ただ一つ、言い訳をさせてください。
面倒だ・・・忙しかったと‼
「魚雷を撃たれたそうですね。何か狙われた理由に心当たりは?」
「そんなものありません!」
桜井さんはかなりイラついている。それも当然だろう。
いきなり防衛軍の大尉を名乗る方が来たと思えば、昼の件について問い詰められている
のだから。
「君等は何か気づかなかったかい?」
俺と達也(深雪が直せと)に視線を向ける。大方雰囲気をやわらげるつもりなのだろう。
達兄ぃにと目で合図を合わせて、俺が言う事になった。
「目撃者を残さないために俺等を拉致しようとしたと考えるのが定石でしょうね」
「その理由は?」
「撃たれた魚雷は発泡魚雷、加えて通信妨害の併用」
説明の終了と同時に達也は深雪と桜井さんに発泡魚雷と併用の理由の説明をする。
「兵装を断定する根拠としてはいささか弱いのでは?」
再び達也に加えて叔母様ともアイコンタクトを取る。
「そんな簡単に兵装を断定するわけがないでしょう」
「ではその根拠は?」
「回答を拒否する」
「・・・・・・」
あっさりと回答を拒否されて目が点になる風間と言う名の大尉。
目が点になったのは桜井さんと深雪も同じだけど。
「根拠が必要~?」
「・・・いや、不要だ」
どうにも俺を持て余しているように見える。
「大尉さん、そろそろよろしいのではなくて?これ以上大尉さんの役に立てないと思いますよ」
ずっと沈黙を守っていた叔母様が、退屈そうな声で仰った。
それでいて抗いがたい声。そこに込められた明確な拒絶に風間大尉はすぐ気づいた。
「そうですな、ご協力感謝します」
風間大尉は立ち上がり敬礼して言い放った。
大尉さんの見送りには俺と達也と深雪が出ることになった。
表通りに車が止めてあって、兵隊が二人立っていた。
そのうちの一人が俺と達也の顔を見て目を見張った。
間違いない。昨日の夕方、遊歩道で絡んできたレフト・ブラッドの不良軍人だ。
「なるほど」
その兵の顔を見て風間大尉は訳知り顔で頷いた。
「ジョー達を殴り倒した少年たちとは君達だったのか」
深雪が反射的に身構えるが大尉さんの顔を見て力を抜いた。
「その年で裏当てを習得している少年と、高度な疑似瞬間移動を使う少年か・・・
二人とも恐るべき天分だな」
俺等の体を頭からつま先まで繁々と観察される。
「桧垣上等兵!」
怒鳴るような大声で名前を呼ばれて不良兵がビクッと体を震わせる。
強い視線を向けられ、風間大尉の前に走ってきた。
敬礼して固まった上等兵に、風間さんは一瞥くれる。
そして俺等に向き直り、頭を下げる。
「昨日は部下が失礼した。謝罪を申し上げたい」
「桧垣 ジョセフ上等兵であります!昨日は大変、失礼しました‼」
上等兵も大尉に続いて鯱張った顔で頭を下げる。
どうやら根まで悪い人ではないようだ。
先に達也が、
「謝罪を受け入れます」
と。俺の方はと言うと・・・
(これを理由に猿轡をかけて鼻の穴にからしをねじ込んでみるのも一興かな・・・)
などと考えていたら・・・
「おい、昼夜」
などと催促されたので、まぁ、そこまでやる気はないし、適当にでも返す。
「ん、あぁ。俺も別にいいですよ」
「ありがとうございます!」
と言うよりももともと達也の意見に口をはさむつもりなどなかったが。
上等兵を従えて大型車に向かった風間さんは三歩歩かぬうちに振り返った。
「司波達也君に白爪昼夜君だったか?
自分は現在、恩納基地で空挺魔法師部隊の教官を兼務している」
風間さんは時間があれば来てくれと言葉を残して、車に乗り込んでいった。
バカンス三日目の空はどんよりした雲に強風という、まさしく荒れ模様だった。
どうにも東方に熱帯低気圧が発生したようだ。
台風になることはないようだが、マリンスポーツは危険だろう。
「今日のご予定はどうします?」
「こんな日にショッピングもちょっと、ねぇ・・・」
チョコンと少女のように首をかしげる。ホントにお若い方だよな・・・。
「そうですね・・・琉球舞踊の観覧なんて如何でしょう?」
ディスプレイ公演の案内が表示される。
「よさそうですけど、これ女性限定みたいですね」
「そう・・・じゃあ、達也と昼夜は今日は好きにしていいわ」
俺の言葉に叔母様は仕方なくと声を発した。
その気になれば魔法でいくらでもごまかせるのだが。
「まぁ、せっかくだからあの大尉さんの言っていた基地にでも行くか」
「それはいいわね。もしかしたら訓練に参加させてもらえるかもしれないわ」
「・・・お母様、私もお兄様たちについていっていいですか?」
すると深雪が驚きの提案をした。
「ふ~ん・・・ええ、いいわよ」
いつも通り、叔母様と桜井さんはニヤニヤしているが、気にしたらきりがないだろう。
恩納基地に着くと、風間さん直属の部下が迎えに来てくれるようだ。
「防衛陸軍兵器開発部の真田です」
階級は中尉だそうで、それを聞いて達也が少し驚いていた。
「どうかしましたか?」
達也の驚く理由は間違いなく階級と所属についてだろう。
「いえ、士官の方にご案内していただけるとは思っていなかったので。
それに、空軍基地と聞いてましたので」
真田さんは口元を綻ばせた。少し態度に親密感が増した気がする。
「君は軍の事に詳しいんですね」
格闘技の先生が元陸軍と説明すればあっさりと納得した。
「空軍の基地に陸軍の士官がいるのは、本官の専門が少々特殊だからです。
案内を下士官に任せなかったのは・・・君たちに期待しているから、ですね」
要するに軍に引き抜ければいいなと、本当のこと知ったら驚くかな?
とは言え、少し警戒した方がいいか・・・。
しばらくすると開けた場所に出た。高さが大体五階建てのビルくらいか。
「風間大尉、司波達也君、白爪昼夜君が来てくれました」
声をかけられた風間さんは、こちらに振り向いて歩いてきた。
「早速来てくれたということは軍に興味を持っているということでいいのかな?」
「軍に興味はあります。ですが、軍人になるかは決めてません」
同じく、と頷く。と言っても立場考えると普通に軍人にはなれそうにないが。
「私は兄たちの付き添いです」
流石に深雪は訓練に参加するのはきついだろう。
「まぁ、そうでしょうな。まだ中学生でしたか?」
分かりやすいほどに掌返しありがとうございます。
そこからの質問に無難に答える。
見てみると、桧垣上等兵が魔法を駆使して訓練をしていた。
「君も参加してみるかい?」
「いえ、魔法は自分より昼夜の方が圧倒的に得意ですし」
「おい達也、あんまり褒めるなって・・・」
「あの、どうして兄が魔法師と分かったのですか?」
深雪が疑問に思ったのだろう。達也は今のところ魔法を見せていないから。
「そうですな・・・勘ですかな。何百もの魔法師を見ていると自然に、
魔法師か否か、強いか否かが雰囲気でわかるのです」
「そ、そうですか・・・」
風間さんの視線が俺に向いたのと、深雪の反応で嫌な予感がした。
「ところで、なぜそのような質問を?」
矢張り来た。少し踏み込み過ぎた質問だったのだろう。
深雪も答えあぐねている。
「深雪は魔法が苦手な達也の事を気にかけてるんです。
風間さん、深雪は大人の男性との会話になれてないのでお手柔らかにお願いします」
「・・・それは失礼しました。いい妹さんですな」
「はい、自慢の妹です」
達也が答えてこの話は終わった。
少し違和感が残ったようだが、とりあえずは誤魔化せたようだ。
「見ているだけではつまらないだろう?達也君も組手に参加してみてはどうかね?」
風間さんも深雪が退屈そうにしているのを感じたようだ。
それを考慮すると達也が断る理由はない。達也は組手に交じっていった。
「これは・・・達也無双だね。ゲーム一本出来るんじゃないかな」
「昼夜ったら何言ってるの。まぁ、否定はしないけど」
「ふむ・・・ここまでとは・・・」
言葉通り、桧垣や国体出場経験ありの奴も、達也には敵わなかった。
当の達也はその軍人に囲まれて人気者だ。
「昼夜君はやらないのかな?」
「いや~、俺は体術は型ばっかりなので・・・もっと頻繁に魔法を使えるなら」
「それならあの訓練はどうかな?」
ついていった場所では、十人の軍人が魔法で戦っていた。
「この訓練に味方はいない。自分以外は全員敵だ。どうだい?」
「そうですね、ぜひ参加させてもらいます」
俺は演習場に入り、軍人の方々に挨拶をした。
余談だが、達也と深雪も見ている。つまり、恥をかくことはできない。
審判は真田さんがするらしい。
「それでは・・・始め‼」
その合図とともに軍人全員が魔法を発動する・・・はずだった。
「これは・・・!」「魔法が発動しない!」「領域干渉か⁉」
「いや、このノイズは・・・!」
それらすべての魔法は俺の発動したキャストジャミングによって妨害された。
そしてそのすぐ後、俺のドライブリザードが完成し軍人たちを襲った。
一人ずつ、膝を折って倒れていった。
「そ、そこまで」
それを合図に魔法を停止し、全員立ち上がってから礼をして演習室から出た。
「いったい何をなさったのですかな・・・?」
風間さんが恐る恐る聞いてくる。
「風間さんほどの方なら聞かなくても分かるでしょうが・・・
キャストジャミングを発動してドライブリザードを発動しました」
「しかし、アンティナイトを所持しているのですか?」
「いえ、完全に魔法式で組み立てました」
「「「・・・・・・」」」
達也と俺以外が沈黙する。その沈黙を破ったのは、やはり風間さんだった。
「失礼ですが承知で質問を、昼夜君、君は何者かね?」
恐らく達也無双などで溜まっていた疑問が爆発したのだろう。
達也に目を合わせると、『ここらで名を売ってもいいんじゃないか』、
とアイコンタクトが返ってきた。
「では、俺は四葉昼夜。四葉家現当主、四葉真夜の息子です」
ここで初めて、俺は親戚以外に本当の名前を名乗った。