軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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一先ずこれで完結です。
劇場版編は目途が立ち次第始めようと思います。
とにもかくにも、ご愛読ありがとうございました。



エピローグ

 試合が終わった。

 太陽が益々西に傾いているのを横目に、大洗と黒森峰は互いに整列し礼をする。傾く太陽が降り注がせる真紅の光は、両校の健闘ぶりを褒め称えているようであった。

 顔を上げたみほは、その夕陽の眩しさに目を細める。温かな風が吹きつけてきて、はたはたと頭部を包み隠した白布をなびかせた。目を閉じれば、風に乗って、観客席から万雷の拍手が届いて来る気がした。

 

「勝ったぞ」

 

 幾度も口にした言葉を、また口にした。

 勝った、という言葉を口にすれば、身体が心地よく熱くなる。この快い興奮は酒の酔いと似ており、ほんのりと頬を赤らめながら身を委ねていた。

 何時までもこの心地よさに酔っていたい気分であったが、視界に杏の姿を認めたため出迎える準備に入る。桃と柚子を両脇に従えた杏とみほは対面した。

 

「西住ちゃん、本当にありがとう。これで大洗は救われたよ。全て西住ちゃんのお陰だ」

 

 と、開口一番、杏はそう言うと、みほは首を横に振りこちらこそ、と続けた。

 

「今日も含めて、私はこれまで数えきれないほどの不覚を取り申しました。全て私のお陰と申されるのは、過分な評価であります。この私がもう少し気をつけていれば、貴女方ならばここまできつい戦いになることもなかったのではないでしょうか。返す返す、足を引っ張る形となって、申し訳ないことです。私の方こそ、皆に救われました。まこと、ありがたいことです」

 

 自分がおらずとも勝てたと言わないあたりがみほらしく、杏たちの顔に笑みがこぼれる。それから姿勢を正して極めて改まった様子となり、深々と頭を下げた。

 別に自分と貴女方の仲だからそこまで畏まる必要はないと思ったが、みほは杏たちのさせるままにした。生徒会室で初めて対面した時のように、互いに姿勢を正して、杏たちは改まって礼を述べ、みほは改まって受け取った。

 

「みほさん」

 

 次にみほの下に足を運んで来たのは、恋人の梓であった。

 思えば公私にわたって彼女にも随分助けられたものだ。梓の存在がなければ、自分はどうなっていたのだろうと考えて、みほは鼻をならした。考えても詮無きことである。実際に梓はこうして存在しているのだ。

 

「梓」

 

 みほは梓の名を呼んで、自身の懐に抱きいれた。服の中にあってなお感じる柔らかな身体の感触を堪能しつつ、これからどうするべきか悩んだ。

 みほの胸に顔を預けていた梓は、上目遣いにみほに視線をやった。恥ずかしさで頬を上気させつつ、表情に満開の花を咲かせる。

 美しいと感じた時には、みほはその小さな唇に自身の唇を当てていた。梓の唇は爽やかな甘みと燃えるような熱さがあった。この愛しい人との間に無駄な言葉は不要だ、と思いながら夢中で唇を吸う。梓の両腕が首筋に絡んでくるや、一層強く吸った。

 やがてどちらかともなく唇を離すと、みほは言った。

 

「梓、大洗は任せた」

 

 梓はみほの首筋に回していた両腕を離し、みほから二歩分の距離を空けると、目を合わせてしっかと頷いた。

 

「はい」

 

 気付けば、みほの周りに大洗生が全員集結していた。これで別れだということもあって、最後の言葉を待ち望んでいるようである。優勝し廃校を免れたにもかかわらず、名残惜し気に悲哀の色を顔に塗りつけている。

 今生の別れでもあるまいに、みほは特に何かかける言葉があるわけでもなかった。ただ何も言わずに去るのも味気がないもので、取りあえず何か言おうと思った。

 

「皆、壮健で――」

 

 もう少し何か気の利いたこと言ってやろうと思い直し、言葉を切り替える。

 

「私の後は全て梓に任せておる。補佐は優花里、お前に頼む。皆はこの二人を助けながら、大洗を盛り立てていってもらいたい。また、何か危急のことあらば、遠慮せずにこの私に助けを求めるが良い。必ず力になろう。ではな」

 

 お互いに涙はなかった。

 だが、自分との別れに未練がましく悲しむ姿に、みほは嬉しさと寂しさの二つの感情を持った。もう少し一緒に居たいとも思ったが、こういう感情をずるずると長引かせては碌なことにならないと思ったので、すっぱりと断ち切ることにした。

 後ろ髪を引かれそうになるのを振り払い、大洗生たちに背を向けて歩き出す。その時、大洗生たちの声が背後より聞こえた。

 

『西住隊長! 今まで、ありがとうございました!』

 

 みほは一切その声に反応せずに、その場を離れる。

 大洗生たちの下から離れて向かった先は、黒森峰生の下である。彼女たちは、みほが来たのを知るや歓喜した。決勝戦で負け、またもや優勝を逃してしまったのだがそれはそれ、大洗生とみほとのやり取りを遠目ながら見守っていたので、自分たちの嘆願書の返事は知っている。だからこそ、喜びがあふれて止まらないのだ。

 大洗とは真逆である。まほを見て、エリカを見て、小梅を見て、他の者たちを見る。何から言おうかみほは悩んだが、思うままに言ってしまおうと口を開いた。

 

「最初に言っておきたいことがある。私は戦車道を辞める」

 

 どういうことだろうか。黒森峰生たちは自分の耳を疑い、耳が正常なのを確認するや仰天して驚いてしまった。一体どういう意味なのかとみほの顔に視線が集まるが、みほの穏やかな表情を見て、話しに続きがあるのを理解し、次の言葉を待った。

 

「理解が早くて助かる。確かに私は戦車道を辞めると申したが、それは高校を卒業してからのことよ。高校にいる間は勿論続ける。お前たちと共にな」

 

「それでは!」

 

 みほは正面で声をあげたエリカに、懐から畳まれた紙を手渡した。静々と受け取ったエリカは、紙を開いて上から下までじっくりと読み込む。他の者たちは一体何が書いてあるのだろうと、固唾を呑んで見守った。読み終わったエリカが、まじまじとみほの顔を見つめた。

 

「お前たちの気持ちに心を打たれたのだ。お前たちを一度は捨てて大洗に来たことを、後悔はしておらぬが浅はかなことであったとは思う。また、私はこうむずむずと遁世したくなる時がある。であるから、こうしてお前たちに誓書を差し出しておこう。黒森峰を卒業するまでは、決して遁世などと賢しらなことはすまい。ここに誓おう」

 

 黒森峰生の一人が安堵の息を吐いた。正直な話、戻って来ても再びみほが居なくなってしまうのではないか、という懸念はあがっていたのだ。一度居なくなってしまった以上、二度目もあるんじゃないかと疑うのは人として当然である。しかし、その懸念もこうして無用のものとなった。みほがわざわざ誓ってまで共にいると約束してくれたのだ。彼女は約束を絶対に破らない。

 

「それは安心致しました。またいなくなられてしまっては、今度こそ黒森峰は破滅を迎えることになります。私たちも誓った通り、努めてみほさんの心を煩わせるようなことはしません」

 

 落ち着いた態度と柔らかな声音は変わらぬことであったが、いつもと違って小梅の表情には恭しさがあった。続けてまほが言った。

 

「こうしてお前が戻って来た以上、何時までも私が出しゃばるわけにはいかないな。これからの黒森峰はお前が率いていくんだ。みほ隊長」

 

 こちらは何も変わらない。みほに対して少し冗談めかして言うのは、通常通りである。とは言え、話の中身は冗談ではない。まほはこの日を境に自身の持つ全てをみほに譲るつもりである。大会も終わり、こうして後継ぎも戻って来たのだ。世代を交代するのは早い方が良い。

 

「みほ隊長!」

 

 みほが戻って来たと同時に新隊長が誕生した。大変めでたいことであり、黒森峰生たちの喜びの声は、沈み行く太陽を再び昇らせんばかりの咆哮となる。

 チラリとみほは、大洗の方に意識を向けた。向こうも優勝したことで気が上がっているのだが、やはり自分との別れが響いているようであった。これではどちらが優勝をしたのか分からんな、とみほは苦笑しながら、ふと大洗での日々を頭に浮かべる。

 

「まるで一瞬のことであったな。思い浮かべれば全てが昨日のことのようだ。そうして次は、黒森峰での生活がまた始まる。これもまた一瞬なのであろうなあ。謙信もこういう気持ちであったのだろうか」

 

 四十九年、一睡夢とは謙信が詠ったものであるが、みほの胸に思いが去来する。

 自分を歓迎する咆哮を聴きながら、みほは時間の許す限り思いを巡らせるのであった。

 

 

 

 

 


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