軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その④

 試合が終われば再び向かい合って整列しお互いに一礼する。礼に始まり礼に終わるの、終わりの部分だ。審判の合図を以って、ありがとうございましたと、大洗、サンダースが声を合わせた。少女たちの疲れを感じさせない溌溂とした声が天にまで届かんばかりに周囲に響き渡る。

 

「ヘイ、ドラゴン!」

 

 礼が終わるとケイがみほの前にやって来た。両隣に人を連れており小柄で髪を二つに結んだ人物がアリサだと思われる。試合中、フラッグ車に乗っているところを見た。するともう一人、少しばかり背が高いのが推測するにナオミに違いない。

 ケイは負けたと言うのに、何とも思ってなさそうに陽気な笑みを浮かべて、みほを腕に抱きしめた。急なことでみほは反応が遅れる。害はなさそうなので好きにさせていたら、三秒も数えればケイは離れた。

 

「今日は楽しかったよ、サンキュー!」

 

 負けたことを何とも思っていないわけではないようだった。悔しいけれど、それ以上に楽しかった。二つの心理がケイの笑顔に見て取れる。

 一方でアリサとナオミ。アリサは負けたことを、負けさせてしまったことを悔やんでいるようだった。自分がもっとしっかりしていれば、と心の内が面に表れている。ナオミはそんなアリサに苦笑していた。

 自分をあそこまで苦戦させた人物とは如何なるものか。みほはじっとアリサを見つめた。

 視線に気づいたアリサがみほを睨みつける。それがなんとも悲しく弱々しい。

 みほはそのアリサの姿に好感を覚えた。

 

(勝たせてやれなかったことがそれ程悔しく悲しいか)

 

 と、しみじみとした気持ちになった。

 同時にこうも思う。

 

(私をあれ程までに追いつめたのだから、少しは喜んでも良いではないか)

 

 理不尽な怒りが胸に沸き立って来る。みほもそのことは自分で分かっているから努めて外に出さないようにした。

 ただ何か意識を別に集中しないと爆発しそうなので、みほはアリサに話し掛けた。

 

「アリサさん、少しよろしいでしょうか?」

 

「何よ?」

 

 気の強そうだが、鼠の泣くようにか細い声でアリサはみほに返す。どうやら質問には答えてくれそうだった。みほは試合中、疑問に思っていたことを訊ねた。

 

「試合の最後の方、三輌ほど現れた戦車はあなたの指示でしょうか?」

 

「あ~、あれは私の判断だよ!」

 

 質問に答えたのはアリサではなくケイだった。

 と言うことは、ケイが自分の作戦に気付いていたのだろうか。みほはむむむと唇をすぼめる。

 これは既に記したことだが、ケイたちが最後の方で現れたのは直感だ。みほの作戦の全容を悟ったわけではなく、理論的な行動をしたのではない。第六感に従って念のためにフラッグ車の下へ行ってみれば危うい所だったのだ。まったくの偶然である。

 かくかくしかじかとケイの説明を聞いたみほは納得した。自分の作戦が見破られたわけではないと知って嬉しそうに口角をあげる。

 

「ねえ、アリサ。私も訊きたいことがあるんだけど」

 

 ケイもケイで試合中に気になることがあった。試合中のアリサがあまりにも的確に大洗の動きを読んでいた理由だ。

 無線傍受のことを隊長たるケイに知らせてなかったのかとみほは驚いたが、ケイの人柄を知れば自分と同じでその作戦は好みそうにないことに気付き、アリサが教えなかった理由も理解する。

 

「それは……」

 

 俯いて、理由を話すことを躊躇うアリサ。彼女はケイに理由を話して疎まれることを恐れていた。

 

「貴女が話さなくとも、別の人が話すわよ」

 

 ナオミが梯子を外した。貴女が話さなくとも自分が話すとほのめかした発言であった。

 これで腹を括らざるを得ない状況に追い込まれたアリサは、青白んだ顔でゆっくりと無線傍受のことをケイに話し始める。

 そうして時間を掛けてアリサが話し終えた時、ケイは表情を無にしていた。

 そのまま無表情でケイはアリサを見下すと、右手を頭よりも上に持って来る。

 叩かれると思ったのだろう。アリサが目を瞑り歯を食いしばった。しかしいつまで経っても痛みは来ず、代わりに二度、三度、頭をぽんぽんと優しく叩かれた。

 目を開いてアリサが見上げると、ケイはいつもの豪快な笑いではなく、微笑みを伴ってアリサを見ていた。

 

「今日は、反省会ね」

 

 どこまでも労わるような声音だった。

 アリサはせきあげる涙を堪えながら、首を縦に振ることで返事とした。

 それからケイはアリサの頭を数回撫でて、もう一度みほの方へ振り向くと一言。

 

「またやろうね」

 

 それを受けて、みほは望むところだと力強く頷いた。

 

 

 

 

 大洗女子学園とサンダース大学付属高校の試合は、下馬評を覆す形で大洗の勝利に終わった。いくらみほが指揮を執るとはいえ、サンダースとて日本戦車道界に威風を吹かせている高校である。寄せ集めの戦車に素人の集団とあってはみほでもどうしようもないというのが、大方の予想だった。

 それがよもやという話である。

 まるで戦国の桶狭間のごとき戦い。一回戦で少ないながら観客たちは大いに盛り上がっている。大洗はまるで尾張の織田のようだと言う者がいれば、みほの出生を話題に上げて上杉謙信の生まれ変わりだと大興奮している者もいた。

 その観客たちに二人の少女が紛れている。彼女たちは特に騒ぐ様子はない。分かっていたからだ。始まる前から勝者が分かっていたのだから、彼女たちの中では逆転劇でもなく至極当然。よって取り立てて騒ぐ必要もなかった。

 二人の少女は、西住まほと逸見エリカである。

 

「ふむ、思っていたより苦戦していたな」

 

 大洗の五輌ある内の四輌が戦闘不能に追いやられたのを鑑みて、まほが言った。彼女の予想ではもう少し余裕のある勝利なのだ。ギリギリまで追い込まれるとは思ってもみなかった。

 

「私もそう思います」

 

 エリカがまほに同意した。元々同じ高校で仲間であったからみほの力は嫌というほど知っている。敵に回ればどれほど恐ろしいのかということも。そのみほを敗けるかもしれないところまで追い詰めたのは、素直に称賛に値する。

 サンダースの隊長ケイと副隊長のアリサの名がまほとエリカの頭に刻み込まれた。既にサンダースは大会を敗退しているので、黒森峰が今大会で戦うことはない。しかし来年ともなれば、三年生のケイは卒業していなくなっても副隊長のアリサはいる筈なので、エリカの前に敵として立ちはだかって来るだろう。名前を覚えておいて損はない。

 

「そう言えば、エリカ」

 

 突然、まほが何か思い出したのかエリカに訊ねかけた。

 

「例の物は準備出来ているのか?」

 

 一瞬何のことかとエリカは小首を傾げるが、直ぐに思い至ったのか答える。

 

「はい。機甲科全員分を集め終わりました。副隊長が黒森峰に帰って来て再び指揮を執ってくれると言えば、皆我先にと私に持って来てくれました」

 

 現在、黒森峰ではみほを連れ戻そうという計画がエリカの主導の下で進められている。みほが黒森峰を去り、まほが完全に機甲科を掌握して平穏を取り戻すと、どうにかしてみほに戻って来てもらえないかと、機甲科のあちこちからぽつぽつと声があがったのだ。その声をあげていた筆頭がエリカだった。

 故に戦車喫茶ルクレールでみほと再会した時、エリカは黒森峰の現状を話したのだ。無駄だとは分かっていたが、出奔した原因が改善されたのだと知れば、もしかしたら戻って来てもらえるかと思ったからである。

 結果は残念だと言う他はない。みほは自分が黒森峰に居なくとも問題ないと思っているようだったのだ。

 そんなことはない。黒森峰にはみほが必要なのである。みほを連れ戻す計画の中で、どうにかそのことを分かってもらおうと用意したのが、まほの言う例の物だ。

 

「そうか。それがあればきっと、みほも帰って来るだろう」

 

 まほにしてもみほには黒森峰に居て欲しい。来年卒業する身の上だ。来年の黒森峰を強力な権威者としてみほに引っ張って欲しいのである。また、機甲科の意見はこれに一致していた。みほ以外ではどんぐりの背比べ、権威者にはとてもなれず、忽ち乱離するだろう。

 仮にみほ以外で後を継ぐとすればエリカであろうが、エリカ自身、自分ではとても器量が足りず、黒森峰の内部崩壊を招くと思っていた。だからこそ、何が何でもみほに帰って来てもらうよう画策したのである。

 しかし今すぐに帰って来てもらおうとは考えていない。承知している通り、みほには大洗で戦わなくてはならない理由がある。約束すれば、骨になっても履行しようとする彼女である。帰って来てもらうのは、大会が終わってからになるだろう。

 

「そいつは準決勝が終わった後ぐらいに、みほに渡すことにしよう」

 

 エリカに異論はなかった。

 再び戦車道を一緒にやれる。近い未来のことを想像しながら、エリカは緩みそうな表情をグッと抑え、何となしに巨大なスクリーンに目をやった。

 そこにはちょうど、笑いあいながらケイと握手をしている現実のみほが映っていた。

 

 

 

 

 

 


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