軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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第一話 立ち上がる軍神
その①


 大洗女子学園生徒会長の角谷杏は一目見て確信した。彼女こそ、自分たちを救ってくれる存在であると。

 

 学園艦。

 その名前の通り船である。また学園という名が示すように、船に学校が建っている。学校だけではなく、民家、店など陸地とそう変わらない街がそこにあった。

 人の住んでいる人工島が常に海上を移動しているとでも思えば理解は速い。山や林だってあるのだ。

 

 杏が住む学園艦は人口約三万人。

 街として見れば最低限と言った規模であった。

 そんな大洗の学園艦であるが、現在消滅の危機に陥っている。

 文科省が盛んに推し進める学園艦統廃合計画。これの標的とされてしまったためだ。杏が生徒会長として、何よりも自身の住む学園艦を愛する一人として、統廃合阻止に向けて動き出すのは当然だった。

 

 しかし難航する道であるのは確か。

 大洗は近年特に目立った結果を残しているわけでもないし、統廃合から免れるほどの極まった取り柄があるわけでもない。どうするべきか、杏は頭を働かせた。

 すると、一つ方法を思い浮かんだ。

 

 戦車道である。

 華道や茶道と並ぶ伝統的な文化にして武道。女性たちが戦車に乗り込み、礼節ある大和撫子のごとき乙女を育成することが主目的とされている。日本だけでなく世界中で行われているものだ。

 噂によれば、文科省がこの戦車道に力を入れているらしかった。これを利用しない手は杏の中にはない。カードを一枚手に入れた杏は、早速統廃合担当者の下へ足を運んだ。

 

 話をした結果、戦車道全国高校生大会において優勝した場合のみ考え直すという言葉をもらった。勇躍する杏は、直ぐに学園艦に戻り戦車道を学校で始める準備に取り掛かる。

 大洗では過去に戦車道を行っていたらしく、一から全てを始める必要はなさそうだった。

 が、ここで重大な問題に直面する。

 

 人がいない。

 

 授業として戦車道を復活させるにあたり、最低限の履修者を確保する算段はついていた。けれど経験者がいないのだ。素人の集団を統率して優勝に持っていけるような人材がいなかった。

 

 杏は自分がどれだけ荒唐無稽なことを言っているのか分かっている。分かっているものの、望まずにはいられなかった。贅沢を言わないならば、経験者というだけでも良いので欲しい。いや、この望みすらも贅沢なのであろうか。始める前から弱気になる杏。

 そんな時である。一人の転校生が大洗に現れたのは。

 

 転校生は戦車道経験者だった。いや、ただの経験者ではなく、戦車道界隈において異名がついているほどの人物である。

 天が救いの手を差し伸べてくれたのだ。杏はそう思った。

 彼女の力を絶対に借り受けたい。

 

 いつもであれば、放送で呼び出すなり、人を遣わすところであるが、杏は自らの足で転校生を訪ねた。その昔、中華大陸において周の文王が太公望呂尚に、蜀漢の劉備玄徳が諸葛亮孔明に礼を尽くして彼らを幕下に迎え入れた。杏にとって転校生は、それら古の英傑、賢人と何ら遜色はない。自ら訪ねるのは当然であった。

 

 そうして訪ねてみれば、転校生は友達であろう二名の少女と教室で談笑していた。遠目から見ているだけで伝わってくる。普通の人とは違うということが。

 杏は転校生たちの会話がひと段落ついたところを見計らって声を掛けた。話があるので会長室に来て欲しいと言えば、転校生は二つ返事で承諾した。

 

 そして今、杏の眼前に転校生――西住みほは立っている。

 

「こちらにどうぞ」

 

 会長室にみほを連れてきたのは良いが、彼女が腰掛ける椅子がなかった。これまたいつもであれば、立たせたまま話を始めるのだが、今回そうはいかない。

 事前の調査で、みほが礼儀を大切にする人柄で、穏やかな見た目に反して豪胆であることは知っている。権威に価値を置く性格らしいが、転校先の生徒会長ごときの権威には何も思うところはないだろう。それなりに敬意は払ってくれるかもしれないがその程度。また、自尊心も中々強い人だと聞いている。なので生徒会長としての力を存分に活用した脅しなどにも膝を屈することはあり得ない。逆に返り討ちにあう可能性もあった。

 

 みほにはどうしても協力してもらわなくてはいけないのだ。飄々として強かな杏をしても慎重にやらざるを得ない。腹の探り合いなどではなく、誠実さこそが今回求められていることであった。

 

 杏はここでも会長室の一角に位置する応接間に自ら案内した。

 そんな杏を横目に不満そうにしている桃。生徒会広報河嶋桃。杏の片腕たる桃は、同席が許されていることから分かるように事情は把握している。その上で不満があるのだった。

 どうしてわざわざ座らせる必要があるのか。また、杏自ら案内する必要はあるのか。

 桃は、敬愛する会長がみほを対等扱いすることに納得がいかないのであった。

 

 杏はそんな桃の心情を完全に読み取りながらもそれを無視して、みほを応接間に案内した。相手は対等どころかこの場にあっては自分たちより上位とすら思っている。立たせたままで不快な思いをさせてしまったら、それだけで全てが水泡に帰してしまうであろう。

 対応には慎重に慎重を重ねなければならない。

 

「ありがとうございます」

 

 案内された応接間のソファを一瞥したみほは、三人に礼を述べた。

 二人は杏と桃である。もう一人は小山柚子。生徒会副会長にして杏のもう片方の腕である。凛とした雰囲気の桃と比較すると、全体的におっとりと柔らかな印象があった。

 

「失礼します」

 

 みほがソファに腰掛ける。

 背もたれを利用せずきっちり背筋を伸ばしていた。緊張しているわけでもなく平素でこれらしい。なるほど礼儀正しいという話は嘘ではなさそうであった。

 杏は今一度、ゆっくりみほの全体像を見た。

 

 先ほどの立ち姿を見た様子では、身長は平均的である。杏と比べると大柄なのだが、平均値をかなり下回る杏はあまり比較対象として相応しくないのでその情報は省く。

 身体の輪郭は華奢である。小柄で華奢。これだけだととても杏たちを救ってくれる存在には見えないのだが、杏には分かっていた。

 

 鍛錬をしているのだろう。肩幅は広く、首元も逞しい。筋肉質な身体なのである。

 

 さて、あまり不躾にじろじろと観察するのも失礼に値するだろう。時間に余裕はあると言え、早く話を始めることにした。

 

「えっと……あー、改めまして――」

 

「平常通りで結構です。お気になさらず」

 

 慎重に礼儀を尽くして言葉を選ぼうとする杏に気づいたみほ。そのみほの配慮に杏は感謝を覚えた。生徒会長として、年上の人と話す機会が多いので敬語は使い慣れている。とは言うものの、堅苦しいのは苦手なのだ。みほは堅物堅物している人物ではないようで、杏にはそれがありがたかった。

 

「そーなの? だったらこんな感じなんだけど、遠慮なく良い?」

 

「ええ」

 

 遠慮しないと言っても机に足を乗せたり、踏ん反り返ったり、肘をついたり、大好物の干し芋を食べながらなんてことは勿論しない。

 

「そんじゃあ、単刀直入にお願いがあるんだけど、戦車道やってくんない?」

 

「………………」

 

 杏が早々と本題を切り出すと、みほは笑みを浮かべたまま何も答えなかった。

 そんなみほに対して杏の左後方に控える桃は眉を顰める。どうして何も言わないんだ、と不快さが胸の内に溜まっているのだ。

 一方で、杏と柚子はみほの意図に気づいていた。優し気な笑みの中にあるのは要求である。詳しい話を聞かせてほしいと要求しているのだ。

 

 こうして対峙してみると隠し事の通用する相手でないことが杏には分かる。全てを見透かしてくるような瞳。もとより今回は誠実にやろうと思っているのだから、初めからこちらの事情を全て明かすことは予定の範囲だ。

 杏は学園艦が統廃合の対象となってしまい存続が危ないこと、次の戦車道大会で優勝すれば助かるという見込みがついていることなどみほに話した。

 

 長い話であったが、みほはしっかりと耳に、頭に入れていた。時には相槌を打ち、学園艦の現状に同情を浮かべ、危機に立ち向かおうとする杏たちの姿勢に感心もしている。

 手応えがあった。上手くいきそうだ、とみほの話を聴く様子を見て杏はホッとした。

 杏は全ての事情を明かした後で、もう一度言った。戦車道をしてくれないか、と。

 

「お断りします」

 

 しかし、みほの口から放たれたのは待ち望んでいた回答とは真逆のものであった。

 

「へっ?」

 

「えっ?」

 

「何っ?」

 

 杏、柚子、桃の三人が同時に声を上げた。

 まさか断られるなんて。一体どうして何だろうか。ショックが大きい杏と怒りが顔に出て言葉もない桃の替わりに、柚子がわけを尋ねた。

 

「どうしてなのかな?」

 

 みほは言う。

 

「この私が戦車道において勇名を馳せていることは、お三方はご存知の筈」

 

 三人は頷いた。

 知っているからこそ、こうして話をしているのだから。

 みほは続ける。

 

「私が戦車道にて名を轟かせる流派、西住流の血を引き継ぎ世に生まれて十数年。そして戦車道に身を置くこと多年。私はよく行い、よく活躍し、よく期待に応え、日本の戦車道に身を置くならば私を知らぬ者などないだろうというほどに名を挙げました。世間の人は軍神という異名でこの私を呼ぶほどです。大変名誉なことです。故人曰く、功成り名遂げた時こそ、身を退けるべきである。それが天の道だと言うではありませんか。私はこの道を進むべきなのです。母にも、私の決断を認めていただいております。そうして私はここに来たのです。そういうわけですので、私はもう戦車道から退いた身。申し訳ありませんが、他を当たって下さい」

 

 そんなことを言われても杏たちは、そうですか仕方ありませんね、などと退くわけにはいかない。みほが大洗に転校してきたのはまさしく奇跡で、もうみほ以外に頼るべき人は、いや、縋るべき人はいないのだ。

 

 みほの協力を得られなければ学園は終わりである。

 

 杏たちはどうにか首を縦に振らせようと説得するも、みほは一向に承服しようとしなかった。このままでは埒があかないと、桃が何かを決心し一歩前へ踏み出す。

 すると、桃の動きを察知してか知らずか、杏は急に立ち上がった。そうしてから、柚子と桃の二人に自分が座っていた椅子を少し後方に下げてほしいと言う。

 

 杏が何をしようしているのか理解できないまま、二人は言われた通りのことを行った。それなりのスペースが生まれると、杏は一歩、二歩下がる。続けて地に膝をつけてから、さらに両手をついた。

 

「何をしてるんですか、会長!」

 

「会長……?」

 

「黙ってて二人とも!」

 

 土下座であった。何としてもみほに協力してほしいという想いが行動として現れたのである。後がないからなりふり構っていられなかった。

 この時、頭を下げている杏には分からないことであったが、みほの様子が変化したのを柚子と桃は感じていた。

 

「伏してお願い申し上げます――」

 

 その声は震えていた。

 

 

 


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