スレイン法国の滅亡   作:西玉

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エンリ、強すぎました?
これぐらい強さは当然、ぐらいに思っていたのですが。


6 新しい秩序

 ゴブリン軍師がゴブリン王国の首都の位置を決め、王都の建設に取り掛かって二週間である。

 いまだ形にはなっていない。

 エンリの目には、東西を高い山脈に挟まれた、狭隘な盆地に見えた。

 北は開けた大地で、南側も荒廃した大地である。左右の山脈は高く太い木々が密集して生え、木材の供給源となっていただろうことがわかる。

 

 まず外敵に対する備えを施し、木材を集めて最低限必要な簡易施設を作り、王都の設計図を作成して作業方針を決めた。

 エンリ一行が到着したのはそんな段階だった。

 いずれ王宮が建築される予定の場所も、現在あるのはあばら家だ。カルネ村にいた方がよほどしっかりとした家で寝起きできるが、不平をいう者は誰もいない。

 カルネ村に残ることは、村の救世主であるアインズ・ウール・ゴウンに背を向けることになる。建国を指示したのは、カルネ村の救世主なのだ。それに、亜人の集団を維持するためには、カルネ村では狭すぎた。

 

 ゴブリン軍団の噂を聞きつけ、亜人の数は増え続けていた。

 エンリが途中で仲間にした500人強の集団はまだ規模が小さい方で、軍団として召喚された以外のゴブリンだけで、1万を越えていた。この数を維持するためには、本来は餌を求めて移動し続けていなければならず、カルネ村周囲のトブの大森林では、食料をほぼ取り切ってしまっていた。

 移動した先で食物を調達するにしても、半年ももたないだろう。その間に体制を整え、食糧問題だけでも解決する必要がある。

 

「食料は何とかなるでしょう」

 

 王宮の建築予定地のあばら家で、エンリはゴブリン軍師の講義を受けていた。国の運営、集団の維持、諸国の動静など、学ぶべきことが多すぎる。

 

「どうして? 半年の間に、なんとかなるの?」

「エンリ陛下が途中で仲間にした亜人たちに、生きた国民は食べるな、人間の死体は食べるな、と言われたのは正に至言です。我々亜人は、同族の死体を食べるのに禁忌を感じません。それに、攻めてきた人間の死体なら食料にしてもよろしいでしょうし」

「……攻めてくるの?」

 

 ゴブリン軍師は羽扇を優雅に動かしている。二人は低いテーブルを挟んで向かい合っていた。国の最高指導者と最高指揮官が向かい合っている時、邪魔をする者はいない。ンフィーレアやジュゲムですら、二人を見ると遠慮するぐらいだ。唯一の例外はネムだが、ネムはエンリの周りで遊んでいるので邪魔にはならない。

 

「攻めてくるように、仕向けるはずです。魔導国の御方は、そのために我らに国を作らせたのです。もし、攻めてこなくてもそれほど心配することはありません。運よく陛下がトロールを仲間にしました。トロールの肉は人間には不味いでしょうが、亜人にはそうでもありません。トロールは全身をひき肉にしても再生する種族です。陛下が命じれば、まず逆らうことはありません」

「……それは、最後の手段ね」

 

 するな、とは言えなかった。食べるものが無くなり、飢えてやせ細るゴブリンたちを想像してしまった。

 

「もちろんです。次に、法を定めるべきでしょう。雑多な種族が入り混じる国になりました。難しいルールを定めることは避けた方がいいでしょう。魔導国の法を模倣することも考えられますが、魔導国はアンデッドが治安を守りますから、同じようにはいきません。陛下のお考え次第ですが、どのような国にするべきでしょうか?」

「それを言えば、法律は……考えなくていいの?」

「文案はわたしが考えます」

 

 頼もしい言葉だ。しかし、エンリに国造りの根本を考えろというのは責任が重い。

 どうしたものかと悩んだが、真っ先に思いついたのは、死んだ父と母のことだった。カルネ村を襲った最初で最悪の悲劇の場面だ。あれがすべての始まりだった。

 

「……弱い人を守れるような、そんな国がいい」

「解りました。では、こうしましょう」

 

 ゴブリン軍師は紙とペンをとり、さらさらとしたためた。

 

 

 

 

 

 ゴブリン王国憲法 

 

 すべて国民は以下を与えるものとする。

 一つ エンリ国王の敵に死を

 一つ 弱き者に保護を

 一つ 弱き者を害する者に罰を

 

 

 

 

 

 ゴブリンとは思えない綺麗な字だった。エンリは字が読めなかった。

 

「……何て書いてあるの?」

「文字の勉強もした方がいいですね」

 

 ゴブリン軍師は苦笑しながら、自らが書いた文書を読み上げる。

 

「……うん。解りやすい」

「では、告示いたします」

「よろしく」

 

 ゴブリン軍師は、書きつけた紙を持って退出した。

 

(……本当にあれでいいのかな? よくわからないよ)

 

 泣きそうな気分だったが、泣くわけにはいかない。たぶん、いいのだろう。難しいことを言っても、解らない亜人もいるのだろう。

 ジュゲムたちを良く知るエンリは、亜人の知能が低いという印象こそが理解できなかった。だが、ゴブリン軍師がやることに、間違いはないのだろうと信じていた。

 

 

 

 

 

 一人になったエンリの元に、ンフィーレアが顔を出した。

 

「ンフィー、どうしたの? 研究は?」

「しばらくは休みかな。リィジーおばあちゃんは頑張っているけど、臭いが外に漏れるからね」

「そっか。早く研究を再開できるようにしないと、アインズ様にご迷惑がかかるね」

 

「そうかもしれない。でも、これだけのことができているんだから、いいんじゃないかな」

「……これだけのことって?」

「この街、だよ。ゴブリン後方支援隊、って、本当に優秀だよ。大工も鍛冶屋もいるから、カルネ村の人たちに教えて、カルネ村の人がゴブリンたちを指導して、凄い速さで街が作られているんだ」

 

「……そうなんだ」

「エンリ……陛下は、見ていないの?」

「陛下はやめてよ」

「うん。でも、部屋に閉じこもっていないで、外に出てみるといいよ。エンリを見ると、みんな元気になる」

「……うん」

 

 王都の建築現場に着いてから、エンリはあまり外に出なかった。ゴブリン軍師から色々と相談されることが多かったこともあるし、自分がトロールと殴り合いをして勝利したことがショックだったのもある。

 目の前のンフィーレアも、ゴブリンクレリックのコナーがいなければ危なかったのだ。危なくなった原因は、エンリがうっかり突き飛ばしたためである。

 

「行こうよ」

 

 ンフィーレアが手を取る。少しだけ腰が引けているのを、責めることはできない。

 

「わかった。行こう」

 

 エンリは久しぶりに外に出た。

 あばら家から出ると、想像していた以上の光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 その光景は、ゴブリン後方支援隊の能力の高さ、ゴブリンたちの働きのすさまじさを物語っているかのようだった。大工は一名しかいないが、その一名が人間やホブゴブリンなどの器用な種族たちの指揮をしているのだ。

 ほんの数週間で、しっかりとした木造の家が見渡す限り立ち並ぶようになった。

 

 エンリがいた場所を王宮へと決めたのが、理由のあることだとわかる。その場所は、王都と定められた土地を一望できるようになっている。

 自然な土地の隆起からいって、まるでエンリをたたえるかのような配置になっているのだ。

 

 しかも、人間たちの居住場所にはしっかりと配慮され、脆弱な人間を守るようにゴブリン部隊の精鋭たちが住む区域が定められていた。

 現在のゴブリン王国の内訳は、人間が100、ゴブリン軍団が5000強、野生ゴブリンが10000、トロールが10、オーガが50、ホブゴブリンが30までに膨れ上がっている。

 エンリが小屋から顔を出すと、親衛隊であるレッドキャップが数人、ごく自然に周囲を取り巻いた。

 

 レッドキャップは最精鋭であるがために、危険が予想される場所に派遣されるが、どこに行くかは必ずエンリに報告が入る。

 現在では、13人全員がエンリの護衛に着いているはずだ。

 この地を縄張りとしているモンスターも存在していたはずだが、エンリが到着する前にゴブリン軍団によって駆逐されたという。

 

「……わたしが、この国の王なんて……どうしよう」

「エンリなら、大丈夫だよ」

「無責任だよ、ンフィー」

「ご免。でも……誰も代れないんだ。アインズ様だって、そうおっしゃっていたんだろう?」

 

 それは、エンリとネムと三人で会話した時に言われたことだ。後日ンフィーレアにも話して聞かせた。アインズのことは二人の共通の話題だったから、何も隠すことはないと思っていた。

 

「そうだけど……またみんなの前で演説とか、するのかなぁ」

「仕方ないよ。でも、そんなに頻繁に演説するわけじゃないんじゃないかな。エ・ランテルの都市長は、普段ブヒブヒ言っているだけだしね」

 

 エ・ランテルの都市長パナソレイの噂は聞いたことがあった。現在では逃げだし、エ・ランテルそのものが魔導国の首都のような扱いになっているため、都市長という職そのものが存在していないはずだ。

 

「その話、本当なの? どっちかっていうと、いきなり国王より、都市長ぐらいの方がよかったのに……」

 

 辺りを見回しながら、エンリはゆっくりと移動する。確かに、外に出て正解だった。

 話に聞くより、人々も亜人たちも、活き活きしているのが実感としてわかる。

 みんな、ゴブリン王国に希望を感じている。

 自分で大丈夫なのだろうか。

 その思いは常に抱いていたが、エンリを王としたのは、誰あろうアインズ・ウール・ゴウンだ。ならば、やらなければならない。やるしかないのだ。

 

「ンフィー……」

「どうしたの?」

 

 相変わらず目が隠れるほど長い前髪の奥から、ンフィーレアがエンリを覗き見る。

 

「わたしが辛そうだったら、支えてね」

「もちろんだよ」

「見捨てて逃げたら、許さないから」

「うん」

 

 力強く頷いたンフィーレアだったが、エンリが握りこぶしを握って見せたとたん、顔色を蒼白にした。

 ンフィーレアは絶対に逃がさない。その思いだけは、エンリはしっかりと抱いていた。

 

 


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