軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その③

 聖グロリアーナ勢が商店街へと押し寄せて来たのは、大洗勢にしてみれば間一髪の時であったのかもしれない。もう少し早ければ、態勢の整っていないまま戦闘に突入するところであった。

 ダージリンらは十字路に差し掛かったところで三手に分かれた。一手は右の道を、残り一手は中央の道を進み、途中で更に分かれる。数が敵より少ないが、街は幅が細い道が多く固まって行動するのはかえって危険と判断したのと、大洗勢は恐らく街の各地に散らばって、地の利を利用し隠れている筈なので、それらを見つけ出し撃破するためであった。

 ダージリンはマチルダⅡの乗員たちへと、軽率な行動を絶対に取らず考えすぎというほどに慎重を重ねろと言い含めておいたのか、脇道や戦車でも入れそうな場所への警戒のほどは尋常なモノではなかった。

 

 そんな聖グロリアーナの動きを知らないがしっかりと予想していたみほは、計画通りにこちらも戦力を三手に分けた。一手を八九式中戦車、一手を38t、一手をⅣ号戦車とⅢ号突撃砲として、それぞれ行動を開始する。

 前者二手を敵勢二手の足止めに用い、みほたちの本隊が正面から各個の撃破に動く作戦である。みほは、隠れ潜むという桃の作戦はカエサルの言うとおりになると予想したが、かと言ってカエサルの言うように戦力を集中させるのは、ダージリンと同じく街の中でとる作戦としては厳しいものがあると判断した故での作戦であった。

 

 これは少し冒険心がある作戦だ。一同は上手く行くとは思えなかった。思えはしなかったが百戦の経験を積んでいるみほを信じた。もとよりあれこれ反対している時間もないから、隊長たるみほの決めた作戦に従うだけである。

 

 三手に分かれた大洗勢は、やはり三手に分かれていた聖グロリアーナ勢と正面から衝突した。八九式中戦車はマチルダⅡと、38tはチャーチルと接敵する。Ⅳ号戦車とⅢ号突撃砲はもう一台のマチルダⅡに攻撃を仕掛けた。みほにとって理想の形であった。

 もしかすれば、こちらも動き回るので逆に敵からの不意の攻撃があったかもしれない。あるいは成功しても、味方のどの戦車が敵のどの戦車を足止めし、みほたちがどの敵から攻撃することになるかは完全に運次第である。初っ端チャーチルと戦うことになったかもしれなかった。それでも勝てる自信はあるが、万全を喫するということではチャーチルは最後に回しておきたかったので良かった。これは毘沙門天の加護の力に違いないとみほは思った。

 

 敵勢は慎重過ぎるほど警戒していたと言っても、よもや隠れ潜んでいると思っていた大洗勢が、まさか堂々と仕掛けて来るとは思っていなかったのだろう。それぞれのマチルダⅡは動揺し、狙いを外した状態で主砲を発射したりするなど乗じる隙を作っていた。

 

「それッ……!」

 

 みほの大喝を合図としてⅣ号戦車とⅢ号突撃砲がマチルダⅡを攻め立てた。焦ってしどろもどろに立て直そうとしているが、立て直す時間は与えない。すると、不意を衝かれた形となり、主砲を発射してしまって反撃をすることもできないマチルダⅡは、ひとたまりもなく白旗を掲げた。撃破したのはエルヴィンらのⅢ号突撃砲である。審判からの報告でそれを確認したみほは、休む暇なく次の地点へと向かう。

 

 その地点では典子率いる元バレーボール部の八九式中戦車が劣勢ながらも奮闘していた。みほが早々に敵を撃破したことを知った典子たちは士気を上昇させたが、それは相手も同じことだ。仇を討ってやるとばかりに典子たちへの攻撃に激しさが益したのである。

 マチルダⅡの装甲は中々の防御力を誇っている。57mm戦車砲を装備しているが歩兵支援用のため、八九式中戦車ではまともに太刀打ちできない。車体後部の上手いところを至近距離で撃ち抜けばもしかしてと言ったところだが、操縦手たる河西忍にはまだ背後に回り込める技術はない。砲手である佐々木あけびもまだまだである。だが彼女たちに与えられた役目は撃破することではないのだ。本来の役目たる時間稼ぎぐらいはできる。何とか持ちこたえながら、みほ率いるⅣ号戦車とⅢ号突撃砲の到着を待った。

 

『今に西住さんたちが来る筈だ! 根性だ! 根性で耐えろ! バレー部魂を見せてやれ!』

 

『はいッ! キャプテンッ!』

 

『ファイオー!!』

 

 無線機越しから聞こえて来る典子たちの喚声に、

 

「そうだ! 耐えろ! 耐えろ!……」

 

 拳を強く握りしめ、みほは絶叫した。

 ここでみほに38tの杏から通信が入る。チャーチルを足止めしていた彼女からの通信に、みほは耳を傾けた。

 

『ごめーん、西住ちゃん。やられちった。多分、敵の隊長さんがこちらの作戦に気付いたみたいだよ。途中から私たちを完全に無視して八九式のところって言うかマチルダⅡのところに向かってたし。何とかしようとは思ったんだけど、この通り何ともできずにこ蠅を掃うかのごとくって感じだね~』

 

『こちらは審判です。聖グロリアーナ女子学院、大洗女子学園を一輌撃破』

 

 杏と審判からの通信が終えると、みほはすかさず生き残りの者たちに通信を送った。

 

「戦いは俄然我らが有利に運んでいます。勝利は目の前です。各々、奮起せよ!」

 

 戦いとは気のものだ。38t、味方がやられたとあっては戦い慣れしていない大洗勢は士気をがくりと落とすことであろう。それでは勝てる戦いも勝てなくなるというもの。

 みほは激励して士気の低下を防ぐと、急げ急げと商店街を戦車で駆け抜けていく。先の杏の通信で、彼女は切る前に位置をみほに伝えていた。お陰でチャーチルの現在地がどのあたりなのかは分かったが、これが意外と次の戦いの場に近いのである。チャーチルの鈍足ぶりは有名であるが、こちらもちんたらとやっていれば先に合流を許してしまいかねない。故にみほは急いだ。

 

 やがてみほたちが典子たちの下へとやって来た。そこにチャーチルはまだいない。典子たちが歯を食いしばって耐え抜いた甲斐があったのである。典子たちは安堵の息を吐いて、助かった、やり遂げたとばかりに張りつめていた気を抜かしていった。これが彼女たちのこの戦いでの命運を決めることになる。

 マチルダⅡの背後に出たみほは、華とⅢ号突撃砲の砲手である左衛門佐に砲撃を命じた。両戦車の砲塔が僅かに動き、標準を微調整していく。その間に最後を悟ったマチルダⅡも停車して標準を、本隊の到着で安心しきった八九式中戦車に定めた。

 

「撃てい!」

 

「撃てぇ!」

 

「砲撃!」

 

 みほとエルヴィン、マチルダⅡの車長の三者の声が重なり、三台の戦車が同時に発砲した。先ずはⅣ号戦車とⅢ号突撃砲の主砲がマチルダⅡを蹂躙し、白旗を揚げさせた。そのマチルダⅡの放った弾は八九式中戦車を捉え、吹っ飛ばした。白旗が揚がった。

 

「やられたか」

 

 横に倒れる八九式中戦車を見てみほはポツリと言った。最後の大物が残っているのでもう少しばかり活躍してほしかったが、しかし自分たちの役目を果たした末での結果である。よくやってくれたと労りの目を向けた。

 そして次の瞬間には、みほの意識はダージリンの駆るチャーチルに移っていた。砲塔を真っ直ぐこちらに伸ばし、いかにも誇り高い様子でみほと対峙している。

 

 お互い動きもなく睨み合っていると、チャーチルのキューポラが開いてダージリンが姿を現した。何かを言うつもりらしい。割かし距離があるものの、聞き取れないこともないだろう。彼女は微笑みながら、声を張り上げてみほに言った。

 

「こういう時はこう言うのでしょう? 聖グロリアーナ女学院戦車道部隊長ダージリン、推参なり!」

 

 呆気にとられたみほだが直ぐにハハと笑うと返した。

 

「心得た!」

 

 ダージリンが満足しながら戦車の中へ戻って行くのを見送ると、エルヴィンらに命じてⅢ号突撃砲をチャーチル目掛けて疾走させた。そのままⅢ号突撃砲がギリギリ横を追い抜いて行くのを無視したチャーチルは、Ⅳ号戦車に向かって駆ける。みほもダージリンの意図を察したのか受けて立つと麻子に命じて戦車を躍らせた。

 馳せ違いざまに両戦車同時に撃ち抜く。Ⅳ号戦車の砲撃は微かに装甲をへこませただけに終わり、チャーチルの砲撃は見事にⅣ号戦車を粉砕した。

 キューポラから身体を出しているみほが、戦車の中で紅茶を一口飲んでいるダージリンが同時に言葉を発した。

 

「私たちの勝ちだ」

 

「私たちの負けね」

 

 Ⅲ号突撃砲の轟音が鳴った。チャーチルを通り過ぎたⅢ号突撃砲は切り返し方向転換して、背後をとったのである。至近距離からの砲弾はチャーチルへと命中し、もくもくと煙をあげさせた。チャーチル及び近くのⅣ号戦車からも噴き上がる煙が両戦車を包み込む。

 みほがこれは堪らないと、今回の試合で始めて戦車の中へと入った。中へと入れば、沙織が話し掛けて来た。

 

「みほ、私たちどうなの? これ、勝ったの?」

 

 息を切らしそわそわと落ち着かない様子であった。

 みほは何も答えずに、ただ黙って窓の外の煙に目をやった。

 次第にゆっくりと煙が晴れていく。

 

『やった! 大将首を獲ったぞ、大手柄だ!』

 

『感無量ぜよ……』

 

 左衛門佐とおりょうが声をあげ、

 

『大洗女子学園、先ほどの一輌と合わせて二輌走行不能。聖グロリアーナ女学院、こちらも先ほどの一輌と合わせて二輌走行不能。聖グロリアーナ女学院、全車輌走行不能を確認。よって、大洗女子学園の勝利!』

 

 審判が告げた。

 みほは再びキューポラから顔を出して、青々とした空に目をやってから視線を下ろし、微笑を浮かばせた。

 煙が晴れた先には、Ⅳ号戦車とチャーチルが白旗をなびかせているのであった。

 

 

 


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