軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その⑥

「先ずは先刻の無礼を謝罪するわ。礼を尽くした貴女に対する非礼、ごめんなさい」

 

 試合が終わり、待機場所にまでみほたちが戻ると、時を置かずしてカチューシャとノンナがやって来た。どうせ負け惜しみでも吐き捨てに来たのだろう、と思うが追い返す気にはなれず、聞くだけ聞いてやろうと面会すれば、開口一番は謝罪であった。

 先刻の無礼。試合開始前のことである。握手を無視し、名乗りもせず、肩車で相手を見下す態度。カチューシャはこのことを謝罪しているのであった。

 意外だ。慮外者とばかり軽蔑していた人物であったが、このように己が非を認められる人物でもある。こうなって来るとみほは自分が恥ずかしい。たまらず頭を下げた。

 

「こちらの方こそ、貴殿のことを見縊っていたことを謝罪致します。このみほこそ、何を偉そうに貴殿は礼節を知らない悪党の如きと辱め、誠に頭が上がりません」

 

「いえ、貴女の評価は正しいわ。そんな評価を下されても間違ってない態度を貴女に対して取ったのだもの。だから私の謝罪を受け取って頂戴。貴女の謝罪も受け取るから。そうしないと、貴女は納得しなさそうだもの」

 

 そういうことになった。カチューシャはみほを見上げ右手を伸ばす。握手を求めているのだ。勿論、これに応えた。

 みほの背後で成り行きを見守っていた大洗履修生たちはざわつきを見せたが、直ぐに拍手を二人に送る。カチューシャの傍に控えているノンナも、目元を拭う動作をした。

 

「それにしても、今回は負けたわ。今なら貴女が上杉謙信の生まれ変わりだとか、毘沙門天の化身だとか言われても、何だか信じ切れそうね。見事だったわ」

 

 邪気なく笑うと、カチューシャは大型のスクリーンに目を移した。みほも釣られて目を移すと、そこには『決勝進出』の文字と大洗女子学園の校章が映っている。

 

「決勝戦。貴女たちと黒森峰女学園。想像したら楽しみになって来ちゃった。貴女が上杉謙信なら、西住まほは武田信玄よね。さしずめ第六次川中島合戦。因縁のライバル同士、現代で遂に決着! うん、ほんと楽しみ」

 

 上手いことを言っているのかは人によるだろうが、少なくともカチューシャの物言いをみほは気に入った。姉ほどの人物ならば武田信玄の生まれ変わりでもおかしくはない。何せ自分は謙信の生まれ変わりなのだ。その自分と対等に渡り合えるまほを信玄とするのは自明の理だ。第六次川中島合戦。何と胸が高鳴ることか。

 

「私だけじゃなくて、他の人だってそういう風に決勝戦を見てるわよ。無様な戦いなんかしたら承知しないんだから」

 

 そう言いながら、カチューシャはちょいちょいとノンナを呼びつける。呼ばれるままにノンナがカチューシャの隣に立つと、カチューシャは一歩後ろに下がった。

 何をしているのだと、ノンナはカチューシャを見るが、ニヤニヤとしているばかりで何も答えない。少しの沈黙後、口を開いたかと思えば、対象はみほであった。

 

「西住みほ、ちょっと良いかしら?」

 

「如何なされました?」

 

「お願いがあるんだけど、ノンナと握手してあげてくれないかしら」

 

 脈絡もなく突然の願い。

 このカチューシャの願いに、あわあわと慌てふためくのはノンナである。目を回し、両手をそわそわとせわしなく擦り合わせ、もじもじと太腿をぶつけ合い、頬は真っ赤に、頭から湯気を立ち昇らせていた。

 カチューシャはそれを見ると、腹を抱えて雪の上を転げまわる。普段から表情を変えずに常に冷静な親友が、柄にもなく緊張しているのだ。こんなに面白いことはない。

 恨めしそうにカチューシャを睨むノンナ。けれども感謝の気持ちをどことなく隠しきれていない。表情が緩んでいる。

 

「ノンナさん」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 ノンナは背筋を伸ばしてみほと顔を合わせた。

 苦笑しているみほの瞳は生暖かである。こうまで分かりやすいと、人の感情に鈍い人物でも気付いてしまうだろう。ましてや人の感情に鋭いみほだから、ノンナの自分に対する想いには直ぐに気付いた。純粋な好意、敬意の感情はただただ嬉しい。

 

「あの、その、私は、みほさんのことをお慕いしておりました。きょ、今日はこうして直に言葉を交わすことが出来て、こ、光栄です」

 

 たどたどしくノンナは言葉を紡いでいく。

 

「ありがたいお言葉です。ノンナさんほどの人物に慕われる我が身の幸運、今までの生き方は間違っていなかったと感じ入るところです」

 

 スッと素早くみほが両手を出して、ノンナの右手を包み込んだ。

 はうっと息をついて、茫然と包まれた己の右手を眺めるノンナは、どこか遠い目をしている。自分の右手だと言うのにその感覚がないように感じた。でも確かに、今みほの両手に包まれているのは、自分の右手だ。

 

「あっ……」

 

 両手が離れると思いもよらず声が漏れ出た。

 

「えっと、その、あの……みほさん! また、会いましょう!」

 

 漏れ出た声を誤魔化そうとしたが、どぎまぎとしてしまう。そうして上擦った甲高い声を出したままにみほに背を向けた。続いて右手をじっと見つめ、その手を火照った頬に当てる。

 ほんのりとした温かみを感じながら、ノンナはそのまま立ち去って行った。スキップでもしそうにるんるんと身体が弾んでいる。

 

「あ~、面白いノンナが見れたわ。しばらくの間はこれでからかってやろうっと。じゃあね、ピロシキ~」

 

 ノンナの後を追うようにカチューシャも踵を返して行った。

 二人の姿が見えなくなるまでみほは見送る。

 その時だった。カチューシャとノンナの二人と入れ替わるように、みほの下へとやって来た人物がいる。黒森峰女学園機甲科のジャケットに身を包んだ、みほと容姿を近くする少女。こう言うと確答するのは一人、まほだ。噂をすれば何とやらと言うように、カチューシャとの会話で話題にあがったまほが姿を現した。

 

「決勝戦進出おめでとう。まあ、お前のことだから特に案じることはなかったがな」

 

 しゃらっと爽やかにまほは微笑する。

 戦車喫茶のことと言い、こう人が予想もしない時に現れる人物だ。神出鬼没とはまほのことを指す言葉に違いない。

 それはそれとして、一体何の用があって来たのであろうか。勝ち戦を祝いに来ただけとは思えない。宣戦布告でもしに来たのであろうか。本当は何の用事でこういう風に姿を現したのか、考えていると、まほがアハハと声を上げた。

 

「相変わらず分かりやすい奴だな、お前は。何の用事があって来たんだとか思っているんだろ。顔に書いてあるぞ」

 

 分かっているのならとっとと用事を済ませろ、勿体ぶるな、とみほは思った。こちらが勿体ぶられるのが嫌いなのは知っているだろ。やはり姉は武田信玄だ。このねちねちとしたところなどはまさに歴史上の信玄と似通っている、とも思った。

 

「おお、姉にそう殺気を向けるんじゃない。分かった分かった。手短に済ませるから、怒りを鎮めろ。用事というのは二つあるんだ」

 

「二つですか?」

 

「おう。先ず一つ目だが、お母様からのお言葉を預かって来た。それを伝えよう」

 

 今回の試合ではまほとみほの母であるしほが観戦していた。珍しいことだが、どのような言葉をこのみほに賜ろうと言うのか。姿勢を正して言葉を受ける準備を整える。

 実の母親の言葉を聞く娘の態度とは思えんな、と堅苦しすぎるみほにまほは苦笑いしながら、伝えた。

 

「では伝えるぞ。『ご苦労様。貴女が無名校を率いて次々と勝ち進んでいく姿は、西住家として、母として誇りに思うところです。貴女風に言うのなら、大義であった、というところでしょうか。次の試合はまほとですね。楽しみにしています』とのことだ」

 

 これ以上ないほどの誉め言葉である。みほは胸が迫って来て、目頭が熱くなった。打ち震えながら、賜った言葉を噛み締める。

 一時、みほは感激に浸り、やがてちょっと時間を経てから、二つ目の用事に入った。

 

「もう一つの用事がこれだ。と言うか、こっちが本命だぞ。お前は一々反応が大袈裟何だよ。おっと、怒るんじゃないぞ。何にせよ、取りあえずこれを受け取れ」

 

 まほが手渡して来たのは、両手に抱えるほどの紙束であった。どっしりと重い。これは何なのであろうか。

 

「私が口で説明することではないな。とにかくそれを見てみろ」

 

 そう言われれば仕方がない。みほはその場に胡坐をかいて座り込むと、受け取った紙束に目を通し始めた。一枚目を開いた瞬間にみほは目の色を変え、読み進めて行くごとに顔が青白んで行く。枚数に反して、読み終わる時間は速かった。

 読み終わると、打ちひしがれたようにみほは動かない。

 

「それではな。返事は決勝戦が終わった後に聞こう」

 

 まほが去って行くと、今の今まで様子を見守っていた大洗履修生たちが、みほの下へと駆け寄った。そして、紙束へと目を向ける。

 

「こ、これは!?」

 

 内容を確認して、皆が一様に驚愕した。

 一枚一枚書き方や内容が微妙に異なっていたが、根本は同じである。名前が記され、謝罪の文から始まり、自分たちの下へと帰って来てほしいと嘆願し、二度とみほに逆らい勝手な行動をしないことを誓っており、最後に血判が入っていた。

 つまるところこれは、黒森峰女学園機甲科全員分の、嘆願書兼誓紙であった。

 

 


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