軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その⑥

 これまで、数多くの人が西住みほを評価して来た。

 義に篤い人である。名誉心と自尊心に執着する人である。裏切らない人である。潔く器量も大きく優しい人である。短気で横暴で暴力的な人である。子供みたいな人である。家族を大切にする家族愛の深い人である。

 赤星小梅はこれらの評価がどれも正しい評価だということを知っていた。少なくない月日を近くで過ごしていたから、みほの為人はよく知るところである。

 

(彼女を敵に回した時、どう戦うべきでしょうか)

 

 みほが、大洗学園の隊長として現れた抽選会の日から決勝戦の今日まで、小梅は心中密かにそのことを思い続けていた。

 みほは神だった。黒森峰で彼女の旗下であった者たちにとって、神格化の対象であった。それなりに近しい関係であった小梅も、無意識か、僅かに意識の内か、みほのことを自分よりも上に位を置く存在だと認識していたのだ。

 

(どう戦えば、勝てるのでしょうか)

 

 考えた時、小梅が注目したのはみほの為人である。みほに勝つためには戦い方を研究しても埒があかないことは理解していた。過去の戦いを分析、研究したところでその通りに戦うことは、まずあり得ない。ならば、みほの為人から必勝の策を考えるしかない。

 そこで、小梅はみほの本質を探ることにした。彼女由来の性格。これを知ることが重要だと思ったのだ。

 

(生まれながらに宿した、みほさんの本質。心掛けたり、作られたものじゃない、本当の性質)

 

 それは何だろうか。

 小梅は最初、自分なりに本質ではないだろうみほの為人を除外していくことにした。義に篤く裏切らない、これは彼女がそう心掛けているが故のものであろう。上杉謙信の生まれ変わりだと信じているから、彼のように生きようとした結果だろう。名誉心と自尊心の強さもそこに起因する可能性がある。

 

(隊長とお話をする時は、ちょっと雰囲気違いましたっけ)

 

 思い出すのは、みほがまほと話をしている時の光景だった。他愛ない世間話をしている時、揶揄われてまほに対し怒りを表している時、みほはいつもと少し違った。そしてそれが、小梅の求める答えである。

 

(家族愛。と言うよりも、自分と近しいものに対しての愛の深さ、これがみほさんの本質なのでしょうね)

 

 さらに思い起こしてみれば、他の人に比べると自分やエリカに対しても対応の仕方が違った。距離が近く気を許しているような感じであった。その事実を念頭に置くと、みほの本質は身内に対する愛が深いことであると推測できる。この性質は、上杉謙信には起因していないであろう。

 判断を下すと、連鎖的に掘り起こされた記憶が浮かび上がる。みほが黒森峰に居た頃、他校との練習試合があった。その際、小梅の乗る車輌が敵戦車に撃破されてしまったのだが、後から聞いた話によると、撃破された際、みほに動揺の様子が見られたらしい。当時、みほと同じ戦車の乗員が小梅に教えてくれたのだ。

 

(話を聞いた時はそういうところもあるんですね、と軽く流していましたが、なるほど、これは使えます)

 

 為人を利用することに罪悪感が頭をよぎるが、これもまた戦場の常と自分を納得させる。何はともあれ小梅の対みほ戦術は決まった。

 それから次の工程に移る。

 小梅は大洗でのみほの周辺を探った。目的は、大洗でみほが気を許している人物は誰なのかを見つけ出すことである。探っていると、有力な候補は何人かいたが、確実だと言える人物が一人見付かった。それが、澤梓だ。

 

(この澤梓さんという方に対して、みほさんは絶対の信頼を預けていますね。少し嫉妬しちゃうな。私以上に信頼されている気がする。私の方が長く一緒に居たのに……それはともかく、彼女が鍵ですね。彼女を先に倒してしまえば)

 

 みほの動揺はいかほどのものであろうか。小梅は結論を出した。

 迎えて対大洗戦である。みほと梓の分断を図り、成功させた小梅は現在、逃げる梓を執拗に追跡していた。既に梓の駆るM3中戦車リーと共に背を向けていた、ヘッツァー、三式中戦車は討ち取っている。

 三式中戦車は操縦に慣れていなかったのか、自滅に近い形で討ち取った。プラウダとの試合にはいなかったことから、急場備えの参加者であろう。戦車道歴一週間にも満たないと見たが、そう考えると末恐ろしい才能を感じる。長くない時間とは言え、自分たちから逃げることが出来ていたのには。

 そうしてそれはヘッツァーも同じことである。開けた平原を追跡中に、ヘッツァーは反転するや小梅たちに牙を剥いて来た。梓を逃すために殿を引き受けたということであろう。大洗側にも梓の存在が重要だと認識している者がいたようだ。

 突然のヘッツァーの行動に、追跡隊は不意を衝かれる。砲身から火を吹き散らしながら、しかし砲撃戦よりも接近戦を挑まんばかりに距離を縮めて来た。迎え撃つ黒森峰側の砲撃をあざ笑うように、人車諸共に体当たりをするかのような戦いぶり。

 

「無茶なことをする人たちです。ですけど、私は嫌いじゃありません。まるでみほさんを彷彿させるような戦い方、敵ながらあっぱれです。みほさんの薫陶を受けた私たちとしては、あなたたちの挑戦、意地、想い、正面から受けさせて頂きます。逃げて死ぬぐらいなら戦って死ね……ふふ、みほさんがそんなことを仰っていたのを思い出します。彼女たちがただ逃げているわけじゃないのは分かっていますけど。さあ皆さん、あの勇者たちをその誇りと共に散らせてあげて下さい」

 

 小梅の号令が下ると、黒森峰の乗員たちは互いに競い合うようにして奮戦した。戦車を駆って、我先にとつぎつぎに砲弾を撃った。だが、ヘッツァーはこれらの猛攻に負けじと戦った。

 恐れげもなく車体を黒森峰の陣に滑り込ませ、殆ど零距離とも言えるところから撃ち抜く。勇猛果敢にして冷静な動きだ。一弾放てば、直ぐに二の弾を番え、次の獲物に狙いをつける。ヘッツァーに狙いをつけられて白旗を挙げた黒森峰の戦車は三輌にも上った。

 

「ただ一輌にここまで被害を与えられるとは計算外です。しかしその猛攻ぶりもここまでです」

 

 小梅の言葉通りであった。黒森峰を翻弄しただ一輌で暴れ回ったヘッツァーは、その全身を砲身に包まれている。逃げ道はなく、詰みの状態であった。

 そして最早これまでと観念したのか動きを止める。動きの止まったヘッツァーから、一人の少女が上半身を外に晒した。少女の瞳が小梅を見つめる。

 

「やあやあ、降参降参。もう抵抗しませんよっと」

 

 少女は杏であった。両手を挙げておどけるように言う。いつでも撃ち抜かれる状況でそういう態度を取れることに、小梅は感心を覚えた。

 

「私は角谷杏。大洗女子学園生徒会長やってるよ。以後、お見知りおきをってね。よければ、お宅の名前を教えて欲しいな?」

 

 試合中に何を馬鹿なことをと思わないでもない小梅であったが、名乗られた以上名乗り返すのが礼儀だと、杏に応える。

 

「私は赤星小梅と申します。そちらの隊長である西住みほさんとは、親しい間柄だと自負しております」

 

 小梅の名を聞いた杏は、顎に手を当てて考える様な素振りを見せると、「ああ~」と首を縦に振った。

 

「聞いたことのある名前だと思ったら、お噂はかねがねってところかな。西住ちゃんから度々話を聞かせてもらったよ。黒森峰に居た頃、お姉さんや逸見ちゃんと同じぐらい信頼していた人だって。そっか、君が赤星ちゃんか。雰囲気、澤ちゃんに似てるね」

 

「私の事を知って頂けているのは光栄ですが、そろそろよろしいですか?」

 

「もうちょっと時間稼ぎに付き合ってよ。ねっ? 良いでしょ?」

 

 馬鹿正直に真っすぐすぎる言葉だった。ただ小梅はこの手の正直さは嫌いではない。寧ろ好きだと言い換えても良かった。大洗を調査した時、みほが気を許している人物の候補に挙げたが、みほが気に入りそうな人柄である。少なくとも小梅は気に入った。

 気に入った故に、時間稼ぎに付き合ってやることにする。小梅がみほから受けた影響は、何も戦術とうとうのものだけではない。この遊び心のようなものもまた、そうであった。

 

「よろしいでしょう。少しだけですよ?」

 

「おっ、話が分かるね。黒森峰はお堅い連中の集まりかと思っていたけど、んじゃ、遠慮なく。一つ訊きたいことがあってさ……ああ、この話は通信切ってるから他の皆に聞こえてないので安心してね。さてと、訊くけどもしかしなくとも、澤ちゃん狙い?」

 

 やはり気付いていたらしかった。小梅の狙いをである。

 確信しているらしいので、はぐらかしても意味はないだろう。こちらとしても杏に隠す必要はもうないので小梅は肯定してみせる。

 

「やっぱりね。高地から脱出する時のことが気になってね。何かうまい具合に分かれさせられちゃったなあってさ。それに、私たちを包囲部隊全員で追跡するってのもなんかね。そしたら案の定ってわけか」

 

「だからこそ、あなたたちは澤梓さんを逃がすためにこうして残って時間稼ぎをした、と」

 

「そういうこと。そして、私は見事に役目を果たしたってわけさ。よし、訊きたいことは訊けたし、これで時間もちょっと稼いだ。話に付き合ってもらってありがとう。もう良いよ」

 

 言いたいことだけ言ってから、杏は戦車の中へと戻った。もう良いよ、とは、もう撃っても良いよ、ということだろう。

 そんな杏の合図に苦笑いの混じった微笑みを浮かべつつ、小梅は自分の乗る車輌の砲手に砲弾を撃たせた。砲弾は唸り声と一緒に一直線に進み、目標に当たると力強い音を響かせた。威力を物語るように、ヘッツァーから黒煙が立ち昇り白旗を掲げさせる。

 

「では、皆さん行きましょう」

 

 ヘッツァーを撃破したことを確認すると、既に影も形もなくなったM3中戦車リーの追跡に戻る。追跡中、黒森峰生の一人がぼそりと呟いた。

 

「あれで本当に、戦車道を始めて一年も経っていないというのか」

 

 小梅とて同じ気持ちである。大洗女子学園は、みほ以外全員が今年から戦車道を始めた者ばかりだ。にもかかわらず、こうして決勝戦にまで来て、そして自分たちと対峙している。才能の一言では片付けらないような者たちばかりだ。

 

「みほ様だけではない。大洗女子学園、決勝の相手に不足はないというわけだな」

 

 誰しもが同じ気持ちであった。油断は禁物とばかりに気を引き締めなおす。小梅も皆に倣って顔に力を込めると、ふっと向かい風が頬をなぶるように吹き過ぎて行った。

 

 

 

 

 


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