軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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第三話 謙信の化身
その①


 審判の少女が、無線機を通して告げた。

 

『聖グロリアーナ女学院。大洗女子学園。両校は所定の開始位置に移動して下さい』

 

 これを聞き受けた後、試合に参加する全戦車が移動を開始する。大洗女子学園五台、聖グロリアーナ女学院五台の計十台である。

 先ずは大洗の市街地を突き進んだ。街の一部は今回の試合で戦闘区域に指定されているため、みほはキューポラから上半身を出しよくよく自分の目に焼き付ける。作戦ではここでの戦闘も想定しているが、地図上でしかみほは確認していなかったのだ。しっかりと直接確かめたかった。

 

 市街地を抜ければ所定の開始位置に当たる丘陵地である。北に砂地が広がり、聖グロリアーナ女学院は東へ、大洗女子学園は西へそれぞれ戦車を進めた。

 両校が開始位置に到着すれば、審判がルールの説明を行う。練習試合の形式はフラッグ戦ではなく殲滅戦が適用され、このルールは殲滅の名の通り敵の全車輌を撃破すれば勝利というものであった。フラッグ戦であれば、決められた一輌を撃破すれば勝利だが、こちらは全滅させる必要がある。素人ばかりの大洗にはことさら厳しい戦いになりそうであったが、みほは、

 

(面白い戦いになりそうだわ!)

 

 と、胸の内で気勢をあげていた。

 ルール確認が終わればいよいよである。雲も見えない青一色の空に、一筋の線が昇った。あれこそが試合開始の合図である照明弾に他ならない。昇りきったところで甚だ強き輝きを発した。

 

『試合開始!』

 

 審判の口頭での合図が無線機を通して響き、よし来たとばかりにみほが声をあげた。

 

「戦車を進めい!」

 

 五台の戦車が前進を開始する。一見すれば丁寧に隊列が整っている様に見えるが、細かいところを見ていれば、ズレは大きい。けれども、始めて一週間も経っていないことを考えれば、十二分のモノである。

 戦車を前進させていると、やがてみほが喉に当てているマイクを使い履修生たちへ、

 

「敵の戦車は甚だ装甲厚く、75mm砲をもって鼻先にまで近寄らねば我らが攻撃は通用せず、誰が見ようと我らの敗北を予想するでしょう。いかさまその通りでありますが、どうしてかな、私は負ける気が致しません。先日は勝敗を気にするなと申し上げましたが、どうせなら勝とうではありませんか。各々が自分を信じ、力を出し尽くせばいかに状況不利と言えども、天は我らに微笑むことと思います。敵の隊長ダージリンなる者は一廉の人物であり、その旗下の者どもも尋常ならざる勇士揃いではありますが、各々方の力は彼女らに劣るモノではなく、討ち破るに十分であると申し上げておきましょう」

 

 と、言った。

 それからも五台の戦車は意気揚々と大地を踏み締めて目的地を目指していく。途中でⅣ号戦車以外の四台の戦車を停止させた後、Ⅳ号戦車のみ更に突き進むと、みほは小高い砂山がある手前で戦車を停止させた。

 

「少し様子を見てこよう」

 

 と、みほは優花里を引き連れて自ら斥候に出た。身体を伏せて、双眼鏡を覗いた先に見えるのは、寸分の乱れなく横列を組んで前進する聖グロリアーナの戦車群であった。チャーチルを中央に配置し、左右にマチルダⅡを展開させている。イギリスの歩兵戦車を中心とした編制だった。チャーチルこそが隊長ダージリンの搭乗戦車であることは間違いない。

 周囲を探索、威圧しながら堂々と、さりとて濛々と立つ砂煙の中にあって優雅、気品すら感じさせながら進む姿にみほは笑った。ダージリンの姿をそこに見たのだった。

 

(物々しくも美しいわ。見事だ。見事だ。それでこそ潰し甲斐があるというもの)

 

 舌を巻いたかと思えば勇み立ち気力を満ちさせ、優花里と一緒にⅣ号戦車まで帰って来ると軽やかに乗り込み、

 

「では、作戦通り参りましょう。Ⅳ号戦車はこれよりやんごとなき方々を迎えに行って参りますので、みなは事前に取り決めた位置で待機をお願い致します」

 

 その場から戦車を後退させ始めた。Ⅳ号戦車は麻子の操縦の下でエンジン音をなるべく響かせずに粛々と後退して行き、しまいには四台の戦車を追い抜いて行った。

 Ⅳ号戦車がこれより向かう先は、聖グロリアーナ女学院の下である。進軍する敵の進路上に先回りし、一当てしてより注意を引きつけ、誘い込むのがⅣ号戦車の最初の役割であった。囮作戦である。

 みほは、この作戦が成功すればこちらには被害が一台あるものの、敵の被害は最高で二台、最悪一台は確実なものと計算していた。自分は戦いに負ける筈がないと自信しているが、被害なく勝てるなどと幻想は抱いていなかった。負けはしないがこちらも全滅近い被害があるだろうと想定していた。

 

 やがてⅣ号戦車は五台の敵戦車の姿を捉えた。みほはⅣ号戦車を停止させ、優花里に砲弾の装填準備を、華に砲撃の準備をするよう命じた。無人の砂地を無駄なく整然と進み行く聖グロリアーナ勢は、未だⅣ号戦車の砲口が自分たちに向けられていることに気付いていない。

 

「西住殿、砲弾の装填が完了しました」

 

 ハッチより顔を出した優花里が告げれば、みほは腕を振り上げて、やや強くそよぎ始めた朝風を切り裂くように、勢いよく振り下ろした。

 

「撃てい!」

 

 指示を受けて狙いつけておいた砲弾を、華が発射した。天地も崩れ去るのではなかろうかとばかりの大音響がすると、遙か先の聖グロリアーナ勢が駆ける足元近くを抉り取った。

 

「外したっ!?」

 

 しまった、と華が絶叫した。

 だが外しはしたものの失敗ではない。これは敵に存在を気付かせ引きつけることが重要なので、肩まで広がった白頭巾と陣羽織を朝風にたなびかせるみほの姿を捉えて、敵がこちらに進路を変更して来たのを見る限りでは成功である。

 悠然としながらもワッと威勢よく押し寄せて来る敵を認めたみほは、操縦手の麻子に反転を指示し撤退を開始した。

 追撃して来る敵は、逃がしてはなるものかと一斉に火を噴き、凄まじい響きを炸裂させた。砲弾は一発も当たらない。逃げるⅣ号戦車に向けて、次こそはと聖グロリアーナ勢が再び主砲を撃ち込むも、障害物を巧みに利用する麻子の操縦の前に、岩を粉砕し砂煙を上げるだけに止まった。

 

「みほっ! 危ないよっ!」

 

 思わずと言った具合でハッチを開き叫んだ沙織の表情は青ざめ、額には小さな玉となっている汗が浮いていた。先ほどⅣ号戦車を狙っていたチャーチルの主砲が、あわやみほの身体を的とするところであったのだ。戦車の主砲を生身で受ければ、勿論死を免れることはできない。もう少しで友人が死んでいたと思うと、沙織は瞳より大粒の涙も流そうものであった。

 しかしみほは聞いているのかいないのか、沙織に優しく微笑むだけであった。これには滅多に怒ることはない沙織であっても、胸の内に沸々と怒りが込み上げてくるのを実感した。こちらは心配をしているのに、と青ざめた肌をカッと赤くする。感情益々激しさを益し、何か言わねばと睨むような目つきでみほを見つめて、怒鳴るように言った。

 

「危ないって言ってるでしょ!? 早く中にはいっ……えっ?」

 

 けれど、最後まで激したまま言い切ることはできなかった。

 何故か。この時、沙織は見たのである。みほの身体から黒いモヤモヤが立ち上るや、それがみほの身体を霧のようにおし包んだ時、みほはみほではなくなっていた。そこにいたのは一人の男性であった。みほと同じ白絹の頭巾で頭と顔を包み、具足を身に纏い、顎にぎっしりと濃い髭を蓄えた男性が、みほと同じ微笑みを沙織に送っていたのだ。

 瞬きをした直後には、まるで幻覚であったようにみほの姿へと戻っていたが、確かに沙織は見たのであった。

 みほが微笑みのままで言った。

 

「敵の腕前は目を見張るモノがあるけど、行進間射撃……ああ、これは走りながら撃つことなんだけど、そうそう当たることはないんだよ。そもそも私には絶対に当たらないから大丈夫。当たらない。絶対に当たらないよ」

 

 普段であればみほがおかしなことを言っている、と呆れて一笑いするところであったが、今の沙織にはどうしてか根拠のない戯言のようなみほの言葉を信じることができた。理屈ではなく、ああこの人には当たらないんだろうな、と思わされるのである。

 

「沙織さんこそ危ないから、中に入って」

 

 みほにそう言われ、沙織は素直に従ってハッチを閉じた。

 

「当たろう筈もあるまい。私に当たるわけがないのだ」

 

 呟いた。これは戦車の中へ戻った沙織に言ったというより、自分に言い聞かせているようであった。

 こんな話がある。みほの母であるしほは、その昔に若僧が出て来る夢を見た。その若僧、驚くことに上杉謙信その人であったという。戦国の世で越後を治めた大名として活躍し、合戦すること七十を数え、その勝率は圧巻の九十五%であり、越後の龍、聖将、軍神と恐れられた古の英傑の一人である。その上杉謙信がしほの胎を貸してほしいと夢に現れ、承諾した結果身籠り、産まれたのがみほという話だ。

 この話を聞いた時にみほは、

 

「私は上杉謙信の生まれ変わりに違いない」

 

 と、思うようになったという。幼い頃より、しほに命じられるまま信仰していた毘沙門天に惹かれていたのも、自分が上杉謙信その人であったからだと納得したのだ。謙信は毘沙門天の熱烈な信仰者であった。これはしほ自身もはっきりと口にしたわけではないが、みほが謙信の生まれ変わりだと頭のどこかでは信じているであろうことも拍車をかけている。

 つまり、飛んで来る砲弾に自分は当たらないと理屈も根拠もなく思っているのも、

 

「上杉謙信に矢や鉄砲の弾が当たらないのなら、生まれ変わりである私にも当たるわけがない」

 

 という考えに基づいてのモノであった。

 であるから、今も付近を飛来するチャーチル、マチルダⅡの砲弾や、その砲弾により砕けて頭上から降り注ぐ岩などにも恐れを抱かずに上半身をキューポラより戦車の外へと出しているのである。

 みほは前方と後方に視線を送り、目的地までの距離と敵勢との距離を確かめつつ、無線で大洗勢に到着予測時間を伝えた。

 そして砲弾の雨を浴びながら目的地へ退却すること数分、Ⅳ号戦車は聖グロリアーナ勢を連れて目的地に出て来た。直進していたⅣ号戦車は右へと曲がり、

 

「38t! 八九式! 撃て!」

 

 みほが命じると、高所より見下ろすようにⅣ号戦車を待っていた二台が砲撃を開始した。38t、八九式中戦車の主砲が幾度か火を噴いた時、Ⅳ号戦車を追ってマチルダⅡが、砲撃をものともせずに二台飛び出して来た。

 ここだ、とみほは次の合図を下した。

 

「Ⅲ号! M3! 敵の横っ腹に撃てい!」

 

 Ⅲ号突撃砲、M3中戦車リーの砲音が高らかに鳴った。

 


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