軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その④

「どう、憧れの西住みほと会えた感想は?」

 

 複雑そうな表情でノンナに問いかけるカチューシャ。時は、大洗の待機所へと出向き、プラウダ高校の自分たちの待機場へと戻って来た後のことである。

 カチューシャはみほのことが嫌いだ。理由を説明しろと言われると困るが、何か自分とは合わないなあと思う。強いて言うならば、こう、身体から滲み出ている偉そうな感じがイラつくと言うか何と言うか。才能は凄まじいのであろうが、それを素直に認めたくないぐらいに大嫌いなのである。余談だが、同じ理由でまほやダージリンなども気に入らない。

 

「凄かったですね。肌をぴりぴりと突き刺す威圧感。彼女の鋭い目に見られると、魂がぞくぞく震えます」

 

 一方でノンナはみほに憧れを抱いている。中学生の頃に初めて目にして以来、ずっと惹かれているようであった。神様、仏様のように思いを寄せていた。

 親友が憧れの人に会えて楽しそうなのは嬉しいが、その憧れが自分の嫌いな人。嬉しさ、嫉妬、憎しみ、これらの気持ちが一気に面に出た結果の複雑な表情なのである。

 うっとりと、空に憧れの人の姿を思い描きながら、ノンナは胸に手を当てた。

 

「変わっていました。黒森峰から大洗に来てもっと素敵になっていました。黒森峰の長尾景虎から、大洗の上杉政虎、いえ、上杉輝虎へと変貌を遂げていました」

 

 ノンナが何を言っているのか、カチューシャにはいまいちピンと来ない。ニュアンス的には成長したという意であろうか。

 眉をハの字に曲げてカチューシャは自分の記憶を探る。

 黒森峰時代の西住みほと大洗の西住みほ、比較してみても変わりはなかった。どちらにしても、無駄に偉そうな雰囲気をまき散らしている。

 

「何が変わってたの? 私にはさっぱり分からないわ」

 

「変わっていましたよ。見た目とか雰囲気は相変わらず威厳に満ちて素晴らしかったのですが、内面が大きく変化してました。黒森峰の頃でしたら、カチューシャは成田長泰よろしく私の上から引きずり降ろされていた筈です」

 

「成田長泰? 誰、それ?」

 

 成田長泰。武蔵国(東京・埼玉・神奈川のそれぞれ一部)忍城城主成田下総守長泰のことである。永禄四(千五六一)年、鶴岡八幡宮において、上杉謙信の関東管領就任式が行われた。謙信三十二歳のことである。この時に成田長泰は謙信に対して下馬の礼を取らなかったので、怒った謙信に扇子で打擲された。長泰としては藤原氏の流れをくむ家に生まれて、その古例に倣っただけのつもりだったのだが、こんな辱めを受けて謙信許すまじと、謙信から離反したという話だ。

 この話は本当か嘘か定かではなく、また嘘である可能性の方が現在強くなっているが、謙信が相当な癇癪持ちだったことを示している話なのである。

 ノンナは、黒森峰の頃のみほであれば、カチューシャはただじゃ済まなかった。何事もなかった時点で、みほの内面が良い方向に変化していた証なのだと熱弁する。

 興味のない話を長々と聞かされては堪らない。カチューシャはノンナの話が一旦止まった瞬間を見計らい口を開く。

 

「ふ~ん。まっ、そんなことをカチューシャにしようものなら粛清よ、粛清。ってあああああ! 粛清と言えばあいつよあいつ! 西住みほの隣にいて、私に楯突いて来た奴! 何なのよあいつは!」

 

 突然、カチューシャが絶叫した。

 

「むっ、確か、澤梓と名乗っておられましたが」

 

 心なしか不機嫌になるノンナ。カチューシャがみほを気に入らないように、ノンナも梓が気に入らなかった。みほが自慢の弟子だと公言した梓という女は、立ち位置としてすなわち直江兼続である。みほへの憧れを持つ人々にとって、その立ち位置は羨ましい限りだ。

 

「私も謙信公もといみほさんの直江兼続になりたかったです」

 

 ノンナは梓への敵対心を燃やす。気持ちが表情に出にくいノンナだが、その敵対心は傍目にもはっきりと分かった。

 カチューシャは梓への怒りを忘れて呆れ返っている。カチューシャにとって、ノンナは文句なしに信頼を置ける大好きな親友だが、趣味だけは一向に理解できない。どうしてあんな女に憧れを持てるのだろうか。変な趣味をしている。しかし、こんなことよりも見逃せないことが一つあった。

 

「ちょっと、ノンナ! 貴女は西住みほのノンナじゃなくて、カチューシャのノンナでしょう。貴女は私のものなのよ! 直江兼続なんて目じゃない役どころが貴女にはあるの。そうねえ、まあ、私は信長ってところでしょ。日本に新しい風を吹かせた英雄、戦車道界に新しい風を吹かせたこのカチューシャにこそ相応しいわ。それでノンナはねえ――」

 

「でしたら私は明智光秀でお願いします」

 

「うん、光秀……って裏切り者じゃない!」

 

 その通りである。天下分け目の関ケ原で西軍を裏切った小早川秀秋に並ぶ、戦国裏切り者の代名詞だ。裏切った理由は諸説あり、情状酌量の余地が多分にありそうであったが、教科書に記されるような裏切りをやったのも事実だ。

 ノンナは何食わぬ顔で言った。

 

「ですが、同志カチューシャ。私はどう見ても柴田勝家という柄ではありませんし、秀吉という感じでもないでしょう。信長軍団一の知恵者と名高い光秀が一番適役かと思われます。それに、ふふふ……」

 

「何よ、その笑いは。まさかカチューシャを裏切ろうって言うの? 冗談でしょ? ねえ、ねえってば」

 

 カチューシャがぎょっとなった。

 ノンナに裏切られるようなことがあれば、人生儚くなって身を投げる自信がある。それだけ彼女には信頼を置いているのだ。実は、何てことになってしまえば、想像しただけで目頭が熱くなって来る。

 

「それは分かりません。物事には絶対がありませんからね。私の中に潜むカチューシャへの愛が、外へと溢れ出てしまって衝動的に、という可能性も無きにしも非ず」

 

「何よそれ、もう。驚かせないでよ」

 

 冗談だと思って、カチューシャはほっと息を吐き、ノンナは意味深長に微笑む。冗談かどうかはノンナにしか分からないことである。

 

「それにしても、大洗は随分と個性的な戦車だったわね。本当によくあんなので準決勝まで来れたもんよね」

 

 話を大洗のことに戻して、カチューシャが首を傾げる。試合に出場できる最低限の数で大して強くもない戦車ばかり。しかもみほ以外は素人だと来た。

 一回戦はサンダースで、二回戦はアンツィオだったらしいが、あれでサンダースやアンツィオをどうやって倒したのやら。

 カチューシャとて、人の実力を素直に認めることもある。そのカチューシャが認める、ケイやアンチョビをあれしきの戦力で倒したのには驚きを隠せない。

 

「流石、みほさんです。西住の龍の異名は伊達ではありませんね」

 

 ノンナが自分のことのように胸を張った。ただでさえ豊満で目立つ胸がギュッと強調される。

 ノンナのその胸に目を見張りながら、カチューシャは自分の胸を文字通り撫で下ろした。微かな抵抗もなく撫でる手のひらは滑り落ちる。

 悲しくなって涙ぐみたくなる切なさがそこにはあった。同時にみほをべた褒めするノンナにむかっ腹が立って、頬を膨らませる。

 

「運が良かっただけよ。西住みほが凄いわけじゃないわ」

 

 やれやれと首を振りつつ、ノンナがため息をついた。

 

「前々から思っていたのですが、どうしてカチューシャは素直にみほさんのことを認めることができないのですか? 好き嫌いがあるのは結構なことですが、認めるべきところは認めないと立派な大人になれませんよ。私はそんなこともできない悪い子にカチューシャを育てた覚えはありません」

 

「ノンナに育てられた覚えなんて……」

 

 無くはなかった。

 それに改めて言われると、どうして自分がみほのことを頑なに否定するのかが分からない。同じように気に入らないまほやダージリンのことは、その才能を買っている。でもみほのことは才能からして認めていない。

 

「そう言えば、どうしてなの?」

 

 空を見上げて考える。

 考えに考えて、ふとノンナの方に視線が向かった。答えが喉元まで出掛かるが、そこから先へと進まない。どうやらノンナが関係していることだけは確かなようだ。

 モヤモヤとするが、もうこのことを考えるのは止めた。忘れ去られた頃にでも答えが出るだろう。

 ノンナにしても真面目に聞きたいことではなかったらしく、深く追求して来ることはなく話を直ぐ別に変えた。

 

「カチューシャ。今回はどのような作戦で臨むのですか? みほさんには生半な作戦は通用致しませんよ」

 

 一々西住みほを誉めるなと思ったが、カチューシャは口には出さず思うだけに留めて置き、大洗にはどのような作戦が効果的かを思案する。

 カチューシャは弱小と罵る大洗にも手心を加えることはない。獅子は決して欺かない。兎を狩る時でさえ全力を尽くすのである。

 

「ノンナはどう考えてる?」

 

「私ですか? そうですね。大洗が元は戦車道をやったことのない素人の集まりであること。その上で全戦全勝であること。みほさんに喧嘩を売ったカチューシャが、澤梓にぐうの音も出ないほどに言い負かされたこと。みほさんへの信頼、敬意というものが強く、カチューシャがみほさんを馬鹿にしたこと。この四つを考慮すれば、おのずと作戦は決まるかと思われますが」

 

「……言い負かされたわけじゃないわよ」

 

 カチューシャはノンナに聞こえないようぼそりと呟き、

 

「私もノンナと同じ考えよ。大洗の奴らには慢心、油断がある。素人ばかりなのにも関わらず勝ち続けてしまったが故の弊害ね」

 

「それから、みほさんがいるから負けないという気持ちも生まれているでしょう」

 

「そんな西住みほを私が馬鹿にしたことで、あいつらは私に対する怒りがある。ただじゃ済ませない、思い知らせてやるというね」

 

「カチューシャが澤梓にやられてすごすご逃げ帰ったことで、カチューシャに対する侮りもある筈です」

 

「だからあれは……まあ、良いわ。おまけに今年から始めたばかりということは、圧倒的経験不足。これだけの条件が揃っているんですもの。釣りをする絶好のチャンスよね」

 

 生半どころか単純明快だが、これが今の大洗には最も効果的なものであろう。

 作戦は決まった。

 

 


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