軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その③

 大洗へ帰って直ぐに、学園へと足を運んだみほと優花里。そこで初戦に向けて練習中であった杏たち生徒会と合流すると、一同は会議室に敷設された応接間へと移動し、そこで今回の偵察の報告が行われた。

 先ずは、杏が偵察に行った二人に労いの言葉を掛ける。

 

「二人ともお疲れ様。大変だったでしょ?」

 

「大変なんてもんじゃありませんでしたよ……もう少しで捕まるところでした」

 

 偵察中のことを思い出しながら、優花里は柚子の淹れてくれたお茶で一息。隣に腰掛けるみほが、うんざりとした面持ちで優花里を睨みつける。

 

「またその話? 優花里さんもしつこいなぁ。助かったんだから良いでしょ、別に」

 

 サンダースからの帰りの道で、幾度となるかも分からないほど、みほは同じ話を繰り返された。いい加減しつこいと、イライラとしたものが胸に溜まっていく。

 その言葉に優花里もキッとみほを睨み返した。

 

「しつこいとは何でありますか!? だいたいあれはケイ殿が海のように広い度量の持ち主だから助かったんであります。運が良かっただけ!」

 

「ふん、優花里さんはモノを知らないね。運も実力の内だよ。こういう運の良さというのも、一廉の人物には備わっているモノ何だから。つまり、無事に生還出来たのは、私の実力」

 

 そのような言い分を認める優花里ではなかった。

 仮にサンダースで捕縛されていれば、捕虜扱いとして試合が終わるまで解放されず、みほと優花里を欠いた大洗は見事初戦敗退。廃校が決定し、みほは学校を救うと約束したのに救えなかったとして義を果たせず、しかも捕虜となって試合欠場とあっては、武名も傷つき散々なことになる。

 廃校の件は優花里の認知するところではないが、捕まっていたら碌なことにはならなかった。情報を集めたらとっとと帰るべきだったと、怒りを露わにする優花里の気持ちも至極当然である。みほの態度は、往生際が悪いと言うか、開き直りも甚だしい。

 ここは一つ、強く物申しておかねばならないと、優花里はみほを睨みつける。

 

「良いですか、西住殿!? これからは慎重に慎重を重ね、石橋を叩いて渡るぐらいの心構えでやってもらいますからねッ! 分かったでありますか!?」

 

 みほの顔に、憂鬱という感情が露骨に浮かんで来た。

 

「煩いなぁ。優花里さんの度量はまるで水たまりのように狭いね。ケイさんを見習ったら?」

 

「私のことは別に良いんであります。と・に・か・く、分かりましたね! 返事ッ!」

 

「……はい」

 

 渋々といった様子で、みほはポツリと答えた。子供のようにムスッと険しい表情で、これ以上は小言を聞きたくないとばかりにそっぽを向く。

 当然のことながら、みほのこの態度が気に入らなかった優花里は、

 

「よく聞こえませんでした。もう一度、大きな声で!」

 

 と、言った。

 うんざりとしていたみほは、これでイライラが頂点に達したのか、クワッと目を見開いて溢れ出て来る激情を優花里に叩きつけた。

 

「ええい、分かったと言っておるではないか! いつまでも過ぎたことをぐちぐちぐちぐちと鬱陶しいわッ! その煩わしい口を今直ぐ閉じろ。さもなくば、そっ首刎ね飛ばしてくれようぞ!」

 

「うっ……」

 

 今まで聞いたこともないみほの怒声に、優花里が一瞬たじろいだ。だが、ここで押し負けてなるものかと怒鳴り返した。

 

「本性を現しましたね、西住殿! 首を刎ねるなどと、法治国家で出来るものならやってみるであります! この、中世の遺物!」

 

「ぬかしおったな? 帝国の亡霊めが!」

 

「ええ、申しましたとも。侍かぶれ!」

 

 みほと優花里が鼻先をぶつけ合いそうな距離で睨み合う。

 すると、

 

「あははははは!!」

 

 傍で様子を見ていた杏が手をバンバンと叩きながら声を上げた。桃と柚子も面白かったのかこちらも声を上げている。三人で大爆笑であった。

 

「はははは! いやぁ、距離が近くなったね、西住ちゃん、秋山ちゃん」

 

 嬉しそうに杏が言った。

 

「まるで、若殿と爺やのようだな」

 

 と、桃が二人を評すれば、

 

「二人とも女の子だから、どちらかと言えばお姫様と傍つきのお婆ちゃん」

 

 そう柚子が返す。

 ここで第三者の存在を思い出したみほと優花里は、羞恥で顔を真っ赤に染めた。それから一連の言い争いを思い出したのか、優花里が真っ赤な顔を真っ青に変えて、みほに頭を下げる。

 

「も、申し訳ありません、西住殿。私は何ということを……」

 

 自分の尊敬する人に対して怒鳴り声を上げるなどと、自己嫌悪である。

 みほにしても同じことであった。いくら頭に血が上ったからといって、首を刎ねるは流石にないだろう。それに素の口調で怒鳴ってしまったのも問題だった。

 静寂が訪れ、空気を重たくする。

 お互いに掛ける言葉が見つからなかった。

 一分ばかり黙り合っていると、横から杏が静寂を壊した。

 

「別に良いと思うけどな」

 

 みほと優花里が杏に視線を移した。

 

「秋山ちゃんは、これからもどんどん西住ちゃんに言っていくべきだよ。自分に意見してくれる人って貴重だからね。友達なんでしょ?」

 

「あっ、でも」

 

 渋る優花里であったが、みほは賛成なようであった。確かに、自分に意見してくれる人は重要である。特にみほのような人は、意見することはあってもされることは少ない。過去を振り返ってみても、家族以外だと、エリカぐらいしか思い浮かばない。他は遠慮しているのか言い難いのか、閉じた口を開いてはくれなかった。

 

「優花里さん、これからも思うところがあったらどんどん言ってよ。何も憚ることはないから」

 

 大洗には家族もエリカもいない。このままでは独裁的になってしまう。それが性に合っていると言えばその通りだが、どうせなら別の人間の意見は欲しい。聞き入れるか否かはさておきのことだが。それならば優花里に、近しい者として忌憚のない意見を述べてもらおう。

 杏とみほに言われて、優花里も二人が言うならということで、

 

「わ、分かりました」

 

 と、頷いた。

 

「それから西住ちゃんも素の口調でよろしくね。素を知っちゃたら、別の口調で話されると距離を取られてるように感じるし」

 

 それもそうである。だが、みほは母であるしほに、なるべく外で使わないようにとの指示を受けていた。何でも現代では、流石に違和感があるとのこと。姉のまほも出来れば使わないで欲しいとのことだ。気が昂ったりすると、先ほどのごとくたまに使ってしまうが、なるべくみほも指示を守ることを心掛けていた。だが、自分を偽るようで息苦しいのも事実。どうせなら口調ぐらい自分の好きなようにしたい。

 諸々を加味した結果、このメンバーでいる時のみという条件をつけて口調を戻すことにした。別の人がいる場合は依然としてということである。

 さて、ここでようやく本題に入ろうということになった。

 

「それじゃあ、偵察の成果を教えてよ」

 

 答えたのは優花里だった。服のポケットよりメモ帳を取り出すと、パラパラと開いて読み上げ始めた。

 

「出場車輌は全部で十輌。シャーマンM4/75mm搭載型を八輌、シャーマンM4A1/76mm砲搭載型を一輌、そしてファイアフライを一輌とのことです」

 

「なるほど……秋山ちゃん、他の情報は?」

 

「フラッグ車は76mmでこれが単独行動をするようです。他は三小隊を組む、と」

 

 優花里が言い終わると、みほが付け足す。

 

「それだけではありませぬ、サンダースには隊長のケイの他に、アリサとナオミと申す者がおるらしく、油断は出来ませんな」

 

「西住、勝てるのか?」

 

 桃が情報を聞いて表情を険しくする。生徒会も生徒会でサンダースの集められる情報は集めた。分かっていることだがやはり戦力差が絶望的である。桃は不安だった。

 その不安を、みほが笑い飛ばす。

 

「ハハハ、いささかも問題ございません。十分に勝機はあります。そこはどうか私を信じ下さいますよう」

 

「分かった。任せるぞ、西住」

 

「はい」

 

 次いで口を開いたのは柚子だ。

 

「それじゃあ、西住さん。大会までに私たちは何をするべきなのかな?」

 

 問われたみほは、顎に手を当てて二、三回撫でると考えが纏まったのか話し始めた。

 

「特別にこれと言って新しく始めることはございませんが、そうですな、試合までの数日間、練習の密度を上げましょう。布に水を吸わせるがごとく、数日とは言え力量は大幅に上昇することでしょう」

 

 大洗戦車道チームの才能のほどは目を見張るモノがある。たった数日とは言えどれほどになるのか、みほは楽しみだった。

 これ以降は五人とも話したいことはないようだったのでお開きと相成った。この後は、練習中の戦車道チームと合流し、みほの監督の下で厳しい練習が行われた。一日目、二日目、三日目、と一日が過ぎるごとにどんどん成長していく。

 彼女たち自身も成長を実感しているようで、大会への不安は次第に自信へと変わって行った。みほも皆の成長具合には満足だった。

 そして大会の前日。この日は厳しい練習で疲労した身体を休めようというみほの案で、練習は軽くやってから早い時間で解散となった。

 みほは優花里たちⅣ号戦車チームと帰路に着き、家へと帰ると、夕食、風呂の一切を済ませて、部屋の片隅に置かれた毘沙門天象の前に座って熱心に合掌を始めた。その両手には数珠が巻かれている。

 明日より始まる大会。この大会に優勝し大洗を救うために、みほは毘沙門天の力を存分に借り受けようとしていた。

 

「オン・ベイシラマナヤ・ソワカ」

 

 祈りを捧げながら真言を唱える。一時間ほど祈りを捧げたであろうか、途端にみほは身体に冷気を感じていた。身も心も凍てつくようで、これは夜がもたらす冷気ではない。もっと別のモノ。そう、毘沙門天の力に相違ない、と思った。毘沙門天が今ここに顕現している、とも思った。

 だからここぞとばかりに心で語り掛けた。

 

(毘沙門天よ、我と同化したまえ。我、前生において汝と同化し、国難を救い、国を富ませ、見事に越後の国を守護した)

 

 みほはきりりと歯を食いしばり、両腕に力を込める。

 

(毘沙門天よ、今再び我と同化し、汝が力を我に貸し与えたまえ。毘沙門天よ、守護神よ。我と同化したまえ)

 

 カッと勢いよく目を開けると、冷気が突如として止んだ。みほはこれを、毘沙門天と同化することでその力を会得し制御したのだと理解した。

 立ち上がると、ぽたり、一滴汗が落ちるや、ドバっと全身から噴き出て来た。みほは口角を上げる。この汗は気持ち良かった。

 汗をそのままに外へと出る。今度は夜の冷気が身体を突き抜けていった。その涼しさの中で、見上げれば空には月が浮いている。

 今夜は三日月であった。

 

(そう言えば、三日月に祈りを捧げ誓いを立てた武将がおるとか。今宵、私も倣ってみよう)

 

 みほは三日月にも合掌した。

 

「私は今より毘沙門天と化した。私は不識庵謙信であり毘沙門天である。我が全身全霊を賭して大洗女子学園を……必ずや守り抜いて見せよう」

 

 一瞬強く、三日月が輝いたように見えた。

 三日月も力を与えてくれるようだと、みほは感じたのだった。

 


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