軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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だいぶ遅れてしまい申し訳ございません。

中々時間が取れず、これからもちょくちょく時間の取れる限りやっていきますので宜しくお願い致します。


第五話 陽気な女の子
その①


 杏は何度目になるのか分からない、優花里のため息を聞いた。はあっと陰気な声音には、杏もつられるばかりである。またまた優花里がため息をつくのに合わせて杏も一つ。

 それにしても珍しいことだ。いつも口を開けば戦車のことで、ニコニコキラキラとしている優花里らしくない雰囲気。悩み事があっても内に秘めて笑っていそうなのに。

 夕刻、帰りのフェリーに一緒に乗った辺りからこの調子だ。一体何があったというのだろうか。

 抽選会が終わり自由時間となると、優花里はⅣ号戦車チームで喫茶店に向かったという。そこで甘味を楽しんだ後、街を散策するなどして充実した時間を過ごしたと、杏は聞き及んでいた。だと言うのに優花里のこの様子。自由時間中に何かあったと見るべきか。いつまでも辛気臭い様を見せつけられても困るし、思い切って杏は優花里に訊ねることにした。

 

「ねえ、さっきから顔色良くないけど、どったの?」

 

「えっ? 私、でありますか?」

 

「そだよ、秋山ちゃんだよ。な~んか様子が変だからさ。悩み事でもあんの? あるんなら聞くよ。生徒会長として悩める女生徒を放っておくわけにはいかないしさ」

 

「それは、そのぅ」

 

 もごもごと優花里が言いよどむ。何かあるのは確かなようだ。杏を見て、その両隣に腰掛ける桃と柚子を見て、上見て横見てと視線が躍っている。言い難いことなのだろうか。まあ、大して仲が良いわけでもないし、生徒会長と言えども悩みは打ち明けにくいということだろう。こういうのは身近な人に任せるべきだ。

 ということで、杏は優花里と特に仲の良いⅣ号戦車の四人に任せることにした。

 そこで四人の内誰が適任かと思案を巡らせる。周りを見回すと、四人の内三人、沙織、華、麻子は昼間の疲れでも溜まっているのか仲良く夢の中。となると、ここは残る一人に任せるべきだろう。杏の実体験として、みほならば親身になって悩みは聞いてくれる筈だ。今、彼女は外で夕陽を眺めている。呼びに行くと同時に自分たちは席を外そう。

 

「私に相談しにくいなら西住ちゃんに打ち明けると良いよ。今呼んでくるからさ」

 

 そう言って席を立とうとする杏を優花里が慌てて止める。

 

「待って下さい! 西住殿には」

 

 この様子に杏は首を傾げた。

 みほにも相談出来ないことなのだろうか。だとすると、困ったものだ。しかし待てよ、もしかすると悩みの原因がみほなのではないか。

 杏が姿勢を正すと、優花里は大きく息を吐いた。話す覚悟を決めたという風だ。何回か口を開ける動作をして、声を絞り出す。

 

「じ、実は西住殿のことで、そのぅ」

 

 やはり悩みの原因はみほだったようだ。桃と柚子がそのことに驚きを表す中、杏は詳しく知るために先を促す。

 

「それで?」

 

「今日、ルクレールで西住殿のお姉様にお会いしまして」

 

 ルクレール。喫茶店の名前である。お姉様は西住まほのこと。

 

「その時に、西住殿の新しい一面を見たと言いますか、まあケーキを美味しそうに食べてる姿も新しい一面でありましたが、とにかくそういうわけで。その新しい一面を見て、私は当たり前のことに気付いたのであります」

 

「当たり前のこと?」

 

「はい。西住殿も私とおんなじ、人間なんだなって」

 

「あー、そゆことね」

 

 戦車道履修の初日、優花里のみほを語る姿はまさに信奉する神のことを語っているようだった。その日以降も優花里のみほへの態度は畏まり過ぎているというか、表向き友達同士でも明らかにそうは見えないというか、優花里がみほを神格化しているのは第三者として容易に読み取れるものであった。

 神だと思っていた存在が自分と変わらない一人の人間。その当たり前すぎることに気付かされた優花里が抱く感情は、つまるところ、

 

「西住ちゃんに失望でもしちゃったの?」

 

 こういうことだろう。

 けれど、優花里はこれを強く否定した。

 

「違います! そんなことはありません! 失望するどころか寧ろであります」

 

「じゃあ、一体どうしたの?」

 

 柚子が怪訝そうに優花里を見つめる。

 

「それは……少し、心配だと言いますか」

 

「心配だと?」

 

「そうなんであります、河嶋先輩。今回の大会、サンダースとの初戦が大丈夫かなって、ちょっと不安が」

 

「どうしてそんな不安を抱くんだ」

 

「それは、サンダースのことを話してもまるっきり興味なさそうと言いますか、隊長のケイ殿にしか目が行ってないと言いますか、それが」

 

 思い起こされるのは、ルクレールでサンダースのことを優花里が説明していた時に、明らかに話半分で興味なさげにしていたみほのこと。

 優花里が口を閉じると、成程とばかりな杏。優花里の話を頭の中できっちり消化出来たようで、確認するように言った。

 

「かーしま、こういうことだよ。西住ちゃんが神様だと思っていた時は、心の底でサンダースが相手でも負けないと思っていた」

 

 ここまで良い、と杏が優花里に視線を送り、優花里が頷く。杏は満足気に笑って話を続けた。

 

「だけどお姉さんである西住まほさんとのやり取りで、西住ちゃんも普通の人なんだと気付かされた。それは別に良いのだけれど、秋山ちゃんはふと思ったわけだ。西住ちゃんは確かに凄いけど神様ではない。すると西住ちゃんのサンダース、というよりは他校に対する態度に不安が生じて来る。余りにも見下し過ぎなんじゃないかって。自分が負けるわけないというような西住ちゃんの態度、心構えのようなもの。これで足を掬われてしまうんじゃないかという不安」

 

 そうでしょ、と杏は締めくくった。

 特に優花里から訂正も何も出なかった。そればかりか、杏を見る優花里の瞳には感心が浮かんでいる。

 

「よく分かりましたね」

 

 柚子も敬意を含んだ視線を杏に向けた。

 これに杏は得意げに胸を張る。

 

「ふふん、どーよ」

 

 的確な杏であるがこれには訳がある。と言うのも、優花里の抱く不安、みほが他校や他人を見下し過ぎて失敗を犯し負けるんじゃないのかという不安は、杏も密かに危惧するところだったのだ。負けるわけにはいかない弱小校の身としては、みほの態度は頼りになる。実績もあるから、この人についていけばという思いがある。だが、心配にもなるのだ。みほの見下し癖は、傍から冷静に見てると本当に不安になる。

 まさかみほの崇拝者的立ち位置にいた優花里と、考えが一致するとは杏も思わなかった。でもこれは良い傾向だ。意外と弱点が多いみほを、裏から支えることが可能な人材は貴重である。優花里にはこれから沢山働いてもらおうと杏は考えを頭の中に張り巡らす。

 すると、優花里がおずおずと手を挙げて来たので、杏は一旦考えを停止して意識を優花里に向けた。

 

「今度は相談ではなく提案なのですが、よろしいでしょうか」

 

「うん」

 

「明日、サンダースに偵察に行こうと思うのですが、いかがでしょう?」

 

「偵察?」

 

「はい。先ほどもちょこっと話に出しましたが、西住殿はサンダースの隊長ケイ殿以外にまったく興味を示しておりませんし示そうとすらしません。しかし、サンダースほどの高校ならばケイ殿以外にも唸らせられるような実力者は必ず存在する筈です。その実力者に西住殿が足を掬われないと限りませんし、情報は最大の武器です。ですので、サンダースに潜入し、人材を調査、後諸々の情報を集めて来たいと思うのですが、どうでしょう?」

 

 悪い提案ではない。危険は多いが、危険以上にメリットがある。戦力の質も量も劣るこちらとしては、情報だけでも優位に立ちたい。戦いで重要なのは情報なのである。劣勢を覆せる可能性が情報には眠っているのだ。

 直ぐにゴーサインと行きたいところだが、そういうことを決定し実行に移す権限があるのは、ご存知西住みほである。なので、杏に提案しても仕方ないのだが、みほも軍神の異名を持つ者、情報の重要性は熟知している筈だ。却下されることはないだろう。

 

「それは良い案だね、秋山ちゃん。早速、西住ちゃんに提案してみよう」

 

 みほに優花里の提案を伝えるため杏が席を立とうとすると、またもや止められた。今度は自分から止まったとも言うが、目的の人物が外から戻って来たからの行動である。

 

「どうかされましたか?」

 

「西住ちゃん、ちょうど良いところに。今、秋山ちゃんと話していてね、良い提案が秋山ちゃんから出たもんだからそれを西住ちゃんに伝えようと思ってたんだよ」

 

「提案?」

 

 首を捻るみほに杏がサンダースへの偵察の件を話した。聞き終えたみほは急に笑い声を上げて言った。

 

「ハハ、ハハ、それは奇遇ですね。私も同じことを考えていました」

 

「西住殿も?」

 

「うん。流石、優花里さんだね」

 

「それじゃあ、採用ということで良いの、西住ちゃん?」

 

「はい。それじゃあ、優花里さん。明朝に迎えに行くから準備しといてね」

 

「はい、西住殿。精一杯お役目を果たすであります……って迎えに行く?」

 

「うん。私と優花里さんで一緒に行くから」

 

「西住殿も一緒にでありますか? なるほど」

 

 優花里は一拍おいて、

 

「ええぇぇえええええええええ!!」

 

 と、絶叫した。

 

「うわっ! えっ、何よ何なのよ!?」

 

 眠っていた沙織たちが飛び起きるほどの大きな声であったと記しておく。

 

 


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