになったからよろしくね」

 

 直下と雛芥子への説明を終え、疲労困憊で部屋に戻った私に追い討ちをかけるかのように、姉さんはとんでもないことを言い出した。

 

「……冗談でしょ?」

「もう、冗談なんかじゃないってば。この服見ればわかるでしょ?」

 

 身に着けた黒森峰の制服を嬉しそうに見せ付ける姉さんとは対象的に、私はこれから起こるであろう事態を想像して頭を抱えてしまう。

 私に双子の姉がいてそれが編入してきたなんてことになれば、噂は一瞬で学園中へ伝わってしまうことは間違いない。

 変な注目を浴びかねないのが嫌というのは勿論だけど、下手をすれば姉さんがあちらこちらで私のフリをしてうろつきかねない。そんなことを考えるだけで、さっきから悲鳴を上げていた私の胃がさらに痛みを増していくのがわかってしまう。

 こんなすぐにばれるなら、直下と雛芥子に口止め代わりのノンアルコールビールを差し出すんじゃなかった。

 

「そもそも何しに来るのよ。姉さんが黒森峰に通う理由なんてないでしょ」

 

 姉さんは九州を母港とする学園艦の中で随一の進学校に通っている。

 黒森峰も勉学に関しては力を入れている方ではあるけど、それでも向こうの学園艦に比べてしまうとわざわざこちらに編入してまで学びたい内容があるようには思えなかった。

 一瞬、悪戯のためかとも頭をちらつくものの、姉さんは悪戯好きな困った人ではあるけど、それだけのために短期編入してくるほど愚かな人じゃないと思い直す。

 

「エリちゃんはもちろん知ってるよね? 戦車道履修者の短期編入者制度」

「知らないわけないじゃない。副隊長だし、一応私が指導責任者なんだから」

 

 姉さんが言っている黒森峰の戦車道履修者向けの短期編入制度は二週間前に導入が決まったばかりの新しい試みで、表向きは提携校への支援及び戦車道の振興のために黒森峰の戦車道履修を希望する学生を期間限定で受け入れる、ということになっている。

 実際は「大洗の奇跡」の影響で戦車道に力を入れ始めた弱小校を取り込むことで、2年連続準優勝に終わり、強豪校としての威信が揺らいでいる黒森峰のイメージ回復及び高校戦車道界への影響力を維持することが生徒会やOG、西住流関係者の目論見らしい、と西住隊長がこっそり教えてくれた。

 私個人としては、ミーハーなノリで技量も根気も足りない子に来られても邪魔なだけでかえって黒森峰にとってマイナスなのではと心配したものの、隊長曰く、そういったことが無いよう、履修希望者には黒森峰の練習内容を周知して、中途半端な覚悟では来ないようにと念を押しているらしい。

 その甲斐あってか、有象無象の希望者が押し寄せることはなく、明日最初の編入者1名が手続きに来るということは今日の幹部打ち合わせで隊長から事前に説明があった。

 

「まさか姉さん……」

「ふふん、そうだよ。私がその記念すべき短期編入者第1号なんだ」

 

 「凄いでしょ」と胸を張る姉さんに私は空いた口が塞がらなかった。

 黒森峰に姉さんがやって来るというだけでも一大事なのに、よりにもよって戦車道の編入制度を利用してくるなんて想定外なんてレベルの話では無い。

 

「考え直したら? 勉強の息抜きで戦車道やってる姉さんがついていけるほど、うちの練習は甘くないのよ」

 

 笑みを絶やさない姉さんを窘めるように私は強い口調で告げる。

 確かに姉さんは小学校の頃までは私と同じチームで本格的に戦車道をやっていた。

 でも、進学した学園艦は戦車道に関してはまったくと言っていいほど話を聞かない無名校。

 戦車道自体は今でも続けているとは聞いていたものの、そのような環境で黒森峰の激しい練習に耐えられるほど厳しく戦車道に取り組んでいるとはとても思えなかった。

 

「もしかして心配してくれてるの?」

「勘違いしないで。中途半端な気持ちや実力で練習の邪魔になったら困るって言ってるの」

 

 つい、強い口調で言い切ってしまったが、別に姉さんのことを心配していない訳じゃない。

 わざわざ短期編入までしてきた姉が練習の厳しさで脱落してしまい、辛い想いをして帰ってしまうなんてことになれば、妹として良い気持ちがするものではない。

 だが、その程度で根を上げてしまうぐらいなら、早く帰ってもらった方がチームにとってのマイナスは少ないのも事実。

 薄情と思われるかもしれないが、副隊長としての立場上そちらのことを優先せざるをえない。

 

「心配してなくても大丈夫。エリちゃんが困るようなことにはならないから安心して」

 

 私の考えを見透かしたのか、姉さんは珍しく真面目な表情を見せると愛おしそうに私の髪を撫ぜる。

 姉さんは昔からこうしたスキンシップが好きで、人前でもお構いなしにベタベタしてくるのが日常茶飯事だった。

 恥ずかしいから止めてと手を掴むと、「はいはい」と言いながら私の手をそっと掴み返してきた。

 

「こう見えて結構ちゃんとやってるんだよ、うちの戦車道チーム。まあ、人数も戦車も少なくて他校と試合する機会も全然無いからしょうがないんだけどね」

 

 手を握りながらじっと私の目を見つめる姉さんの顔は真剣そのもので、中途半端な気持ちは感じられなかった。

 悪戯好きでどうしようもない姉さんだけど、こういった時に決して嘘をつかないのを私は知っている。

 その姉さんがそこまで真面目に言うのであれば、私にはその言葉を信じる他無かった。

 

「……笑い者にならない程度には頑張ってよね」

「もちろん」

 

 姉さんはいつもの笑みを浮かべると傍らに置いてあったビニール袋を掲げ、お腹空いたから何か食べる? いっぱいあるよと中から買いこんできたであろう食材を取り出す。

 ヴァイスヴルストやノンアルコールビールの缶、プレッツェルなどなど、私からすれば見慣れた味のものばかりだけど、他の学園艦から来た姉さんとしては珍しくてしょうがないのだろう。

 楽しそうに食材を選ぶ姉さんを見ていると実家にいるようでどこかほっとする。

 

「でも、どうしてわざわざ短期編入してまでうちに来たのよ? まさか悪戯がしたかったわけじゃないでしょうね?」

 

 姉さんから受け取ったノンアルコールビールの蓋を開けながらふと生じた疑問を口にした。

 話を聞く限り、向こうの学校でも戦車道に関してはそこそこ取り組んではいたはずなのに、わざわざ戦車道短期編入制度を使ったということは、黒森峰でしか出来ない何かを求めてのことであるとは思ったものの、それが何かというのは検討がつかなかった。

 

「色々と理由はあるんだけどね、やっぱり一番の理由は大洗連合と大学選抜の試合映像見たことかな」

「ああ、あれ。姉さんも見てたのね」

 

 大洗連合と大学選抜の試合は様々な事情から公式上は試合映像について非公開とされているが、何故か試合開始直後からあらゆるサイトで生放送が配信され、現在もあらゆる動画サイトでアップロードと削除が繰り返されているらしい。

 そのため、よほど電子機器に疎い人でなければすぐに見られてしまう試合動画の一つに過ぎない。

 

「エリちゃんのティーガーⅡを見て思ったんだ。エリちゃんは本当に凄くて、こんな凄い妹と私は戦車道をしてたんだなあって」

 

 あの試合、私がもっと頑張っていれば西住隊長とあの子がもう少し楽が出来たのではないかと今も悔しくて堪らない。

 でも、嬉しそうに私のことを語る姉さんの顔を見ていると、とてもそんなことは言えなかった。

 

「だからね、エリちゃんとちょっとの間でいいからまた一緒に戦車道したいなって……そう思ったの」

 

 今日一番の笑みで言い切る姉さんに私は照れくさくなって顔を背けた。

 姉さんはいつもこういう恥ずかしいこと――

 私をからかうためでもなんでもなく心の底から思っている本音を隠す気も無く、ストレートにぶつけてくる。 

 こういうところがあるから、多少の悪戯程度では嫌いになんてなれるはずがない。

 

「……それで、色々と言うからには他にも何かあるんでしょ理由?」

「え……それはその、ほら色々だよ、色々」

「いや、だからどういうことって聞いてるのよ」

 

 照れくささを誤魔化すために他の理由を聞き出そうとしたところ、姉さんは先ほどまでとは打って変わってあいまいな解答しか返してこない。

 理由の中に言い辛い内容のモノがあることは幼い頃からの付き合い故にすぐ理解した。

 確かに姉さんは嘘はつかないし、素直な気持ちをぶつけてくる人だけど、思っていることの全てを口に出すわけじゃない。

 言いたくないことや言うべきでないと判断したことに関してはなかなか口を割ろうとしない。

 そういう人だ。

 

「まあ、いいわ。こうなった姉さんが口を割らないのはわかってるし、追及しないでおいてあげるわよ」

「……ごめんね、エリちゃん」

 

 滅多に見ることの無い姉のしょんぼりとした顔を見るによほど言いたくないことだったのだろう。

 一体どんな理由なのかと気にはなったが、この様子だと口にしそうにはない。

 

「ふん、謝るくらいなら最初から話せばいいのよ。そうやって姉さんはしょっちゅう答えをはぐらかすんだから」

「エリちゃんだって思ったことすぐ口に出すのに一番大事なことは言ってくれないくせに。心配してくれてるなら、そうだって言ってくれればいいのに」

「……余計なお世話よ」

 

 姉さんの指摘どおり、私はそういう感情を表に出すのは苦手で今も実際に口に出していないことがある。

 

 黒森峰に姉さんが短期編入してくると聞いた時、最初に思ったのは双子だと知られて大騒ぎになることへの不安。次が練習の邪魔にならないか、そもそも姉さんは練習についていけるのかという心配。

 でも、ほんの少しだけ、久しぶりに姉さんと戦車道をすることに対する期待とも喜びとも分からない不思議な気持ちがあったのもまた事実だった。

 

 勿論、それを言葉にして姉さんに伝える気はまったく無い。

 

 こんな恥ずかしいことを口にするのは姉さんだけで充分だからだ。

 

 




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