軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その②

 大洗女子学園体育館脇に建てられた講堂の地下には、合宿施設が存在していた。体育会系の部活のためと用意されているここは、現在戦車道履修者の貸し切りとなっている。学園ではその影響力計り知れない生徒会が力を発揮し、この時間、戦車道履修者が利用できるようにしたのだ。

 

 大浴場があるため、この生徒会の行為には感謝の雨が降った。みほも例外ではなく素直に喜びを示し、シャワーで身体の表面の汚れを洗い流すと、風呂にゆったりとつかって今日を振り返っていた。

 

「才能とはあるところにはあるものだ」

 

 と、みほは呟いた。

 操縦手以外にもみほは驚かされてばかりだった。通信手と装填手は実戦でもやらない限り何とも言えるものではなかったが、車長、砲手には目を見張った。砲手は五十鈴華が際立っていたし、車長だと、澤梓という一年生は原石だ。磨けば磨くほど輝きを見せる事だろう。そして澤梓という原石を磨き上げる役目を担うのは、自分を置いて他にはいないのだと思った。これから常と傍に侍らせておこうかと考えたぐらいだ。

 

 驚かされたと言えば、河嶋桃もそうであった。あれもある意味では才能なのだろうか。人とは掛け離れた能力を持つと定義すれば、才能があると言えるだろう。

 当たらないのである。斜め上、あるいは明後日の方向に砲弾が反れるのだ。撃つ時に異常な興奮をしていることを差し引いても酷い。あれでは味方を砲撃する危険性がある。冗談にもならない話だ。桃には悪いと思ったが、杏と交代してもらったことは間違った判断ではない。幸い砲手が壊滅的なだけであって、他は大丈夫そうだった。

 

 才能があるのは彼女たちだけではない。大なり小なり、皆持ち合わせていた。

 

(恵まれている)

 

 周りに優れた人材が多く集まったことがである。

 

(ここまで恵まれておれば万が一はあるまい。いよいよもって、並み居る高校を悉く討ち果たし、優勝旗を大洗の地に掲げることに手間暇はいらんかろう)

 

 心の底からそう思った。狼の群れを龍が率いるのである。如何なる猛者が相手でも恐るるに足らなかった。唯一警戒が必要だとしている姉のまほにも彼女たちとなら絶対に勝利をモノにできると確信を抱いた。

 

 前祝に宴でもやって酒を酌み交わしたいなどと考えていたその時、広々としていたみほの周囲にわっと人が集まった。沙織、華、優花里、麻子の四人がぞろぞろとやって来たのである。

 それぞれ失礼しますと言ってから湯船に上半身をゆだねた。

 

「みほっ! 戦車道って凄いね!」

 

 興奮さめやらぬ状態で第一声を切り出したのは沙織だった。当初は欠片も興味を抱いていなかったのに、今では戦車道の虜となっている。みほは調子のいいことだと苦笑したが、沙織らしいと思ってやっぱり苦笑した。

 

 大げさに身振り手振りを入れて、沙織は砲撃音で心臓がバクバクと鳴っただの、座ってたらガタガタと振動でお尻が痛いだの、初体験特有の感想を力みながら語った。

 みほは話を聞いて自分の初体験を思い起こしてみたが、特に沙織が抱くような感想はなかったので共感することはできなかった。

 

「ほんと、告白されるより凄かったかも!」

 

 と、沙織が締めると、

 

「お前は告白なんてされたことないだろう……したり顔で何を言ってるんだ?」

 

 麻子がニヤニヤと揶揄う。二人は幼年の頃よりの付き合いがあり、幼馴染の関係と称されるもので、お互い遠慮がない。まあ、麻子は大概誰に対しても遠慮はないのだが。

 

「されたことあるわよ! 馬鹿にしないでよね! …………………………お父さんに、電話でいつも言われてるもん。大好きだよって」

 

 と、ぷくぷくと水泡を作りながら苦し紛れに沙織が反論した。

 一同はドッと腹を抱えて笑った。

 苦しい苦しいと笑い終えると、今度は自分がとばかりに華が感想を述べる。

 

「私は砲弾を放った時、ぞわぞわっと背筋に走る快感を忘れられません。今でも感覚が残っています。何だか、強い自分に生まれ変われそうで」

 

 話をしている内に思い出したのだろう。

 うっとりとしなだれるように女の色香を華が纏う。華は華道の家元の娘でやんごとなき育ちであるから、高貴な雰囲気もまじりあって同性でも心動かされること甚だしかった。沙織や優花里も吞まれそうになり、みほも少しばかり我を忘れかけたが、途端にはっと気がついたけれど言葉が出なかった。

 

「エロいぞ、お前」

 

 一人動じなかった麻子が言うと、華は恥ずかしそうに口元を押さえた。そしてみほたちの何とも言えない視線に気づくと、おずおずと身体を縮こめる。

 そんな華の反応にみほたちもカッと羞恥が襲ってきて、黙り込むことになった。

 予期せぬ静寂が訪れると、間もなく優花里がしずしずと言った。

 

「今日はとても充実した日でした」

 

 優花里としてはこんな日を自分が味わうことになるとは思ってもみなかった。戦車戦車で親しい者は血の繋がりがある両親だけ、その両親の愛の深さを思えば不満など抱こう筈もなかったが、それでも寂しかったのはまぎれもない事実だ。一人でも二人でも気の合う友人が欲しかった。戦車道とてやってみたくとも環境上断念するしかなかった。

 

 それが今日一日でひっくり返ったのだ。やってみたかった戦車道を始めることに成功したし、その戦車道を通して友人ができた。ことさら、できた友人の一人は憧れの尊貴な人だ。夢心地である。

 

「戦車道を始めることが叶って、皆さまとお会いすることができて、私は、私は感無量であります」

 

 優花里はきらきらとよく光る双眸で、みほ、沙織、華、麻子の顔を順に捉えた。胸がせまって涙声になっていた。

 こうなってくると先ほどの羞恥もどこへやら、みほも感動に心を動かされた。

 こちらこそ、再び戦車道を始めた地でそなたのような心根の美しいものに出会えて、言葉が出ないほどに感無量である、と言いたい。

 

「私たちも、優花里さんにお会いできて僥倖です」

 

 華の言葉は、ここにいる全員の心中であった。

 

 

 

 

 

 

 

 大浴場の風呂につかりゆるりと疲労を落としたみほは、寮へと戻らずに合宿施設の一部屋にその姿を置いていた。今日は疲れをとればそのまま解散という形であったから、みほも沙織たちと一緒に帰路につく予定であったが、そこに待ったと生徒会がみほの肩を掴んで来たのだ。ちょっとばかし話があるとのことで、沙織たちを先に帰らせておいてから、生徒会に部屋へと導かれたのである。

 

 柚子が用意した茶を、まるで酒を呷るように飲み干した。

 これを二杯、三杯。茶請けの干し芋に手を伸ばして、口の中にねっとり残った甘さを四杯目で胃に流し込んだ。

 そして五杯目には口をつけずに器を机に置いた。

 

「一体いかが為されたのです?」

 

 今度は何の用かとみほがいぶかしんでいると、杏は提案があるのだと語った。戦車道において物事を決める権限は生徒会ではなくみほにあるからこその提案である。

 なるほどと、みほは姿勢を改めた。

 

「伺いましょう」

 

「うん。今度の日曜日に、他校と練習試合をしないか、と思ってね」

 

 杏の語るところはこうだ。

 履修初日で初心者とは思えないほど才能を発揮する履修生たちに、同じく初心者ながらに驚かされた。このまま大会まで訓練を繰り返していけば相当なモノになるのは明白であるが、一度も実戦を経験しないのは心もとない。実戦を通して学ぶべきこともある。別にみほを信用していないわけではないが、でもやれることはきちんとやっておかないと、大洗には後がないのだ。少しの妥協も許すことはできない。故に実戦形式の練習試合をどこかの高校と行い、更なる力を身につけるべきではないか。

 

 これが杏の提案であった。

 

 この提案は大いに的を射たものだった。確かに杏の言う通りで、実戦の空気を知っているのと知らないのではまったく心構えが違う。練習試合とはいえ経験すれば大いに効果的なのは相違ないことだ。

 みほはほんのり赤く火照った顔に稲妻を受けたような衝撃が走った。正直な話、履修生たちの才能ばかりに目が行って、杏が言うようなことにまで気を働かせていなかったのだ。不覚をとっていたことを自覚すると同時に、杏の評価が上がった。

 

 思えば黒森峰にいた頃は、参謀や軍師のような立ち位置の人はいなかった。武辺者揃いで猛将と呼べる類の人材は吐き捨てるほどだったが。

 杏が黒森峰に、自分の傍かまほの傍にいれば、あんな惨めな事にはなっていなかった筈だ。今更ながらに腹立たしくもあったが、ただ、今こうして彼女が傍にいてくれると思えば、それはそれで幸せなのかもしれない。

 

「杏さんの言葉はいちいちもっともなことです。私はそこまでのことを考えていなかったものですから、慧眼には感心するばかりです」

 

「それじゃあ」

 

「はい。練習試合をやりましょう」

 

 と、いうことになった。

 さて、練習試合をすることになったが、重要な問題がある。試合があるのだから相手が必要であったが、この相手を見つけるのが至難の業であった。と言うのも、大会が近くなっているため、練習試合を行うとすれば戦力、戦術のほどを晒してしまいかねないため、どこも受けてくれないのである。

 

「黒森峰はどうでしょうか? 西住の元母校ですし」

 

 意見を出したのは、今まで口を噤んでいた桃であった。

 彼女としては、みほの古巣であり、それなりの地位にいた上に、姉が実権を握っているのなら頼めばやってくれるのではないか、という一応道理に適ったモノだ。

 しかし、みほはきっぱり無理だと断言した。確かにみほが頼めば、練習試合の相手として立ちはだかってくれるだろう。けれど、頼む時のまほの反応を想像した時、どのような返答となるかは手に取るように分かる。

 

「大会を勝ち抜く自信がないため、練習試合で戦っておこうという魂胆か? 天下に名を轟かせる西住の龍がやることとは思えんな。これでは文字通り地に落ちて龍だか蜥蜴だか見分けがつかんぞ」

 

 嫌だった。みほの溢れんばかりの自尊心と若さが耐えきれなかった。いくら愛情を持っている姉であろうとも、かかる侮辱の言葉を掛けられれば、自分で自分を抑えきれそうにない。

 だから桃の意見は却下である。

 と、同時に、

 

「聖グロリアーナはいかがでしょうか?」

 

 すかさず、みほは別案を出した。姉に侮辱されるのが嫌だからと本音を語るわけにもいかぬし、かと言って納得させられそうな言い訳を瞬時に考えつかなかったので、意識を別に反らさせ有耶無耶にすることにしたのだ。これが功を奏し、桃は黒森峰から聖グロリアーナへと意識を移した。

 

「聖グロリアーナ? そこなら受け入れてくれるのか、西住?」 

 

「はい。ここならば確実です」

 

 また、何も意識を反らさせるためだけに聖グロリアーナの名を口にしたわけではなかった。ここならば練習試合の相手になってくれると確信があっての発言であった。

 

「西住ちゃんが言うなら決定だね」

  

 杏が微笑して言った。

 

「よろしいです。ならば河嶋さんに交渉は一任します。是非一仕事お願いします」

 

「ああ、分かった」

 

 みほは冷めた五杯目の茶をグッと飲み干した。

 


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